当人だけが知らない
「分かりました。では、セリウォル大神殿へは私から連絡をいれておきますね」
「よろしくお願いします」
パモスに行くと決めたサリカが、まず最初にやらねばならなかったのは、中央大神殿でマイヤに報告することだった。
サリカの所属は一応パモス王国のセリウォル大神殿ではある。だが、三十年間という空白期間があるため、立場が曖昧なのだ。要は「寝てるだけで何もしてなかった」ということである。
事実ではあるが故意ではないし、空白期間が教団内で問題視されているわけでもない。
どうやら教団内部、特に上層部は慢性的な人手不足らしく、「パモスで三十年何もしてないなら、うちの所でもいいだろう」と、水面下でサリカの取り合いになっていたそうだ。
自分の与り知らぬところで、人生初のモテ期が到来していたらしい。
また、ユリウスの所属がセリウォル大神殿のままだったのは、サリカの事情を加味しての事だった。サリカの大神官就任を機に、ユリウスも晴れて中央大神殿に所属する事になったらしい。
師弟関係というのは、サリカの想像以上に様々な方面に影響するようだ。
ユリウスが『今まで以上にこき使われる』と嫌そうに呟いていたが、サリカにできる事は何もない。まあ弟子として、師の活躍を心の中で応援しつつ、いつユリウスが来てもゆっくり休憩できるよう、部屋を整えるぐらいはしておこうと思う。
今のサリカにとって大事なのは、優秀な師の事ではなく、未熟な己の行く末だ。嫌な予感を振り払いつつ、サリカは恐る恐るマイヤに尋ねることにした。
「私が所属する神殿は何処になるのでしょうか……」
「大神官の所属は、その者のお役目に支障がない場所というのが前提になります」
「はい」
「長期間一カ所に留まっても差し支えないお役目の場合は、各地の大神殿の事情も考慮し、優先順の高い所に所属することになります。逆に、ユリウス様のように世界中を飛び回らねばならないお役目や、頻繁にテネアルとやり取りする必要があるお役目の場合は、中央大神殿に所属することになります」
「と言うことは、もしかして……」
「はい。ご想像通り、サリカ様の所属は中央大神殿になりますね。まあ、慣れるまで色々あるとは思いますが、よろしくお願いします」
「……はい」
マイヤの満面の笑みを見ながら、サリカは心の中で号泣した。
おそらく、国を跨いでの役目なのをいい事に、各地の厄介事を押し付けられる気がする。新人大神官であるのを考慮した上で、役目は割り振ってもらいたいが、期待薄だろう。
「では、新しい神官服を三着お渡ししますね。破損などの理由で新たなものが必要になった際は、こちらにいらして下さい」
「分かりました」
大神殿で神殿長に会うなら、神官服を着なければならない。分かってはいるが、真っ白の神官服を着ている自分を想像し、サリカは気が重くなった。
服のせいか、服の中身のせいかは不明だが、神官服を着た大神官というのは異様に目立つ。白い服を着て白い壁を背景に立ったら、動物が擬態するのと同じように見え難くなりそうだが、不思議なことに何故か大神官だけ浮き上がって見えるのだ。
とはいえ、自分が他の大神官と同じように見えるとは限らない。セリウォル大神殿に行った際は、自分の真っ白な髪も活かして、できるだけ周囲の色に溶け込むように壁沿いに歩こうと思う。
「あと、セリウォル大神殿に行く際は、これをお使い下さい」
マイヤは受付台の上に、小さなカード状の物を置いた。大きさや形は身分証と似ているが、全面に透明な薄い魔石が貼付けられている。
「これは何でしょう?」
「各地の大神殿の転移魔法陣に、これを使って転移できます。正式名称は無駄に長いので、私は『転移カード』と呼んでます」
「これを使うと、各国にある大神殿に行けるということですか?」
