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界壁の修復士  作者: 瑪栗 由記
第三章 大神官のお役目
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一歩前に

 本日二度目となる魔法陣の眩い光に包まれながら、サリカは急いで部屋の中に視線を走らせた。


 大神殿の地下室の半分程の広さだが、同じように扉の両脇に室内灯が掛けられている。歩み寄って落ち着いて明かりをつけ、 サリカは徐々に薄れていく魔法陣の明かりを眺めた。


(経験って大事だねえ……)


 今回は余裕を持って明かりを点けたお陰で、若干心にも余裕がある。


「サリちゃん、ここ?」

「そうみたいだよ」


 カデウスに行く際に来た場所ではあるが、転移酔いが酷くて、部屋の様子は全く覚えていない。だが、大神殿の地下室でないのは確かなので、どこかの神殿に着いたのは確かだろう。


「ここ小さいね」

「神殿が小さいからだろうねえ」

「そっか」


 部屋の大きさもだが、転移魔法陣そのものも、大神殿の魔法陣よりかなり小さい。そうは言っても、サリカが首から掛けている転移カードとは比較にならない程大きいのだが……。


 魔法陣に関して門外漢のサリカは、大きさ問題に明確な答えは出せない。だが、問題なく使えているので、それで良しとする。


「とりあえず、ここから出ようか」

「うん!」


 前回来た時は、ピヴァロの神官長が部屋の中で待っていてくれたが、今日は誰もいない。


 おそらく転移酔いでぶっ倒れるのを見越して、待機してくれていたのだろう。小柄な年配女性だったが、まともに歩けないサリカを引きずるようにして、この地下室から一階の救護室まで連れて行ってくれた。


 それを考えると、今こうして何の問題もなく立っていられる状況が奇跡のようだ。

 誰かに大神官の地位に就いて良かったと事があるかと尋ねらたら、サリカは転移酔いが無くなった事を挙げるかもしれない。


 サリカは再度部屋の中を見回すと、明かりを消して部屋の外に出た。


 階段を上がりきり、目の前の木の扉を開けると、目の前に銀色の帯を締めた上級神官の男性が立っていた。おそらく、事前にソニヤから連絡を受けていた神官長なのだろう。


 見た感じ、四十代ぐらいだろうか。柔和な笑みを浮かべ、胸に手を当て礼をとる姿に、サリカは既視感を覚えた。


「お待ちしておりました、サリカ様。お元気そうなお姿を再び拝見できて、嬉しく思います」


 ゆっくりとした落ち着いた声音を聞き、サリカはハッとした。


「アハト?」

「そうです。覚えていて下さった事、大変光栄に思います」

「いや、直ぐに気付かなくて申し訳ない。君がここの神官長になったんだね」

「はい。師であった前神官長が三年前に光の道を歩みまして、私が後任として神官長になりました」

「そうだったんだね」


 生真面目そうな青年神官が、落ち着きを増した大人に成長し、神官長として他の神官達を導いていることに月日の流れを感じる。


 ソニヤに会った時も思ったが、サリカだけが未熟なまま取り残されているのは明らかだ。今後サリカなりに精進していくしかないと分かっているものの、三十年という時の重みに気が遠くなる。


 サリカは溜息をつきそうになるのを堪え、母と慕う神官に教え込まれた微笑みを浮かべて、自分を鼓舞した。


「では、私の執務室に参りましょうか」

「肩に止まってるのは、私の養い子の精霊なんだけど、一緒でも構わないかい?」

「勿論です。小さな可愛らしい護衛と共にいらっしゃる事は、神殿長から伺っておりました」

「カミルです!」

「私はアハトと申します。よろしくお願いしますね」

「はい!」


『護衛』という言葉に気を良くしたのか、肩の上でカミルが胸を張っている。ソニヤに餌付けされ、アハトに言葉で転がされるちょろい子だとは思うが、皆に可愛がられるのは悪いことではないだろう。


