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界壁の修復士  作者: 瑪栗 由記
第一章 神殿生活
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神殿長

 神殿長の執務室は、神官達がお役目や事務を行うための建物の最上階である四階にある。

 階段を上がって四階までやってきたサリカは、真っ白な壁が続く廊下を進み、金色の細工が施された扉の前で立ち止まった。


 幾度となく訪れた場所だが、今日は何故か世話役の神官と一緒に初めて来た時の事を思い出した。

 壁の一部のように見える取っ手の無い扉と、世話役の神官の後ろ姿を交互に見つめながら、緊張と好奇心に胸踊らせていた幼い自分。

 あの純真な可愛らしさは、一体どこに落としてきたのだろう。


 サリカは苦笑しながら、慣れた手つきで扉をノックした。


『どうぞ』


 中からすぐに、入室を許可する返事がある。

 この部屋は訪問者が名乗らなくても、中の者には誰が来たのが分かる仕掛けになっている。また、許可が無い限り、扉は外側からは絶対に開かない。


 大神殿にはこの様な仕掛けが幾つもあるらしいが、全てを知っているのも全てを動かせるのも、多分神殿長だけだろう。


 サリカは扉に向かって軽く一礼すると、扉の中央にある花模様の細工に手を伸ばした。

 細工の中央には小さな魔石が埋め込まれているが、表面からは見えないようになっている。また、触れただけでは細工との差も分からない。

 その魔石にサリカの右掌が触れた瞬間、花模様だけが扉から浮かび上がるように青白く発光し始めた。


(いつ見ても綺麗だねえ)


 浮かび上がった花模様は、扉から手を離すと徐々に薄くなっていく。そして、完全に光が消えると同時に、扉は滑るように横に開き、サリカが部屋に入ると背後でゆっくりと閉まっていった。


「待ってたよ、サリカ」


 礼をとるサリカに、穏やかな笑みを浮かべた神殿長が手招きをした。


 白を基調とした室内には、色とりどりの季節の花々が飾られている。部屋の至る所にあるのだが、全てが見事に調和し、漂う香りは何故か控えめで心地よい。


 精霊の乙女が舞い踊る舞台かのような場所だが、中央に置かれた執務机の向こうにいるのは白髪白髭の老人だ。この差に驚く人も多いらしいが、これはこれで味がある。豪華な花を背景とするのは、美男美女だけに許された特権ではないはずだ。


「突然呼び出してすまなかった。少し話が長くなりそうだから場所を変えようか」

「承知しました」

 

 ゆっくりと立ち上がる神殿長を見ながら、サリカは首を傾げた。

 いつもと変わらぬ神殿長の様子に、いつもと変わらぬ美しく整えられた部屋。だが、いつもとは違う雰囲気が微かに漂っている。


 神殿長の背後に立つ筆頭護衛騎士のニコと目が合ったが、僅かに首を振られ、神殿長について行くよう視線で促される。

 行き先は、執務室の続き部屋のようだ。主に神殿長が休憩する際に使われる場所だが、完全防音であるため、極稀に内々の話をする際に使われることがある。


(面倒な事じゃないといいけど)


 内心ぼやきつつ神殿長の後に続いて部屋に入ると、一人の神官が緊張した面持ちで椅子に座っていた。


 サリカの記憶が正しければ、アハトという名の男性神官で、数年前に国境検問所近くのピヴァロに配属されていたはずだ。直接関わったのは数える程度だが、物腰の柔らかい真面目な青年だった。

 最後に会った時は水色の帯だったが、白色の帯を締めているところを見ると、下級神官から中級神官になったようだ。ちなみに上級神官の帯は銀色で、大神官の帯は金色である。


 慌てて立ち上がろうとするアハトを制して、神殿長が一番奥の席に座り、ニコが神殿長の後ろに立つ。そして一番最後に、サリカがアハトの向かい側の席に腰掛けた。


 ピヴァロから大神殿のある王都までは、騎獣に乗っても2日はかかる。アハトは大神殿に到着したばかりなのか、一応身なりは整えてはいるものの、疲労している様子が見て取れる。


