封印石板
十五階層より二つほど階層を下りた十七階層にて、俺は魔物を倒しながらエレンを探していた。
感覚としてはこの階層にいるはず。
あとは感知スキルを駆使して、エレンの居場所を絞り込んでいけばいい。
しかし、階層内に跋扈する魔物たちが中々それを許してくれなかった。
青い鱗に覆われている武装したリザードマンたちと人面壺たちが列をなして襲ってくる。
「【能力施錠】」
まずは魔法を扱う厄介な人面壺二体の魔法スキルを施錠した。
【火魔法】【土魔法】を施錠されてしまった人面壺はスキルを発動することができずに戸惑っていた。
先頭にきた一体目のリザードマンが長剣の振り下ろしを回避し、剣で薙ぎ払う。
相手は上体を後ろに逸らしたことで俺の剣は胸を浅く切り裂くだけに留まった。
リザードマンが細長い顎に並んだ鋭利な牙を剥き出しにして笑う。
この程度の傷は何ともないとも言いたげな様子だ。
そんな嘲笑を受けて逆に俺は笑い返してやる。
残念ながら少しでも傷が入れば俺にとってはそれで充分だ。
「傷を【解錠】」
斬りつけた傷に向けてスキルを発動すると、リザードマンの胸についた傷口が広がって鮮
血をまき散らした。
「――ッ!?」
先頭のリザードマンはワケがわからないといった顔を浮かべて後ろに倒れ込んだ。
「キシャアアアアアアアッ!!」
仲間がやられたことに激昂したのか、二体目、三体目のリザードマンが耳障りな奇声を上げてこちらに斬りかかってくる。
俺は敢えて左側へ回り込むことで挟撃を回避。
左側のリザードマンが素早く反応して、剣を薙ぎ払ってくる。
正面に構えた剣でそれをガードすると、今度は弧を描くようにして尻尾が襲いかかってきた。
俺は即座に身体を投げ出すことで鞭のようにしなってきた尻尾を避けるが、二体目のリザードマンに追撃をされることになる。
すぐに体勢を整えて剣を合わせると、リザードマンの剣が赤い光を帯びていたことに気付いた。
なにかしらの剣技スキルの発動かもしれない。
嫌な予感がしながらも剣を打ち合わせると、俺の剣が甲高い音を立てて砕け散った。
「ああっ!?」
どうやら武器破壊効果が付与された剣技スキルだったらしい。
レベルが上がったにもかかわらず、俺は大して剣を新調していなかったので武器破壊に対する耐性はまったくない。結果として木っ端微塵に砕かれてしまった。
「お前、装備が制限されている迷宮でなんてエグい技をやるんだ!?」
これが普通の冒険者であれば、得物を失ったことに絶望するところであるが、俺はエクストラスキルのお陰でマジックバッグを使うことができる。
「なーんてな。武器の予備ならいくらでもある」
すぐに予備の剣を引き抜いた俺は、マジックバッグを使用できることに驚愕しているリザードマンの腹を切り裂く。そのまま身体をぐるっと回転させるように深く抉ってやると、鮮血を流してバタリ
と倒れた。
三体目のリザードマンが雄叫びと共に高々と長剣を振り上げる。
「【解錠】」
そのタイミングで長剣を握っている右手を解錠してやると、リザードマンの握っていた長剣は見事にすっぽ抜けて天井へ刺さった。
得物を失って堂々と隙を晒しているので俺は遠慮なく【ライオットソード】を発動してリザードマンを胴と下半身を断った。
三体のリザードマンを片付けると、魔法スキルが使えない人面壺は猛然と逃げ出す。
人面壺は魔法特化のステータスをした魔物だ。
魔法スキルが使えなければ、五階層の魔物にも劣るようなステータス値しかない。
リザードマン三体を倒した俺を相手にスキル無しでは敵わないと判断したのだろう。
人面壺の【逃走】を施錠すれば、追いかけてすぐに倒すことはできるが、そんなことをしていたらまた他の魔物に絡まれる確率が高い。
俺は人面壺を見逃し、リザードマンの魔石や素材の回収をせずにその場を離れることにした。
血の匂いが充満した場所にいると、他の魔物が寄ってくる可能性が高いからだ。
【気配察知】を発動し、魔物の気配を回避しながら移動すると、ようやく人心地つくことができた。
「ったく、あいつはどこにいるんだか……」
数時間ほど十七階層をうろついているが、未だにエレンの気配を捉えることができていない。しかし、加護との繋がりでこの階層にいることだけは確かにわかっている。
