ミュリアのマイナススキルを施錠
こっそりとエルダニアの外に出ると、俺たちは炎竜の姿となったエレンの背中に乗ることでエルフの集落へ帰還した。
助けられた三人の少女が両親と再会を果たし、俺とエレンは口々に両親やその家族から礼を言われることになった。
「これで攫われたエルフの子供は全員だな?」
「ああ、アキトとエレンのお陰で全員を助けることができた。本当にありがとう」
「ありがとうございます」
シリアとミュリアが揃って頭を下げてくる。
こうやって感謝の気持ちを伝えられるのは何度目だろうか。
「ふふふ、照れているな」
「うるさい」
エレンの口を【施錠】してやろうかと思ったが、ムキになっていると捉えられかねないので止めておくことにした。
「それよりも俺たちが泊まれるところを紹介してくれるとありがたいんだが……」
既に太陽はすっかりと落ちており、空は闇色に包まれている。
エレンの翼があるとはいえ、今からエルダニアまで帰るというのは少々骨が折れる。
門扉も閉まっているし、また街に忍び込むのも面倒だ。
「だったらうちに泊まっていってくれ」
「いいのか?」
「ああ、構わないさ、ミュリアの作る料理は絶品だ。是非食べていってくれ」
「はい! 腕によりかけます!」
「料理! すぐに行こう!」
得意げに語るシリアの言葉を聞いて、エレンが期待に目を輝かせて先へ先へと歩き出す。
お前はシリアたちの家がどこか知らないだろうに。
先を歩いていくエレンを止めようとする、ふと傍でどさりと何かが倒れる音がした。
「ミュリア!」
振り返ると、シリアが血相を変えてミュリアを抱き起していた。
ミュリアの様子を確認してみると、顔が異様に赤くなっており額からは汗が流れている。
呼吸も荒く、目の焦点もどこか定まっていない。
「大丈夫か!?」
「体力の限界がきたのだろう。急いで家に向かおう」
「……わかった」
シリアはミュリアを抱えるとすぐに走り出し、俺とエレンもその後ろをついていく。
そういえば、ミュリアは病弱だとシリアが言っていたな。
攫われて無理矢理外に連れ出され、あのような劣悪な牢屋に囚われてしまえば、身体の弱いものが限界を迎えてしまうのも無理はない。
むしろ、集落にたどり着くまでよく持ち堪えていたというべきだ。
大きな樹木にやってくると螺旋状の階段がかなり上まで続いている。
体調の悪い者を抱えて登るにはややハードだな。
「一気に上に登る。風よ!」
などと思っているとシリアが風魔法で俺たちを包み込み、そのまま上昇させた。
三十メートルほど上に進むと、シリアは木の幹へと着地。
木製の渡り廊下を進んで橋を渡ると、小さな円形の家が見えてきた。
「あれか?」
「ああ!」
ミュリアを抱えているシリアの腕は塞がっているので俺が【解錠】して扉を開けた。
シリアはリビングの奥にある寝室に入ると、ミュリアをベッドへと寝かせた。
「慌ただしくてすまない。二人は適当にくつろいでいてくれ」
ミュリアを看病するためにシリアが寝室を出ていく。
とは言われたもののミュリアの体調が悪い中、呑気に過ごす気にはなれないな。
こういう時は気を遣って泊まること自体を中止にするべきなのだろうが、こんな遅い時間に他のエルフに厄介になるっていうのも迷惑だろうしな。
「ミュリアは一体どうしたというんだ? さっきまで元気に料理を作ってくれると言っていたのに」
どうするべきか考えていると、エレンがミュリアを見下ろしながらポツリと呟いた。
「彼女は病弱なんだ」
「病弱?」
「身体が弱く、病にかかりやすい人ってことだ」
「そんな者がいるのか?」
俺が人間種の脆弱性を説いてもあまりピンと来ていない様子。
炎竜であるエレンからすれば、滅多に怪我を負うこともないし、病に陥ることもないので理解しろというのも難しいか。
「しかし、ミュリアの身体には異常な魔力が宿っているな?」
「確かにそうだな」
ミュリアが倒れてからだろうか。彼女の体内から濃密な魔力が感じられるようになった。
彼女が病弱であることと何か関係があるのだろうか?
