20 PRINCESS
黒いレースのカーテン越しに空を見上げた。月が昇っている。いつもより休む時間が短かったせいか、サリの頭はぼんやりと霞が掛かった様だった。動いたらすぐにでも頭痛が襲ってきそうだった。最近の頭痛は耳の上辺りがキリキリと痛む。黒い小さな生き物を抱えるとロルカが来る前にゆっくりとテーブルについた。具合が良くない事を悟られてしまうとまた泣いてしまうだろうし、休んでいるように言われかねない。王が不在の今、影達と対話が出来るのはサリだけだ。休んでいるのは気が引けてしまう。何としても悟られてはいけない。扉の向こうの暗い廊下からころころと小気味よいいつもの音が聞こえてきた。ロルカが来たようだ。サリは背筋を伸ばしてフードを深く被った。
「サリ様、失礼します」
「ああ」
「起きていらっしゃったんですね」
ロルカは手際よくテーブルにティーセットを並べていく。またあれを飲まなくてはならないのかとサリの気分は沈んでいった。しかしあれを口にすると少し調子が良くなるのは確かだ。サリは気合を入れた。そんな様子に気が付くこともなくロルカは美しい顔に満面の笑みを浮かべて口を開いた。
「報告があるんです!」
「? どうぞ」
「少年が目を覚ましました! お名前はフラットと言います」
「! そうか、良かった」
思わぬ吉報にサリの気持ちが少しだけ楽になった。
ロルカは参謀に伝えた時と同じように少年についてわかった事を報告した。言葉が不自由な状態であること、身体に外傷は無いこと、瞳が緑色だということ。それから乱暴な人間では無さそうだと言うことも付け足した。サリは顎に枯れ枝のような指を当てて考えた。自分と同じ様に言葉を真ん中池に落としてきてしまったのかも知れないと。しかしサリの視るという力はこの世へ来た時に全て落として来てしまった。全く見えなかったのだ。王が慌てて真ん中池に探しに行き、見つけた時には少し小さくなってしまっていた。だからか、未だにサリは強い光を見ると目に痛みが出てしまう。しかし少年の場合は一応話す事はできるのだ。耳も聴こえている。サリとは存在自体違うが、症状も違う所に出ている。真ん中池に落としてきたと言うふうにだけ考えるのはもしかしたら間違いかも知れない。サリは頭を回転させて考えたが、何だか頭痛が見え隠れしてきた。
「今は参謀さんが見てくださっています。また眠ってしまいましたけど、お部屋にいきますか?」
「ん、そうだな。しばらく参謀殿に任せよう。影達の様子も気になるし、見回ってから向かう」
「そうですね。わかりました」
サリは一度頭を冷やしたかった。今考えたとしても何も纏まらないと思ったのだ。
「ロルカは、今日は休んで。王が戻ってくるまでは交代で少年の様子を見なくちゃならないから」
「そう、ですか……かしこまりました」
「?」
ロルカはサリが休んでいる間も少年の側に付いていてくれた。少年が目を覚ました時も側にいて重要な情報を聞き出す事もした。きっと疲れているだろうと、そう考えてサリは休みを提案したのだが、何故だがロルカの表情は曇ってしまった。
「何か気になる?」
「ん〜……、はい……その、彼とまたお話をしたいのです」
ロルカは少年の顔に何か引っかかることがある様だった。一瞬ロルカの瞳がぼんやりと遠くを見つめたのをサリは見逃さなかった。
「そうか……」
そしてロルカにしては珍しく、何かを難しそうに考えている表情を見せた。もしかしたら、ロルカも何かを、ロルカにとって大切な何かを掴みかけているのかも知れなかった。それはこの世にいる者達と同じ様に、あるべき所へ返る為の切欠になるかも知れなかった。しかし、少年とまた話したいと言ってもいつまた目を覚ますのかはわからない。やはりロルカにも休養を取っておいて欲しかった。
「少年が目を覚ましたと言っても、すぐにこの世から居なくなる事はない。今のうちにロルカにも休んでおいて欲しい」
「はい……それもそうですね!」
納得したように大きく頷くと、いつもの微笑みが戻っていた。サリの口角も少しだけ持ち上がる。少しずつ飲んでいたミルクティーもあと半分もない。サリは気合を入れ直すと一気に飲み干した。すかさずロルカがお替りを注いだ。
「あ、まだあります」
「え……」
注がれてしまった物は仕方がない……とサリはまたちびちびとカップに口をつけて中身を減らしていった。




