難関迷宮たる所以
「くそっ!」
封印の迷宮の五階層。
襲いかかってくるバトルエイプを相手にしてジェイドは舌打ちした。
難関迷宮の一つを初めて攻略したということもあってギルドや他の冒険者はアキトのことをもてはやしているが、自分たちが本腰を入れてすぐに攻略してやれば認識を改めるに違いない。
そんな思惑もあって意気揚々と封印の迷宮の攻略に乗り出したジェイドたちであったが、迷宮に足を踏み入れてすぐに洗礼を受けることになった。
迫りくるバトルエイプの剛腕をジェイドは身をよじって回避。
しかし、すぐに三本目の腕が軌道を変えて迫ってくる。
回避することができないと判断し、ジェイドは咄嗟にスキルによる防御系スキルを選択。
「ちっ、【アイアンウィル】ッ!」
「ジェイド! ここではスキルは使えないぞ!」
「そうだった! しまっ――」
ハロルドの忠告によりジェイドは己の選択のミスに気付くが、バトルエイプは待ってはくれない。
肉体の高度を高める防御スキルは発動せず、バトルエイプの拳がジェイドの腹部に入る。
衝撃でジェイドの身体が折れ曲がる。
バトルエイプは容赦せず、四本目の腕を振るってジェイドを殴り飛ばした。
「この猿共が!」
「ジェイド、避けて! 魔法スキルよ!」
ジュリアの声にハッとして振り向くと、人面壺による魔法が完成しようとしていた。
魔方陣が輝き、火球が射出される。
「くそ! こっちは一才のスキルが使えねえってのにふざけやがって!」
スキルによる回避や防御ができない以上、ジェイドは自らの足を使って回避する他ない。
走って火球を避けていくジェイドであるが、そのうちの一つが右足に直撃した。
「ぐっ! ジュリア! ポーションをよこせ!」
「ポーションなんてもう無いわよ!」
「はぁ? そんなわけあるか! マジックバッグの中に大量にあるだろ!?」
「だからこの迷宮じゃマジックバッグも封印されて使えないのよ!」
ジュリアの返事を聞いたジェイドは苦い顔になる。
いつもであればマジックバッグからその都度必要な物を取り出し、戦況に合わせてサポートすることができたが封印の迷宮はそれすらも封印する。
「なら手持ちのものがあんだろ!」
「それも無いんだって。あなたたちが負傷する度にポーションを使うから無くなったのよ!」
「はぁ!? なにやってんだよ!? アイテムを管理するのがお前の仕事だろ!? 足に火傷を負ったまま戦えってか!?」
迷宮特性において魔法スキルを封じられている彼女は、魔法による攻撃や支援ができない。そのため今回の攻略では俯瞰的に戦闘を眺めて指示をしたり、アイテムなどの管理を役割としている。
「アイテム管理なんてやったことないからわからないのよ! こういうのはアキトがやっていたんだから!」
しかし、そういった一切の役割をアキトに任せていたジュリアに柔軟な指示やアイテム管理をするノウハウなどない。
どういった方針で迷宮を攻略するかもなく、行き当たりばったりでの戦闘を繰り返している。ポーションをどの程度の怪我で使用するかも決めておらず、すぐに使用していたためにあっという間に底をついてしまったのだった。
「……二人とも言い争いをしている暇があったら魔物を一体でも倒してくれ! これ以上は受け止め切れない!」
ハロルドの元には二体のバトルエイプが腕を叩きつけており、彼が突き出している大盾を歪ませるだけでなく、纏っている鎧すらも砕いていた。
アキトによりスキルツリーを解錠され、潤沢なスキルを頼りにしていたハロルドはスキルが封印されて、さらに立ち回りがお粗末なものになっている。
「くっそ、スキルが使えなくなってさらに脆いじゃねえか」
「ジェイドもロクに魔物を倒せていないだろうが!」
「なんだと!?」
「やっぱり、スキル無しで魔物と戦うっていうのが無理だったのよ! 撤退しましょう!」
ジェイドとハロルドが険悪な様子を見せる中、ジュリアのつんざくような声が響き渡る。
「バカ言うんじゃねえ! まだ五階層だぞ! 手に入れたのはこんな指輪一つだけだ。それだけで帰れってのか!?」
ここまでの攻略でジェイドたちが手に入れたものといえば、宝箱から手に入れた何の変哲もない指輪と低級の封印石だけだ。
アキトはF級の新人を連れて二人で攻略できたというのに、それよりも上のA級パーティーがこの程度の成果で撤退するなど恥でしかない。
「じゃあ、ここで死ねっていうの!? あたしはこんなところで死ぬなんてごめんよ!」
「俺もジュリアの意見に賛成だ」
「アキトが攻略した迷宮だぞ!? 俺たちにできねえわけがない!」
「……俺も認めたくはないが、アキトの実力が上だったということだろう」
「悔しいけど、こんな迷宮を攻略できたっていうんなら認めてあげるしかないでしょ」
そんなプライドはジュリアとハロルドにもあったが何事も命あっての物種だ。
ここで命を落としてしまったらそれこそ笑えない。
アキトを意識して強情になるジェイドであったが、ジュリアとハロルドの方が少しばかり冷静だった。
人面壺が射出してくる土魔法をジュリアは封印石によって封印し、逃走用に残していた煙玉を放り投げた。煙で視界が防がれたことにより人面壺は魔法を放つことができない。
「逃げるわよ!」
ジュリアが四階層の入口に向かって走り出すと、ハロルドは隙をついて大盾でバトルエイプの鼻を殴りつけて追いかける。
スキルが使えない中、たった一人で迷宮に潜るなど自殺行為。
「あのお荷物野郎が俺たちよりも上だなんてあって堪るか。俺は認めねえぞ、アキト」
自分に言い聞かせるように呟くと、ジェイドは魔物たちに背を向けて撤退するのであった。
新作はじめました。
『異世界ではじめるキャンピングカー生活〜固有スキル【車両召喚】はとても有用でした〜』
異世界でキャンピングカー生活を送る話です。
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