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界壁の修復士  作者: 瑪栗 由記
第四章 界壁修復
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次のお役目

 大神官として漸く一歩踏み出せたと実感し、カミルとささやかなお祝いをした翌日の早朝、サリカはマイヤからの念話によって叩き起こされた。


 昨日の今日で何事かとビクビクしながら話を聞くと、どうやらサリカのお役目の件で進展があったらしい。

 慌てて準備し中央大神殿に向かうと、こぼれんばかりの笑みを浮かべるマイヤが、サリカの訪れを待っていた。


「朝早くから申し訳ありませんでした」

「いえ、大丈夫です」


 マイヤの朗らかな笑みからは、申し訳ないという気持ちが全く伝わってこない。

 基本、神官の朝は早い。夜遅くまで起きていたせいで寝坊したサリカは、どうこう言える立場にないので、大人しく黙って微笑んでおく。


「あの後、各国の神殿長に事情を説明したのですが、昨夜クラネオスの神殿長から連絡がありました。すぐに念話を飛ばそうと思ったのですが、さすがに夜中はどうかと思いまして」

「お気遣いありがとうございます……」


 生まれて初めて念話で起こされ、驚きのあまり寿命が縮まったかと思ったが、昨晩呼び出されなかっただけ良かったと、考えを改めた方が良さそうだ。


「詳細は直接会って話すという事なので、準備が整い次第、クラネオスへ向かってください」

「分かりました」


 準備といってもサリカの事である。いつもの鞄に必要な物を詰めて終わりだ。カミルの霊素補給についても、テネアルに行った際にアネルマに相談して、一応対策済みだ。家に戻ってゆっくり旅支度をしても、午前中には出発できるだろう。

 問題は、出発した後である。


「マイヤ様、一つ伺ってもよろしいでしょうか」

「はい、何でしょう?」

「私はこれまでクラネオス王国に行ったことがないのですが、普通の獣車を使ってシノフィスから出発した場合、何日ぐらいで大神殿に到着できますか?」


 災禍後、旧カデウスの南端にパモスとクラネオスを直接結ぶ街道ができたことは知っている。

 おそらく船でクラネオスに向かうより、獣車で向かった方が早いし楽だとは思う。それでもかなり距離があり、クラネウスに無事入国できたとしても、王都はかなり内陸にある。

 どんなに急いだとしても、到着するのに結構な日数を要するはずだ。


 地図を思い出しつつ、サリカが頭の中で必死に日数の計算をしていると、受付台の向こう側からポンと手を打つ音がした。


「そうそう、大事なことを伝えていませんでしたね」

「何でしょうか?」


 一人頷くマイヤを見ながら、サリカは首を傾げた。


「クラネオスには、転移カードを使って行っていただきます」

「え、転移できるのですか?」

「ええ。クラネオスの神殿長の許可は得て、既に登録も済ませてあります。先日返却していただいた名札が役に立ちました」

「ありがとうございます。助かります」


 にっこりと笑うマイヤの顔を見ながら、サリカは胸を撫で下ろした。


 転移魔法陣が使えるなら、移動手段で悩む必要はない。移動に費やす時間を、全て界壁の穴探しに使えるのはありがたい限りだ。


「もたらされた情報が、界壁と関係あるか分かりませんが、どちらにしてもサリカ様に現場に赴いてもらうしかありません。また、界壁に異常があるなら、早急に対処してもらわねばなりません。したがって、その時々の状況に応じて、私の方で各国の大神殿にある転移魔法陣を使えるようにしておきます」

「……よろしくお願いいたします」


 転移酔いを克服した今、転移魔法陣を使える事はサリカにとって利点しかない。だが、話を聞いていると『お膳立てしてやるから、つべこべ言わずに行ってこい』と言われている感じがするのは、気の所為だろうか。


 目の前のマイヤの微笑みに、お役目でカデウスに行く際、問答無用でサリカを転移魔法陣に放り込んだエリナの穏やかな笑みが重なった。


 自分の所属が中央大神殿と分かった時点で、あちこち行くことになるのは覚悟していた。だが、こんなに早く『こき使われる』とぼやくユリウスの気持ちが分かるようになるとは、思いもしなかった。


