意想外の再会
「予想外というか予想通りというか……」
日が暮れかけた薄暗い山道を登り、ようやく到着した中央大神殿を前に、サリカはポツリと呟いた。
木々の間から見えてきたのは、白一色の巨大なドーム状の建物だ。装飾の無いつるりとした外観は、各地にある祠と同じである。異なる部分は窓の存在と、入口の扉に金色の装飾がなされてる事ぐらいだろう。
更に周囲を見回してみると、サリカが暮らす家と同じぐらいの建物があちこちに点在している。それらも全てドーム状だが、中央にある巨大ドームとは異なり、壁や扉の色は様々だ。
「なんか、すごいねえ」
カミルが呆気に取られた様子で呟いた。カテミノで何度も耳にした感想だが、『すごい』の意味合いが違う気がする。
「師匠、質問してもいいですか?」
「何だ?」
「今更なんですけど、教団の建物って何で白いんですかねえ」
「大層な理由を付けたがる奴もいるが、実際のところは単純に楽ってだけの事だろうな」
「やはり、そうですか……」
様々な色を使って塗装した場合、補修するときに手間がかかる。おそらくそれが面倒だったに違いない。好意的解釈すれば、余計な所に労力を割かないということか。
だが、同じ白い建物でも、カテミノのプリメナス大神殿と比べると、かなり地味である。
勝手に想像を膨らませておいて、期待外れだと言うのも失礼な話だが、中央大神殿に憧れを持つフォシアル教徒へは、少々伝え難い外観なのは確かだ。
中央大神殿がイニティルケ山にあること以外知られていない理由が、ほんの少し分かった気がする。
「白い大きな建物が中央大神殿なのは分かるんですが、周囲にある建物は何ですか?」
「ここで暮らす大神官の家だな」
「へえ。では、儀式が終わったら、皆様の所にご挨拶に伺わないといけませんかねえ?」
「いらねえよ。会う必要のある人間は神殿に来てるはずだ。それに、ここで暮らす奴らは基本引きこもりだ。家の中で好き勝手に色々やってるから、訪ねたところで誰も出てきやしねえよ」
「……分かりました」
実感が込もっていたので、おそらく以前何かあったに違いない。詳しく聞いた所でサリカにできることはなさそうなので、助言だけ有り難くいただく事にする。
「中に入るぞ」
「あ、ちょっと待って下さい!」
慌てて声を掛けるが、ユリウスは振り向くことなく歩いていく。だが、目的地はすぐ目の前だ。走って追いかける必要もないだろう。
サリカは汗と埃にまみれた全身を浄化し、服の乱れを整えた。どんな姿でも文句は言われない気はするが、サリカ自身が不快であり、一応嫁入り前の女でもある。
乱れていた顔周り髪を耳に掛けてから、神殿へと向かった。
玄関から中に入ると、建物の中心は吹き抜けの広間になっていた。内壁は落ち着いた紺色で統一され、建物内の雰囲気も祠に似ている。
広間の中心には、祠の魔石の倍はありそうな巨大な魔石が置かれている。石から放たれる柔らかな光が、肥沃な大地を思わせる焦茶色の床に揺らめきながら映る様は、息を飲むほど美しい。
また、三階まで続く螺旋階段の手すりや、壁や床に置かれた室内灯も魔石と同様球体だ。明かりを調節すれば、壁面の色と相まって星空の中にいるように見えるかもしれない。
「うわーすごくきれい!」
カミルの感嘆の声が広間に響いた時、二階に並ぶ扉の一つが開き、中から人が出てきた。
足音一つ立てずに階段を降り、滑るように歩み寄ってきたのは、十代前半に見える少年だ。
身長はサリカよりも低く、濃紺の長い髪は上半分だけ紐で結わえ、後は背中に垂らしている。柔和な笑みを浮かべる整った顔は、少女のように愛らしい。
金の帯に白い神官服を着ているが、大神官にしては若すぎる気がする。だが中央大神殿には、大神官しか入れないはずだ。違うとしたら大問題である。
様々な疑問が頭に浮かぶが、まずは新参者らしく挨拶する必要がある。サリカは両手を胸の前で合わせて深く頭を下げ、目の前の少年に向かって最上級の礼をとった。