 案内するためゆっくりと背を向けたアハトの後に続き、サリカは神殿内を歩き始めた。


 国によって教団との関わり方が異なるため一概には言えないが、人口の少ない小さな村でない限り、大抵の町に神殿はある。おそらく各地に点在する祠と同様、神殿にも場を安定させる機能があるのだろう。


 とはいえ、町の規模に応じて、神殿の大きさは異なる。小さい町だと、ごく普通の一軒家程度の神殿もあるが、このピヴァロの神殿は、パモス国内にある神殿の中でも比較的大きい方である。


 拝殿の奥にある二階建ての執務棟があり、神官長の執務室はその二階の一番奥にあった。執務室にある来客用のソファーに案内されて座ると、アハトがお茶を入れてくれた。


「私はあまりお茶を入れるのが得意ではないので、お口に合わなかったら申し訳ありません」

「いや、気にしないで。ありがたく頂くよ」


 一口飲んでみると、サリカ好みの苦みがない飲みやすいお茶だった。カミルもカップの縁に止まって美味しそうに飲んでいる。


「私好みのお茶だよ。ありがとう」

「そう言っていただけると嬉しいです」


 アハトが目の前の椅子に腰を降ろしたのを見て、サリカは鞄から手紙を取り出した。


「これが、神殿長から預かった手紙だよ。確認してもらっていいかな」

「分かりました。少々お待ち下さい」


 差し出された手紙を両手で受け取ったアハトは、立ち上がって自分の執務机で手紙を確認すると、手紙を手にしたまますぐに引き返してきた。


「あれ、何か問題があった?」

「いえ、問題はありません」


 アハトはそう言うと、サリカの前に手紙を置いた。


「よろしければ、サリカ様にも読んでいただきたいのです」

「え、この手紙はソニヤから君宛に書かれたものだよね。さすがにそれを読むわけにはいかないでしょ」

「大丈夫です。神殿長の許可もいただいております」

「……」


 優しく微笑んではいるが、一歩も引く気は無さそうだ。


 笑顔の圧に負けたサリカは、溜息をついて目の前に置かれた手紙を手に取り、封筒から中身を取り出した。

 封筒に厚みが無かったので、枚数は少ないと思っていたが、どうやら中身は一枚だけのようだ。サリカは紙を広げると、中を見て目を瞬かせた。


『サリカも戻ってきたことだし、いい加減に覚悟を決めて大神官になるように』


 書かれていたのは、この一文のみだ。


「え、これどういう事?」

「実は、私は一度、テネアルに行ったことがあるのです」

「は?」


 サリカの間の抜けた声が、部屋に響いた。




「じゃあ、君は私が目を覚ますまでは大神官にならないと言って、テネアルから引き返してきたと」


 アハトのテネアル日帰り旅行の顛末を聞いたサリカは、呆れと羨望が入り混じった溜息をついた。


「そういう事になりますね」

「……」


 ニコニコと人の良さそうな笑顔を浮かべて話しているが、語る内容がおかしい。


 大神官になる条件とは、自分の役目を自分で思い出して遂行するのと、テネアルに入ることだとユリウスは言っていた。


 双方を完璧に満たしたアハトが今まで大神官にならずに済んでいたのなら、事故でテネアルに転がり込んだサリカなら、色々と理由をつけて就任までの期間を引き延ばせたのではなかろうか。


 笑顔のマイヤから『三十年間もの猶予がありましたが?』などと言われそうだが、寝ていただけなのだから意味合いが異なる気がする。


「私は、災禍の際にサリカ様がカデウスにいた事知ってる、数少ない神官の中の一人になります」

「あの時神殿長の話を一緒に聞いていたんだから、まあそうなるよね」


 ほんの一部ではあるが、カデウスの裏事情を知っているのだ。下手に隠し事をする方が、変に勘繰られると思ったのだろう。だが、一番の理由は、このアハトが信頼できる人物であるとエルノが判断したからに違いない。


