第八話 冥界の半霊剣士
博麗の巫女、博麗霊夢が紅魔館を訪れてから2日後。仕事の休暇の日であるため、八雲紫に事前指定されていた場所へと赴く。ただしリアムは黒い外套を纏い、深くフードを被って顔と執事服を隠していた。吸血鬼狩りによる襲撃や尾行、そしてリアム・ヴァンノエルが犯人ではないとバレていることを隠し、いざという時に戦略として利用するためである。無言のままリアムは進み、指定された場所、マヨイガにたどり着いた。
「君がリアム様?私は橙だよ!偉大なる紫様の式神である藍様の式神だぞ!」
やってきたリアムにひっそりと存在している日本古来の家から現れたのは猫の耳と尻尾が生えた少女だった。リアムは自己紹介から紫からの使者であることに気づく。そして、リアムは事前指定されている「尾行などはされていない」という合言葉を口にする。
「《博麗神社に賽銭を》って、やはりふざけているだろう、この合言葉」
「リアム様で間違い無いのですね!これから紫様にスキマを開いてもらうのでそこから紫様の元へ向かってください!」
「承知した」
「では、紫様!スキマを開いてください!」
橙の声と共にリアムの目の前にスキマが口を開く。リアムは橙に軽く会釈すると、躊躇うことなくスキマへと入って行った。スキマを抜けると、そこには開花した桜の木が数多く林立しており、何やら怪しい雰囲気を放っていた。リアムの目の前には長い階段があり、如何にもここを上れという状態であった。リアムは足を踏み出し、長い長い階段を上っていく。10分ほど経ち、リアムは階段を上りきった。そこからは巨大で花の咲いていない桜の木と、屋敷が見えた。リアムは己の感覚に従うままに屋敷へと歩いて行く。すると、庭で手入れをしている少女を見つける。リアムは紫のいる場所はわからないので、その少女に聞くことにした。
「少しいいかな?賢者殿に呼ばれてきたのだが、賢者殿がどこにいるのかわからなくてな。どこにいるか知っているか?」
「ええと、紫様なら白玉楼の茶間にいらっしゃると思いますよ。貴方はリアムさんで合ってますか?」
「ええ、リアム・ヴァンノエルと申します」
「私は魂魄妖夢です。今後ともよろしくお願いします」
「はい、よろしくお願いいたします」
「紫様のところまでは私が案内しますね。着いてきてください」
妖夢は自分に着いてくるようリアムに言うと歩き出す。リアムは素直に従い、妖夢に着いていく。少しの間歩くと、中きら話し声のする部屋に辿り着いた。
「紫様、幽々子様、連れてきました」
「ありがとう妖夢、リアム、入ってきて頂戴」
「妖夢さん、ありがとうございます」
リアムは妖夢にだけ聞こえる声でそう言うと、部屋の襖を開けて中に入った。そこには紫だけでなく、着物を着た女性もいた。リアムは動じることなく座布団に座った。紫はリアムが席に着いたことを確認すると、口を開いた。
「私以外にいることに…驚いてはないだろうけど、紹介しておくわね。私の古い友人の幽々子よ」
「西行寺幽々子よ。妖夢ちゃんとは仲良くしてやって頂戴ね」
「承知しました」
「それはそうと、早速本題に入るわよ。異変首謀者に関しての情報、知っている限り教えて頂戴」
「そうですね。では、銀髪の悪魔殺しという二つ名を持っていた元悪魔狩りとしての視点で語らせてもらいます。まず前置きですが、私を悪魔狩りとして扱ったり、このことを主人達には伝えないでもらいたい。自分のためではあるが、主から勘当というのは辛いのでね。これはよろしいでしょうか?」
「ええ」
「わかったわ」
リアムは紫と幽々子の意思を確認すると、続きを話す。
「異変を起こしている吸血鬼狩りは、基本集団で活動します。紅魔館に襲撃を仕掛けてきた人数は200人ほどだったので、これが一部隊だと思われます。取り逃すことなく全員仕留めたので、ご心配なく。私の調査によって紅魔館に襲撃を仕掛けた部隊と同規模の集団が4つ、それより小さい100人ほどの部隊が8つ、300人ほどの大部隊の集団が4つで紅魔館に襲撃を仕掛けた舞台を入れて3000人ほどの超大規模とも言えるレベルの集団ですね。そして、100人に一人は他の吸血鬼狩りとは一線を画す強さを持つ者もいるはずです。そして、重要な警戒事項として、一部隊につき一つ、魔を封じる『魔封香』と呼ばれるお香型の特殊な魔道具を所持しているはずです。これは一度限りの使い切りで、有効範囲は10m、効果は魔に準ずる種族の力を封じる、つまり悪魔族の力を封じます。効果時間は10分。発動には大した霊力を必要としませんが、代わりに使い所が難しい品です。そして、私を犯人としている理由は、一昨日の調査で判明しました。私と顔見知りの吸血鬼狩りがいました。あくまで顔見知りなので名前は知らないのですが、特殊な能力を持っていたはずです。その能力は《対象無限補足》。一度見たことのある相手の位置がおおまかにではありますが常にわかるというものです。これによれば私が幻想郷にいることもわかるでしょうね。そしてもう一人確認した知り合いのことです。最も危険で、注意しなければいけない相手です。能力は《幻実》。彼の頭の中の事情を現実と化す能力です。この能力の欠点として、自分に対しては幅広く干渉できますが、他者にできるのはせいぜい姿を見えなくする程度です。ただ、一対一でも気を抜けば私でも負けます。集団戦でも彼が率いているだけで視覚情報はほとんど役に立たなくなります。そして最後の注意事項、これは推測であって確証はないのですが、《聖生物》と呼ばれていた強力な聖の力を持つ生物を有しているかもしれません。これといった根拠はありませんが、一つの部隊が中央を守るように固めていたので、可能性はあるかと。以上となります」