「ああ、楽にしていいですよ。久しぶりですね、サリカ。あなたの元気な姿が見られて安心しました」
満面の笑みを浮かべた少年の言葉に、サリカは目を瞬かせた。
「私をご存知なのですか?」
もし見た目通りの年齢なら、少年が生まれたのはサリカが眠っている時である。彼の祖父母や両親を見知っている可能性はあっても、彼と面識があるはずがない。
見た目より年嵩である可能性もあるが、必死に記憶を辿ってみても、目の前の人物に心当たりがない
「おや、忘れられてるとは淋しいですねえ」
少年の琥珀色の瞳が楽しげに輝いた。何となく、混乱しているサリカの様子を楽しんでいる感じがする。
この瞳の輝きを知っている気もするが、瞳の持ち主が誰であったかまでは思い出せない。考えれば考えるほど、答えから遠退いていく気がする。
「隣で突っ立っているユリウスからは、何も聞かされてないのですか?」
ちらりと隣に視線を向けると、腕組みして立つユリウスの眉間に深い皺が刻まれている。不機嫌なのは分かるが、その理由がサリカなのか、少年なのか分からない。
質問するのが一番早いのだが、変な緊張感が漂っており、とてもそんな気にはなれない。この雰囲気のなかで発言できるのは物語の勇者だけだと思う。
カミルなど、プルプル震えながらサリカの髪に頭を突っ込んでいる。
作り笑いを顔に貼り付けたまま無言で立っていると、盛大な溜め息が横から聞こえた。
「ジジイ、遊ぶのもいい加減にしろ。チビが怯えきってるだろうが」
「心外ですねえ。そもそも君が先にサリカに教えておけば話が早かったと思うのですが」
「よく言うぜ。話したところで信じられない事ぐらい、分かりきってるだろうが」
「君は弟子に厳しいのか優しいのか、本当に分かり難いですねえ」
「余計なお世話だ」
会話の様子からは、ユリウスよりも少年の方が立場が上のようだ。ただ、外見だけ見ると、ユリウスの方が年上だ。神官の階級に年齢は関係ないが、傍から見ているとチグハグな感じが否めない。
「ですが、こうしていても埒が明きませんし、儀式も控えてます。そろそろ種明かしでもしましょうか」
そう言うと、少年はサリカの前に一歩足を踏みだした。下から覗き込む少年の顔には、艶やかな笑みが浮かんでいる。
「私はエルノですよ」
「……は?」
サリカはポカンと開けた口を、慌てて片手で押さえた。
エルノという名で心当たりがあるのは、サリカの大師匠であるセリウォル大神殿の神殿長のみだ。
(まさか、ね……)
印象的な琥珀色の瞳を見つめていると、不意に目の前にある瞳と、お役目だとサリカを執務室に呼び出す神殿長の瞳が、頭の中でカチリと重なった。
「も、もしかして、神殿長……ですか?」
「そうです。ただし、今は神殿長ではありませんけどね」
「えーーーーーーーー!」
「ピィーーーーーーーー!」
サリカとカミルの絶叫が、建物内に響き渡った。
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ユリウスが着替えている間少し休憩するようにと、サリカとカミルはエルノの執務室に連れて来られた。
美しい花々に彩られた室内で出されたお茶は、かつてエルノが手ずから入れてくれた物と同じ香りと味だった。
怯えていたカミルも、お茶を飲んで落ち着きを取り戻している。
白髪白髭姿のエルノしか知らないが、落ち着いて良く見てみると同一人物であることが分かる。髭のせいで分かり難かったものの、あの頃から異様なほど肌艶が良かった。
「大騒ぎして申し訳ありませんでした」
「構いませんよ。驚かせたのは私ですから」
「それで、その御姿は一体……」
「ふふ、気になりますか?」
ユリウス程ではないが、エルノも十分整った顔立ちをしている。しかも、幼さの残る甘い顔に微笑が加わると、華やかな色気のようなもの撒き散らす。
見ているだけで目が疲れる。美しいものは目の保養だと主張する人がいるが、違うこともあるのだと心の底から反論したい。
