34 FLAT
扉を擦る音が聞こえる。誰か来たな。
「おじゃまします。起きていらっしゃる?」
小さなノックの音に続いて顔を出したのはロルカだった。銀色の髪が緑の部屋の緑を吸い込んで緑に見える。
「ふ」
「起きてましたのね、良かった」
「?」
「実は大変な事態が起こっているのです」
「……ふ」
「この世の危機なのです」
「!」
この世の危機? この世に危機があるのか?
真剣な顔で話すロルカが嘘を付いているとは思えない。こちらに来てからこちらの人達が代わる代わるフラットの世話や話し相手をしてくれたが、みんな面倒臭がることもなく誠実で悪い人はいないように思っていた。こちらの世の事を隠さずに説明もしてくれた。こちらに連れてきてしまった負い目もあるかもしれないが、あちらの世界の人間と同じ感覚を持っていない可能性だってあった。生きた人間だからといってあちらに帰す必要は無いと考えるかもしれない。しかしそのような事もなく、大変だといってなんとかしようとしてくれていた。最初は不安になる事も多かったが、いつの間にかこの短い期間でこの世の人達を信頼していた事に気付かされた。そんな人達の一人ロルカがいうんだから危機なんだろう。
「ひとまずサリ様の部屋へ連れてくるようにという任務を受けましたので、一緒に参りましょう」
「……ふ」
任務? フラットは首を傾げつつも大人しくベッドから降りた。この部屋からは二回だけ出たことがあったが、サリの部屋は行ったことがなかった。シシモが探検しようというので図書館と応接間に行ってみた事がある。もう少し進むと城の正面の扉のがあるので外に出ないようにと念を押された。サリの部屋はどうなっているんだろう。女の子の部屋に行った事はないのだが、この部屋みたいに一色で染まっているんだろうか。赤だとちょっと怖いかな、青はありそうかも。それともお姫様だからフリルだらけの部屋だろうか。少し緊張しながらロルカの後をついてサリの部屋に向かった。
「サリ様のお部屋がある所は暗いので足元に気をつけてくださいましね」
ロルカが言っていた通りぐるりと壁を伝って緑の部屋の方からしばらく進んで来たが、燭台がぽつぽつと見える程度の暗さだった。8つ目と9つ目の燭台の間にサリの部屋へ繋がる通路があるという。一体どこから数えての8つ目と9つ目なのだろうか。燭台は緑の部屋のもっと向こうからずっと等間隔で設置されているようだった。聞きたいけと言葉が出ない。
「6……あれが7……」
「……」
ロルカは壁に手を当てながら真剣に数えている。何か手伝えないかとフラットも壁に手を伸ばしてみた。あれ、壁がない。
「ふ! ふ!」
「お待ち下さい、今、数えて、え?」
ロルカの肩を叩いて壁がない所を指差す。奥にちらちらと揺れる炎ときらきらと赤く仄めくものが見えていた。
「あら?」
フラットが指差す方をロルカは目を細めて見てここです! と満面の笑みを見せた。
「この黒くて丸くて艶々の石がサリ様の部屋の目印です」
「ふ」
ロルカは通路を進むと煌めく石をつるつると撫でた。王様の部屋の目印は金色なんですのよ、と雑学を教えながら小さくノックをした。
「失礼します……」
「……」
フラットに向けてしーっと人差し指を口元に当てて静かに入るように促す。体調が良くなくて休んでいると道すがら聞いていたので、ロルカの後ろからそーっと部屋を覗いた。部屋の中は静まり返っていた。まだ眠っているようだった。厚手の黒いレースのカーテンの向こうはまだ明るい時間帯みたいだが薄暗い部屋の中は夜のようだった。
(そうだよな、黒だよな)
フラットは少しがっかりした。




