39 Black
強風に煽られて中々思うように進めない。だが確実に一歩ずつ、サリはアジエーリダのいる真ん中池に近付いていた。
段々と遠くなっていくサリにロルカは涙が止まらなくなる。戻って来なかったらどうしよう。助けに行きたいけど、ここから出たら自分が消えてしまう。ロルカの目には黒い風が見えていた。完全な身体を持たないロルカが城からでたら、あの黒い風の一部になってしまうだろう。そうなってしまったら、誰がサリの世話をするのか。戻ってきた時、誰が出迎えてやるのか。誰があの子を守ってやるのか……ロルカの遠い昔の記憶が黒い風の影響を受けて持ち上がってくる。混乱したロルカは扉に手をかけてへたり込んでしまった。
「ううう……」
「ロルカ! しっかりしなさい。意識を保ちなさい」
「参謀さん……うう」
参謀がロルカの背を撫でて宥めてる参謀にフラットは自らを指差して訴えた。自分が行くと参謀の目を真っ直ぐに見て伝える。
「フラット……いいえ、許可出来ません。あなたには見えていないかもしれませんが、城を一歩出れば悪い影たちの餌食になってしまいます。どこに居るかもわからないでしょう?」
「ふ! ふ!」
「あそこの地面が割れている所に居るんです。ましてや、え? 見える?」
「ふ!」
「あれ? え、見えてるのに行こうとしてるんですか?」
「ふ!」
フラットには何も見えていないから追いかけようとしていると思った参謀の頭にハテナが浮かぶ。フラットは震える足をばしばしと叩いて落ち着かせるともう一度参謀を見つめる。フラットが恐怖心を抑え込んでまでサリ様を追いかけようとしている、と参謀は胸の詰まる思いだった。感動して涙が出そうだ。
「でもだめです!」
「……ふ!」
二人のやり取りを後ろに聞いていたシシモが声をあげた。
「サリ! もう少しだよ!」
いつの間にかサリは真ん中池まであと少しの所まで進んでいた。しかし眼の前には大きな地割れが出来ている。この強風の中飛び越えるのは難しく、裂け目が狭い所まで回り込まなくてはならない。サリは一歩ずつ横にずれて幅な狭い所まで進む。跨げそうな所まで来たので足を持ち上げると一際強い風が吹きサリの背中を吹き飛ばした。抵抗することもできないサリの身体は煽られるままに転がる。しかしうまい具合に真ん中池の方に飛ばされ、目的までは目と鼻の先だった。
「う!……アジエーリダ!」
「!」
やはり戦っていたのはアジエーリダだった。片腕に何かを捕まえているようだが、真ん中池から湧き出る無数の影がその捕まえているものを奪おうとしているようだった。黒い風に視界を奪われ眼の前の影達で手一杯だったアジエーリダはようやくサリに気付いたようだった。
「サリ! 何してる! 戻れ」
「アジエーリダも、一緒に!」
「ぐ!」
アジエーリダの隙をついて影が腕に飛びついた。腕を振り払いなんとか荷物を守る。
「さり! これを持って戻っててくれ!」
アジエーリダは影達に素早く攻撃をすると、一瞬の隙をついてサリに荷物を渡した。
「アジエーリダ!」
「大丈夫だ! 行け!」
アジエーリダは青く輝く塊をサリに渡すと城の方へと突き飛ばした。黒い影達がアジエーリダに集まってくる。大丈夫な訳が無い。サリはアジエーリダを助けようとしたが、こんなときに頭に鈍痛が走って動けなくなってしまった。
「サリ!」
影の一つがサリの軽い身体にぶつかった。簡単に飛ばされたサリはころころと城の方に転がる。
「アジエーリダ……っ」
二人とも大ピンチ。城の扉から出てしまわないようにでも身を乗り出して全員で応援するがサリが全く動かない。ロルカが泣き叫ぶ。フラットは意を決して城の外へ飛び出した。
「フラット!」
「いけません戻ってください!」
「フラットー!」
城の外に飛び出すと、見えていた景色とは全く違っていた。黒い塵のようなものが轟々と吹き付けている。これは走って進むのは難しい。でもサリの姿は見えている。影が足を取ろうとする。横から吹き付ける風にバランスを崩して転びそうになる。影に腕を掴まれた。慌てて腕を振り回し叩いて逃げる。フラットは腕を顔の前に組んで我武者羅に進んだ。
「は、は、」
「……フラット」
短い息を吐き出してなんとかサリのところへたどり着いた。弱々しく顔を上げたサリの額には赤い血が流れていた。
(怪我をしたのか!)
フラットはサリを抱き抱えた。フードから出てきた小さな黒い生き物がサリの腹の上に降り、寄って来ようとする影をカッカッと威嚇する。思うように前に進めない。塵が吹雪く向こうには城の扉からやいやいといっているみんなの姿が見えた。
(あそこまで! なんとか!)
「!」
地割れで出来た段差にガツッと躓いた。片膝をついて転ぶのは免れたが、なんとか立ち上がり一歩ずつ進む。一歩ずつだか進み続ければみんなのいる所へ辿り着ける。しかし次々と起こる地割れに足が取られる。あ! とまた躓いてしまった。両方の膝をついてしまった。フラットの膝の下の地割れが段々と幅を広げていく。立ち上がらなければ落ちてしまう。焦るフラットの耳元でサリが何か呟いた。
「?」
(なんて?)
なんとか立ち上がろうとするが体制が整わない。一際強い風が吹くとフラットの身体に黒い物が覆いかぶさった。
「!!」
「ごくろうであった」
黒いマントでフラットごと二人と一匹を包み込むと、王は城まで一足で飛んでいった。
「サリ様!」
「フラット!!」
わんわんと皆がフラットとサリに駆け寄り王から奪い取ると涙を流したり体を触って無事を確認したりした。ロルカは主の顔をみてひ! 短い悲鳴を上げた。そうだ怪我をしていた。早く手当しなくては。しかし身体が重い。シシモがフラットにしがみつき何か言っているがよく聞こえなかった。泥に飲み込まれた時のように耳が詰まったような感覚だった。そうだ、あの人は大丈夫だろうか。朦朧とする意識の中でフラットは後ろを振り返った。一歩出てしまえば塵の吹雪だったのに城の中に入るとそんなものは見えなかった。地割れの向こう側から黒い大きな獣と加えられた人の姿が見えた。
(無事だった……)
フラットは意識を手放した。




