61 Lorca
いつもは暗い筈の明るい廊下をころころと音を立てるトロリーを押して歩く。ぽろぽろと落ちる涙が止まる気配はない。
「お城の空気が元気だわ。パーティーが始まったのね」
ロルカは参謀に聞いた話がショック過ぎて涙が止まらなくなってしまった。子供のように癇癪を起こし、パーティーの準備も放り出して走り出してしまった。動揺をどうやって鎮めればいいのか分からずとりあえずトロリーを押してみることにしたが、どれだけの間トロリー散歩を続けてしまったのか。
「……戻らなくちゃ……でも、うう、ぐすっ」
悲しいのか悔しいのか寂しいのかわからない。ロルカの感情はぐちゃぐちゃに混ざってしまった。綺麗に丸めて口から吐き出せたらいいのに。
気が付くといつもの癖でサリの部屋の扉の黒い石をつるりつるりと撫でていた。いつもより明るい廊下の炎で黒と赤が混ざった様な輝きを放っている。
「でも……あんまりだわ! あんなに、みんな優しく、うう……」
新しい住人ができたと勘違いしていたのだろうか。いや、最初から無事にあちらに返すという話だった。大切な主に王子様が現れたと勝手に思い込んでいたのはロルカだった。
「フラットが、無事に返れるのは、嬉しい。もちろんよ!」
石を撫でる手に力が入る。
「だけど! 記憶を消してしまうなんて……うう、私達を、ぐすん、この世を、サリ様を忘れてしまうなんてえ!」
ころん
「ええ……えええ!」
「ロルカ?」
「ああああサリ! サリ様!?」
ロルカは急に声をかけられたことに驚き掌に転がってきた黒い石を咄嗟に隠してしまった。
「なんでしょう! なんでしょう!」
「?」
サリはロルカの態度に首を傾げたが、びしょびしょに濡れたロルカの頬を見て目玉が溶け出していないか心配になった。
「大丈夫?」
「はい!」
「参謀に、フラットの記憶を消す事を聞いたんでしょ?」
ロルカは、はっとした。そうだった。あんなに皆で世話をして、回復してからは世話をされて、色んな話をして、それを全て彼の記憶から消してしまうという事に怒っていたのだった。
「私……怒る……?」
「……ロルカ?」
「……そうです、私、きっと怒っているのです」
ロルカは震える掌を見つめた。そうだ、これは怒りだ。それに我が主は今なんと言った? 聞いたのかと。つまりは知っていたということだ。知らなかったのは自分だけだった? 怒りと悲しみが渦を巻く。なんだか目の奥が熱い。いつもの涙ではないものが目玉の奥に集まる気がした。
「ロルカ……」
心配そうにロルカを見つめるサリ。サリもこんなに険しい顔をしたロルカを見たことがなかったのでおろおろとしてしまう。いつもの微笑みを浮かべている美しい顔が、眉間にしわを寄せて唇を歪めている。周りの空気がざわりと動く。サリは少したじろいだ。城の外にいる危害を加える影たちと似た物を感じてしまう。食いしばる歯がぎりぎりと音を立てている。ロルカなのに怖い。しかし、ロルカの主としてしっかりとしなくては。今は心配をかけるだけの身体ではなくなったのだからと掌をぎゅっと握りしめた。
「教えていなかったことは、ごめんなさい。ロルカにはフラットの世話を任せるつもりだったから、気負ってほしくなくて王と話して決めたんだ」
サリは正直に話すことにした。きっと、色々な感情がロルカの中に生まれ始めている。黒い感情が増えるのは良くない。怒りや悲しみや苦しみは誤解から生まれることが多いと王が言っていた。
「フラットにも、まずは安定してもらう必要があった。思っていたよりずっと落ち着いていたけど、言葉が使えない事で不安だったと思うから」
ロルカは我慢するようにふうふうと口から息を吐き出している。サリはロルカの、両手に手を乗せて握りしめた。
「ロルカ、貴方に頼りすぎていたと思う。でもそれだけ信じているんだってことはわかっていてほしい」
ころ
ロルカの瞳に集まった怒りが熱い涙となって瞳からこぼれ落ちた。熱を冷ますようにころころとこぼれ落ちる。
「サリ様……」
ごめんなさい、と小さな声でロルカは呟いた。サリは、ふっと息を吐き出して緊張を解いた。私こそごめんともう一度謝ると、そろそろ二人の掌に挟まれている石について言及してもいいかと口を開いた。




