封印の迷宮
「着いた。ここが【封印の迷宮】だ」
エルダニアから南下した森林地帯の中にある開けた場所に、白亜の城のような建造物が屹立していた。周囲は常に霧がかかっており、迷宮から漏れ出している魔力が感じられる。
大自然の中にポツリと佇んでいる迷宮であるが、そこだけ周囲の世界とは隔絶しているような印象を与えていた。
「この迷宮はどうして難関迷宮と呼ばれているのだ? 確かに珍しい形をしているが、他の迷宮とそこまで違うようには見えないぞ?」
エレンが迷宮を見上げながら尋ねてくる。
確かに封印の迷宮から放出されている魔力は、そこまで濃密ではない。
そこらにあるA級、B級の方が放出されている魔力は濃密であり、手強い魔物が棲息していることを予感させるだろう。
「それは封印の迷宮の特性にある。口で説明するよりも入ってみた方が早い」
大きな二枚扉を押し開けると、だだっ広い城内フロアにたどり着いた。
入口には騎士の石像が並んで立っており、それらが等間隔で三体ずつ端に並んでいる。
「なにか変わったことがあると思わないか?」
「……む? 特に何も変わったことは何も――うわっ!? 大変だ、アキト! スキルが使えないぞ!」
「ああ、この迷宮ではエクストラスキル以外のあらゆるスキルが封印されるんだ」
ここが難関迷宮の一つとして挙げられる理由が、この環境特性だ。
ここではスキルが封印されてしまい、冒険者はスキルを扱うことができない。
試しにスキルを使って【火球】を浮かべようとしたが、スキルは効果を発現することはなかった。
エレンも口を開けて【灼熱吐息】を繰り出そうとしたが失敗したようだ。彼女の空しい吐息だけが聞こえる。
「というか、エレンは元の姿に戻らないんだな」
封印の迷宮に入った瞬間にエレンが炎竜の姿に戻るのではないかとヒヤヒヤしていたが、そんなことにはなかった。
「【人化】はエクストラスキルだからな」
ということは、竜種だから全員が人の姿になれるというわけではないんだな。
「エクストラスキルがないと、冒険者たちは自身の力だけで探索するしかないということか?」
「それだけじゃない。ここではマジックバッグも封印され、装備、食料、ポーションといった類のアイテムすら持ち込むこともできないんだ」
マジックバッグが使えないということは、中に入っている荷物を取り出すことができないので持ち込めるものは手持ちのものだけになる。さらに使えないのは取り出し機能だけでなく、収納機能も使
用できないことになっており、中にある稀少な素材や魔物から剥ぎ取れる魔石などの素材も持ち帰ることができない。
冒険者の多大な恩恵であるスキルを封印され、マジックバッグを封印されアイテムの持ち込みすら制限される。
冒険者にとって圧倒的な不利な環境を生み出すこの環境が、封印迷宮が攻略不可能と言われる理由である。
「そんな迷宮を攻略することができるのか?」
「安心しろ。俺にはエクストラスキルがある」
「しかし、それ以外のスキルが封印されていては――あっ」
眉をしかめていたエレンであるが、俺が何を狙っているかわかったらしい。
「そう。スキルが封印されるんだったら、俺の【解錠】で解けばいい」
俺は自身の封印されたスキルとエレンの封印されたスキルに【解錠】をかけた。
すると、封印されていた俺たちのスキルが次々と解錠された。
「アキト! 急に石造が動き出したぞ!」
エクストラスキルを発動したからだろうか、フロアで佇んでいた騎士の石像たちが突如として動き出して襲いかかってきた。
石像騎士
LV28
HP:155
MP:88/88
攻撃:112
防御:120
魔力:54
賢さ:48
速さ:62
スキル:【剣術】【石化耐性(中)】
頑強な装甲に長剣、槍、斧といった武器をそれぞれが手にしている。
通常であれば、冒険者はこれらを相手にほぼ生身で挑むことになるのであるが……。
「【火炎槍】」
エクストラスキルによって封印されたスキルを【解錠】した俺たちにとって、いつもの迷宮での戦闘となんら変わりない。
俺は燃え盛る炎の槍を生成すると、こちらに接近してくる石像を三体貫いた。
……やっぱりな。俺の【解錠】を使えば、封印の迷宮でも問題なくスキルを扱うことができる。
「【炎竜ノ右腕】」
エレンが右腕を肥大化させると、接近してくる石像騎士へと自ら突っ込んだ。
振り下ろされる長剣を躱すと、石像騎士の伸びきった両腕をエレンは右腕を振るうことで破砕。
両腕と武器を失った石像騎士は、胴体に拳を打ち込まれて風穴を開けて崩れ落ちる。
二体目、三体目が左右から挟み込むように槍と斧を振るってくるが、エレンはその場で跳躍して回避。同時に身体を回転させて右腕を振るうと二体の石像騎士の首が吹き飛んだ。
首を失い、前のめりに倒れ込む石像たち。
「アキトのお陰で私もスキルが使えるぞ!」
「それならよかった」
