今後の方針
【金色の牙】を正式に脱退した俺は拠点としていた宿屋から荷物を引き払い、街の反対側にある北区画にある宿に泊まることにした。
反対側にしたのは、ジェイドたちと極力顔を合わせたくなかったからだ。
方角が同じだとギルドに向かう以上、どうしても顔を合わせる可能性が高くなるからな。
今のところ、俺はこの街を拠点にして冒険者を続けるつもりだ。
俺があいつらにできる復讐は追放させたことを後悔させるくらいに強くなり、立派な冒険者となること。だったら、ここで立ち止まっている暇はない。
それになにより、今はお金が無かった。
本来なら、ギルドで黒牛人の魔石や素材を売るつもりだが、あんなことになってしまったのでそれどころじゃなかった。
一応は元A級パーティーに所属していだが、あいつらは事あるごとに俺への分配金を減らしていた上に、パーティーの経費になるものも俺のお金から出させていたので貯金はほぼない。
一刻も早くギルドに向かって魔石と素材を換金する必要がある。
そんなわけで俺は冒険者ギルドに向かうことにした。
ギルドのフロアに入ると、賑やかだったギルドのフロアが静まった。
昨日の出来事が早速と広まっているようだ。なんともいえない視線が突き刺さる。
冒険者の中には俺とも僅かながらに交流のあった冒険者もあるが、俺と視線が合いそうになると顔を背けた。
あんな奴らだが【金色の牙】はこの街でも有数のA級パーティーだ。そこから追い出された俺と関わりを持つことで、不利益を被る可能性を考えると仕方のないことだろう。
ちなみにギルド内にジェイドたちの姿は見えない。どうやら今日はいないようだ。
さすがに昨日の今日で顔を合わせるのは気まずかったのでホッとした。
「魔石と素材の買い取りを頼みたい」
「かしこまりました」
カウンターにやってくると、俺はマジックバッグから黒牛人の魔石、角、毛皮といった素材を提出した。
「ギルドマスターがお呼びですので査定している間、そちらにお立ちよりください」
「……わかった」
査定している間、適当にフロアで時間を潰しておくのだが、どうやらマグルが俺のことを呼んでいるらしい。恐らく、昨日の出来事だろう。
職員の言葉に頷くと、俺はギルドの階段を上り、二階にある職員フロアへと進む。
廊下を真っ直ぐに進むと、ギルドマスターの執務室があるので扉をノックした。
すると、中からすぐに返事がきたので俺は扉を開けて入る。
ギルドマスターの執務室はテーブルにイス、書類を保管するための棚や本棚に観葉植物などが設置されており、部屋の中央にはローテーブルとソファーが並んでいた。
「よお、アキト。いきなり呼びつけて悪いな。とりあえず、座ってくれ」
「はい。失礼します」
ソファーに腰掛けると、マグルが煙草に火をつけて息を吐いた。
煙草の独特な匂いと、真っ白な煙が室内に漂う。
「まあ、わかっているとは思うが昨日の事のことだ。一応、職員の報告書に目は通したが、お前自身の口からも概要を聞いておきたいと思ってな」
「わかりました。お話しします」
俺は昨夜の出来事をマグルへと伝えた。
迷宮主の部屋の前でパーティーの追放を宣言されたこと、ジェイドによって蹴り飛ばされ、迷宮主の部屋に押し込まれ、黒牛人との戦いを余儀無くされたことを。
「本当に胸糞悪い話だな。冒険者にとってパーティーメンバーっていうのは命を預ける仲間だっていうのによ」
マグルも元は冒険者だからこそ、ジェイドたちが俺に行った仕打ちは許せないものがあるのだろう。
「気にかけてくださるのは嬉しいのですが、別にもう済んだことです」
「……本当にいいのか? 本腰を入れて調査すれば、おかしな点や他に不祥事が発覚するかもしれねえぞ?」
「だとしても確固たる証拠がなければ、重い罰則を与えることもできませんから」
俺を殺そうとした証拠があったり、出てくるのであればいいのだが、そんなことは無理だ。
マグルが言うように調査をし、軽い不祥事を見つけたとしても大した罰則にもならない。
