29 PRINCESS
生きた人間がこちらの世にやってきてしまってから四回目の月が昇った。王はまだ帰ってこない。ビシルテオの捕獲は上手くいっているだろうか。
この日もサリはいつも通り影達の相手をしてから緑の部屋に向かっていた。しかしこの日はいつもより頭が痛い。途中で休憩することにした。城の通路には所々に座れるスペースがある。燭台の灯りで照らされただけの壁に窪みがあり、壁と繋がった座れる部分があるだけなのだがこのニッチな窪みに嵌まるとなんだかとても落ち着く。たまに広間から抜け出した影が座っていることもあるのだがちょうど空いていたので三人くらいなら座れそうなスペースの端っこにサリは腰を降ろした。
この世については大体の説明をしたと思う。最初にうっかり伝えるのを忘れてしまった城の外に出てはいけないということも伝えた。王が創ったこの城の中は安全だが、城を出るとほぼあの世だ。この世そのものが王の創造物ではあるのだが、城の外には異形の者がやってくることも少なくはなかった。危害を加えたり、一緒に連れて行かれる可能性もある。彼らは意味も理由も何も持っていないので何をするかわからない怖さがあった。サリも外に出る事はあっても城からあまり離れないようにしていた。フラットから窓を開けようとしたと聞いた時はどきりとしてしまった。
「あ! サリだ!」
「シシモ、こんばんは」
「こんばんは」
ぱたぱたと軽い足音と共にシシモがサリに駆け寄ってきた。シシモはサリの座っているスペースの横に飛び乗ると、サリの顔を覗き込んでこそこそとサリに話しかけた。
「あたまいたい?」
「ああ、少し。休んでいたから大分良くなった」
シシモは賢いだけではなく気遣いもできる。体調の悪そうなサリを気遣って小さな声で話しかける。
「このあとフラットのところ行く?」
「うん」
「僕も一緒に行くね」
「そうしよう」
「ふふ」
シシモはサリの身体にそっとより掛かる。軽い重みが心地良い。もう少し休んでから一緒にフラットの所へ向かうことにした。
僕がノックするね。
うん。
緑の部屋の窓辺でぼうっと外を眺めていたフラットの耳に、馴染み始めた声が聞こえてきた。扉がノックされて二人の顔がひょこりと扉から出てきた。
「フラット起きてた!」
「ふ」
「調子はどう?」
「ふ!」
フラットはこくりと頷いて調子が良くなってきたことを伝えた。あ、それと、というように目の前で手を叩くとカーディガンのポケットに手を突っ込んだ。はて、なんだろうと首を傾げているサリとシシモに手のひらを開いて見せた。ここに来た日、学校で創ったトウカの保存食だった。ずっと硬いものがあると思っていたのだが、ようやくその原因を探す気になりポケットに手を入れてみたら入っていたのだ。
「これはなんだ?」
「動物の角?」
「ふ」
確かに何かの動物の角や牙のような形をしていた。甘いトウカの樹液を固めて作ってあったから少し光沢もある。フラットはトウカの保存食を少しかじって食べてみせた。かりっと砕けるような音がした。サリとシシモはそんなフラットを見て目を見開いた。
「食べ物!?」
「ふ」
「どうして……」
なぜ腐らずにフラットに着いてこれたのだろうか。疑問はあるが、フラットはサリ向かってその保存食を差し出した。
「ふ」
「食べてみる?」
「ああ……いやでも」
食べてみたいけど食べても大丈夫だろうかと悩んでいる様子のサリに、フラットはサイドテーブルにあった硬そうな本の背表紙で保存食を少し砕いた。ロルカの本、「王と私」だ。小さく割れた欠片をサリに差し出す。シシモにも差し出してみるとなんの迷いもなく受け取って口に含んだ。
「! あまいねえ」
幸せそうにふやけたような表情をするシシモに、男らしいなと一言もらすと、サリも意を決して口の中に小さな欠片を放り込んだ。
「! 甘い」
「ふ」
シシモと同じように顔を綻ばせたサリにフラットも頬が緩んだ。