 転移先が増えた際のカードの使い方を聞きながら、サリカは心の中で大きな溜息をついた。




 ********




「サリちゃん、ここがクラネオス?」

「多分そうだと思うよ」


 室内灯の明かりを付け、薄れていく転移魔法陣を眺めながら、サリカは安堵の溜息をついた。


 真っ白な壁に、海を思わせる青色の床。セリウォル大神殿にはない床の色なので、クラネオスのフェルミウス大神殿であるのは間違いないだろう。


 聖都カテミノのプリメナス大神殿の床は薄い黄色であり、幼い頃に一度だけ入ったことがあるカデウスの大神殿の床は茶色だった気がする。

 大神殿によって床の色が違うのは知っていたが、床の色で目的の大神殿に転移できたか判断できるのは、手間がかからず非常にありがたい。


「じゃあ、行こうか」

「うん!」


 キリッと姿勢を正したカミルの様子に、サリカは苦笑しながら部屋から出た。


 部屋から出ると、真正面に階段があった。他に部屋らしいものはないので、この部屋に訪れるために造られた階段なのだろう。


 窓はなく、明かりは壁に掛けられた金色の室内灯のみだ。青い階段の縁には、模様が刻まれた白いタイルが貼り付けられているので、段差を見誤る心配はない。

 大人がギリギリ二人並べるくらいの狭い階段ではあるが、さほど圧迫感を感じないのは天井が高いせいだろう。


 自分の足音だけを耳に階段を上り続けると、金色の取っ手がついた扉の前に来た。床と同じ青色の縁取りがされた白い扉は、波の様な彫刻が施されている。


(これが執務室に入る扉かな)


 マイヤの話だと、クラネオスのフェルミウス大神殿にある転移魔法陣は、三階にある神殿長の執務室からしか行けない構造になっているそうだ。


 基本的に転移魔法陣の使用には神殿長の許可が必要であり、大神殿から各地の神殿に移動するために使われる。外からやってくるのは許可を得ている大神官だけなので、理に適っているのかもしれない。


「カミル、多分ここが神殿長の執務室だよ」

「分かった!」


 大きく頷くカミルの頭を撫でると、サリカは扉に向き直った。一度だけ大きく深呼吸し、扉の中央に刻まれた渦のような模様を軽く丁寧にノックする。


 階段にノックの音が響くと、すぐに中から返事があった。


『サリカ様ですね。どうぞお入り下さい』


 扉がゆっくりと内側に開き、黒い騎士服を来た背の高い女性騎士が立っていた。銀色の長めの髪を後頭部で一つに結び、凛として立つ姿は見惚れるほどかっこいい。


「ありがとう」


 突き刺さってくる爪を肩に感じながら、サリカは礼儀作法として教え込まれた笑みを浮かべた。

 カミルがもう少し大きくなったら、爪が食い込まないように肩当てが必要になりそうだ。


 軽く頭を下げて、護衛騎士の脇を通って室内に入ったサリカは、口から漏れ出た「あっ」という音のない声と共に、その場に立ち尽くした。


 磨き上げられた青い床と、白い家具に施された金色の装飾が、大きな窓から差し込む日の光で煌めいている。執務に不必要な物は一切置かれていないスッキリとした広い部屋は、晴れた日の海を見ているような気分にさせる。


 その部屋の中央に置かれた大きな執務机の前に、白い神官服を着た小柄な女性が立っていた。


「エリナ様……」


 サリカがぽつりと呟くと、笑みを深めながらエリナが歩み寄ってきた。


「久しぶりですね、サリカ。あなたの元気な姿が見られて安心しました」

「はい」


 サリカの記憶にあるエリナの姿より、少しだけ目尻に皺が増えている。懐かしさと同時に、その僅かな変化に月日の流れを感じ、言葉に詰まる。


「まったく大神官だというのに、そんな情けない顔をして。ヴァルマが見たら、小一時間説教されますよ」

「すみません」


 母と慕っていた世話役の神官の名前を出され、サリカの顔に泣きそうな笑みが浮かんだ。

 ヴァルマの親友であったエリナは、サリカにとって叔母のような存在だった。微笑んだまま叱り続ける二人の姿は、今でも脳裏に焼き付いている。


「カデウスでは、よく頑張りましたね。三十年も眠ったままだと知って、さぞ驚いたことでしょう。でも、大丈夫ですよ。エルノ様やユリウスだけでなく、私やソニヤも居るのですから」

「……はい」


 エリナにそっと抱きしめられ、サリカの視界が涙で滲んだ。



 

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