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界壁の修復士  作者: 瑪栗 由記
第四章 界壁修復
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呪われた大岩

 御者の男が話してくれた呪われた岩を求め、サリカはピヴァロに向かって歩き始めた。荷物を乗せた獣車で十五分程度なら、目的の場所まで徒歩で四十分ぐらいだろうか。


 パモスとカデウスの国境にもなっていたセルカザール山脈が、災禍で生じた衝撃を防いでくれたのだろう。シノフィスから離れるにつれ、街道周囲の林から野鳥の声が聞こえてくる。

 目の前に広がる穏やかな光景は、サリカの記憶にある街道の様子と大差ない。何なら、昔より小綺麗になっているようにも見える。


 呪いという言葉からは程遠い景色を眺めながらサリカがのんびり歩いていると、脇を通り過ぎていく乗り合い獣車の乗客から、戸惑うような視線を向けられるのを感じる。

 親切心からでも興味本位でも、声を掛けられたら無視するわけにもいかない。だが、その都度こちらの事情を説明するのも面倒である。


 サリカは街道の右端に寄ると、乗客達の視線に気付かぬふりをしながら、努めて楽しげにリズム良く歩いた。




 歩き始めて三十分以上経った頃、街道の右脇に木々に囲まれた小さな空き地が見えてきた。椅子になるような切り株が幾つも点在しているところを見ると、街道を通る人々が休憩所として使っている場所なのだろう。


 周囲の木々は手入れされており、街道沿いの簡易的な休憩所としては綺麗な方である。だが、地面は落ち葉に覆われ、人が使ったような形跡は見当たらない。


 サリカのように街道を歩く人がいないせいかもしれないが、何となく奇妙な感じがする。


「カミル、ちょっとここに入ってみようか」

「うん!」


 ガサガサという足音をたてながら空き地の中に入ってすぐに、サリカは休憩所が寂れた原因に対面することになった。


「サリちゃん、これ?」

「多分、そうだよねえ」


 木々の間に転がる大きな岩の前に立ち、サリカは腕組みをして首を傾げた。


『呪われた岩』と呼ばれているくらいだ。特徴的な形の巨大な岩だと思っていたのだが、サリカの腰丈程度の普通の岩だった。

 近寄って手で触れてみるが、灰色のゴツゴツとした見た目といい、ざらついた感触といい、セルカザール山脈内にある岩と何ら変わらない。


 街道に戻って周囲を見回してみたが、視界に入ってくるのは葉の無い樹木ばかりである。他に岩らしき物は見当たらないので、これが噂の呪われた岩で間違いないとは思うのだが、いささか拍子抜けした感が否めない。


(まあ、岩自体は普通なんだけどねえ)


 岩の前に戻ると、サリカは澄み渡った青空を眺めた後、落ち葉に埋もれた休憩所に視線を向けた。


 岩を除くと、空き地を囲んでいるのは枝ばかりとなった樹木だけだ。空から降り注ぐ日の光を遮る物は何も無いはずなのに、何だかやけに薄暗く感じる。嫌な感じとまではいかないが、空気が重苦しく、長居するのは避けたくなるような場所である。


 左肩に目をやると、カミルも緊張した様子で周囲を見ている。


「確認するから、ちょっと待っててね」

「分かった!」


 街道に目をやると、ガラガラという音と共に獣車が走り抜けていくのが見える。サリカは街道側から姿が見えにくい木の陰に移動すると、目を閉じて感覚を切り替えていった。


(当たりか……)


 再び目を開けたサリカは、目の前に広がる光景を眺めながら大きな溜息をついた。


 色合い豊かな魔素に混じって、本来あるはずのない白い光の粒がフワフワと漂っている。テネアルや狭間にある粒よりも光は弱く、若干濁った光に見えるが、霊素であるのは間違いないだろう。


 街道に降り立った時は、くたびれた様子の魔素しか存在しなかったのだ。この場所に界壁の異常があるとみて、間違いないだろう。


(幽素は無い? いや、見えないだけ?)


 黒い霧状の物が幽素であったなら、幽素は黒い粒として見えると踏んでいたのだが、それらしき物は何処にも見当たらない。


 場の雰囲気は、中央大神殿のある『狭間』よりも、災禍直前のコダル近辺に酷似している。この場に幽素が存在している可能性は高いのだが、おそらくテネアルで霊素に馴染んでしまったサリカには、その存在を確認することができないのだろう。


 確認できないものは、潔く諦めるしかない。幽素が見えなくとも、界壁の穴が見つけられれば、それで十分なのだ。


(穴はどこだ?)