俺は懐から地図を取り出すと、先ほど通った回廊を記録頼りにマッピングしていく。
「この先はまだ探索できていないな」
十六階層から降りてきて結構な範囲を探索したので、十七階層のマッピングエリアはかなりのものだ。精密にマッピングしたわけではないが、あとはこの先を直進した先くらいのものだ。
そろそろ感知スキルを使えば引っ掛かる気がする。というか、そうでないと困る。
俺は【魔力感知】を発動した。回廊内に俺の魔力がソナーとなって広がる。
「いた!」
この先を百メートルほど直進した広間にエレンは確かにいたが、それと同時に多くの魔物も感知した。
なにやら面倒なものに絡まれている気配がするが、ここまできて見捨てるなんて選択肢はない。
回廊を直進していくと、俺は石造りの扉へとたどり着いた。
扉の奥には広間のようなものがあるらしく、先ほどからひっきりなしに戦闘音が続いている。
「おーい! エレン! 無事なのか?」
「おお、アキト! 私は無事だぞ!」
生存していることはわかっていたが念のため声をかけると、くぐもりながらも元気そうな声が返ってきた。
「中は一体どうなっているんだ?」
何かしらの仕掛けのある部屋のせいか扉を外から開けて入ることはできない。
俺の【解錠】を使えば、すぐに突入することはできるだろうが、状況もわからないままに入るのは少し怖かった。
「魔物たちが延々と湧いてくる上に出られないんだ! どうすればいい!?」
「魔物部屋か?……いや、それだとしたらエレンが出られないのがおかしい」
部屋に湧き出した大量の魔物を殲滅するまで脱出することのできない、凶悪な罠部屋を魔物部屋と呼ぶ。
しかし、魔物部屋は魔物を殲滅したら扉が開いて脱出することのできる仕組みだ。
倒しても湧き出してくる仕組みというのがよくわからなかった。
とはいえ、エレンだけでは脱出できずに困っているのは確かだ。
彼女が元気なのであれば、入ってすぐに魔物に襲われることもないだろう。
俺が扉を【解錠】すると、ピタリと閉まっていた石造りの扉がゴゴゴと開いた。
「おお! きてくれたか!」
薄暗い広間にいるエレンの視線の先にはリザードマン、バトルエイプが三体ずついた。
「思ったよりも魔物は少ないな?」
「だが、倒してもキリがないのだ【灼熱吐息】」
エレンが口から吐き出した灼熱によってリザードマンとバトルエイプたちがあっさりと融解する。
通常であれば、広間の魔物を殲滅した時点で終わりなのだが、広間の床にあるリザードマンとバトルエイプの彫刻が刻まれた石板が発光し、すぐに三体のリザードマンとバトルエイプが復活を果たし
た。
「な?」
やはり、ただの魔物部屋ではないな。
「ちょっと待ってろ。【分析】」
【太古の封印石板】
太古に封印した魔物を閉じ込めるための石板。
魔力の続く限り、石板からは永遠に魔物が召喚される。
不壊属性。迷宮の一部のために収納不可。
【分析】してみると、彫刻の刻まれた石板の効果がわかった。
「あの封印石板が魔物を召喚する原因みたいだな」
「さすがにそれくらいは見ればわかるぞ。だが、あの石板は壊れないのだ」
「らしいな。迷宮の一部らしく、不壊属性が付与されているぞ」
「なっ!? では、どうしたらいいのだ!?」
魔物を生み出す原因であるのは、あの石板であることは一目瞭然であるが、それを壊すことで魔物の召喚を止めることはできない。
あの石板へ魔力を供給しているのは迷宮そのものだ。ほぼ無尽蔵ともいえる魔力を蓄えている迷宮からの魔力切れを期待するのはあまりにも無謀だ。
なら、どうやって止めればいいのか。
「わからん」
「アキトはパーティーにいた時は、こういった罠も解錠するのが役目じゃなかったのか!?」
「こんな罠は見たことがないんだよ」
俺が【金色の牙】にいた時に主にやっていたのは宝箱、扉などの解錠がほとんどだ。
こんなタイプの罠は初めてだし、エクストラスキルを使用したところでどうにかなるものでもない。
「……一番簡単なのは、こいつらを無視してこの広間を出ることだな」
「おお、そうだった! 私たちだけが外に出て、アキトのエクストラスキルで扉を施錠すればいい!」
「だけど、それをするとちょっと怖いんだよな」