荒い呼吸をしているミュリアを観察していると、水桶とタオルを手にしたシリアが戻ってくる。彼女はタオルを水に湿らせると軽く絞って、ミュリアの額の汗を拭っていく。
「なあ、シリア。ミュリアの身体から強い魔力が感じられるんだが……」
「ミュリアは生まれつき魔力が強い。だが、生まれながらに【病弱】というマイナススキルを所持しているために身体が弱く、膨大な魔力を受け止め切れないのだ」
「マイナススキル?」
エレンには聞き覚えがなかったのか小首を傾げる。
「スキルというものが俺たちに利益や幸福を与えるのに対し、マイナススキルはその者に不利益や不幸を与えるんだ」
「そんなスキルがあるのか!?」
「ごくまれにだが発現させる者がいる」
俺も過去にマイナススキルを所有している者を見たことがある。
【不運】【大声】【味覚音痴】【睡眠過多】などといった生活に支障をきたしたり、冒険者として致命的なスキルを獲得してしまった者もいたな。
そういった者はマイナススキルに思い悩みながら生きることになる。
「少しミュリアのステータスを確認させてもらってもいいか?」
「あ、ああ」
シリアが怪訝な顔を浮かべる中、俺はミュリアに大して【分析】してみる。
ミュリア
LV7
HP:22
MP:305/305
攻撃:11
防御:5
魔力:295
賢さ:278
速さ:4
エクストラスキル:【精霊魔法】
スキル:【病弱】【風魔法】【水魔法】【火魔法】【光魔法】【演奏】【料理】【採取】【木細工】【魔力増大(大)】【解体】
なんだこのMPと魔力、賢さに突出したステータスは?
レベル7ではあり得ない数値だ。
さらには【精霊魔法】というエクストラスキルを所有している。
とんでもない逸材だった。
しかし、それだけに惜しい。
ミュリアのスキル欄には【病弱】というマイナススキルが発現している。
こんなものがスキルツリーにあるなんて聞いたことがないし、仮にあったとして自ら取得するようなバカはいない。恐らくこれは先天的なものだろう。
マイナススキルのせいで突出したミュリアの才能が彼女自身を押し潰そうとしている。
まるで神が与えすぎてしまった祝福を無くし、帳尻を合わすかのようだ。
「ミュリアの身体が弱いのはマイナススキルのせいだ。そのためにどんなに高位の薬やポーションを使用しても治ることはない」
理不尽な不幸に怒りを覚えているのかシリアが拳を強く握りしめる。
「お姉ちゃん、私は大丈夫だから。元気だして」
声を震わせるシリアの頬を撫でるミュリア。
一番に辛いのは自分だろうに。
こんな時でも姉のことを気遣えるとはなんて優しく健気な妹なんだろうか。
病弱なのがスキルによるものであれば、俺たちにそれをどうにかする術はない。
スキル自体を無効化しないと……。
「あっ」
俺のエクストラスキルでミュリアの【病弱】を【施錠】してやれば、彼女は健康になるかもしれない。
「……アキトであれば、どうにかできるんじゃないか?」
「可能性はあるな」
「それは本当か!?」
エレンの言葉に返事をすると、シリアがむくりと身体を起こした。
「ああ、俺がミュリアのマイナススキルを【施錠】してやれば可能性はある」
「スキルを施錠? アキトのエクストラスキルはそんなことまでできるのか?」
「シリアと俺が戦闘になった時も魔法が使えなくなっただろ?」
「確かに。あれは私のスキルを封じていたからなのか!」
もっともわかりやすい証拠を説明すると、シリアは納得したような声を上げた。
「お願いばかりで恐縮だが、その力をミュリアのために使うことができないだろうか?」
「悪いがそれはできない」
「どうしてだ!?」
きっぱりと断ると、シリアがこちらの胸倉をつかんでくる。
「確かにマイナススキルを【施錠】すればミュリアは元気になるかもしれないが、俺のエクストラスキルのリソースを消費することになる。これは明確な俺のデメリットだ」
幼い子供とその姉に対して告げるには非常に残酷であるが、これは俺として死活問題だ。
情に流されてやってやるわけにはいかない。
「俺にもS級冒険者になるという夢がある」
「そ、そうだったな。私の一方的な願望を押し付けてしまった。すまない」
非情な判断に対してシリアは怒りの表情を浮かべていたが、俺にも夢があることを告げると冷静になったのか手を離してくれた。
「でしたら、私が冒険者となってアキトさんの力になります」
そう言ったのはシリアではなく、ベッドで横になっていたミュリアだった。
「ミュリア、何を言っているんだ?」
シリアが思わず驚きの声を上げるが、それでもミュリアは言葉を続ける。
「アキトさんがエクストラスキルのリソースを消費するのに見合った価値を私が提示すればいいんですよね?」