「そういうことです。ただし、使用するには神殿長の許可と魔法陣への登録が必要になります。失くさないよう身分証と一緒に所持してください。もし紛失した場合は、速やかに報告するように」
「分かりました」
許可と登録が必要ということは、最低でも一度は、自分の足で目的の大神殿へ訪れる必要があるのだろう。
大神殿の転移魔法陣は、大神殿からその国の神殿へ転移するだけの一方通行だと教えられていたが、それだけでは無かったらしい。
これ以外にも、サリカが知らない教団内の事情は山程あるのだろう。だが、テネアルの事を知った今となっては、驚きもしない。慣れとは恐ろしいものである。
「これで転移できるのは、所有者であるサリカ様と、あと一人カードに登録した人物だけです。まあ、カードに登録しても、転移適性が無ければ無理ですが」
「適性があるなら、精霊でも大丈夫ですか?」
「ああ、この前一緒にいらしたおチビちゃんですね。問題ないですよ。登録の方法は、魔石部分に一滴血液を垂らして下さい。それで完了となります。完了すると、カードの下の方に丸い点のような印が浮かび上がります」
「分かりました」
精霊界生まれの精霊は、本来なら自力でどこへでも転移できるらしい。だが、カミルの場合は子供であることに加えて、事情が特殊だ。
今後一緒に行動するのであれば、登録しておいたほうが良いだろう。
「セリウォル大神殿の許可と登録は、この後すぐに私がしておきます。行かれる際はお使いになってもらって大丈夫です。今後、他の大神殿での登録が必要になった時は、ご自分で神殿長から許可を貰って登録して下さい」
「分かりました。お手数をおかけしますが、よろしくお願いいたします」
一応シノフィスの近くに転移魔法陣を設置してもらってあるが、直接大神殿にいけるならば、その方が楽である。出発の予定は明後日だが、その時までには使えるようになっているのだろう。
「そうそう、サリカ様はユリウス様のお弟子さんなので失念していましたが、護衛騎士はどうしますか?」
「護衛ですか?」
自力で己の身を護れるユリウスには、上級神官の頃から護衛騎士がいない。
サリカの場合、ユリウスから身を護る術は教えられてはいたが、女性であることを考慮してカイが護衛騎士として付けられていた。
「他の大神官の方々はどうなさっているんですか?」
「ご存知だとは思いますが、各地の大神殿に所属されている方は、そこの神殿騎士団から専属の護衛騎士が付く形になります」
「はい」
「ですが、中央には専属の騎士団がありません。したがって中央所属の大神官の場合は、必要な時にだけ、その地の神殿騎士団にお願いする形が多いですね。でもまあ、中央所属の方は、お役目もご本人も少々特殊なので、行動するにしても一人の方が都合が良いと仰る方が殆どですけど」
「そ、そうなのですね……」
その特殊集団に属してしまった身としてどう反応すれば良いか分からず、サリカは引きつった笑みを浮かべた。
「ですが、慣れ親しんだ護衛騎士がいいと、暫くの間護衛騎士を変更なさらない大神官もいます。サリカ様にそのような方がいるならば可能な限り調整しますので、いつでも仰ってください」
「分かりました。考えておきます」
とりあえず護衛の件は保留としマイヤの部屋から辞去したサリカは、一緒に来たがっていたカミルの待つ家へと急いで戻った。
********
「サリちゃん、ここに血つければいいの?」
「そうだよ」
帰宅してカミルに転移カードの説明をしたところ、すぐに登録をすることになった。
血液が必要なため、身体のどこかに傷を付けねばならない。可哀想だが、こればかりは仕方がない。
「部屋から針を取ってくるから、ちょっと待っててね」
「あ、サリちゃん!」
サリカが食堂の椅子から立ち上がろうとした瞬間、カミルが慌てた様子で制止した。
「ぼく、持ってるよ!」
「持ってる?」
「うん!」