「はぁ…相当面倒臭そうね」
「リアムくんの言う通りなら、《幻実》とはやりたくないわね」
「私も戦いたくない相手ではあります。勝つことはできますが、無傷とは行かないかもしれません」
「なるほど、ね。それで、リアムはどのくらい強いのよ。いまいちわからないのだけど」
「比較対象を出しにくいのでなんとも言えませんが、紅魔館にいる者全員と本気で戦っても割と余裕で勝てると思います」
「あら、それは強いのね。なら紅魔館の守りは安心ね」
「だといいんですが…」
「まあまあ、辛気臭い話はここまでにして、あとは雑談にしましょう。リアムくんは今日帰らなきゃいけない理由とかあるかしら?」
「明日は通常業務ですが、明日早朝に戻ればいいので今日は帰らなくても大丈夫ですね」
「あらあら、なら今日は白玉楼に泊まっていかない?妖夢ちゃんの料理は美味しいわよ〜」
「それは楽しみにさせていただきます。気になったのですが、妖夢さんは剣士なのですか?」
「そうね、庭師兼剣士って感じよ」
「是非一度剣を交えてみたいのですが、よろしいですか?」
「いいわよー。妖夢ちゃん、来て頂戴」
幽々子がそう言うと襖を開き、妖夢が中に入ってきた。
「どのような御用件でしょうか、幽々子様。おやつなら今日の分はお食べになられたのでありませんよ」
「むっ、そう言わずに頂戴よ。って違う違う。リアムくんが貴方と剣を交えてみたいらしいわよ。模擬戦受けるかしら?」
「承知しました。リアムさん、よろしいですか?」
「ええ、構いません。早速やりましょう」
「紫は見る?結構面白そうだけれど」
「私はやることがあるからここで失礼するわ。リアム、階段の前にスキマを開いておくから、帰る時そこから帰って頂戴」
「承知しました。感謝します」
紫は微笑むとスキマを開き、そこへ消えていった。
「妖夢さん、模擬戦りましょうか」
リアム、妖夢、幽々子は庭へと移動し、リアムと妖夢はお互いに木刀を構える。審判役の幽々子はリアムと妖夢の準備ができていることを確認すると、手を上に挙げた。
「双方、準備はいいかしら?」
「ええ」
「大丈夫です」
「それでは、始め!」
幽々子の一声でリアムと妖夢は動き出す。リアムは妖夢の様子を伺いながらゆっくりと動き、妖夢はリアムに素早く突進する。
「はぁぁぁぁ!」
妖夢は声をあげ、凄まじい気迫で木刀を振るう。
カアンッ!
リアムはその場から少しも動いていなかったが、妖夢の持つ木刀は空振り、地面に衝突していた。妖夢は驚愕で目を見開いた。受け流されたというのに一切の抵抗がなく、身体のバランスを崩されていたからだ。妖夢は思い切り素振りをして勢い余ったような錯覚を抱いた。それほどまでにリアムの剣は卓越しているのだ。リアムは妖夢の首に木刀を静かに添え、宣言した。
「一本、ですよ。ありがとうございました」
「そこまでよ〜」
幽々子の声で、リアムは木刀を引く。妖夢は目を輝かせながら立ち上がると即座にリアムに駆け寄り、
「是非っ、私を弟子にしてください!」
腰を90度に折ってリアムに懇願した。しかしリアムは顔を顰めると、
「私は紅魔館とフラン様に勤める執事の身ですので、師事することはできないのです。申し訳ございません」
「そこをなんとか!」
「ですから無理ですって…」
「お願いします!」
妖夢はさらにリアムに近寄り、息がかかるほどの距離で鼻息を荒くして言った。
「…私の仕事が通常より早く終わり、お嬢様とフラン様から許可をもらった場合に限り、ならいいですよ。ですが、訪ねてきてもできない場合はお帰り願いますが」
「!ありがとうございます!師匠!」
「師匠って…そんなできた人間じゃないのでかやめてくださいよ…」
「うふふっ、いいじゃない。妖夢も嬉しそうだし」
幽々子の目にははしゃいで飛び跳ねている妖夢の姿が映っていた。リアムもまた、その姿を見て、仕方ないかと思ったのであった。
キャラ紹介
リュオン・スカーレットについてその2
悪魔であるため本来ならリアムの魂を殺して肉体を奪っていてもおかしくはないが、とある事情からリアムの肉体に封印されており、リアムに力を貸す、もしくはリアムによって顕現させられる、という限られた状況でしか力を振るうことができません。リュオンは意外にも気さくな性格なため、リアムに力を貸すのにあまり抵抗がない。