「しかしだなぁ。お前はそれでいいのか?」
「もうジェイドたちに関わりたくないというのが素直な気持ちなので。あいつらにとって一番の復讐は追放した俺が強くなり、立派な冒険者になることだと思うので」
「それもそうか。しかし、やけに冷静だな?」
感情を露わにしない俺を見て、マグルが小首を傾げながら尋ねる。
「自分を見失わないように感情を【施錠】していますので」
「そ、そうか。上手く立ち回るための賢明な判断だと思うが、どこかで吐き出しておけよ?」
「ありがとうございます。落ち着いたらそうしようかと思います」
この怒りを溜め込み過ぎると、どうなるか自分でもわからない。
マグルの言う通り、爆発する前にどこかで感情を発散しておいた方がいいだろうな。
「お待たせいたしました。素材の査定が終わりました」
先日の件に区切りがつくと、ちょうど執務室に先ほどの職員が入ってきた。
トレーには俺が提出した魔石や素材が載せられており、傍には大量の金貨が積まれていた。
「黒牛人の魔石が金貨六十枚、角が金貨三十枚、毛皮を金貨二十枚で買い取らせていただければと思います。いかがでしょう?」
「それで頼む」
「ありがとうございます」
たった一体の魔物を倒しただけで金貨百枚以上を稼げてしまった。
長年冒険者をやってきたが、初めてまともに収入を得られた気がする。
「本当に黒牛人を倒したんだな。すげえじゃねえか」
「もう一度同じことをやれと言われたらゴメンですけどね」
レベルが35へと上がり、かなりステータスが上がったが俺の中で黒牛人はトラウマだ。
当分は戦いたくはない。
「ジェイドたちはアキトの実力を軽く見ていたが、俺は評価している。他人のスキルツリーを解錠できるだなんてすげえじゃねえか。もし、よかったら他のパーティーを紹介することもできるがどう
だ?」
「……すみません。お気持ちは嬉しいのですが、今はパーティーを組む気にはなれないです」
「そうだよな。長年組んでいたパーティーに殺されかけたわけだし」
単純に人とパーティーを組むのが怖いというのもあるが、今は自分の力でやっていきたいという想いが強かった。
「わかった。なら、これ以上は無理に勧めねえが、もしパーティーに入りたくなったらいつでも言ってくれ」
「ありがとうございます」
マグルは俺が【金色の牙】に在籍していた時からずっと気にかけてくれ、パーティーでの俺の役割を評価してくれていた。
その言葉で俺がどれだけ救われていたことだろうか。本当に感謝しきれないな。
「なにか俺が力になれる依頼があれば、遠慮なく言ってください」
「お! それじゃあ、早速頼みたいことがあるんだがいいか?」
「なんでしょう?」
前のめりになって尋ねると、マグルが表情を真剣なものに変えて言う。
「エルダニアの北にある山脈地帯で魔物が活性化しているようでな。よければ、調査をしてくれないか?」
マグルによると、北の山脈地帯に棲息している魔物が普段よりも強くなっていたり、本来は奥地に棲息しているはずの魔物が浅い部分で目撃されるようになったようだ。
「……わかりました。少し調査をしてみます」
「助かる」
レベルが上がってちょうど自分の力を把握したいと思っていた。北の山脈に棲息する魔物であれば、それほど高レベルじゃないはずだし問題ないだろう。
「あ、そうだ。眉唾ものの話だが、あの山には昔から変な逸話があるからな。気をつけてくれ」
「あー、そういえばそんな噂がありましたね」
古代の勇者が魔物を封印しているだとか、勇者が身に着けていた伝説の剣があるだとか。そんな噂が昔からあったっけ。
もちろん、あくまで噂でそんなものを見つけた者は誰もいない。
恐らく、田舎なんかで子供が危ないところに近づかないようにするための脅しのようなものだろう。
俺は苦笑しながら執務室を退出し、北の山脈へ向かってみることにした。
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