「あの時以来、私はずっと己の至らなさを後悔しておりました」

「え、何故?」

「私は、自分に託されてた手紙以外、何も見えていなかったのです。あの時カデウスの神殿長代理の手紙を持って来た少女は、下級神官ではありませんでした。カデウスの神殿長代理は、自分の侍女に下級神官の服を着せて、神官に仕立て上げたらしいのです」

「何でまたそんな事を……」

「おそらく、確実に神殿長に手紙が届くようにしたかったのだろうと……。私は全く気付きませんでしたが、当時の神官長である私の師は、彼女が神官ではないことは最初から分かっていたようです。その旨を記した手紙を私に託したので、私はエルノ様に二通の手紙を渡していたのです」

「なるほどねえ。でも、神殿に来た神官の身分証をわざわざ確認する事なんて滅多にないし、神官服を着ていたら気付かなくても仕方ないのでは?」


 サリカの言葉に、アハトは無言で頭を振った。


「『癒し手』は、相手の体内魔素の状態を見る必要があります。きちんと見れば、神官かそうでないかは分かったはずだと、師に叱られました」

「そうだったんだ」

「カデウス国内の状況がどんなものであったのか、私にはわかりません。ですが、神官でないものが神官を装っている状態は異常です」

「確かにそうだね」

「エルノ様がその事を伏せた意味は分かりません。ですが、私がそれを見抜いてサリカ様にお伝えてしていれば、もう少し結果が異なっていたのではないかと、ずっと思っておりました」

「そうか、そんな風に思っていたんだね」


 そう言って俯くアハトの姿を見ながら、サリカは優しい味のお茶を一口飲んだ。


「サリカ様がお戻りになられぬ状況の中、私の至らなさを直接お詫びすることは叶わない。私のできることは、同じような過ちを犯すことの無いよう『癒し手』として研鑽を積む事しかなかったのです。大神官というのは、それに付随した結果でしかありません」


 サリカは下級神官の頃のアハトを少しだけ知っている。真面目で優秀だが、何か問題が起きた際に自分を責める傾向がある若者だった。


 サリカに起きた事について、自責の念にかられる必要がないと伝えてアハトを納得させられるのは、当事者であるサリカだけだ。だからこそ、ソニヤはサリカに手紙を託したのだろう。


「君を色々と悩ませてしまったようで、済まなかったね」

「いえ、サリカ様が謝罪されるような事は何一つありません」

「私も、当時の事を思い出して色々考える事はある。だけど、いくら考えてみても、あの時の私には、あの行動しかできなっかった、そう思うんだよ。もし君からカデウスの状況がきな臭いと助言されていたとしても、残念ながら私の能力では、君の助言を活かせなかったと思うんだ」


 ユリウスならば、アハトから聞いた話を参考に上手く事を進めたかもしれないが、サリカには到底無理である。


「私は、あの日あのタイミングであの場所に居る必要があったのだと思う。お互いに足りない部分や未熟な部分があったかもしれないが、それすらも必要な条件だったとしたならば、お互い最善を尽くしていたという事ではないかな」


 サリカの言葉を聞いたアハトが、静かに両目を閉じた。無言のまましばらくじっとしていたが、再び目を開いたアハトの顔には朗らかな表情が浮かんでいた。


「三十年あった胸のつかえが、漸く取れたような気がします」

「そうかい?」

「はい。この後、神殿長に連絡して、大神官になるための準備を始めようと思います」


 色々と吹っ切れたせいなのか、アハトの笑顔が以前より明るく若々しい。

 サリカの存在が絡む以上、相談できる相手も居なかったのだろう。こうして再びアハトと話ができて、本当に良かったと思う。


「大神官になったばかりで何も分からない私だけど、応援してるよ」

「ありがとうございます。何かあった際は、相談に乗って下さると嬉しいです」

「ちゃんと答えられるように、私もがんばるよ……」


 一番若輩の大神官だと思っていたのに、あっという間に後輩ができてしまった。


 いつの間にか左肩に戻って来ていたカミルの足の爪が刺さり始めるのを感じ、サリカの口から乾いた笑いが漏れた。



 

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