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CASTLE  作者: トロール
54/77

54 memory

 ベンチに並んで腰をかける。額が湿っていて気持ちが悪い、着替えて来たほうがいいかな。サリがちらちらと横目にフラットの様子を窺っている。


「何があった」

「……なんて、いうか」


 先程の頭の中はどうなっていたか。霧がかかったようにあちらの事が思い出せなかった。思い出せないというか、色々なことが思い浮かばなかった。フラットは思い出して身震いした。思いつく言葉をひとつ、ひとつと零していく。


「なんか、あちらの事が、景色とか、人の顔とか浮かばなくて……」

「え?」

「自分が何を、やってる人だったのか、家族とか友達が、いるはずだと思うけど、思い出せなくて、誰もいないんじゃないかって……」


 サリが目を見開いて固まっている。フラットは慌てて手を振った。


「いや、でも思い出した。大丈夫だよ」

「そ……そうか、良かった」


 サリの顔に緊張が走る。一番恐れていた事だった。フラットがあちらの記憶を無くしてしまったら王が安全にあちらに連れ帰ったとしても、今度はあやふやな記憶を池に落としてしまうかもしれないと。フラットを無事に帰すために、万全の状態を作るために皆で記憶を無くさないように話しかけていたのだが。もしかして……。


「そうだな……あちらの話をあまりしなかったのがいけなかったのか……」

「え?」

「ああ、いや」


 なんでもないとサリは首を振った。


「フラット、確認しよう。家族はいるか?」

「兄がいる。名前はクラウディオ、あちらの国の王様」

「ほお! そうなのか?」

「え? ああ、うん」


 フラットは首を傾げた。なんとなく、サリは全てを知っていると思い込んでいた。アジエーリダの事もあるし。


「じゃあ、フラットは王子様なの?」

「いや! 違う、うん……俺は秘密の存在」

「秘密?」


 フラットはこくりと頷いた。秘密の存在。自分で言ってその言葉がなんだか重要な人物のようで少し恥ずかしくなった。刻の番人、みたいな。なんだか照れているフラットにサリは小首を傾げた。


「なぜ秘密? 秘密だから言えない?」

「いいや。サリに秘密にする必要はないか……」


 フラットはまだ幼かったときの事を思い出す。大丈夫だ、ちゃんと思い出せている。うん、と頷いて口を開く。


「まだ小さかった俺は産まれたことを公開されてなかったんだ。王家の方針で一定の年齢になるまで隠される。でも、やっぱり王妃様が妊娠しているのを隠すためにあまり顔を出さなくなったり出入りする商人とか、そういう人たちからなんとなくみんな気付いて噂が広がっていくんだけど」

「ほう、鋭いんだな」

「うん、小さな国だし王家の話はすぐに広まるんだ。だけど、内乱が起きたんだ。その内乱が俺のお披露目よりも前に起きたから、兄が俺を守る為に存在を隠したんだ」

「そういうものか」

「うん、その時の事は今でもたまに思い出すよ。蜘蛛の巣だらけの埃っぽい隠し通路を、兄さんに手を引かれて走ったんだ」


 まだ兄も子供だったのに、全てを一人で抱える決断をした。させてしまった。幼かった自分をとても責めた。公開されていない小さな王子にできる事なんてあるはずも無いのに。


「それからはずっとポポタリっていう小さな集落で暮らしてるんだ。住みやすくなってきたから最近は人も少し増えてきて今は三十人くらいになったかな」

「そうか、兄は頑張ったんだな」

「うん」

「なんとなく、どうしてフラットがそんな感じなのかわかってきた」


 そんな感じとは? フラットはどういう意味だとサリをじっと見つめたが、目を逸らされてしまった。


「そういえば、シシモがフラットの事を王子様みたいと言っていた」

「え? シシモが?」

「うん」


 サリはくすくすと笑った。


「かっこいいから王子様なんじゃないかって」

「え……」

「正解だった」

「そんな事は……」


 できるだけ髪もぼさぼさにして目線を下にして生きてきたフラットは初めてかっこいいと言われて単純に喜んだ。そういえば、大広間を出てくるときにシシモに心配をかけてしまった。早く戻って安心させなくては。照れて俯くフラットにサリは手を差し出した。


「そろそろみんなの所へ行こう。蝋燭を並べなくては」

「あ、うん……」


 自然と差し出されたサリの手を取る。引っ張られて立ち上がると手を繋いで歩き出した。サリの手はまだ骨ばってはいるが小さくて柔らかい。友達の妹のマリーとは違って、フラットは少し緊張してサリの隣を歩く。ふふ、とサリが笑いを零した。


「私も兄と手を繋いで走った事があるんだ」

「兄ってアジエーリダ?」

「そう。私がついていけなくて、引き摺られるように連れ回されているのを王が見つけて慌てて止めに来た」

「……ふふ」

「慌てているのにあの顔のままだから、アジエーリダがすごく怖がって余計に走って逃げるんだ」

「はは、なんか思い浮かぶ」

「そうだろう?」


 二人は話をしながら大広間へ向かった。果たして蝋燭はどこまで進んだだろうか。

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