不自然な気配
封印の迷宮を攻略した俺たちはギルドに頼まれて、封印の迷宮に関する情報を提供する日々を送っていた。
過去に潜ることのできたA級冒険者も十階層までであり、そこまでのマッピングや出現する魔物、罠の傾向といったものがほとんど記録されておらず、持ち帰ることのできた素材もなかった。
そこに初の攻略者である俺とエレンが現れ、ギルドはこれ幸いと迷宮に関する情報を収集したかったらしい。
情報料はかなり弾んでくれたが、こと細かに尋ねてくるマグルや職員の質問に答えるのは疲れたものだ。
しかし、そんな日々も終わりを告げて、俺たちはギルドから解放された。
「アキト! 今日は討伐依頼を受けよう!」
「そうだな。さすがに俺も身体を動かしたい」
ここ三日ほどは宿とギルドを往復するだけの時間だった。
迷宮攻略の疲労を癒すいい時間であったが、さすがに身体を三日も動かしていないと腕が鈍ってしまいそうだ。
それに迷宮で手に入れた封魔剣の調子を試したい。
封魔剣の効果は理解しているが、実際にどんな切れ味をしているかは確かめていないからな。エレンの提案に大賛成な俺は掲示板へと移動する。
「ブラックボアの討伐にしよう」
「なぜそれなんだ? もっとやり応えのある依頼は他にもあるぞ?」
「棲息している森が封印の迷宮の近くだからな。ついでに迷宮で素材の採取をしておきたい」
前回は迷宮を攻略するのを優先していたせいで迷宮内の素材採取や魔物の素材採取はほとんどしていなかったからな。
今後、封印の迷宮は俺たちの情報を元に多くの冒険者が挑戦する可能性がある。
他の冒険者が稀少な素材を持ち込んでくる前に、俺たちが先に素材を持ち帰って荒稼ぎしておきたい。
「えー、またあの迷宮に入るのか?」
そんな考えがあってのことだが、お金のことに無頓着なエレンはまたしても同じ迷宮に入ることに不満な様子。
「ちなみにブラックボアの肉は高級品でステーキにするとめちゃくちゃ美味いぞ?」
「ブラックボアの討伐にしよう! これ以外の依頼はあり得ない!」
わかりやすい食での利点を説明してやると、エレンはわかりやすいほどに態度を変えた。
人間界での生活に慣れていないエレンにお金の大切さを説くのも手だとは思うが、彼女にとってはこっちのほうがわかりやすいみたいだ。
ブラックボアの依頼書をカウンターに持っていき受注を完了させると、俺とエレンは冒険者ギルドを出て、南の森林地帯に向かうことにした。
エルダニアを南下して進むこと数時間。
俺たちは封印の迷宮の傍にある森林地帯にやってきた。
周囲には二十メートルを超える高さの木々がそびえ立っており、無数に伸びている枝からは鬱蒼した青い葉を垂らしていた。
人気の少ない森ということもあってかとても静かである。聞こえてくる音といえば、俺たちの足音や時折遠くから響いてくる野鳥の鳴き声くらいのものである。
「ブラックボアはどこだ!?」
そんな静寂な空気を突き破るようにしてエレンが叫んだ。
ブラックボアの肉が高級品と聞いてからエレンの目はすっかりとステーキになってしまっている。
つい先日、迷宮攻略の打ち上げで高いステーキを食べたばかりだというのに、その食欲はまだまだ底がないようだ。
「今探してやるから少し待ってろ」
エレンが走ってあちこちと探し回るのをよそに俺は【魔力感知】を発動。
自身を中心として広範囲に魔力のソナーを放った。
封印の迷宮に比べると、障害物が多いのでソナーが少しだけ広がりづらいが魔物であれば、どの個体でも微細な魔力を放っている。そのために猪らしきシルエットをしている魔物を見つけるのは容易
だった。
レベルが上がっているお陰でソナーを広げる範囲も広がっているしな。
「……あっちの方に五体いるぞ」
「行くぞ! アキト!」
俺はエレンを先導するようにして前を走る。
封魔剣で枝葉を斬り払いながら右方向へ真っ直ぐに進んでいくと、開けたところに黒い毛皮を纏った大きな猪が五体いた。
小さな群れなのだろう。いきなり五体と遭遇できるとは運がいい。
ブラックボア
LV22
HP:95
MP:30/30
攻撃:58
防御:46
魔力:28
賢さ:35
速さ:41
スキル:【嗅覚】【痛覚耐性(小)】【猛進】
【分析】でステータスを覗き見るが、三体とも同じようなステータスにスキル構成だ。
直前に戦った相手が封印者だったために、その落差にビックリしそうになるが、この辺りに棲息するE級の魔物であればこんなものだろう。
隣にいるエレンがブラックボアを倒すべく、口内から赤い光を漏らしている。
