22 Claudio
上手くクラントロワ城に潜伏して一晩を過ごした。客人として迎えられた王はなかなか寝心地の良い寝具のある部屋を与えられていた。長い髪を邪魔にならないように編んでいく。一応鏡を除いて人間に見えるか確認すると、頭から二本の黒い立派な角が突き出ていた。
「ふむ」
王は角を一撫でしてしまい込むと木でできた扉を開けて部屋を出た。
「おはようございます!」
「ふむ」
部屋の外にいた警備兵が王に挨拶をした。確か部屋に案内したのも同じ男だったはず。一晩中扉の前にいたのだろうか。関心な事だ、と王は頷いた。しかしどうやらそうではなくて、警備兵は王を呼びに来たようだった。
「クラウディオ殿下から面会の時間を伺い預かっております」
「ふむ」
警備兵は胸元のポケットから封筒を取り出し王に差し出した。しっかりと封緘の印が押されてあった。
「ご苦労であった」
「は!」
まるで自分の臣下の様な態度を見せる王に、何の疑問も持たずに警備兵は敬礼をして去っていった。
さて。王は出てきたばかりの部屋の中へ戻った。さすがに一国の主ともなると力を使って会いに行くことは簡単には行かず、まずは正規の手筈を踏んで面会を申し入れてみることにしたのだった。都合の良い事にアジエーリダがクラントロワ城に出入りしていたので利用させてもらった。親族として働き口を探しているから一度お会いしたく候、というものだった。因みに候というのは最近王が密かに気に入っている東の国の昔の言葉だった。
王が封筒をあけ中身を確認すると一枚のカードが入っていた。
『親愛なるアジエーリダの伯父上と伺った。是非一度ご挨拶したく候。』
「ふむ。あいわかった」
クラウディオ王子は話のわかる人物のようだ。王は感心した。しかし親愛なるとは、我が息子は迷惑をかけていないだろうかと王の親心が軋んだ。
約束までには時間があるという事で、王は街の様子を見に行くことにした。そして嫌な気配にすぐに気がついた。
「ふむ」
これは、まずい。クラントロワ城で過ごしている間、やはりビシルテオの塵の気配が強く城の中にいると確信していたが、薄く、薄く、大気に紛れるようにビシルテオの塵が匂う。城下町だと言うには人間達も疎らだった。かと思えば慌ただしく駆けていく人間も見受けられる。この塵を一つに纏めて持ち帰るには、骨が折れる。風に乗って消滅するのを待つ方が有効かもしれない。
「……すまないことをしてしまった」
王は反省した。
王は街を散策しつつ薄まったビシルテオの塵を回収していった。約束の時間まで集めて歩いたが綿ぼこり程度にしか塵は集まらなかった。
クラントロワ城に戻った王はクラウディオの待つ応接間に通された。応接間と言っても大きな会合を開けるような広い部屋に豪華な白い石で出来たテーブルセットが置かれているような部屋だった。そしてそのテーブルセットにぽつんと一人の人間が座っていた。王が入ってきたのを見て青年は立ち上がる。長い三つ編みが揺れた。女性にしては逞しく、男性にしては美しい中性的な顔立ちの青年だった。青年は案内をした警備兵を下がらせると、なんと王に向かって頭を下げた。
「お初にお目にかかります」
「クラウディオか」
「はい」
王は青年に近付くと、意外と小さいなと呟いた。クラウディオは目を丸くしたが、すぐに苦笑を漏らした。どうぞ、と王に椅子を差し出した。王は頷くとどっかりと腰掛けた。
「貴殿は……」
「ふむ?」
クラウディオは何か言い辛そうに口をまごつかせたが、王の顔を見て意を決したように言った。
「貴殿も、あちらの世の人ですか」
「!」
今度は王が目を丸くした。しかし苦笑は漏れない。何ということだ。アジエーリダはこのクラウディオという男に自分の正体を話しているのだろうか。王の驚きは止まらなかった。見開かれたままの王の眼にクラウディオは少し怖気づいた。
「突然、失礼な事を聞いてしまって……」
「いや……いや、構わぬ」
王は角が飛び出てきそうな気がして頭を抑えた。クラウディオは首を傾げて困った顔をした。
「ふむ」
「……私は、アジエーリダに頼っています。国を建て直すために、彼の知恵が必要だった」
「……」
確かにこんな、今でも若い歳の青年が一国を背負っているのだ。周りに頼れる者がいたとしても、国を建て直すなどそれは難しい問題だ。
「アジエーリダは、クラウディオ殿に自らを何といった」
「……この世の者ではないと。しかし、生きているのだとも。人間の力を見たい、生活を見たい、だから知恵を貸す。対価はこの国の人間としての存在だと。私は、彼を受け入れました。初めはもちろん信じなかった。彼と遭ったのはおよそ十年前、あの反逆を起こしたすぐ後です。私には頼れる人も何人かいた。希望を失わない強い民もいた。信じて支えになってくれる存在もいた。しかし、自分に……確信を持てていなかった。本当にやり遂げられるのか。……謀反を起こしたのだって私には考えられなかった。それでも苦しむ民を見過ごす事は、もう出来なかった。だから、父をこの手で……」
クラウディオは独白の様にあの時の事を王に話した。王はしっかりとクラウディオの話しを聞いているふりをして、そんなに話してしまって問題ないのかと変な心配をしていた。アジエーリダの関係者だと言って、突然現れた王を信用し過ぎではないのかと。偽物だとは思わないのだろうかと。人間のフリをしていても、何処か人と違う空気があるかもしれないが……王はクラウディオの話が頭に入ってこないので聞いてみる事にした。
「我を信用しているのか」
「え……?」
「アジエーリダとは無関係の人間かも知れぬぞ」
「あ……」
クラウディオは、王の言っている意味を理解すると、顔を綻ばせた。
「問題ありません。私は貴方があちらの世の人だと確信しています。アジエーリダと共にいたからか、元からなのかはわかりかねるが、わかるんです」
「ふむ、そうか」
ならば、問題ないかと王はあっさりと頷いた。




