追放された解錠者
A級パーティー【金色の牙】は、【獣の迷宮】の三十九階層を探索していた。
「また鍵付きの扉か……」
地図を作製しながら階層内を進んでいると、パーティーリーダーであるジェイドが面倒くさそうな声を上げた。
扉に鍵がかかっているということは、鍵を手に入れない限りはその先に進むことができない。この階層のどこかにある鍵を見つけ出す、あるいは鍵を所持している魔物を倒さなければこのルートは進
むことができない。
「おい、アキト。ここの扉を開けろ」
「……わかった」
しかし、俺はエクストラスキル【解錠&施錠】を所有しているので無意味だ。
「【解錠】」
扉に手を触れて、エクストラスキルを発動させるだけで扉は自動的に開いてくれた。
このエクストラスキルは扉、窓、宝箱といったものを解錠することのできる能力だ。
その扉に鍵がかかっていようが、魔法的な効果で閉じられていても問答無用で解錠することができる。施錠については解錠とは反対に、あらゆる扉などの出入り口を施錠することが可能だ。
「よし、行くぞ」
扉が開くと、ジェイドはさっさと前へと進んでいく。
「どけ」
「あ、ああ。悪い」
パーティー仲間であるタンカーのハロルドがわざと俺にぶつかって鼻を鳴らし、魔法使いのジュリアがこちらを気にした様子もなく先に進んでいく。
本来であれば、この扉の先に進むために多大な労力と時間を消費する。
この迷宮の広さや難易度を考えると、鍵を手に入れるだけで一日を消費してもおかしくはない。
こういった扉や罠を解錠するのが俺の役目とはいえ、もう少し感謝の言葉くらいあってもいいと思うんだけどな。俺たちのパーティーはいつからこんな風に冷め切ってしまったのだろうか。
「おい、きやがったぜ!」
などと考えながら歩いていると、前方の通路からミノタウロスの群れがやってきた。
筋骨隆々の肉体に牛頭を乗せた人型の魔物だ。
討伐ランクはB級とかなり高位の魔物だ。
そんな魔物が群れとなって押し寄せてくるとは、迷宮主の部屋がかなり近いのかもしれない。
「牛共がいっちょ前に武装しやがってよお! 生意気なんだよ! 【雷閃斬】!」
剣に雷を宿したジェイドがミノタウロスを斬りつけていく。
剣で斬りつけられる度に雷が発生し、ミノタウロスの肉体を焼き焦がす。
剣を振るう度に雷光が走り、ミノタウロスが倒れていく。
さすがはうちのパーティーのリーダーであり、アタッカーだ。
前衛での突破力、殲滅力が違う。
「【ディフェンダー】」
ミノタウロスの中には回り込んで、ジェイドの後ろを狙おうとするものがいたが、大盾を持ったハロルドが赤い挑発的な波動を飛ばすことによって敵を集める。
ミノタウロスたちが猛然と襲いかかるが、ハロルドはスキルによって強化された肉体と、自慢の大盾をもってしてミノタウロスたちの攻撃を受け止める。
「【シールドバッシュ】!」
ハロルドは大盾を前に突き出し、突撃することでミノタウロスたちを弾き飛ばした。
「【豪炎槍】ッ!」
尻もちをついたミノタウロスたちに豪火の槍が次々と突き刺さって息絶える。
ジュリアの魔法だ。
「さらに大魔法いくわ!」
ジェイドが先陣を崩し、ハロルドが注意を引きつけている間に、後衛にいたジュリアの魔法が完成した。半径三メートルを越える燃え滾る炎の塊が彼女の頭上で待機していた。
「【大炎華】!」
杖を振り下ろし、炎塊を飛ばす。
ミノタウロスの群れに炎塊がぶつかると激しい光と爆風が広がった。
砂煙が晴れると、通路内を埋め尽くしていたミノタウロスは一体たりとも残っておらず、体内から排出された魔石のみがキラキラと輝いていた。
「おいおい、ジュリアのせいでほとんど素材がねえじゃねえか」
「えー? そんなこと言われてもあれだけの数だとしょうがなくない?」
魔物の素材は冒険者における重要な収入源だ。
装備品のメンテナンス、食料、水、ポーションと冒険者には支出もかなり多い。
それらを回収するためにできれば、魔物は素材を回収できるように倒すことが望まれる。
「まあいい。ほら、アキト。さっさと魔石を回収してこい」
大して悪びれる様子もないジュリアにジェイドはため息を吐くと、俺に魔石の回収を命じる。俺は素直に頷くと、通路内に転がっている魔石をマジックバッグへと回収していく。
「遅えな。もっときびきびと動くことはできねえのか?」
「戦闘に参加しないのであれば、それくらいの雑用はこなしてもらわないと困る」
時間がかかるのは単純に数が多いのと、ジュリアの魔法による爆風で吹き飛んでしまっている魔石があるからだ。しかし、そんなことを説明してもジェイドとハロルドが聞き入れることはないだろ
う。俺は詫びの言葉を述べながら、できるだけ急いでマジックバッグへと回収した。
「……この奥に迷宮主がいるな」
魔石の回収が終わって、通路を突き進んでいくと巨大な扉が鎮座していた。
