エレンの冒険者登録
「着いたぞ。ここが俺の活動拠点にしている街、エルダニアだ」
「おお! 人間がいっぱいだ!」
エルダニアに入ると、エレンが翡翠色の目を大きく見開いて感動の声を上げた。
俺にとってはいつもの光景でも、彼女にとっては三百年ぶりの外の景色だ。なにもかもが新鮮に見えるのは仕方がない。
ここにやってくるまでも太陽の光に感動したり、新鮮な空気に感動していたりと元気いっぱいだった。
「三百年前、この辺りには小さな集落しかなかったというのに、これほどの大きな街を築き上げるようになったのだな」
「へー、そうだったのか」
「なんだか大きな街があると壊したい衝動にかられるな」
「絶対にダメだからな? そんなことをしたら今度は俺がエレンを封印することになるぞ?」
「冗談だ! そんなことは絶対にしないからやめてくれ! 暗くて狭いところに閉じ込められるのはこりごりなんだ!」
なんて言うと、エレンが涙目になって言う。
「いや、俺のエクストラスキルにそんな能力はないから安心しろ」
「そうか? でも、使いようによって似たようなこともできることができる気がするぞ」
「今の俺にできるのは精々が閉じ込めることくらいだろうな」
エレンのような高位の竜を封印するような真似は多分できない。
「それも嫌だ」
どうやら三百年封印されたことがかなりトラウマになっているようだ。
まあ、エレンも悪いことをするつもりはなさそうだし、そんなことをする未来は今のところはなさそうだ。
「それにしても、少し見ない間に色々な種族が共生するようになったのだな」
エレンが周囲を行き交う種族を眺めながら言う。
エルダニアの大通りには六割ほどが人間で二割が獣人、一割がエルフ、ドワーフ、リザードマンといった種族が歩いている。
「エレンがいた頃はそうじゃなかったのか?」
「ああ、異種族同士でしょっちゅう戦争をしていた。その戦いに割って入って滅茶苦茶にしてやるのが楽しくて――いや、なんでもないぞ!」
俺が白い目を向けると、エレンが饒舌になった口を慌てて閉じた。
こいつは本当にロクなことをしていなかったのだな。
「まあ、今も種族同士の問題や小競り合いはあったりするが、そこまで過激で大規模な争いはないな」
最近は人間族がエルフを攫って、愛玩奴隷にすることが問題となっており、やや緊張感が高まっているくらいか。まあ、そんな問題はしょっちゅう耳にするが、今それなりに皆上手く共生していると
思う。
「アキト! 来てくれ! こっちにすごいものがある!」
「どうした? なにかあったのか?」
種族問題について考えていると、突然エレンに手を引っ張られた。
戸惑いつつ素直についていくと、彼女は屋台の前で止まった。
「見てくれ! すごい数のお肉が焼かれている! なんだかとても美味しそうだ!」
「ブラックバッファローの焼き串だな」
「私はとてもお腹が減っている! これが食べたい!」
網の上ではブラックバッファローの肉が串に刺され、甘辛いソースを塗って焼かれている。
香辛料をふんだんに使ったお肉の香りはとても暴力的で胃袋を刺激してくる。
先に冒険者ギルドに行って、エレンの冒険者登録を済ませたいのだが、エレンは焼き串に夢中になっており屋台の前から離れる気配がない。
「……店主、焼き串を三つほど頼む」
「あいよ!」
食事は細々として手続きを終えてからと思っていたが、エレンがまったく動かないので先に食事を済ませることにした。
店主に銅貨を渡すと、焼きたての焼き串が三つほど渡された。
一本を自分用とし、二本をエレンに渡してあげる。
エレンは目を輝かせると、大きく口を開けて焼き串にかぶりついた。
「美味い! なんだこれは!?」
「まあ、確かに美味いが、そこまで大袈裟に言うほどか?」
ここらに売っている屋台の料理は庶民向けのもので、そこまで特別な食材や香辛料を使た料理というわけではない。
「肉にまったく臭みがない上に、絶妙な火加減によって程よい柔らかさをしている! そして、この甘辛いソースが力強い肉とよく合う!」
どこの美食家なんだと突っ込みを入れたくなるような味の感想がエレンの口から漏れた。
「人間の料理を昔にも食べたことがあったが、ここまで美味しくはなかったぞ!?」
「まあ、昔に比べれば調理の技術も発達したし、香辛料なんかも手に入りやすくなったからな」
昔は飢饉なども多かったと聞くし、戦争のせいで香辛料を仕入れるのが難しい時期があったと聞いた。そんな動乱の時代よりも、文明が発達し、おおむね平和になった今の方が料理は美味しいだろう
な。
「まさか人間の作る料理がここまで美味しいとは! お代わり!」
「お代わりをするのは構わんが、ギルドに進みながらにしてくれ」
「むう、しょうがない。じゃあ、次はあっちの屋台だ!」
俺はエレンに屋台の料理を買わされながら冒険者ギルドへと進んでいくのだった。
●
「ようやくギルドに着いたか」
「なんだ、アキト? やけに疲れているな?」
「ここにやってくるまでの間、お前に振り回されたからだ」
屋台の料理を買い食いしながらギルドまで移動していたのだが、いくら食べてもエレンの空腹は収まることなく、あれも食べたいこれも食べたいと屋台街を右往左往することになった。結果としてたった数百メートルの距離なのに一時間もかかってしまった。
「……お前、どんだけ食べるんだ」
「これでもアキトが用事があると言うからセーブした方だぞ?」
