48 KING
我は王である。王でありこの世そのもの。クラントロワでビシルテオの塵を掻き集めている間に爪にササクレができた。我が世に危険が迫っていると急ぎ帰った次第だが、酷いあり様であった。ササクレ程度の事態ではない。我が子等と少年に危機が迫っていた。どれほど重要な大切な我の一部と思っていても、所詮ササクレ程度の事なのだろうか。人の様になるにはどうしたら良いものか。王は綺麗になった指先を見つめはてさてと首を傾げた。
あらかた城の修繕を終わらせてクラントロワに戻った王は不始末はないかと見て回る。クラウディオの記憶を消した方が良いかと考えたが、アジエーリダが戻るつもりだと言っていたのでそのままにする事にした。記憶を消すのはいつでもできると。
王は新たに見つけた四つのさまよえる魂を小脇に抱えて水底の世へ帰ることにした。広がっていた病も次第に終息していくだろう。ちゃぷ、と湖に足を踏み入れる。王の体に膜があるかのように水が王を避けていく。頭まで入ったところで何処からか泣き声が聞こえた。そろっと金色の目だけを出して辺りを見回す。こんなに暗い時にこんな場所で一体誰が。
「ぐすん、こわいよお」
とぼとぼと暗がりから女の子が歩いてくるのが見えた。できるだけ湖から距離を取り、林に入るぎりぎりのところを歩いているようだ。
(なんと人間らしい)
暗いのが怖いのか、湖が怖いのか、一人が怖いのか。辺りを見回しているようで怖くてしっかりと確認もできない。なんと人間の子供らしいと王は感心した。
「メリー!」
「! お、お兄ちゃあん」
「メリー、良かった」
「うわああん」
「心配したんだよ。ほら、帰ろう」
どうやら迎えが来たようだ。兄であろう少年は膝をついて泣いている妹をあやしている。兄にしがみつき涙も鼻水も遠慮なしに顔を擦り付けている。兄は気にすることも無く背中を優しく叩いてやる。
(なんと人間らしい!)
王は目を見開いて美しい兄弟愛を脳裏に焼き付けようとした。我が子等のもっと小さな時はどうだったか。二人は何をしていたかと思いを巡らす。目の悪いサリとその手を引くアジエーリダを思い出した。ぐいぐいと引っ張るアジエーリダ。ぜえぜえとついて行くサリ。アジエーリダ、サリがぜえぜえしている。もっとゆっくり歩いてやりなさい。
「フラットには会えた?」
「ぐずっ、ううん。居ないって、ぐずっおじさんが教えて、くれた」
「居ないって……そっか。また明日来てみようか、一緒にね」
(……ふむ)
思い出に耽っていると、兄妹たちの会話に最近聞いた名前が上がった。どうやら少年の知り合いのようだった。やはり早く返してやらねば。王は二人が無事に湖から離れるのを見届けると水底の世へと潜っていった。
無事に四つの魂を広間に連れて行く。広間に影達を集めたと聞いていたが、落ち着きを取り戻した影達は広間から離れたりし始めていた。フラットをあちらへ返すと同時にパーティーを開いたほうが良いだろう。王はゆっくりと広間を廻り、話を聞いていく。影は影に影響を受けていつもよりざわざわひそひそと騒々しい。
「……どうし……、わたしばっかり……」
「いう……けないんだ……」
「わたしが一番たいへん……かわ……」
「……いたい……あいたい……」
「も……あ……しんして」
「しってる……ね」
思い残した事柄はそれぞれ。誰かを想っての無念、自分の為の無念、どういう訳か影達は似たような想いを持つ者同士で集りやすい。似た考えを持つと居心地が良いのだろうか。王は影達を見て話を聞いて人間を知ろうとする。しかし、人間は考えていたよりずっと複雑だった。理解したところで賛同はできない感情が多い。いつか賛同できる刻が来るのだろうか、果たしてそれは良い事か悪い事か。そんな事を考える必要はあるのかと旧知の神に聞かれたが、必要は無いだろうと王はわかっている。しかし、理解できたら、何か変わるだろうかという考えは拭えない。
「……しん……こうきしん……」
これが好奇心というのか。影が頷いて教えてくれた。頭を下げて礼をすると王は広間を後にした。




