53 FLAT
石のように硬くて黒い蝋燭を規則正しく並べていく。大広間の右側の壁側から始めて廊下の全てを通り広間の左側を回って城全体を一周する。
「あ、曲がってしまいましたわ。あ、倒してしまいましたの、あら、シシモごめんなさい」
尻もちを着くロルカを見て、終わらないかもしれないと参謀は思った。いや、終わらなかったとして王がなんとかするか、と作業に戻る。すぐ後ろに居るフラットは器用なようで黙々と真っ直ぐに蝋燭を並べていた。
「これって、どうやって火を着けるんですか?」
「王様が、ぼぼぼぼっとやるんです。見物ですよ」
「おお! かっこいい、楽しみです」
「ええ、そんなかっこいい王様なんてあまり見れませんからね!」
「あ、そう……ですか」
さて、と参謀は立ち上がるとフラットに向き直った。
「私はお隣の世とジルの所へ行ってきます」
「あ、はい」
「……何か、私に聞きたいことはありませんか」
「聞きたいこと……?」
「ええ」
参謀はふむ、と顎に手を当てると人差し指を立ててフラットに言った。
「この月が終われば次の月は満月。あなたはあちらへ帰るのです」
「……うん」
「心残りが無いように。そうですね、太陽が昇る頃には戻りますのでそれまでに聞きたいことがあればまとめておいて下さい」
「……わかりました」
参謀は言わなければならない事を言い満足してそれではとお辞儀をした。大広間を出ていく参謀の後ろ姿を眺めるフラットは溜め息を落とす。
「……帰れる、のか」
嬉しい気持ちはもちろんあるが、寂しい気持ちもあった。この世は簡単に遊びに来て良い所ではない。もう、二度と会うことは無いだろう。
「ふう……」
自分の居場所は此方では無い。あちらに帰ってちゃんと、誰に会う……? フラットはあれ? と頭を押さえた。
「家族に……友達に……何をしてたんだっけ?」
背筋がぞっとした。
「ア、アジエーリダ!」
長いみつあみを探して頭をふる。
「ぬ? フラット、どうしたの?」
「あ、シシモ、はっ、アジエーリダはどこだ?」
「たぶん外に居ると思うよ」
小首を傾げるシシモの目をじっと見つめる。
この子は、シシモだ。あっちに居るのはロルカ。今見送ったのは参謀殿、お姫様はサリ! 覚えてる。どうして、あちらの事が靄がかかったように思い出せない。
「だいじょうぶ?」
心配そうに見上げてくる丸い頭を撫でる。大丈夫だ、落ち着け。アジエーリダが居ないなら、サリの所へ。
「サリの所へ行ってくる」
「うん。ついていく?」
「いや……大丈夫、ありがとう、シシモ」
「ぬ!」
シシモに蝋燭を預けてふらふらと歩く。
「深呼吸……すーはー……」
落ち着けと自分に言い聞かせる。大広間を抜けて広間へ廊下へと、足を進めながら考える。
俺は、何だ?
あちらの世で何をしていた?
学生、だったか……そうだ、何か学校に通っていたはず。友達も居た、はず。
何故、ここにいる?
此処は死んだあとの世、え、死んだっけ? いや、いやいや違う。王様に連れて来られたんだ。そうだ。
誰かあちらで待ってる人はいたか……。
「……兄さん!」
兄がいる、アジエーリダのように三つ編みを垂らしている兄を思い出した。顔は、思い出した。母に似た優しい顔だった。フラットは力が抜けて膝を着いた。
「思い出した……帰らなきゃ。どうしてこんな、大事なことを……」
額を押さえて蹲り呼吸を整える。心臓が激しく胸を叩いている。大丈夫だ、生きている。胸を押さえて深く息を吐いた。
「フラット?」
部屋から出てきたサリがフラットを見つけて駆け寄って来た。どうした、と背中に手を当てる。じわっと背中に汗をかいている。具合が悪いのだろうかとフラットの顔を覗き込むサリから、フラットは顔を逸らした。兄を思い出して思わず涙が零れた。こんな顔ばかり見られたくない。
「大丈夫か?」
「うん……大丈夫じゃなかったけど、落ち着いた」
ごし、と袖で顔を拭うとサリの顔を見た。鉛のように鈍く光る目には心配の色が浮かんでいた。




