13 Ajierida
水底の世を離れクラントロワへたどり着いた王はビシルテオの塵を探していた。その間にも彷徨える魂を幾つか見つけ小脇に抱えていた。愛しい娘は体調を崩していないだろうか。水底の世に何かあっても頼りになるレギュラー民がいる事はわかっているが、娘の事だけはどうしても気になって仕方がなかった。王は早々に用事を済ませて我が世に帰りたかった。
クラントロワ国は夕日で照らされ赤く燃える様な空の色をしていた。雨降り後の土の匂いが辺りに立ち昇っている。王は迷う事なくクラントロワの城へと向かった。土の匂いに混じって淀んだ空気が城へと続く道を辿った跡が見えていた。
王は立派な二本の角を隠し長い絹のような黒髪を一つに結わえると生きている人の振りをして歩く。
「あら、見ない顔のお兄さんだね。城へ行くのかい?」
「ああ」
「もうすぐクラウディオ王子の戴冠式があるから警備も強化してるみたいだよ。紹介状はあるのかい?」
「ああ」
「あら〜! ちゃんとした人だったんだね。余計なお世話だったかい」
村人と思わしきご婦人がご機嫌に王に話しかけてきた。淀んだ影の横でからからと笑う元気の良いご婦人。ご婦人には見えていないのだから何でもない事かもしれないが、人の世とは色々な物が入り乱れていて飽きないなと王は思った。
ご婦人は持っていきなと鳥の燻製を王に渡すと手を降って家に帰っていった。王は礼を言うと我が城に持って帰れるだろうかと考え、クラントロワ城へと急いだ。それにしても、道すがら幾人かの村人を見かけたが、皆活気に溢れていた。まだまだ土地は痩せているが、良い国になってきたと言うのが見て取れた。クラントロワの第一王子はまだまだ若いはずだがやり手なようだ。
「ふむ」
そんな国をまたしても、ビシルテオの影に脅かせる訳には行かない。こちらの世での十年の刻を持ってしても悪の塊が浄化する様子は見られなかった。もはや魂ごと消してしまおうと考えていた矢先、ビシルテオの魂の一部は逃げ出してしまった。甘い考えを持っていると同胞から言われた事はあるが、本当にそうなのかも知れない。悪であってもそれは魂に過ぎない。善の魂だけでは発展もしない。様々な考えも産まれない。この世の生き物の魂は様々な形をしているから好ましいと、王はそう思っていたのだが、考えを改めるべきかと反省した。
クラントロワ城の入り口にはご婦人の言っていた通り屈強な兵士が二人立っていた。なんと逞しく、鍛錬された男たちかと王は感心した。
「見ない顔だな。黒い髪とは珍しい」
「入城する為の紹介はあるか」
王は懐から封筒を一つ取り出すと兵士に渡した。何も書かれていないただの紙が入っていた。しかし、兵士たちは何かをふむふむと読むと、王を門の中へすんなりと通した。何が書かれていれば入城出来るのか、王にはわからない。しかし門番の兵士たちはもちろん知っている。王は兵士達の頭に働きかけ、入城できる内容が書いてあると見える様に暗示をかけたのだ。紙を見せて入れるのであれば、王に入れない所など無いと言っても過言ではなかった。門を通り過ぎる時には兵士達が王にお辞儀までしていた。一体我は何者として入城する事になっているのか。いつもこの様にする時は同じ事を考えてしまう王であった。
さて、ビシルテオの塵がある場所はわかる。しかし、さすが城の中というか、人目の無い所が無かった。
「もし、そちらの方何かお困りですか」
王の前に一人の少年が現れた。背が高く鼻の頭にそばかすのある邪気の無い少年だった。
「ふむ、王子殿下と謁見の約束があるのだが」
「そうなんですか?」
少年は眉を寄せて首を傾げた。王は懐から封筒を取り出すと、先程の兵士達と同じ様に少年に見せた。すると広間の奥にある階段から突然声が掛かった。声の方を向くとなんと王の知った顔があった。
「お待ちしておりました! クラウディオ王子がお待ちです。早くこちらへ」
「アジエーリダ様!」
そばかす少年も驚いた様で姿勢を正してアジエーリダにお辞儀をした。王もつられて姿勢を正した。
「ああ、かしこまらなくていいよ。それよりお客様を早くこちらへ」
「は、はい!」
そばかす少年は大きな声で返事をすると王の前から退き、王を階段へと促した。
「……此処にいたのか」
「んー。お久しぶりです、父君」
「ふむ。皆、お前をしばらく見ていないと気にしていた」
「へえー! そういえばそうかな……」
「ふむ」
城に居たのはアジエーリダ、王のもう一人の子であった。サリの兄弟である。この国では珍しいらしい黒髪は王ともサリとも同じだが、猫の様な好奇心の強そうな目が印象的な顔立ちをしていた。しかし、丁度良い所に居てくれたものだと王は無表情の下でほくそ笑んだ。
「アジエーリダよ、我が城へ帰れ。緊急事態だ」
「え、へ?」
アジエーリダはその大きな目を更に広げて狼狽えた。緊急事態だなんて王が言うなら、それは愛しい妹サリの事に間違いない。アジエーリダは声を潜めて王に問いかけた。
「サリに、何かあった?」
「ふむ、そうではない」
「あ、そう、なんだ」
アジエーリダは胸を撫で下ろした。ひとまず、体の弱い妹の無事は保証された。しかしならばなんだというのだ。アジエーリダの不可解そうな瞳に王は開き辛い口を抉じ開けた。
「……生きた人間がいる」
「……どこに」
「我が城だ」
「おー……それは、緊急事態だ」
「ふむ」
アジエーリダは大きな溜息を吐くと足を止めた。
「わかった。詳しい事情は参謀殿から聞くよ。取り敢えず王の間付近まで連れて行く」
「有難い」
「あの、黒い塵みたいなのは何か関係があるのか」
「……何処で目にした」
「王子の周りを彷徨いてるよ」
「あいわかった」
やはり狙いは第一王子の様だ。
「あれも、人間の件も王様の仕業?」
「まったく面目ない事だ」
アジエーリダの問いかけに全く悪気無く答える王に、アジエーリダは大きな溜息を吐いた。