「エレン、美味しく肉を食べるには血抜きが必要だ。あまり損耗させるなよ?」
「危ない! 忘れてた!」
忠告すると、エレンは慌てて口内の光を消失させた。
【灼熱吐息】で倒そうものならブラックボアは間違いなく消し炭となるだろう。
そうなっては美味しく頂くどころではない。
というか、今回の主な目的は封魔剣の切れ味を試すことなのだ。すべてまとめて始末されると困る。
「二体は任せた。こっちの三体を貰い受ける」
「わかった」
エレンに魔物の分配をすると、俺は駆け出して封魔剣を振るった。
上段からの振り下ろしにブラックボアは反応できず、すっぱりと頭部が地面に落ちた。
「は?」
まさかの切れ味に思わず間抜けな声を上げてしまう。
ブラックボアの頑強な頭蓋の骨に当たったというのに、銀色の刀身に刃こぼれや歪みといったものは見当たらない。まるでバターを切っているかのような手応えだった。
迷宮の戦利品なのでそれなりの業物だとは思っていたが、まさかここまでの切れ味を誇っているとは。
「こりゃいいな!」
二体のブラックボアが憤怒の声を上げて、こちらに突進してくる。
俺は跳躍することで突進を回避すると同時に宙で回転。
振るわれた封魔剣は二体のブラックボアの首をギロチンのように落とす。
刀身を振るって血糊を落とすと、陽光によって銀の光を反射させていた。
魔法を吸収することに特化した剣かと思ったが、切れ味としても一級品のようだ。
武具屋で買っただけの鉄剣とは大違いである。
「エレン、そっちはどうだ?」
「こっちも終わったぞ」
封魔剣を鞘に納めると、エレンの方もしっかりとブラックボアを仕留めていた。
陥没した頭部を見るに、肉塊にならないように加減したことが窺える。
「よし、続けてもう五体仕留めるぞ」
「そうだな。さっさと倒してお昼にしよう」
ブラックボアの討伐は十体なので遺体をマジックバッグに収納すると、俺とエレンはすぐに個体を探しに向かった。
●
「よし、これで十体目だな」
【魔力感知】を使用して森の中を探し回ると、俺とエレンはあっさりと十体目のブラックボアを倒すことができた。
この森に入ってまだ三十分も経過していない。
これだけ効率良く狩れるのは、【魔力感知】を取得していたお陰だろう。
迷宮内で転移の罠にかかったエレンを探すために解錠して手に入れたスキルだったが討伐依頼でも役に立つものだ。
「早速、ステーキにしよう!」
「はいはい」
エレンがウキウキとした視線を向けてくる中、俺は、マジックバッグからブラックボアの遺体を取り出した。
封魔剣の切れ味が良すぎて頭を落としてしまったが問題ない。
俺はブラックボアの頸動脈に手を当てると【解錠】を発動。
すると、ブラックボアの血液がピューッと飛び出していく。
「これはどうなってるんだ?」
「血管を【解錠】し、血液を出しているんだ」
「ほう、それは何とも下処理に便利な技だな!」
この使い方はとても便利で自身の身体の血流をよくすることで、身体の調子を整えることができる。しかし、他人へ干渉するのは難しく、許可を得た状態で触れ続けなければいけない。昔はジュリ
アに頼まれて、血行促進のマッサージをしていたっけな。
スキルを駆使したお陰であっという間に下処理は終わり、俺の手元には綺麗に切り分けられたブロック肉が出来上がった。
「あとはこれを調理するだけ――」
マジックバッグから調理道具を取り出そうとすると、俺の【気配察知】が何者かの気配を捉えた。
「……アキト、無視しないか?」
エレンも気付いているのだろう。調理の手を止めた俺にそんな提案をする。
「いや、さすがに気になるだろ。ステーキを食べるのは気配を確かめてからだ」
「ええー」
ただの二人組、四人組の気配であれば、俺たちと同じように魔物を討伐にきた冒険者、あるいは封印の迷宮の攻略にきた酔狂な冒険者と判断したのだが、察知した気配の数は妙に人数が多い上に馬車
の気配もある。
商人という線もあるが、こんな人気のないルートを通る商人というのもどうにも怪しい。
ブラックボアのステーキを食べたら、俺たちは封印の迷宮に潜るつもりなんだ。
変に鉢合わせて面倒事になる前に情報を集めておきたい。
ブラックボアの肉と調理道具を素早くマジックバッグに収納すると、俺とエレンは気配のした方角へ向かった。
【作者からのお願い】
『面白い』『続きが気になる』と思われましたら、是非ブックマーク登録をお願いします。
また、↓に☆がありますのでこれをタップいただけると評価ポイントが入ります。
本作を評価していただけるととても励みになりますので、嬉しいです。