38 Break
太陽が沈み山にかかる頃、ジルは月を手に持ち水槽の前で待機していた。
「そろそろですね」
参謀が声を掛けると皆が水槽の周りに集まった。よござんすか、よござんすね! と今か今かと出番を待っていたジルが声をあげる。
「それでは、この、おっ月さまを浮かべるでやんす!」
とぷん。
少し高い位置から落とした月は水槽の下へ沈み、ぷかぷかと浮かび上がると登り山の後ろで動きを止めた。
「それじゃあ外へ……!」
「きゃっ」
「あわわわ」
突然城がずん、と揺れた。めりめりと地鳴りが響く。大広間の扉が揺れて冷たい気配が行ったり来たりしている。
「落ち着け! 揺れただけだ」
ざわざわめそめそと大広間が騒がしくなる。
「サリ様!」
「ああ、行ってくる」
「ふ!」
大広間を出ていくサリにフラットはついて行く。僕も私もと全員がついて行こうとするのを参謀が引き止めた。
「私達は影達を落ち着かせなくては。シシモ、それからフラット、サリ様を頼みますよ」
「うん!」
「ふ!」
後から行きますという参謀に背中を押されて三人は外へと急いだ。
大広間を出て広間に向かい、来た時と同じ暗い廊下をぐるりと周るのかと思いきや、サリがこっちだと手招きをした。広間にもう一つの扉があった。サリを先頭にして三人は走る。
「あ!」
サリの後ろを走っていたシシモが、サリのフードから顔を出した小さい黒い生き物に気がついて声をあげた。
「連れてきてしまったが、しょうがない、このまま行こう」
「うん!」
飼い主の許可を得た小さい生き物はシシモの頭を踏み台にしてフラットの肩に飛び移った。
広間から続く細い廊下には蝋燭が無く、足下で疎らに散らばる発光する石を頼りに進むしかない。仄青い光を放つ廊下は幻想的なようで不気味だ。細かく続く地鳴りで天井から埃が落ちてくる。真っ直ぐに伸びる廊下は城の正面の入り口への近道になっていた。廊下の突き当りにたどり着き、鉄でできたような重たい扉をサリが体全部を使って開けようとする。フラットとシシモも後ろから押して手伝う。ぎぎぎと不気味な音を立てて開いた扉から出ると正面に外へ繋がる扉があった。肩で息をしているサリに変わってシシモが扉を開けた。沈み山から漏れている太陽の明かりが扉の隙間から差し込む。サリは目を細めて腕で顔を覆った。先に外を見たシシモが力なく呟いた。
「ひどい……」
フラットはサリを背に隠して開いた扉から外を見た。酷い。石で出来た地面は所々が隆起し無数のひびが入っている。大きく割れて穴が空いているところも見えた。
「?」
ヒビ割れのそのもっとずっと奥の方に水面が見える。空に波紋が浮かび太陽が無くなると、登り山から顔を出した月の淡い光だけになった。きらきらと揺れる水面の辺りに誰かいる。
暗くなったのを確認してサリがフラットの後ろから前へ出た。
「なんだ、これは……」
「こわい……」
シシモは横に並んだサリのマントをぐっと掴んだ。二人にはあの動き回る人影が見えないのだろうか。フラットは人より目が良かった。遠くを眺める癖がありいつの間にか鍛えられていた視力は、溺れているような何かと戦っているような人影を確実に捉えていた。
「ふ! ふ!」
「なんだ?」
何かを訴えるように指を指すフラットの手の先をサリは目を凝らして見た。
「アジエーリダだ!」
「!」
サリの真似をして目を細めていたシシモが叫んだ。サリの肩がびくりと揺れた。
「アジエーリダ……どうしてあんな所にいる!」
サリは城から飛び出して人影の方に走りだした。慌てて小さい生き物がサリのフードに飛び移る。
「サリ! だめだよ戻って!」
「大丈夫だ!」
サリは一度振り返りそう言うと一歩ずつ強風に煽られているように進んで行った。地割れを跨ぎ顔の前で腕を組む。マントがばたばたと揺れている。地割れによる揺れは続いているが城の扉から顔を出しているフラットには風は感じられなかった。一歩出ると別の世界なんだろうか。
「あ! 影が! フラット、どうしよう!」
「!……」
地割れの割れ目から黒い影が湧き上がりどろどろと人のような形を作っていく。窓から見えていた影を近くに見てフラットは恐怖を感じた。あんな奴らがいる所で大丈夫な訳が無い。サリを追いかけようとするが足が竦む。すると後ろからばたばたと足音が近づいてきた。参謀たちが来たようだ。
「どうですか!?」
「サリ様? サリ様はどこ!?」
ロルカが長い髪を振り乱してサリを探す。シシモが外を指差すとロルカは悲鳴を上げた。




