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界壁の修復士  作者: 瑪栗 由記
第一章 神殿生活
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出発準備

 神殿長とニコが退出したあとの部屋で、サリカは萎れた葉っぱのごとくテーブルの上にだらりと伏せていた。


「お疲れ様です」

「ありがとう。君もお疲れ様」


 ゆっくりと頭を動かすと、苦笑するアハトが視界に入る。サリカは大きなため息をつくと、テーブルから頭をあげた。


 先程、カデウスに行くにあたり護衛騎士をどうするかで散々揉め、サリカの上級神官としての品位など既にどこか遠くへ吹き飛んでいた。今更取り繕うのも、正直面倒くさい。


 発端は、筆頭護衛騎士かつ神殿騎士副団長のニコが、休暇中のカイを呼び戻して護衛をさせると言ったのを、自分が固辞したことにある。


 休暇を返上させるのが可哀想だからという、心優しい気持ちからではない。あんなキラキラした生き物が一緒にいたら、道中目立って動きにくいからだ。

 上級神官だと周囲に宣伝するならうってつけだが、今のカデウスの状況を考えると得策とはいえない。


 ならば他の護衛騎士をと言われたが、何か事が起きた時に咄嗟の行動が出来ないと、これも固辞した。


 サリカは一人で旅が出来るよう、幼い頃から師匠に様々な事を叩き込まれていた。剣で戦うことはしないが、大抵の事は魔術でなんとかなる。

 自分だけが他の神官とは全く異なる修行をさせられていたのだが、その事実に気付いたのは、悲しいことに上級神官になってからだ。


 付き合いの長いカイは、それを知った上で護衛してくれるので問題が起きた際に動きやすい。しかし、ごく普通の神官の護衛に慣れた他の騎士では、そうはいかないだろう。


 そんな事を必死で訴え続け、何かあったら身の安全を第一に行動するよう約束させられた上で、ようやく一人旅が許可された。


 だが、ニコから注意事項という名のお小言を言われ続け、カデウスに行く前から疲労困憊気味だ。神殿長がニコのお小言が飛び火しないよう気配を消していたのを、サリカはちゃんと知っている。


(護衛騎士達は、母ちゃん集団だと肝に銘じておこう)


 お小言の内容を思い出してげんなりしていると、酷く暗い表情で俯くアハトの姿が目に入った。


「何か気になる事でもあるのかな?」


 サリカの言葉にはっと顔を上げたアハトが、ためらいがちに口を開いた。


「これからカデウスはどうなるのかと思いまして」

「ああ、そうか。ピヴァロだとカデウスの人達と接する機会は多いものねえ」

「はい。中央大神殿はどのようにお考えなのか、教団に属する身としても気になりまして。私が考えたところで仕方ないのは分かっているのですが」


 生真面目なアハトらしい悩みに、サリカは苦笑した。


「サリカ様は上級神官になる際に、聖都に行かれたのですよね。その時に中央大神殿もご覧になったのですか?」

「いや、見てないねえ。中央大神殿までの道は教えてもらったけど」

「そうですか……」


 フォシアル中央大神殿は、リマペデル大陸の南西にあるカヒミーヤという島にある。島の中央にそびえる山の中腹に中央大神殿は建立されており、その山の麓に聖都カテミノがある。


 下級や中級神官になる際、その国の大神殿で儀式が執り行われるが、上級神官の場合は聖都にある大神殿で行われる。

 だが、中央大神殿には大神官しか入る事ができないため、サリカもご多分に漏れず、中央大神殿に入るどころか建物の影さえ見ていない。


 がっかりした様子のアハトには申し訳ないが、それは彼自身が大神官になった時の楽しみにでも取っておいてほしい。まあ、大神官になる為に何をすれば良いのかは、サリカには全く分からないのだが。


「色々と気になることはあるだろうけど、我々は目の前に来た自分にできる事をやっていくしかないから」

「はい」


 何の助言にもなっていないとは自分でも分かっているが、アハトも何となく胸の内を吐露したかっただけだろう。神殿長がサリカとアハトにカデウスの内情を語った理由は不明だが、思い悩んだところでどうにもならない事だけははっきりとしている。


 先程より若干顔色は良くなったものの、まだ何かを考えているようなアハトの前で、サリカがぼーっと宙を眺めていると、神殿長とニコが部屋に戻って来た。


「待たせて悪かったね」


 神殿長が手にしていたのは、一通の手紙と分厚い薬草辞典だった。しかも、片手に一冊ずつの合計二冊。


(手紙だけじゃないのかよ!)


