43 Lorca
暗い廊下にコロコロとトロリーを引く音が響く。長い銀の髪を揺らしてロルカは戸惑っていた。
「……どうしましょう」
何度も同じ道を行ったり来たり。太陽が沈む前に主の部屋に着いてしまった為、来た道を戻り、今度は通り過ぎてみたりと時が過ぎるのを待っていた。
しかし、気配に敏感な主の事だから気がついているかも知れないと考え部屋の中へ入る決意をした。
扉の前に立ち黒く輝く石をつるつると撫でる。主の部屋で間違いない。軽く扉を叩きそろりと押し開いた。部屋の中は黒いレースのカーテンが掛かっているがまだ明るさが残っている。ロルカは静かにテーブルまで移動してティーカップを並べていった。カップを落とす事もティーポットの中身を零す事もなく静かに丁寧に素早く作業を終わらせることができた。おかしい。ロルカは自らの手のひらを見つめる。とても動きやすくなっている。
「ロルカ?」
「!」
急に声を掛けられてロルカははっと振り返った。ベッドに掛けられたカーテンがゆっくりと開かれた。
「あ、サリ様! おはようございます。まだ明るさがのこってますから」
「うん、わかる」
わかっているのにサリはカーテンを避けてベッドに腰を掛けた。ロルカは慌てて主の前に立ち光を遮ろうとしたが、サリの目をみて固まった。
「サ、サリ様……」
「……眩しくないから大丈夫」
ゆっくりと瞬きをするサリの真っ黒だった瞳は鉛のような銀色に輝いていた。ずれた包帯の隙間から黒い小さな角が覗いていた。ロルカの瞳に涙が盛り上がる。思わず主の膝にしなだれかかった。
「サリ様!」
「うん、もう大丈夫みたい。心配かけてごめん」
「ううっ……」
サリは手触りの良い銀色の髪を撫でてロルカが落ち着くのを待った。
「頭痛はありませんか?」
「少しあるけどずいぶんと楽になった」
「ようございました」
「うん」
ロルカはサリの寝癖と包帯の跡を直すように優しく主の髪を梳いていく。角のある辺りは慎重に。角の生え際には瘡蓋ができていた。用意していたぬるま湯でタオルを濡らし少しずつ血を拭き取っていく。
「あら、サリ様。可愛らしい角は黒ではないみたいですわ」
「?」
「瞳と同じく銀色の部分が」
「あ、ここか」
「そうです!」
ロルカは嬉しそうに主を整えていくと最後に明るい色のドレスをクローゼットから取り出し、主に断られたのでいつもの黒っぽいドレスを渋々と用意した。着替えている間にティーカップにミルクティーを注ぐ。手際が良い。主の髪を梳かすのも絡ませることも無く綺麗に整えられた。ロルカはまた手のひらを見つめる。おかしい。
「……」
「あ! サリ様、こちらへ」
「ありがとう」
スマートに主を椅子に誘導し、目の前にカップを用意する。主がカップに口をつける。沢山召し上がれとティーポットを手に待ち構える。
「あ……」
「え?」
「……おいしい」
「え?」
そんなはずはとロルカは手に持っていたティーポットの中身を確認した。
「あ! サリ様、私ったら……いいえ、そうよ」
「?」
なにやらぶつぶつと何かを言っているロルカを不思議そうに見ていると、ロルカは大きな目をさらに見開いて固まった。
「ロルカ?」
「サリ様、私、少しおかしいのです」
「?」
サリは首を傾げてロルカに椅子を進めた。ロルカはいそいそと主の前に座ると口を開く。
「本日のミルクティーは、ミルクにトウカを少し削って入れたものです」
「ああ、だから美味しいのか」
「王にそのようにする様にと前の日に言われたのです」
「へえ、前の日に……」
「そうなのです……」
前の日に言われたことを忘れずにできた事なんてあっただろうか。ロルカは意を決したように深呼吸をするとぽつりぽつりと話し始めた。
「ここへ、来る時も、迷わずにたどり着いてしまって、トロリーも何処にもぶつける事も無く、温めてきた湯を、冷ましてしまう事も無く、いつもはよく見えない扉の石もはっきりと見えて……手も……」
ロルカは不安を吐き出すように言葉を零していく。サリはうんうんと頷きながら静かに聞いていた。ロルカが見つめていた手のひらを握り締める。
「手も、指先にも力がしっかりと入るのです。まるで私の身体になったかの……私の身体になった?」
ロルカは自らが発した言葉に驚いた。サリはロルカをじっと見つめる。ロルカは混乱しているようだ。
「動きやすくなったということ?」
「……はい。しっかりと、動いてくれます」
「そう。それは、それで良かった」
「良かった……?」
「ああ、考えすぎる必要は無いと思う」
「考えすぎる……」
ロルカは主の言葉にはっとした。そうだ、動きやすくなって良かった。迷わなくなって良かった。思考もはっきりして良かった。何を心配して不安になっていたのだろう。そうですね! とロルカは主にいつもの笑顔を向けた。
「……ロルカ」
「はい!」
「ゆっくりでいいから」
「? はい、サリ様」