 その場に立ったまま、サリカは周囲に視線を巡らせた。


 界壁の異常というのは、世界にとって不健全な状態だからだろう。コダル上空でも、中央大神殿の内殿で見た映像でも、界壁に開いた穴は存在を誇示するかのように周囲の風景から浮かび上がって見えた。


 おそらく小さくても異様な目立ち方をすると思うのだが、いくら目を凝らしても、休憩所内に特徴的な黒い穴は見当たらない。


「サリちゃん、あった?」

「霊素があるから、多分界壁の穴もこの辺りにあると思うんだけど、見当たらないんだよねえ」

「ぼくも分かんない」


 サリカは自分の二つ名と役目について、カミルに説明している。お役目の手伝いをさせる気はなかったが、連れて行くなら教えておく必要があると思ったのだ。


『狭間』への入口が見えていたカミルには、界壁の穴も見える可能性がある。それに自ら気付いたカミルは、出発前からやる気満々だ。


「この周辺を探してみようか」

「分かった!」


 元気に返事をするカミルの頭を撫で、サリカは再びゆっくりと周囲を見回した。


 界壁が壊れ、そこから霊素や幽素が漏れ出しているなら、漂う霊素を辿っていけばいい。時折吹く風によってフワフワと流されていくが、幸いこの場所の風は強くない。

 匂いを辿る犬になった気分だが、これ以外の方法が思いつかないのだから仕方ない。嗅覚でなく、視覚で辿るだけマシだと思う事にする。


 チラチラと光る白い光の粒に意識を向けつつ、サリカは空き地の中を歩き始めた。


「こっちの方向かな」


 霊素が色濃く見えるのは、岩のある方向だ。濡れ衣を着せられた岩は可哀想だが、この先に界壁の異常があるなら、噂話も馬鹿にできない。


 サリカは慰めるようにゴツゴツとした岩肌を軽く叩きながら、脇を通って林の奥へと入っていった。


 定期的に人の手が入っている街道脇とは異なり、少し奥に入ると樹木の本数が格段に増える。


 落ち葉に覆われた地面は思った以上に柔らかいものの、歩き難くはない。だが、時折木の根が地面から盛り上がっている所があるので、サリカは漂う霊素を辿りつつ、足元も気にせねばならなかった。


(気分が良くないという事は、方向は合ってるって事だよねえ)


 奥に行くほど霊素の量は増えていき、同時に不快な感覚も増してくる。災禍直前のコダル近辺とは違って体調に変化が出る程ではないが、気持ち良いものではない。

 カミルに視線を向けてみるが、先程と変わらぬ様子でキョロキョロと周囲を見回している。


「カミル、気分は大丈夫?」

「うん、平気!」


 元気に返事をするカミルの様子を見て、サリカは胸を撫で下ろした。


 コカノの話によると、精霊はそれぞれ独自の感覚で魔素や霊素を認識しているらしい。カミルの場合、今は『何となく』というぼんやりとした感覚だが、成長するにつれて変化する可能性があるそうだ。

 今のような不快な感覚なら感じない方が楽だとは思うが、危険を回避するには周囲の様々な状況に敏感であった方が良い気もするので、難しいところだ。


 時折立ち止まって周囲を確認しつつ、サリカは先へと進んだ。嫌な感じの場所なので、歩く速度が自然と遅くなっているのだろう。岩があった場所から十分以上歩いたものの、街道がある方向から獣車の走る音が聞こえてくる。

 そんな街道から大して離れていない林の中で、サリカはカミルと同時に声を上げた。


「あれだ」

「サリちゃん、あった!」


 木々の間の何も無いはずの空間に、縦長の楕円型の穴がぽっかりと開いていた。


 長さはサリカの前腕ほどで、幅は指三本程度の細長い穴だ。コダル上空に浮いていたものとは、大きさだけでなく形も異なっている。


 のっぺりとした奥行きのわからない真っ暗な穴の中からは、白い光の粒が少しずつ吐き出されているのが見て取れる。


(どうなってるんだろ……)


 界壁そのものは見えないため、黒い物体が宙に浮いてるかのようにも見える。だが、どの方向からも全く同じ形に見えるので、物が浮いているわけではないのは確かだろう。


 いくら考えたところで、サリカの頭から出てくる答えなど、たかが知れている。そもそも、サリカの役目は穴の解明ではなく、穴を塞ぐことである。


(さて、どうするかな)


 豊かな自然の中にある不自然な穴を前にして、サリカは眉間に皺を寄せつつ大きく息を吐き出した。

 




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