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CASTLE  作者: トロール
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6 BOY

「ほんとにフラットは畑が好きだよなー」

「当たり前だろ。食べ物ができるんだから」

「そういえば、あの噂知ってるか?」


 エリダがにたりと口の端を持ち上げた。なになに? と噂好きの女の子メリーが興味津々な目をエリダに向ける。


「昔から伝わる噂らしいんだけど、ポポタリに黒い人影が現れるらしい。今日みたいな雨の降る日に、あの湖があるだろ? あそこから現れて子どもたちをさらっていくんだ……」

「えええ……おばけ?」


 子供というのは得体の知れない者や、不思議な物、怖いことに強く興味を示す。このカルデの学校でも森に住む魔女の話や学校の地下には沢山の墓があるなど根拠のない噂話がいくつか広まっていた。この噂話もその一つだった。

 エリダの突然の怖い話にメリーは涙目になった。しかし興味津々なままだ。その反応に気を良くしたエリダは芝居がかった口調で話を盛り上げた。


「雨の音にまぎれて、こつり、こつりと靴の音が聞こえる。振り返ってもそこに誰もいないし、湖しかない。おかしいなと思ってまた歩き初めてもやっぱり靴の音がついてくる。もう一度振り返ってみるとそこには!」

「きゃー!」

「エリダ、もうやめて。メリーが眠れなくなってしまう」


ついに泣き出したメリーは、フォンテに飛びついた。


「ははっ、悪い。あんまり怖がるから楽しくてつい。メリー嘘だよ、ごめんな」


 エリダは噂話を大きくして話したことを素直に謝った。しかし噂話は本当にあるもので、だいぶ昔からポポタリに伝わっているものだった。もちろん、ポポタリに住むフラットも知っているだろうと思いきや、フラットも顔を青くして話を聞いていた。


「聞いたことないのか?」

「ないよ、俺は内乱の後からポポタリに住んでるから。湖ってあの池みたいな小さいやつのこと? 毎日通ってきてるよ……」

「あー、まあ、毎日通っててなんもないならやっぱりただの噂なのかもしれないよ。大丈夫だよ」

「そ、それもそうだな。はは」


 フラットはトウカの樹液をぐるぐるとかき混ぜて苦笑いをした。そういえば、とフォンテが話題を変えるように声をあげた。


「俺、王子を見たんだよ。たぶんだけど」

「なんだって?」

「お兄ちゃんほんとう?!」

「ああ、一人だったからまさかなと思ったんだけど、長い金髪を三つ編みにしてて、フードをかぶってたんだけど王子のお母さんにそっくりだった」

「あ、ああ、王妃様は絵があるからな。でも似てるってだけだろ?」

「そうなんだけど、メリーを迎えにミリおばさんのところに行く途中で、思わずあっと叫んじゃって。そしたらこっちに気づいたみたいで、しーってされた」


 フォンテは口元に人差し指を当ててその時の様子を再現した。


「へえー、じゃあ本物だったのかな」

「そういえばポポタリの方に行く道だったな。視察かな? もう暗い時間だったんだよな」

「なんだったんだろうな。でもラッキーじゃん! そうそう会えないぜ?」

「そうだね、本物だとしたらすごいよね」

「きっと本物だよ! おにいちゃんすごおい!」


 そんな時間に王子が何の用でそんなところを歩いていたのか、街の少年に目撃されるなんてうっかりなところもあるのだろうか。そんな失礼な話題で盛り上がった四人は日も暮れそうなので帰路につくことにした。フォンテとメリーはこのカルデの街に、エリダは城の端にある国民に与えられた区画の一室を借りて住んでいた。一人でポポタリへ帰るフラットにエリダが湖の所は走って帰れよ、なんていう忠告をしていた。


 ごろごろと唸る雲に足元は雨粒が跳ね返ってどろどろだった。学校からポポタリまではそんなに遠い距離ではない。が、住んでいる人が少ないため少し離れただけでとても静かな印象があった。先程聞いた噂話のせいか、なぜだかいつもの道が薄気味悪くさえ感じてしまう。湖が見えてきた。エリダの言うとおり走って通ろうかなと思いつつ、そんな噂話を信じてかっこ悪いなというプライドが邪魔をして、フラットはいつも通り歩いて湖の前まできた。

 怖い。怖いからこそ、確かめたくなる。フラットは湖に人影がないかどうしても気になってしまって薄目で水面を見つめた。雨が水面を叩き水しぶきがいくつも見えた。聞こえるのはうるさいくらいの雨音ばかりで、靴音など聞こえては来なかった。ふう、と胸を撫で下ろすと、ただの噂話だと自分に言い聞かせて歩きはじめた。

 ……しかし、フラットの耳に雨音ではない音が聞こえてきた。ぽつぽつぱたぱたという雨の音に混ざって、もっと重いものの音が聞こえる。ぱしゃん、ぱしゃんと。フラットの背筋に冷たいものがはしった。

(いや、魚じゃないか。湖にいる主だ)

 そうだこの湖には主と呼ばれる魚がいた。きっとそれだと思いつつもフラットは足早に湖の前を通り過ぎようとした。

(まてよ、誰かおぼれているんじゃ)

 フラットは思いとどまって湖の方を振り返った。しかし、水面には打ち付ける雨粒が見えるくらいで、跳ねる主の姿も見当たらなかった。きっと気のせいだったのだろうと、あんな噂話をしたから空耳が聞こえたのかもしれないと、そう考えを改めるとフラットはなんとなく気が抜けてしまった。肩に力が入っていたようで、どっと疲れた気がした。なんとなく恥ずかしくなって、早く帰ろうと足を踏み出した。

 ぱしゃん、ぱしゃん。

 フラットは持ち上げた足をそっと泥の上に降ろした。やっぱり聞こえる。恐る恐る湖の方を振り返る。やはり見えるのは雨粒だけ。いや、おかしい、波紋が広がっている。

 ぱしゃん、ぱしゃん。

 音に合わせるように二つの波紋がフラットに向かって近づいていた。

 フラットは口をパクパクと動かすと震える足をなんとか持ち上げて逃げようとした。しかし遅かった。雨でぬかるんだと思っていた泥道はフラットの足首までを飲み込んでいた。足を引き抜こうと腰を屈めて泥をかき分ける。しかしずぶずぶと足が泥に呑み込まれる方が早い。どうしよう! どうしよう! フラットは出ない声で助けを呼ぶ。どぷん、と身体が落ちた。沈む。泥ではなく湖に落ちてしまったのか。息ができない。口を両手で塞いで上を探す。すると、フラットの目の前に何かが広がった。マントだ! 誰か来てくれた! マントを掴もうと手をばたつかせた。真っ黒だった。黒いマントに黒い影、黒い顔のような部分。


(……助けて)


 あっという間に黒い影に飲み込まれた。闇だ。上と下もわからない。手足をばたつかせても空を切るばかり。あ、何かに触った。それは目の前にいた黒い影のマントだった。助けて。すがるように手を伸ばす。目が回る。吐き気がする頭を抑えてマントをたどっていった。ぐるぐると回る頭の中で、二つの金色の満月を見た気がした。フラットはそのまま意識を失ってしまった。

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