「それはそうだが……」
「私はまだレベルも低いですし戦闘経験もないですが、エクストラスキルも持っていますし魔力だって多いです。アキトさんのパーティーに入れてくれれば力になれると思います」
確かにミュリアは逸材だ。
【精霊魔法】というエクストラスキルを所有している上に、レベル7にしてMp、魔力、賢さといったステータスは俺に迫るほどの数値をしている。
このままレベルを上げていけば、間違いなく彼女は強力な魔法使いとして名を馳せるだろう。
「無理に冒険者になるのはやめておいた方がいい」
「そうだ! 私も反対だ!」
自由と一攫千金を求めて冒険者に憧れる者は多いが、実際はそんなに夢のある職業でもない。収入は安定しないし、危険な魔物と戦うことになるのでリスクも多い。
冒険者の中には半グレのような奴もいるので常識も通じないために時には諍いに発展することもある。
ちょっとした怪我で済めばいいが、俺みたいに仲間に殺されかけることだってあるかもしれない。
とてもではないが義務感でやっていけるものではない。
「無理にじゃありません! 自分の意思で冒険者になりたいと思っているんです! 私は幼い頃からこのマイナススキルのせいで思うように外を出歩くことすらできませんでした。私の知っている世界はこの集落と周りにある森だけ。元気になったらもっと色々なものを見たいと常に思っていました」
「……人間に攫われて怖い思いをしたのにか?」
「はい。外には怖いと思う人もいますが、アキトさんやエレンさんのような良い人もいますから」
そのように言われてしまっては真っ向から否定することは難しいな。
「私も色々な国にいって、たくさんの冒険をしたい。そして、お姉ちゃんのように誰かを守れる強い人になりたいんです」
「……ミュリア」
ミュリアからの真っ直ぐな視線をシリアが受け止める。
人間に攫われ、奴隷として売られそうになってもミュリアの意思は変わっていない。
むしろ、外の世界を見たことで冒険したいという欲求が膨らんだようだ。
「そこまで硬い意思があるなら俺は文句はない。が、シリアはどうなんだ?」
「お姉ちゃん……」
俺とミュリアが視線を向けると、シリアは迷うように視線を彷徨わせる。
「……ミュリアがそこまでの覚悟を持っているのであれば、私としては尊重したい。だが、もう少しこの集落で鍛えてからでも遅くはないんじゃないか?」
「……少しってどのくらいだ?」
「五年くらいだ」
「そんなに待てるか」
「なに!? たったの五年ではないか!?」
「人間を長命種と一緒にするな」
「私も五年も退屈するのはゴメンだ」
縋ってくるシリアに俺とエレンはきっぱりと告げる。
エルフの時間感覚に合わせていたら先にこっちが老いぼれることになりそうだ。
俺たちは五十年から百年の間しか生きられない。
冒険者として活動できるのなんて精々が三十後半くらいまでだ。
今が十七歳なので残っている最大の時間は二十年程度しかない。
いくら強力な魔法使いを加入させるためとはいえ五年も待っていられない。
というか、五年も一緒にいたいなんてどれだけシスコンなんだ。
「旅立つならすぐにだ。早く決めろ」
「お姉ちゃん! それでいいよね!?」
「うう、わかった。好きにしろ!」
俺とミュリアに詰められて、シリアがやけになったように頷いた。
面倒くさいシスコンから許可が取れたことで俺は改めてミュリアに問いかける。
「ミュリア、お前のマイナススキルを【施錠】する。いいな?」
「はい! お願いします!」
「【能力施錠】」
ミュリアがしっかりと頷いたことを確認すると、俺はエクストラスキルを発動。
彼女の【病弱】スキルを施錠した。
「どうだ?」
「……あっ、熱がドンドンと引いていって身体も痛くない! こんなの初めてです!」
ミュリアはベッドから這い出ると、その身体の軽さを確かめるように室内を歩き回って喜んだ。
「ミュリア、本当に身体は大丈夫なんだな?」
「うん! アキトさんのお陰だよ!」
「そうか。本当によかった……」
嬉しそうにはしゃぐミュリアの姿を見て、シリアが感激のあまり抱き着いて涙を流す。
彼女のマイナススキルを【施錠】したことで肉体が元の強度を取り戻し、強力な魔力を受け止めることができる健康な身体なったのだろう。
これですぐに体調を崩すことはないし、魔力に身体が負けることはないだろう。
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『異世界ではじめるキャンピングカー生活〜固有スキル【車両召喚】はとても有用でした〜』
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