 正面のアハトと目が合うと、サリカは左手で自分の銀色の帯に触れて頭を下げ、中級神官への昇格を慶した。アハトは一瞬驚いたように目を見開くと、誠実そうな顔に照れたような笑みを浮かべて、同じように礼を返してきた。


「サリカもアハトもお互いのことは知っているな」

「はい」

「存じ上げております」


 神殿長は小さく頷くと、胸元から一通の手紙を取り出しテーブルに置いた。


「これは、今朝方アハトが私に届けてくれた手紙だ。カデウスの下級神官がこの手紙携え、ピヴァロの神殿に来たらしい。手紙の差出人はカデウスの神殿長代理だ」


 パモス王国のあるリマペデル大陸は、大陸の西にパモス王国、中央にカデウス王国、東にクラネオス王国という三つの国がある。パモスとカデウスの間にはセルカザール山脈という高く険しい山々が連なり、往来できる場所は、実質大陸の南側にある一部のみだ。


 カデウス王国は、北に巨大な鉱山を持つ鉱物資源の豊かな国である。加えて魔石が採掘されるようなり、国を挙げて魔道具の生産に力を入れているらしい。三年前にカデウスに行った際、王都の至る所に魔道具が置かれていた様子をサリカは今でも覚えている。


 (あれ、どういう事だ?)


 神殿長の言葉に、サリカは首を傾げた。


「カデウスの神殿長からではなく、神殿長代理からですか?」

「そうだ。現在カデウスの大神殿に神殿長という立場の者は居ないからな。まあ、それを知っているのは、カデウス国内でも一部の者だとは思うが」


 神殿長の答えに、サリカは叫びそうになるのを必死にこらえた。向かいに座るアハトの様子をみると、両目を見開いて固まっている。


 二年前、カデウスの神殿長が高齢であるのを理由に引退した事は、サリカも知っている。だが、その後は他の大神官が神殿長になっているのだと思っていた。 

 おそらく大神官の位にある者は知っている事だろうが、自分やアハトが聞いて良い話なのだろうか。


「カデウスの神殿長が代替わりする話は、そなた達も聞いたことがあるはずだ。だが、中央大神殿が新たな神殿長を派遣することを、カデウスが拒んだのだ。今の神殿長代理は、前国王の愛妾の娘で現国王の妹、階級は中級神官になる」


 僅かに笑みを浮かべながら、お天気の話をするような気安い口調の神殿長を、サリカは顔を引きつらせながら凝視した。アハトなど顔色が悪いのを通り越し、もはや死人のような顔色だ。


(誰か、今すぐこの爺さんの口を塞いでくれ………)


 縋るような思いで、神殿長の後ろで気配を消しているニコに目を向けると、即座に視線を逸らされた。


 始源の神アルプロエを主神とするフォシアル教は、世界最大の宗教団体だ。 

 世界各国に神殿があり、大神殿はその国の中心地に建っている。その全ての神殿に指示を出すのが、フォシアル教の総本山であるフォシアル中央大神殿である。


 フォシアル教は誕生からこれまでの長きに渡り、政には不介入を貫き、全ての国に対して中立の立場にある。そして、教義に反しない限り国に協力しているが、国という枠組みに縛られてはいない。


 したがって、中央大神殿からカデウスの大神殿への指示に、カデウス王国側が口を出すというのは本来ありえない。

 もし教団内の事にカデウスが嘴を挟んだのなら、それはカデウスがフォシアル教との関係を切ると宣言したと見なされることになる。


(やっぱり、面倒事だったか)


 サリカは自分の勘の良さを褒めながらも、何故その勘がもっと早く働かなかったのかと心の中で涙した。


 だが、聞いてしまった以上どうしようもない。そもそも神殿長に呼ばれる以前から、縁の糸は繋がっていたと腹を括るしかないだろう。 

 アハトも手紙を運んできた時点で、サリカ同様この件と無関係ではいられないはずだ。彼には申し訳ないが、諦めて一緒にカデウスの事情に巻き込まれてもらおう。


 サリカは神殿長とアハトを見ながら、やや引き攣った微笑を浮かべた。



 

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