17 A Brain
王がビシルテオを探しに行ってから初めての月の刻が来た。民達に特に異変が無い事に参謀は胸を撫で下ろしていた。この世は我が主、王が創り出した物。あまり長い間の王の不在はこの世に何かしらの影響を及ぼすだろうと懸念していたのだが、月が六度昇るまでは問題の無いことがわかっていた。この世の姫を探しに行った時にそれは実証済みであった。しかし六度目の月が沈む頃に真ん中池の水が半分ほどまで減ってしまった。限界は六度目の月であるという見解だった。それに、懸念すべきはこの世の事だけでは無い。ビシルテオの闇があちらの世の人間達に及ぼす影響も考えねばならなかった。それは軽い風邪の蔓延だったり、転ぶ人間が続出したり、喧嘩が頻繁に起きる様になったりと些細な事と言ってしまえばそうかもしれないが、ビシルテオが向かったと思われるクラントロワは今が大切な時期だった。若い王が誕生する直前である。国民の心が落ち着かない中での不安な出来事は大火になりかねない。またも争いを始めてしまうかも知れない。なんとしても、どちらの国にとっても早急なビシルテオの捕獲が最優先だった。
「ロルカ、居ますか?」
参謀は少年の様子を伺う為、緑の部屋を訪れていた。
「はい、はい、あら参謀さん」
其処には何やら慌てた様子のロルカと床に捨てられた甲冑があった。一体何があったのやらと思ったが、まあロルカの事だから色々と考えすぎた結果の現状なのだろうと特に気に止めない事にした。
「丁度良い所に来てくださいました」
「……ほんとに?」
乱れた長い髪を慌てて整えるロルカに本当に丁度良かったのかという疑問が浮いてしまう。しかしロルカは髪を整えると何事も無かったかのように甲冑を片付け始めた。
「ええ。サリ様のお食事の用意をしに行こうと思ってましたの。でも彼が一人になってしまうからどうしようかと」
重そうに甲冑を持ち上げるロルカを手伝ってやると、ああそうだ! とロルカが掌を打った。甲冑が床に落ちる寸前で受け止める事が出来て良かった。大きな物音で少年が目を覚ましてしまう。
「彼はフラットという名前です」
「あ、え? 起きたんですか?」
参謀は甲冑を支えた中腰の状態でロルカを仰ぎ見た。
「ええ、一度目を覚ましましたの」
「どこか痛い所があったりはしませんでしたか?」
「ええ。身体は無事なようです。でも、その……」
「な、なんです?」
ロルカが何かを言い淀んでいる。参謀の首筋に冷たい空気が流れる。何か良くない事があったのか。
「言葉が……ちゃんと話す事が、出来ないのです」
「言葉……ですか」
「はい」
声を出す事は出来るが、とても小さくはっきりと聞こえないとロルカは伝えた。しかし意思の疎通はできるのだということも。ついでに緑色の瞳を持っている事も伝えた。参謀は腕を組んで考えた。それは、この世の姫、サリの目と同じような事なのではないかと。だとすれば、サリの目が今も弱い事を考えると何か後遺症のような物が残ってしまうのでは無いかと思ったのだ。
「わかりました。少し、考えてみます」
「ええ……」
「ここは代わりますから、サリ様の所へ行ってください」
「ええ、ありがとうございます」
ロルカが緑の部屋を出ていくと参謀は首を傾げた。それにしても、何故甲冑を出したのかと。
王が戻るより前に、少年を無事にあちらの世へ返してやる為の何かしらの打開策を考えねばならなかった。まず身体無事な事に安堵はしたが、ロルカがいうには言葉に問題があるようだ。一度話してみないとなんとも言えないが、徐々に回復してくる可能性もある。言葉の件は後回しにして、身体をあちらへ返すという事を最優先で考えることにした。
「そういえばシシモが来ているみたいだな、呼んできて貰えば良かったか」
「呼んだ?」
「わ!」
なんとタイミングを計っていたかのように、シシモが扉から入ってきた。
「ああ驚いた……そう、呼びましたよ。来てくれてありがとうございます」
「えへへ、驚かせてごめんなさーい」
「いいえ、問題ありません」
参謀の驚きぶりにくすくすと笑いが収まらないシシモに参謀はバツの悪い顔をした。
「頼みがあるんですけど、聞いてもらえますか」
「もちろんだよ!」
「図書室からいくつか本を取ってきて欲しいんです」
「いいよ!」
参謀は懐から黒っぽいメモ用紙を取り出すと中指を押し当てて文字を浮かばせていった。指をずらす事にぽっ、ぽっ、という音と共に文字が浮かんでくる。最後の一文字を刻むまでシシモは口を開けたまま参謀の手元を覗き込んでいた。なんだか見ていて楽しくなった。参謀は文字を認めたメモ用紙を破るとシシモに渡した。
「重たいかもしれませんが、よろしくお願いします」
「任せてよ!」
シシモは頼られる事がとても嬉しい様で元気よく緑の部屋を飛び出していった。シシモを見ていると、この重大な事件も首尾良く良い方向へ向かっている気がしてくる。これが天使の力だろうかと参謀は感嘆の溜息を吐いた。
「我が主はいつ戻ってこれるだろうか」