「マジかよ」
「だからって昼飯だけで金貨一枚は食べ過ぎだろ」
「うう、すまん。久しぶりの食事が美味しくてつい……」
エレンもたくさん食べた自覚はあるのか、ちょっと申し訳なさそうにする。
見た目が可愛らしい少女になったせいで忘れそうになるが、こいつは炎竜だ。
普通の人間の胃袋を基準にするのもおかしなことか。
三百年封印されていて飲まず食わずだったと聞くし、少し羽目を外すくらいは大目に見よう。
「その代わり冒険の方で力になってくれよ?」
「そちらについては任せてくれ! 全盛期ほどの力は出せないが、それなりに貢献はできるはずだ!」
エレンの頼もしい台詞を耳にしながら俺たちはギルドのフロアを進んでいく。
冒険者たちからの視線がエレンに集まるが、本人はまったく気にした様子がない。興味がないのか、人間に囲まれるのは慣れているのか堂々とした振る舞いだった。
ギルドの登録カウンターにやってくると、俺はエレンの冒険者登録の手続きを行うことにする。
「こいつの冒険者登録を頼みたい」
「冒険者になりにきた!」
「かしこまりました。こちらの登録シートに記入をお願いします」
職員が登録のための用紙とペンを差し出してくる。
「字は書けるのか?」
「書けるぞ!」
エレンはペンを手にすると、記入用紙にスラスラと文字を書いていく。
「ちゃんと書けるんだな」
竜なので人間の文字なんて書けないと思っていたが、エレンの書く字はかなり綺麗だった。
というか、俺よりも上手い。
「字を書くのは時のいい暇つぶしだったからな。まあ、三年も書いたら飽きたが」
暇つぶしというのは、封印されている期間のことだろうな。
確かに三百年もあれば、人間の字を習得するくらい余裕だろう。
「年齢? 自分が生まれた時なんて覚えてないぞ」
「なら十七歳にしておけ」
「そんな適当でいいのか?」
記入用紙に書き込むことなんて名前と年齢、種族、出身地、得意な戦闘法くらいのものだ。
冒険者なんて職業は誰も彼もが綺麗な経歴をしているものではない。
やんごとなき身分の者、前の職場を追われた者、いわれなき罪を着せられて逃げてきたもの、スラム出身のものと様々だ。
丁寧に調査して、登録の可否を判断するなんて段階を踏んでしまえば、いつまでたっても冒険者は増えず、人々は魔物たちの被害に悩むことになってしまうだろう。
だから、冒険者の登録なんてザルのようなものだ。
「では、ギルドカードを発行いたしますので、こちらのカードに血液を垂らしてください」
「わかった」
職員から真っ白なギルドカードと針が差し出される。
エレンは針で指先を突くと、血液をカードへと垂らす。
すると、ギルドカードが淡い光を纏い、エレンの情報が書き込まれていく。
「不思議なカードだな?」
「どんな素材でできているのかは俺も知らないな」
己のステータスやスキルツリーを確認できる便利なカードであるが、原材料や加工法などについては一切周知されていない。
まあ、便利に使えるのであれば、細かいことは気にしなくていいだろう。秘密にするということはそれなりの理由があるわけだしな。
「これでエレンさんの冒険者登録は完了です」
「おお! ありがとう!」
ギルドカードを手にしたエレンが目を輝かせる。
その喜びようはまるで初めて玩具を貰った子供のようだった。
「冒険者のランクについての説明などは必要でしょうか?」
「いや、こっちで説明しておくから大丈夫だ」
「かしこまりました」
冒険者についての概要はエレンも把握していることだし、規則を羅列されてジッと聞けるとは思わない。時間のある時に少しずつ俺が教えていく方がいいだろう。
「ギルドマスターから北山脈の調査を受けたんだが」
「ギルドマスターをお呼びしますね」
エレンのせいでこっちがついでのようなものになってしまったが、きちんと受けた依頼なのでこちらも報告する。
職員がカウンターから出ていくと、程なくして二階からマグルが下りてくる。
「おいおい、パーティーはしばらく組まないんじゃなかったのか?」
今朝、マグルからのパーティーの紹介を断りながら、俺はその時の言い分を翻すようにしてパーティーを組んでしまっている。
「これはなんというか成り行きでして……決してマグルさんの紹介が別に嫌だったというわけでは……」
「がはは、からかってるだけだ。パーティーが組めるには越したことはねえからな。組めてよかったじゃねえか」
失礼な行いともとれる行動にマグルはまったく気にした様子は見せず、俺の肩を軽く叩いて陽気に笑い飛ばした。
「そんで北山脈の方はどうだった?」
本題に入ったマグルの質問に俺は報告する。
「……なにも原因はなかったか。てっきり上位種や統率個体くらいはいると思ったんだがな」
「奥の方まで探索しましたが、それらしい魔物は見つかりませんでした」
「念のためしばらくは注意喚起をするにとどめておくことしよう。助かったぜ、アキト」
「いえ」
エレンのことを伏せるのは気が引けたが、正直に報告するわけにもいかないしな。
彼女の魔力は数日もすれば跡形もなく霧散するとのことだったので、俺以外に冒険者を派遣して調査をしても、元の生態系環境が報告されるだけだろう。
マグルに一礼をすると、その日は宿に引き返すことにした。
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