次の瞬間、カミルの小さな手に小型のナイフが握られていた。
皮の鞘に納められたナイフは、小型と言ってもカミルの手の二倍はある。
可愛い子供の手には不釣り合いなナイフを、カミルは慣れた様子でくるくると回している。
「カミル、それどうしたの?」
「ユリさまにもらったの!」
「や、やっぱり……」
サリカがユリウスの弟子となって最初に買ってもらった物が、鞄とナイフだった。今でも大事に使わせてもらっているが、子供へのプレゼントとしては微妙な物である。
カミルはその時のサリカより身体は小さいが、既にナイフの扱いが様になっている。精霊だからなのか、カミルが特別なのかは不明だが、怪我だけには気を付けてもらいたい。
「まあ師匠が教えてるなら大丈夫だと思うけど、怪我しないように気を付けてね」
「うん、分かった!」
「あと、そのナイフだけど、どこから出してきたの?」
「うんとねえ……」
カミルの説明だと、精霊界生まれの精霊のみが使える術らしい。何でも精霊界に自分用の空間があり、そこから出し入れしているとのこと。以前からコカノに指導されてはいたものの、精霊界での記憶が乏しいカミルには難しく、今日初めて成功したそうだ。
真っ赤な精霊王ほどではないが、カミルは精霊の姿と人の姿では、身体の大きさがかなり違う。今後一緒に行動する場合、カミルの荷物はサリカが持つつもりだったが、どうやらその必要はなさそうである。
カミルは慣れた手つきでナイフの先端に指を当て、僅かに付けた傷から血を絞り出し、ポタリと一滴カードに垂らした。すると、赤い血が透明な魔石に吸い込まれるように消え、カードの下に青い丸い点が浮かび上がってきた。
「ちゃんとできた?」
「大丈夫よ。それより傷は平気?」
「うん!」
目の前に差し出された指先には、既に傷は見当たらなかった。
その後、楽しそうに空中から物を取り出すカミルを見ながら、サリカはマイヤの話を思い出していた。
「護衛か……どうなってるんだろうねえ」
三十年は長い。カイがサリカの護衛騎士のままでいることは無いだろう。
加えて、フォシアル教では神官と神殿騎士の還俗が認められている。カイが騎士団を辞めている可能性も十分ある。
親しかった人達を忘れた事はない。ずっと眠ってたサリカにしてみれば、彼らと顔を合わせていないのは、数ヶ月ぐらいの感覚なのだ。
パモスに戻ると決めた後、サリカは親しくしていた人達がどうしているか、ユリウスに尋ねた事がある。
返ってきた答えは「自分で確かめろ」だった。
テネアルで目覚めてから、毎日が目まぐるしかったのは確かだ。だが、様々な理由をつけてソニヤ達の近況を聞けずにいたのは、漠然とした不安があったからだろう。
冷めかけのお茶を飲みながら溜息をついたサリカは、服を引っ張られる感覚に、思考の海から引き上げられた。
「カミル、どうした?」
「サリちゃん、『ごえい』って何?」
「傍に居て、護ってくれる人の事だよ」
「サリちゃん」
「ん?」
「ぼく、何度も言ったよね。ぼくがサリちゃんをまもるって!」
「う、うん。そうだね……」
今まで見たことがないくらいの真剣な眼差しに、サリカは目を丸くした。
(まさか本気だったとは……)
嘘や冗談だと思った事はないが、幼い子供の言ったことだ。サリカは本気にしていなかった。
だが、そんなサリカの心の内をカミルが知ったなら、怒るよりも泣かれるような気がする。
「サリちゃんの『ごえい』は、ぼくだよ! ユリさまにも、ちゃんと言ってあるんだから、サリちゃん、ちゃんとおぼえててね!」
「……はい」
短い腕を組んで、柔らかな頬を膨らませている姿は可愛らしいが、子供だというのに圧が強い。これまで自分が弱いと思ったことはないのだが、その自己認識を改めねばならない気がしてきた。
サリカは苦笑しながら、養い子であり、弟弟子でもあるカミルの頭をそっと撫でた。




