51 FLAT
この世の人達はとても親切だ。フラットは王の間違いによって連れてこられた被害者だから、というだけではないだろう。一人でいると誰かしら話しかけてくれる。王も言った通り突然部屋に現れては話をして帰っていく。刻の番人という素敵な称号を持つジルの所にも行った。満月の日がわかりやすいように少しずつ満月に近付くような月を作ってくれた。あちらへ帰るカウントダウンが始まった。少し肉が着いてきたサリについて広間へも行った。影達がたまに悪戯を仕掛けてくるのにも慣れた。背中の鳥肌はバレていないはず。
「思い出したんだ」
「ん?」
最初は気不味そうにしていたアジエーリダもお喋りの相手をしてくれるようになった。サリの前では頼れる兄のようで、フラットの前ではだらっと気を抜く。じっと横顔を見つめて溜め息を吐く。
「エリダだな?」
「ぶっ、ごほっ、え?」
「やっぱり」
アジエーリダは盛大にむせている。これもエリダと同じだ。あちらのエリダより大きいし髪の色も長さも違うけど、どうしてすぐに分からなかったのかというくらい見れば見るほどエリダだった。アジエーリダはむせて赤くなった顔をフラットに向ける。大きな猫のような目を見開いて。
「どうしてわからなかったんだろう……あの時は」
「……」
初めてアジエーリダを見た時は、顔を背けていたけど動きは全部エリダと同じ。しかし、あちらの友人たちを、何故だか思い出せなかった気がする。すぽっと記憶が無いかのように、掠めることも無かった。腕を組んで唸るフラットにアジエーリダは観念したように肩の力を抜いた。
「バレたなら、しょうがない」
「うん」
「俺はこの世の住人、この城で育った」
何から話そうか、とアジエーリダは腕を組んだ。
「この身体がサリの物だったってのは聞いてるか?」
「ああ、うん。王様が言ってた」
「何が起きたのかはわからないんだ。でも何かのはずみでサリの魂がこの体に入る前に俺の魂が入った」
「うん」
「身体は魂に引っ張られる。だけど、この城の王の影響を受けて育ったから俺の身体はちゃんと成長できた。でも……」
「でも?」
アジエーリダは少し口籠ったが話を続けた。
「魂は生きた人間なんだ。あっちで産まれて両親に愛されて、勉強して遊んで喧嘩とかも……大人になったら結婚して子供もできて、愛されたように愛して……そういうのが」
「……」
「そういうのにずっと憧れてたんだ」
「……うん」
アジエーリダの声が鼻声になる。それでもぽつぽつと話を続けた。
「誰かに負けてたら悔しいだろ? 頑張ったのに認めてもらえなかったら悲しい。誰かが死んだら? 会えなくなるんだから、寂しい。此処にいるとその感情が無くなりそうなんだ」
「エリダ……」
アジエーリダだよ、とボヤキ返してくる。
「ずっと誰かに聞いて欲しかったのかも知れない。王はあんなんだけど、人間を真似して可愛がろうとしてくれるし、弱いサリにこんな事言えない。レギュラー達にはどんな影響が出るかわからないし」
「ずっと、葛藤があったんだな」
「ああ、そう。ここの奴らも城も好きだけど、此処にいていいのか分からなくなった。それに、初めから俺がサリの身体を取らなければ、なんの問題もないはずだった。考えすぎてサリをまともに見れない時期もあった」
「それは……」
「言ってもどうしようもないのはわかってる。でも本当だったら、て考えてしまう。だから、俺はあっちで過ごしてみる事にしたんだ」
強い身体に優しい魂。最強に見えて全てが脆い。サリの身体が不安定な様に、アジエーリダの心も不安定だった。それでも、その気持ちを気付かれないように気丈に振る舞っていた。フラットはアジエーリダがたまに人を眩しそうに見ているのに気が付いていた。ただの悪戯好きではなくて人がすきなんだと思っていたけど、こんな事情があったなんて思いつく訳もなかった。
「……お兄ちゃんて、呼んでも、いいよ」
「……は?」
「いや、なんか寂しいのかと思って」
「……」
的はずれなことを言ってしまっただろうか。シシモからお兄ちゃん認定されたから、エリダもと思ったのだが、ぽかんと口を開けているのを見ると何か間違えたらしい。
「や、そんな簡単な話じゃないのはわかってるんだけど!」
「ふ、ははは!」
「……エリダ?」
「いや、さすが……」
さすがなんだろうか。
「ありがとう、フラット」
エリダは目に溜まった涙を拭ってにかっと八重歯を覗かせて笑った。




