60 KING
事の始まりは自分のミス。無事に少年をあちらに返せば事は収まる。少年が来てからこの世に沢山の変化があった。大きいのは娘の成長。大きくならなくてもいいからできるだけ長く共にありたいと願っていた。しかし此方に順応し始めている。
王は息子の長い三つ編みを横目に蝋燭に火を灯しながら廊下を歩く。無言。アジエーリダが黙ったままなのが珍しい。普段であれば報告だけをさっさと済ませたいとでもいうのか、言う事を言って居なくなるのに、王の歩調に合わせて歩いている。
「……」
三つ編みの先に火を着けたらどんな反応を見せてくれるだろうか。
「あのさ……」
「おっ、ふむ」
伝わってしまったかとどきりとしたが、どうやら違うようだ。珍しくもごもごまごまごしている。王は首を傾げた。
「フラットがあっちに帰ってからも……俺も向こうに行ってもいいかな?」
「……ふむ」
王は更に首を傾げて、それから考え込むふりをした。ふりというか、え? そのつもりだと思っていた、と考えた。
「クラウディオ……あっちの王様は俺の事わかってるけど、フラットの此処での記憶は消すんだろ? 俺がいる事でこっちの記憶が戻ったりしないかと思ったんだ」
「ふむ……」
確かに。切掛にはなるかもしれない。なんと思慮深い息子か。
「お前はどうしたい」
「……まだ、あっちの結末を見ていない。やっと立て直してこれからって所だから、見届けたい」
「ならばそうするが良い」
「え?」
「ここを引き際として、向こうのお前の存在を消す事もできる」
「え……」
「どちらにしても構わない」
無表情の王は眉を下げる息子の顔を見つめる。突き放されたかのような物言いにアジエーリダの猫目が揺れている。
「人の世の正しさは、我には解らぬ」
フラットの為に引くか、手を貸した国の行く末を見届けるか。此方の世には関係の無い事だった。アジエーリダが存在していたという記憶を関係のあった者たちから消してしまう事はできる。あちらの世にも問題はない。アジエーリダが居なくなっても、あちらの王はもう大丈夫だろう。立派な青年だった。だから、どちらにしても構わなかった。
「お前がどうしたいか、それだけで決めて良い」
大切なのは息子の気持ちだけ。
「……わかった」
言葉も表情も足りない父の気持ちは、しっかりと伝わったようだ。
「俺は、やっぱりあっちに戻る」
「うむ」
「もう大丈夫だって思えるまで見届けてくる」
「うむ」
アジエーリダの顔から不安が消えて、いつもの強気な猫目が笑った。王は立派な角を撫でて角の先に火を灯し喜びを表現した。
「髪の毛燃えるよ」
「うむ」
「人間の父親は子供が道を踏み外さないように、間違えてたら教える物なんだ、知ってる?」
「知らぬ」
「まだまだ遠いな」
「ふふ……うむ」
「(え、笑った?)」
広間の入り口に立つといつもより騒がしく、影たちがざわざわと浮足立っているのがわかる。沢山の蝋燭から気に入ったものを選んでいるようだ。
「揃っているか」
アジエーリダを従えた王が広間の真ん中に立つ。大広間の入り口には王に気がついたらしいサリ達が集まって来た。広間の入り口の方に赤い炎の様なものがちらちらと揺れているのを見てサリが口を開いた。
「廊下の蝋燭、もうついてる?」
「うむ」
「少し早いけど、着けながら来たんだ。後は此処だけ」
「わかった」
サリはこくりと頷くと皆揃っているか辺りを見渡す。フラットに参謀、シシモ、バルバタ、クローロはフードの中で寝息をたてている、ジルは住処にいるから……。
「ロルカは?」
いつも横にいるはずの銀色の髪が見当たらない。参謀を見上げると拗ねてしまったと言った。
「探してこようか?」
丸い目できょろきょろとロルカを探していたシシモがサリに言った。
「いや、後で探しに行くから。始めよう」
サリは王の方に向かってこくりと頷く。王はうむ、と頷くと両手を左右に広げ指先に炎を宿す。こそっと参謀がフラットに耳打ちをした。
「珍しい王様のかっこいい所が見れますよ」
「うん!」
フラットはどきどきしながら王の指先の炎を見つめる。王の指先が向いた蝋燭からぼぼぼと火が灯っていく。ゆっくりと進む王に合わせて炎が上がっていく。時折、あちち、やら、昇っていく、やら、影たちの囁きが上がる。大広間にたどり着くと玉座の前には大きな燭台が置かれていた。王は一度息を吐き出し指先の力を抜いた。ふ、と腹に力を込めて腕をしならせながら周りの蝋燭に一気に火を着ける。そのまま燭台に手を翳すと指先を弾いて火を着けた。一際大きな炎が上がり広間から大広間全体が赤い炎で照らされた。王が口を開く。
「パーティーを始めよう」




