27 FLAT
どれくらい眠っていたのだろうか。一緒に眠ったはずの二人の姿が見えなかった。一匹はまだフラットの腹の上ですこすこと寝息をたてていた。それにしてもこの生き物は、犬だろうか、猫だろうか。体の割に手足が大きく耳は丸い形をしている。尻尾は短い。サリの髪の毛でできているのだろうか、そっくりだ。小さな黒い生き物を優しく撫でる。
「……」
しんと静まり返った緑の部屋でフラットは色々なことを考えなければならなかった。まずはこの出なくなってしまった声。全く出ないわけではないが気合を入れて息を吐き出すと少し声が混ざるという程度。ふっ! とか、はっ! とか声を出してみるが調子が良くなっている気配は無かった。時間が解決してくれるだろうか。ふー、と長い息を吐いた。この世は死んだ人の世界、つまり死後の世界ということ? でも自分はまだ生きている。そう、シシモはまだ、と言っていた。
「……」
背筋がぶるっと震えた。これについては考えないほうがいいかもしれない。話の続きはまたとサリが言っていたから、自分の世界へ帰る方法の話かもしれない。もっと情報を得てから考える事にして、一旦これは置いておくことにする。それから、あ、名前……。手のひらから伝わってくる体温に目を向ける。寝息がすこすこ言っているからスコはどうだろうか、だめか。可愛くも格好良くもない。強そうな名前がいいかな。アレクサンダーとか、ちょっと違うか。ちび、くろいろ、ねてばかり。なかなかいい名前が浮かばない。
しばらく名前を考えるふりをしながら現実逃避していると、扉の向こうからころころと何かの音が聞こえてきた。その音は一度通り過ぎるとまた戻ってきて扉の前で止まったようだった。なんだか扉を撫でるような擦るような音が聞こえてから小さな音で扉が二回叩かれた。フラットはびくっと肩を震わせた。そーっと扉が開かれていく。
「しつれいしまーす」
そーっと部屋の中に入ってきたのはロルカだった。お互いに目が合うとびくっと震えた。
「あ! 起きていたんですね!」
「ふ」
お互いになんだか少し気恥ずかしくなってしまった。調子はいかがですか、と誤魔化すようにロルカが水差しの用意をする。そういえば、水はあるんだなとフラットは思った。フラットの視線が水に向かっていると気付いたロルカははっとした。人間は食べなくてはならない! お水だけをのんびりと運んできてしまったわ! と、腹ペコであろう可哀想なフラットを見ると涙が盛り上がってきた。
「ごめんなさい! お水しかなくて。お腹が空いてしまったかしら!」
「……ふ」
「あ、え、べつに?」
「ふ」
フラットも首を傾げた。そういえば、お腹が空いたという感覚がない。喉は乾いてるのに。なんだか胸がざわざわとした。そんなフラットの胸中は知らずにロルカはなら良かったと涙を引っ込めた。
「ミルクはあるんですけど、こちらの関係の生き物のミルクだから口にしないほうが良いかというお話になったんです」
「ふ?」
「このお水ですか? これはあなたの世と繋がっている物だから問題ないかなと思って」
ちょっと不安な解答だが喉は乾いているので水は飲みたい。それに、すでに一度口にしてしまっていた。
「こちらの世では食事の必要がないんです。バルバタなんかは食べるフリをしたくて、宰相さんと一緒に食堂に行ったりもしますけど」
「ふ」
「ああ、でもサリ様は、食べなくちゃ……」
ロルカはフラットに水の入ったカップを渡すと主の事を思い出し、話を始めた。なんでもサリの体は生きた人間の体だから栄養が足りていないんだそうだ。だから少しでもなんとしても何かを口にしてほしくて食事としてミルクティーを出しているのだが、サリはそれが好きではないらしい。それは、ミルクティーといっているけど、実はミルクに栄養の素を入れただけのものらしく、その栄養の素がなんだか美味しくないのだそうだ。しかしこれはサリには秘密の事らしい。栄養の素ではなく紅茶をミルクで割ったらこんな味になるから頑張って飲むようにいっているそうだ。そんな秘密の話を聞いてしまっていいのだろうか。それにサリの体が生きた人間と同じ? 一体どういう事なんだろう。