「サリカはルルドラリアの村長に会いましたか?」
「はい。あ、もしかして……」
村長に会ったのは、村の学校に通い始めて半月程経ってからだ。
挨拶するために村長宅を訪れた際、奥から出てきた桃色の髪の美少女が村長だと知り、サリカは腰を抜かしそうになった。レースをふんだんに使ったワンピースを着た姿は、貴族向けに作られた美しい人形のようだったが、中身は村で最年長の重鎮だ。
テネアルの人々は、成人を迎えると亡くなる直前まで容姿が殆ど変わらない。テッセオで暮らす人には夢のような話だが、寿命が長いテネアルの人々の中には、自分の容姿に飽きる人がいるらしい。
そんな彼らが行うのが、自分の肉体を変化させる事だ。要は自分の意思で、外見だけを老いたり若返ったりさせるのだ。一気に姿形を変える事はできないため、毎日少しずつ変化させていくという地道な作業らしい。
村長曰く、必要なのは技術ではなく根気だそうだ。
ルルドラリアの村長と同様に、エルノも時間をかけて肉体を変化させたという事だろう。
「テネアルの人間でなくても、体を変化させられるんですねえ」
「テネアルに入れるようになった時点で、あちらの人間になったようなものですから。ユリウスを見れば分かるでしょう? ただの若作りにしては、あの姿は異常です」
「た、確かに……」
おそらく神殿長だった頃のエルノの姿も、今と同じように変化させたものなのだろう。神殿長は教団外の人間と関わる事も多い。外見が全く変化しないのは、人々から奇妙に思われる。
神殿長という立場を退いた今、年寄りを装う必要はないのは分かる。とはいえ、何ゆえ少年姿なのかは謎である。
「この姿は、ただ単に植物を観察するのに丁度いいからです。私は樹木より草花と語らうのが好きなので、身長が低いほうが都合がいいんですよ」
「……そうでしたか」
エルノらしいと納得のいく答えではあるが、質問する前に答えるのは止めていただきたい。たまにユリウスも同じような事をするのだが、驚きを通り越して少々怖い。
カップの縁に止まってゆっくりお茶を飲むカミルを見て、サリカが必死に自分を立て直していると、部屋の扉がカチャリと開き、ユリウスが部屋の中に入ってきた。
「待たせたな。問題無かったか?」
「いえ、大丈夫です」
「失礼ですねえ。私が孫弟子を虐めるとでも?」
「虐めなくとも、玩具にはしそうだからな」
「君は師である私に対しての認識と態度を改めるべきだと思うのですが。サリカもそう思いませんか?」
「ふん」
二人のやり取りに口を挟めるはずもなく、サリカは顔に引きつった笑いを浮かべ、矛先がこちらに向かないように祈った。
他者の目を気にしてか、パモスにいた頃の二人はもう少し穏やかに会話していた気がする。
加えて、エルノの話し方が神殿長の頃と異なることに、微かな違和感を覚える。
余計な事かもしれないが、質問できるタイミングは今だけかもしれないと、サリカは意を決して口を開いた。
「あの、記憶違いかもしれないのですが、エルノ様の口調が以前とは異なる気がするのですが……」
「ジジイの場合、慇懃無礼なこっちの喋り方が素だ」
「神殿長なんてしていると、それらしい外見でそれらしく振る舞わないと、各国のお偉い方々が話を聞いてくださらないのですよ。本当に馬鹿馬鹿しい。おかしな価値観で凝り固まった愚鈍な人間の相手をするのは、本当に面倒で疲れました」
「お、お疲れ様でした……」
優しげな笑みを浮かべているが、逆にそれが恐ろしい。
サリカはカップの上で固まっているカミルを両手で包み込むと、膝の上に乗せた。小さな体を撫でつつ柔らかな毛を堪能していると、心が休まってくるのを感じる。
様々な事に秀でた二人を見ていると、いかに自分が平凡な人間かを思い知らされる。
だが、それでいい。
自分は自分でしかない。背伸びしたところで、自分の手が届く事しかできないのだ。
緊張のほぐれたサリカの顔に、ようやく本当の笑みが浮かんだ。