扉の奥から漂ってくる魔力や荘厳な空気から間違いなく、この奥に迷宮の主が待ち受けているのだと感じた。
「アキト、扉を開けろ」
別にこの扉には鍵がかかっていないのだが、ただ扉を開けるのが面倒なだけなのだろう。
「【解錠】」
スキルを発動させると、荘厳な石造りの二枚扉が開く。
そのまま中に入るが、なぜかジェイドたちが入ってこない。
いつもは迷宮主の部屋に入ると、我先にと入っていこうとするのにおかしい。
振り返ると、ジェイド、ハロルド、ジュリアが入口に並んで立っていた。
……嫌な予感がする。
「アキト、お前とはここでお別れだ?」
「何を言っているんだ?」
「この状況を見て、本当にわからないのか?」
狼狽える俺を見て、ジェイドがため息をつきながら言った。
迷宮主の前でこんな台詞を言われてわからないはずがない。
「……俺を切り捨てるのか?」
「そうだ。お前はもうこのパーティーには必要ねえ」
思い当たる状況を口に出すと、ジェイドはハッキリと告げた。
「必要ないってどういうことだ?」
「説明を求められても、戦うことのできない足手まといをパーティーに入れておく必要なんてなくない?」
「ああ、うちのパーティーに弱者はいらない」
「俺が戦うことができないのは、お前たちのスキルツリーを解錠して力を与えているからだ!」
――スキルツリー。
それは神が人間に生み出した時に与えられた力だ。
人間たちは魂に根付いたスキルツリーを解放することで肉体を強化したり、スキルを獲得することができる。通常スキルツリーを解放するには経験値が必要であり、レベルが上昇するにつれて経験値
も莫大だ。
それを俺の【解錠】によってジェイド、ハロルド、ジュリアのスキルツリーは広く解放されている。
ジェイドが剣士でありながら魔法付与スキルの【雷閃斬】を使えるのも、ハロルドがミノタウロスによる一撃を肉体で受け止められるのも、ジュリアが素早く魔法を詠唱し、高火力の魔法を放つこと
ができるのも俺がスキルを解錠し、そういったスキルを習得させ、強化しているお陰だ。
キャパシティを三人へと振り分けているが故に、エクストラスキルを自分のためだけに使う余裕がないせいで戦闘に参加できない。戦闘に参加できないと獲得する経験値にも差が生まれ、レベル差が開いてしまうという負のループ。
「いいのか? 俺がいなくなると解錠されたスキルツリーは元に戻るんだぞ?」
「俺たちのレベルは十分に上がった。アキトなんかの助けがなくてもやっていける」
「S級に上がることを考えると、いつまでも戦えない支援役を置いておくのは効率が悪いしー?」
「アキトの代わりに優秀な付与術師を入れることが決まっている。そいつはお前とは違って前衛を張ったり、後衛から魔法でサポートすることができるんだ」
剣士として平凡な俺の力量を引き上げるよりも、剣士としての才能やスキルに恵まれているジェイドの能力を引き上げる方が大いなる力を発揮できる。
生まれながらにして多くの魔力を身に宿し、魔法を扱う素質に恵まれたジュリアに魔法系スキルを獲得させれば強力な魔法使いとなる。
筋肉が発達し、恵まれた体格をしているハロルドに大盾を持たせ、肉体強化スキルや防御スキルを獲得させれば、魔物の攻撃を物ともしない鉄壁のタンクが生まれる。
「そういうわけだ。お前なんかを置いておくより何倍もいいだろう?」
レベルや才能の低い自分を強化するよりも、才能のある仲間たちを強化し、パーティー全体の力を引き上げる方がいい。
そう思ってパーティーに貢献してきたのだが、ジェイドたちはまったくそのようなことを思っていなかったようだ。
「俺をパーティーから追放したいのならすればいい。ただ、迷宮主の部屋に戦えない俺を放り出すようなことはやめてくれ。これじゃあ、俺に死ねと言ってるようなものじゃないか」
「ああん? そういう意味だっていうのが理解してねえのか?」
「なっ!」
「長年パーティーに在籍していた仲間を追放すると色々と手続きが面倒だからな。その点、迷宮の中で死んだことにすれば、手続きは簡略化されてスムーズだ」
「あたしたちが手をかけると、ギルドカードに赤が付いちゃう可能性があるもんね。だから、代わりに迷宮主にやってもらおうってわけよ! 天才じゃない?」
「悪いがそういうわけだ。諦めてくれ」
そんな理由で俺は死地へと向かわされるってわけか? 冗談じゃない。
「本当にいいのか? 解錠したスキルツリーの中には、俺のエクストラスキルでしか獲得することのできないスキルも混ざって――」
「ごちゃごちゃうるせえんだよ! さっさといけ!」
「ぐあっ!?」
追放する最大のデメリットを告げようと近づくが、ジェイドによって俺の身体は蹴り飛ばされてしまった。
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