「どうしてだ?」
「魔物が召喚され続けて広間に入りきらなくなってしまうと広間の外に溢れる可能性がある。溢れた魔物たちは一気に迷宮内へと解き放たれ、迷宮を攻略している俺たちを襲ってくるかもしれない」
「そ、それは無いとは言い切れないな」
さらに魔物は一か所で大量に集まると、互いの魔力が干渉し合って強化する魔物大暴走を引き起こす可能性がある。そうなれば、被害を受けるのは俺たちだけじゃなく、エルダニアをはじめとする近
隣に住む人々になってしまうので見過ごせないな。
俺たちが悩んでいる間にもリザードマンとバトルエイプがじりじりと寄ってくる。
「少し考えたい。エレンは魔物を蹴散らしてくれ」
「わかった」
罠とはいえ、無限に魔物が湧いて出てきて脱出できないなどといった部屋は聞いたことがない。きっと何かしらの脱出するための方法があるはずだ。
魔物の方は完全にエレンに任せてしまって俺は、リザードマンの描かれた封印石板へと移動する。
試しに剣で斬りつけてみるが不壊属性が付与されているために傷がつくことはない。魔法での攻撃も同様だ。
次はこの封印石板を持ち帰ろうとマジックバッグを近づけてみるが、封印石板が収納されることはない。迷宮の一部としてのくくりとなっているため収納することはできないようだ。
「おお? リザードマンが出てこなくなった?」
「本当か?」
封印石板から視線を外すと、既にエレンによってリザードマンを討伐されているのにもかかわらず次なる召喚が行われなくなった。
ついさっきは十秒もしない内に次の三体が召喚されていたというのに不思議だ。
何か異変がないかとふらふらと歩き回ると、俺のすぐ後ろの封印石板からリザードマンが三体召喚された。
召喚された直後を狙ってリザードマンの一体を切り伏せ、二体目と三体目の脇腹へすれ違うようにして切り裂いた。
脇腹を切り裂かれた二体のリザードマンは倒れることはないが、それなりに深い傷を負った。
俺がその傷口を【解錠】してやると、二体のリザードマンは鮮血をまき散らして崩れ落ちた。
封印石板から召喚された時とされなかった時の差を考えてみる。
それは俺が封印石板の上に乗っていたかそうでないかだ。
俺が封印石板を調べるために上に乗っていた時は、リザードマンが召喚されることはなく、その上から退いた瞬間に召喚された。
ということは、封印石板の上に何かしらの蓋をするだけで召喚を阻害することができるのではないか?
「【ストーン】」
俺は土魔法スキルを発動し、リザードマンの彫刻がされた封印石板の上に直方体の石を設置してやった。
そのまま十秒ほど観察してみるも、リザードマンたちが召喚される様子はない。
自身の予想が正しいことが立証されたので、俺は続けて直方体の石を生成し、バトルエイプの彫刻が施された封印石板に蓋をしてやる。
すると、こちらも同様に召喚されることはなかった。
「お、おお? 魔物が出てこなくなったぞ?」
やがて、エレンが最後のバトルエイプを討伐すると、いつまでも次がやってこないことに目を驚く。
「ストーンで封印石板に蓋をしてやった」
「そんな簡単なことで召喚を防げるのか?」
「そうらしい」
この部屋を抜け出すための仕組みは案外とシンプルだったようだ。
三分が経過しようが広間で魔物は一向に召喚される気配はない。
「……私の苦労はなんだったのだ」
エレンが疲労と虚しさのこもった呟きを漏らす中、俺は広間の中央に宝箱が出現するのを目視した。
俺は宝箱に触れず【解錠】することで開けると、中には大きくて透明な封印石があった。
「まあ、苦労した甲斐はあったみたいだぞ? 宝物だ」
「本当か!?」
【七色の封印石(A級)】
封印石を【分析】してみると、A級のものだということがわかった。
しかも、すべての属性に対応しているとのことで使い勝手もかなりいい。
エレンが罠部屋に飛ばされて苦労したのも無駄ではなかったようだ。
「これなら私の炎も閉じ込められるか?」
「やめろ。試そうとするな。壊れたらどうする」
エレンが変に興味を示すので俺は封印石を素早くマジックバッグへと収納してやった。
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