エレンの身体能力の高さを見ると、ぶっちゃけスキルが封印されていても大丈夫そうだなとは思った。
瓦礫となった石像騎士たちに近づいていくと、胸部から魔石が出てくる。
マジックバッグが封印されているこの迷宮では、このような普通の魔石は荷物の邪魔になるので置いていくことになる。そういった意味でも旨みもなく冒険者たちは敬遠するのだが……。
「【解錠】」
マジックバッグの封印すらも解錠できる俺にとっては関係なかった。
石像騎士の魔石を六個拾い上げると、俺はマジックバッグへ収納した。
「おお! マジックバッグも使えるではないか!」
「ああ、売り物になるものは全部回収するぞ」
荷物が邪魔にならないのであれば、素材の回収をためらうことはない。
俺とエレンはいつもの迷宮攻略と変わらないままに封印の迷宮の奥へと進んでいくのだった。
●
石像騎士を倒した俺たちは十階層を探索していた。
回廊の中を進んでいると、茶色い毛皮に覆われ四本の腕を生やした異形の猿たちが徘徊しているのが見えた。
バトルエイプ
LV32
HP:155
MP:75/75
攻撃:120
防御:105
魔力:63
賢さ:88
速さ:120
スキル:【体術】【跳躍】
バトルエイプがこちらに気付いて接近してくる。
俺とエレンはそれぞれが一体ずつ受け持つ形でバトルエイプを迎え撃つ。
ここの回廊は幅が狭く、大きな体躯をしているバトルエイプでは一体ずつしか並ぶことができない。
こうやって俺たちが横に並べば、じっくりと一体ずつを相手することができる。
「【ファストブレード】」
バトルエイプが腕を振るってくるのを回避して、俺はスキルによって強化された剣で斬りつける。続けて【ライオットソード】【レイジオブソード】といったスキルコンボを発動させ、さらに威力を
上昇させながら斬りつけることによって魔力を吸収した。
バトルエイプの一体に傷を負わせると、後ろにいた二体目が姿勢を低くして足に力を溜めているのが見えた。
恐らく【跳躍】で仲間を飛び越えることで俺に奇襲をかける、あるいは俺の後ろに回り込むことで挟撃をしようという考えだろう。
そうはさせない。
「【能力施錠】」
俺はバトルエイプがスキルを発動させた瞬間に【跳躍】を施錠した。
「ギュイイイッ!?」
途中からスキルによる補助がなくなったことで後ろにいたバトルエイプは中途半端な高さの跳躍となり、俺と対峙しているバトルエイプの背中から突っ込む形となった。
俺は剣の刃先を真下へと向けると、うつ伏せで倒れ込んでいる二体のバトルエイプの背中へ落とした。
重なるようにして倒れ込んでいたために俺の剣は二体のバトルエイプの身体を貫通。二体のバトルエイプは断末魔の声を上げると動かなくなる。
俺が戦闘を終えるのと同時にエレンの戦闘も終盤を迎えていた。
肥大化したエレンの腕が相手の胸に突き刺ささり、ゆっくりと腕を引き抜くとバトルエイプは崩れ落ちた。
「難関迷宮の一つと言っていたがこんなものか?」
エレンの拍子抜けといったような声が回廊に響き渡る。
石像騎士を倒してから俺たちは何一つ躓くことなく十階層までたどり着けている。
難関迷宮と言われているだけでエレンが拍子抜けだと思ってしまうのも無理はない。
「それは俺たちがスキルを使用できているからだ」
俺たち人間は魔物との生まれもっての能力差をスキルという恩恵によって埋めている。
「スキルがなければ、俺たちは絶望的なまでの能力差を埋めないといけない。出現する魔物への対策、パーティー内での連携、純粋な技量、経験、知恵、スキル以外のあらゆる要素が必要となる」
さらには物資も制限されているから迂闊に傷を負うこともできない。
傷を負ってしまえば回復魔法によって魔力を消費、あるいは貴重なポーションを消費するからだ。
魔力を消費すれば、魔法使いはあっという間に戦闘不能となるだろう。
極限の環境下でありながら魔力やアイテムを厳重に管理し、継続的に戦闘を行うというのはかなり困難だ。
出現する魔物たちも単純に数が多く、純粋な身体能力や強化系スキルでゴリ押しをしてくる個体が多いというのも質が悪い。
相手のステータスが万遍なく高い分、スキルという決め手を失っている冒険者たちは戦闘を終わらせるのにどうしても時間がかかってしまうのだ。
戦闘時間が長引いてしまえば体力も消耗してミスも増える。負のループだ。
「むむむ、確かにそう言われると確かにこの迷宮は難しいのか?」
「本来なら俺たちもそうなるはずだったんだが、俺のエクストラスキルのお陰で回避できているからな」
「つまり、アキトがすごいってことだな!」
「すごいっていうよりかは、俺のエクストラスキルと封印の迷宮の相性がよかっただけだ」
スキルの封印されるこの迷宮の攻略を選んだのも、そういう目論見があってのことだったが予想以上に上手くはまったものだと思う。
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