 サリカは荷物の量を考え、顔を引きつらせた。




  ********




 旅支度をするため、サリカが自室に戻ると部屋の前にソニヤが立っていた。


「あれ、どうしたの?」


 声をかけると、ソニヤはこちらに顔を向け、ほっとしたような表情を浮かべた。


「ああ、よかった。朝、食堂で渡すつもりだったんだけど、大笑いしてたら忘れちゃってね」


 ソニアはそう言うと、可愛らしい花の絵が描かれた紙袋をサリカに手渡した。


「疲労回復と魔力回復の飴が入ってるわ。一応言っとくけど、青い包が疲労回復で、黄色い包が魔力回復だからね。昨日、下級神官が初めて飴作りする日でね。教えながら作ってたら作り過ぎちゃったのよ」

「わあ、すごい嬉しい! すごい助かる!」


 癒し手のお役目の一つに、この飴作りがある。薬師が作るような強い効能があるわけではないが、それでも十分な効果があるので一般の人達も好まれ、神殿の収入源の一つにもなっている。

 癒し手であるソニヤは、下級神官の頃からこの飴作りが上手い。味や効能だけでなく、見た目も透き通って綺麗なのだ。


 サリカは袋から青い包を一つ取り出すと、さっそく口の中に飴を放り込んだ。


「美味しい……さすがソニヤの飴」


 口の中に甘酸っぱい味が広がり、サリカはほうとため息をもらした。自分が作ると薬草の苦味が少し残ってしまうのだが、ソニヤが作ったものにはそれが無い。加えて、効能も高いような気がする。


「大げさねえ。欲しかったら、また作ってあげるわよ」

「いつもありがとう」


 口では大した事は無いといいながら、照れたような笑みを浮かべるソニヤ様子は子供の頃から変わらない。

 いつでも上級神官になれる能力を持ちながら、ソニヤが中級神官で居続ける理由をサリカは知らない。だが、どんな理由であれ彼女が選択した事なら尊重しようと、サリカは常日頃から思っていた。


「そうそう。私、これからカデウスにいくんだよねえ。だから、しばらく会えないんだよ」

「あら、お役目?」

「うん。だから一緒に食事に行く約束、もう少し待っててくれるかな」

「お役目なら仕方ないわよ。気をつけて行ってらっしゃい」

「ごめんね。飴のお礼に、何かお土産買ってくるよ」

「期待して待ってるわ」


 ひらひらと手を振りながら笑顔で去っていくソニヤを見送り、サリカは自室に入った。


 中級神官までは二人部屋だが、上級神官になると個室が与えられる。個室といっても、ベッドと机と箪笥が入る程度で広くはない。加えて、サリカの部屋は非常に殺風景だ。必要最低限の物しか置いておらず、ソニヤに言わせると空室と間違える程らしい。


 師匠のせいで旅が多かったのもあるが、おそらく昔から物を所有する意欲がないのも影響しているのだろう。


 サリカは部屋に入るとすぐに旅支度を始めた。神殿長から渡された手紙と辞典二冊も紛失しないように厳重に包んで鞄に詰め込む。


(この鞄があってよかった……)


 初めて旅に出る時に師匠に買ってもらった鞄は、重量軽減の魔法陣が刻まれており、幼いサリカでも自分の荷物は自分で持つ事ができた。傷んできてはいるものの、使い続けているせいで体に馴染んでおり、これ以外使う気にならない。


 カデウスの神殿長代理に会う際の神官服を荷物に入れ、サリカは旅用の衣装に着替えた。

 女の一人旅だと見た目や年齢関係なく厄介事に巻き込まれる可能性があるので、神官服で旅をしない時には大抵男装となる。旅商人のような服を着て、ちょっと厚めの黒いマントを羽織れば完成だ。

 ちなみに長い黒髪は、三つ編みにして背中垂らしている。髪にも魔素が含まれるため、魔術師は男女ともに長髪が多いので問題ない。


「さて、そろそろ出かけるか」


 徐々に日が沈む時間が早くなってきている。早く出かけないと、隣町に到着する前に日が暮れる。立ち上がって部屋を出ようとした瞬間、扉をノックする音が聞こえてきた。


「エリナです。ここを開けてもらってもよろしいかしら」

「はい、少々お待ち下さい」


 サリカが慌てて扉を開けると、大神官のエリナが立っていた。パモス王国には現在三人の大神官がおり、エリナはそのうちの一人だ。しかも、神殿長不在時には神殿長代理を務める人でもある。

 予想もしていなかった人物の登場に驚いていると、エリナがサリカの様子を見て満足気に頷いた。


「神殿長から事情は聞いております。護衛騎士の同行無しに出かけるらしいですね」

「……はい」


 告げ口したのは絶対にニコに違いない。そう確信しながら、サリカは返事をした。年齢不詳の整った顔に麗しい笑みを浮かべたエリナから、何となく恐怖を感じるのは何故だろう。


「手紙は出来るだけ早く渡した方がよろしいでしょうし、あなたの安全も考慮する必要があります。ですからこの度、特別に神殿長から許可をいただきました」

「え?」

「支度は終わっているようですから、早速参りましょう」

「ど、何処へでしょう?」

「行けば分かります」


 疑問を笑顔でねじ伏せたエリナに促され、サリカは自室を後にした。


 

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