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CASTLE  作者: トロール
58/77

58 laugh

「領主の側近になっていたとしても所詮私は平民の出。私は無我夢中で剣を振り回していました。剣術など私には覚えの無いことです。周りにいた者達もそうでした。頭数を揃えるだけの存在です」

「そんな、」

「戦争とは残酷なんです」


 参謀はその時の状況を思い出しているのか眉を寄せ、そして息を一つ吐き出す。


「気が付くと体が浮き上がっていました。戦場を見下ろしていたんです」

「え?」

「魂が体から抜けてしまったのでしょう。痛みを感じることもなくあっけなく死んでしまったのです。自分の体はもはや何処にあるのか分からない程、上から見下ろすと酷い戦場でした」

「……参謀さん、辛かったら無理には」

「いいえ、ここからです!」

「え?」


 参謀は眉を寄せて話を続けた。


「ああ、死んでしまった。弟が気に病む事が目に見えているから心配だ。思う事は死を受け入れた事と家族の心配、それだけでした。この酷い戦争が早く終われば良いと。すると、上の、空の方が段々と白んできたんです。そして戦場を挟んで下の方が黒く闇の中に飲み込まれていったのです」

「そ、それって」

「はい、きっと天国と地獄の狭間に私はいたんです

。まさか、本当に上が天国で下が地獄だなんて、幼い頃に読んだ本と同じだと思いました」

「どっちにも行けそうだったんですか?」


 フラットは少し興奮気味に参謀に尋ねた。


「きっと、そうだったんだと思います。私は地獄に堕ちるほど悪い事をした覚えはありませんでしたが、戦争で何人も斬りました。此処に来て最悪の悪事に手を染めてしまったのです。しかし、体は段々と上に上がって行きました。人の生命を奪っておいて、私は天国に昇っていくのだろうか、と考えました」

「それで?」


 物語をせがむ子供のようにフラットはぶつかる膝に構わず身を乗り出した。


「しかし私はやはり逆らわず、上に昇っていくなら昇って行こうとしました。すると何か声が聞こえてきたのです。おどろき、おどろき、と」

「……? おどろき?」

「少し横の方を見やると、大きな黒い獣に乗った、黒尽くめの美しい顔の男が流れ矢に驚いていました」

「それは……」

「ええ……」

「……」

「余りに驚いたその男は獣から転がり落ちそうになりました。私は慌てて受け止めに行ったのです」



 参謀は浮かぶ体を上手く使いこなし、男を助けに行った。しかし、男の体は参謀をすり抜けて下に落ちて行った。参謀はしまった、と落ちていく体を追いかけようと下を向き、どきりとした。落ちた筈の男の体は宙に浮き、無表情の中にある金色の目がこちらをじっと見つめていた。


「……ふむ、キャッチはできない」

「……え?」


 何かを呟いた男に戸惑っていると、今度は上の方から別の声が聞こえた。


「こっちだから! こっちこっち!」

「え?」


 参謀は声がした方を振り向いた。しかし誰の姿もない。空耳かと思い、黒い男の方に向き直ると目の前に金色の目があった。驚き仰け反る参謀の肩に片腕を回すと黒い男はうむと頷いた。


「助かった、礼を言う」

「え? 助けてない……」

「えー! ちょっと、もう……えー」


 黒い男と謎の声に挟まれて頭にはてなを浮かべていると大きな黒い獣が参謀を跨らせた。


「わわ、あれ、触れる?」

「手遅れである」

「は?」


 参謀と男を乗せた黒い獣は走り出した。



「え? 誘拐?」

「そうです。王に誘拐されたんです、私」


 ははは、と参謀は笑ってフラットの肩をばしばしと叩いた。



「待ちなさい!」


 走り出した黒い獣の前に光の柱が落ちた。参謀の前髪がじゅっと焼けた。光は人の姿となり、黒い男とは真逆の白い男の形になった。白い男は美しい顔で参謀に近づくと焦げた前髪を触りごめんねごめんねと謝った。そして、黒い男をきっと睨みつける


「それは、いけない。だめ」

「……」

「無視するんじゃない。返しなさい」


 そっぽを向いて聞こえないふりをする黒い男に子供を叱りつけるように怒る白い男。間に挟まれた参謀は一体どんな状況だと首を傾げるしか無かった。


「目を付けていた」

「だからなんです。今上の方に浮かび上がって行ってたでしょう」

「ちょっと、迷っていた」

「死んだばっかりです。当たり前です」

(あ、やっぱり死んだのか)

「我を助けようとした」

「優しき人間です。天国行きです」

「……目を、付けていた」

「さっき聞きました!」


 それ返せ、と白い男が参謀を取り上げようとする。黒い男が渡さないと身を捩る。それの繰り返し。まるで玩具の取り合いのような攻防を大柄で美丈夫な男二人がやり合っている。そして取り合っているのは自分。眼下には悲惨な戦場。参謀はなんだかよく分からないツボに嵌って吹き出した。


「ははは! なんだこれ!」


 突然笑い出した参謀に二人はきょとんとした顔をすると、取り合いをやめてバツが悪そうにした。

 先に口を開いたのは黒い男だった。


「すまない。しかし、連れて帰りたい」

「え……」


 突拍子もない言葉に参謀はぞっとした。


「言葉が足りません。失礼しました。貴方は今、とても辛い事とは思いますが戦場で生を終えました。天に召される所だったのです」

「やっぱり……」

 やはり死んでしまったのかと、いつぶりか分からない涙が参謀の目から零れ落ちた。

「それをこいつが!」

「連れて帰りたい」

「まだそんな事を!」


 ぼとぼとと涙を落とす参謀をじっと見つめて黒い男は頷いた。


「必要だ、参謀にしたい」

「……さんぼう?」



「私は王に言われたその言葉に救われた気持ちになりました。弟の代わりに戦場に出たけれど、一体何ができたのか。それまでの生涯もそうです。ただ詰まらないと思いながら生きてきた私を必要としてくれる人が居るのかと」

「でも、参謀さんは、きっとずっと必要とされてきたんじゃないんですか? 家族からも、領主だって」

「はい、きっとそうでした。けれど、その時はわからなかったんです。私じゃなくても代わりになる人は沢山いると思っていました。今は考えが変わりましたけど、その時は、ふふ、そんな、取り合いをして怒られてまで必要してくれる人がいるというのが、何故だかすとんと心に落ちてきたんです」

「それで、王様について行っちゃったんですか? 危険です」

「はは、本当にそうですね。真似しちゃいけませんよ。それに、参謀って何をするのかと思いまして」

「……何か、吹っ切れた瞬間だったんですかね」

「ええ! きっとそれです。演技のいらない人生のおまけのような事かもしれないと思ったんです」

「じゃあ、今はもう演技をしないですか?」

「しますよ」

「え?」

「たまにね」


 ははは、と笑うと参謀はまたフラットの肩をばしばしと叩いた。

 


 

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