不審者ケーキ
なろうがよくわかってないぜ
カフェでコーヒーを飲んでいたら、向かいの席に知らない人が座ってきた。元住人不許可同席だ。
「あ、ホットコーヒーで」
図々しかった。
なぜか僕は落ち着いていたので、その人をちょっとだけ観察していた。
茶色いコート、茶色帽子に、サングラス、マスクを着けていた。思いっきり不審者だった。
話しかけてきた。
「ここにはよく来るの?」
アウトだろ。
「すみません、不審者の方ですか?」
僕は正直なコミュニケーションを取ることを座右の銘にしていた。確か昔のワシントン大統領も外交の秘訣は正直だって言っていた気がする。
「君に危害は加えないよ。僕はただ、君と会話がしたかっただけなんだ」
「あなたは正直なコミュニケーションを取る人ですか?」
「至ってね。また会おう」
そう言って、不審者の疑いが持たれている身長175cm程度、男、身元不詳の不審者が退店していった。
でもテーブルの上には500円玉が置いてあった。スマートだな。
あまりにも情報がない。彼は何者というか、このイベントは何だったんだろうか......?
「ホットコーヒーは税込みで550円ですが?」
税抜き価格だった。
僕も仕事場に戻るまで、この事をよく考えたい気持ちと、考えない方が良いという理屈が半分ずつ頭の中を占めていた。
よく考えた方が後々良い気がしたというのと、考えたところで結局正解にはたどり着かないという推測だった。
推測上、少ない情報で考えすぎると見えない敵ばかり作ってしまう。あの時殴ったこうちゃんが仕返しに来たのか?ってなる。まあこうちゃんは仕返しに来ても俺は文句言えん。
だが、不審者は「また会おう」と言った。このイベントは次もあるだろう。どんな形で?
──いや、やっぱりやめよう。第一僕は記憶力が悪いから色んなことを考えても覚えていられないんだったな。これすら忘れる。
「──おい、話聞いてんのか竜也」
「すみません、聞いていませんでした」
叩かれた。ワシントン、僕が叩かれたのはあなたのせいです。半分か?いや四分の一くらいかな......
「だからカフェの新しいメニュー考えてくれって話だよ。なんかアイデア出たか?」
「うーん......僕は次郎さんにはなれないですからね、今日は居ないからここで褒めても褒め損なんですけど」
「竜也お前さっき『僕は次郎になる!』って言ってバイト中なのに席座りだして自分で入れたコーヒー飲み始めたんだろうが」
詳細な経緯まで喋られた。店長は根に持っていそうだ。
「変なお客さんに前に座られちゃってですね...」
「あーあいつ何か変なこと言わなかったか?」
心配風だった。1ミリくらい。
また会おう、って言われましたって言うと、ちょっと心配されちゃうかなと思った。
「......あ、一風変わったメニューで行きましょう。見た目が『ん?』ってなるけど美味いやつ。」
「どんなやつ?」
「茶色いケーキの上に茶色い帽子みたいなお菓子を乗っけてみましょう!」
俺は次郎だ。
「食べたいか......?」
怪訝だった。
「信じられないのか?次郎を......」
「次郎になってる......」
驚きだった。多分茶番を楽しんでいる。
「じゃあまあ、竜也はそれだな」
「え?」
「は?みんなでメニューを考えてコンペすんだよコンペ。竜也はそれね。」
驚天動地だった。晴天の霹靂、天地鳴動、風林火山、あとなんだ?
晴れ渡る空の下、穏やかな風が頬を撫で、髪を揺らしていくことさえ心地よく、鳥の歌うようなさえずりを聞き、風に揺られて一面の模様が自由に変わる草原を緩やかに眺めていたら、目の前の山が噴火した時ぐらいに驚いた。
「茶色い帽子ってどうやって作るんだ......」
次郎、あなたのせいで面倒なことになりそうです。半分か?いや四分の三くらいかな......
というか、僕は今から不審者ケーキを作ることになってしまう。
あの不審者は一体誰だったんだろう。
また考えてもしょうがないことを考え始めてしまう。
「まあ、前を向いて頑張るしかないな」
あえて声に出してみた。結局は一歩ずつ、進んでいくしかないと思う。
僕のポジティブさは諦めから来ていると思う。
そうだ!俺は力強く前進を決めた。