14 Cicimo
「おじゃましまーす」
小さな声で挨拶をしながら城の扉を開ける。今は明るい時間だから出迎える人がいない事はわかっていた。それはいつもの事だった。いつものように腕に抱えたお届け物のヤギのミルクを大食堂に置いたら、皆が動き始める暗い時間になるまでサリの部屋で過ごそうか、それとも城の中を探検しようか。シシモは両手に抱えた大切なお届け物を落とさないようにゆっくりと大食堂へ向かった。
「あ、ロルカ。こんにちは」
「あらシシモ。いらっしゃい」
シシモが大食堂に入ると何やらひやりと冷たい風を感じた。どうやらその空気はロルカのトロリーから発生しているようだった。
「ミルクを持ってきてくれたのね。どうもありがとう」
「うん。テーブルに置いていくね。ねえロルカ、そのトロリーには何があるの?」
「ああ、これは氷よ。サリ様のところへ運ぶのよ」
ロルカは水と氷の入った桶をシシモに見せた。
「僕が持っていくよ!」
「あら、いいの? 助かるわ。サリ様のお食事の用意もしたかったのよ」
「うん。あれ? サリ、起きてるの?」
いつもは休んでいる明るい時間なのに、とシシモは首を傾げた。
「ええ、今少し緊急事態なのよ」
「緊急事態!」
「サリ様は緑の部屋に居るからお願いね。私も後から行くわ。あ、お客様が居るから静かに入ってね」
「うん、わかった!」
シシモはロルカのトロリーをコロコロと引きながら緑の部屋へ向かった。トロリーの銀で出来た持ち手の所までひんやりと冷たくなっていた。小さなシシモには少し大きめのトロリーで、壁にぶつからないよう四苦八苦しながら緑の部屋にたどり着いた。緑の部屋の扉には緑の石が嵌められている。シシモは緑の石を一度確認してから小さく扉をノックした。
「サリー? 入るよー?」
ノックと同じ様に小さな声をかけてシシモは緑の部屋へ入った。しかし返事がない。
「サリ? あ!」
そこにはベッドに伏せて眠るサリと見たことの無い金髪の少年、そして見たことの無い小さな動物が肩を寄せ合うようにして眠っていた。
「いいなー。僕も仲間に入りたい……」
なんとも心地よさそうに眠る二人と一匹を見て、シシモは羨ましいと思ってしまった。
「ん……」
「あ、ごめんね、起こしちゃった」
「シシモか……いらっしゃい」
気配を感じたのかサリが瞼を擦って身を起こした。緑の部屋は眩しいのか、サリはフードを深くかぶり直すと、シシモと一緒にやってきたよく見るトロリーに気づいた。
「ロルカに会ったのか」
「うん。氷を持ってきたよ」
「ありがとう」
「そこの、お兄ちゃん病気なの?」
「ああ、熱があるみたいなんだ」
シシモはベッドで眠る少年に音を立てないようにそっと近づくと金色の前髪を払って顔を覗いた。そしてはっと息を飲んだ。
「? どうした」
シシモの様子にサリは首を傾げた。
「この、お兄ちゃんは王子様なのかな。すごく、かっこいいね!」
「……そうだな」
「うん!」
栗色の髪を持つシシモは少し金髪に憧れを持っていた。自分のくりくりとした丸い目とは違った切れ長の目元もかっこいいと、シシモは一頻り少年の顔を眺めて褒めた。
「女の子はサリが一番だよ!」
「うん、ありがとう。それより、せっかく氷を持ってきてくれたから、冷やしてやろう」
「そうだね!」
シシモは桶の中から冷たい氷を持ち上げると眠る少年のシーツの上に並べていった。
「シシモ。そうじゃない」
「え? 熱があるときは大きい血管の所を冷やすってこの間お勉強したんだけど、ちがったかなあ」
「そうなのか」
サリも生きた人間の看病に詳しいわけではないが、勉強好きのシシモが言うならそうなのだろうと納得した。しかしこれではシーツから少年までびしょ濡れになってしまう。
「それも正解かもしれないが、今は頭を冷やしてやろう」
「頭だね、わかったよ」
シシモは少年の上に綺麗に並べた氷を再び水の入った桶に戻すと、少年のおでこに氷を乗せようとした。しかし、少し溶け始めた氷はうまくおでこに留まらず、シシモは苦戦した。全く形のいいおでこも考えものだな、と腕を組むシシモにサリは冷やすために用意しておいた清潔な布を氷水で濡らし、固く絞るとわたしてやった。
「そっか! こうやって冷やすんだね」
シシモは新しい事を知ったと嬉しそうに少年のおでこに冷たいタオルを乗せた。そしてまた少年の顔を眺めると感嘆の溜息をついた。
「ねえサリ、このお兄ちゃんは誰?」
「……さあ、誰だろうか」
「ええ!」
シシモはサリの耳元に口を寄せると小さな声で、知らない人を家に入れると危険があるんだよ、と教えた。サリはそうかと頷いた。
サリとシシモが暫く少年の看病をしていると、扉を叩く音が聞こえた。
「ロルカかな? サリの食事を用意するって言ってた」
「え……」
シシモが扉を開けるとそこにはティーポットとカップを乗せたトレーを持ったロルカが立っていた。
「遅くなりまして」
ロルカは一度お辞儀をすると緑の部屋へと足を踏み入れた。テーブルにトレーを置くとお食事です、とサリの為にカップにミルクティーを注いだ。
「シシモが先程持ってきてくれたミルクで用意しました。どうぞ」
「……あまりお腹は空いていない」
「せっかくシシモが持ってきてくれたのです。一杯だけでも」
「サリ。食べなきゃ大きくなれないんだよ?」
シシモはサリの細くなった腕を掴むと真剣な顔で言った。サリは観念して椅子から立ち上がると、ミルクティーの用意されたテーブルに着いた。




