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界壁の修復士  作者: 瑪栗 由記
第二章 新たな地
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泥団子

「どうするかなあ」


 青空の下、サリカの大きな独り言が響き渡った。声に呼応するかのように、砂を含んだ突風が吹き抜けていく。

 風が去った後に残されたのは、砂まみれとなった我が身だけだ。傍にあった岩に腰掛け、サリカは全身を叩きながら溜息をついた。


 旧カデウス内で精霊の子供を探し始めて、もう十日経つ。


 歩いても歩いても見えるのは、乾いた土と岩ばかり。建物の残骸のような物も見当たらず、ごっそり地面ごと削り取られ、そのまま何処かに移動してしまったかのようだ。

 初めてこの地を見た人は、かつて人々が豊かに暮らしていた国があった事など信じられないだろう。


 目印になる物が何も無いので、所々岩や石を使って自ら印をつけて歩いていると、時々同じ様な人為的な印のような物を目にする事があった。今でも調査は続けられているらしいので、彼らが作ったものなのだろう。


(やっぱり、何か違う気がするんだよねえ)


 サリカは鞄から水筒を取り出してお茶を一口飲むと、雲一つ無いのにどことなく霞んでいるように感じる空を見上げた。


 初日、かつての王都に向かってみると決めたのは、特別な理由があったからではない。とりあえず目的地を設定した方が動きやすいという、ただそれだけだった。

 敢えてそれっぽい理由を挙げるとするなら、地図上で霊石が止まった場所が、旧カデウスの王都があった場所に近かったという事だろう。


 だが、実際に歩いてみて、それがいかに無謀な計画であるかすぐに気付かされた。

 かつての王都までは、災禍前であっても徒歩で数日かかるのだ。行くつもりなら、何日も野宿しながら歩いて行かねばならない。


 以前ならば獣車という手段がとれたが、今はそれができない。

 吹き荒れる風には高濃度の魔素が含まれ、災禍の際に降り注いだテネアルの霊素と、もう一つのディタル寄りの世界から降り注いだ幽素というものが未だに存在している。そのため、動物や魔獣はこの地を嫌がるのだそうだ。

 年月が経ち、災禍直後より状況は改善しているそうだが、これまで通りに活動するのは、まだまだ厳しいという話だ。


 一度、野宿しながら歩いたが、思った以上に大変だった。


 魔素が乱れきっているせいか、この地では魔術が使い難い。しかも、先に進むほど転がっている岩も小さくなっていき、風除けになるような物が無いのだ。

 それなりに準備をしていても、容赦なく体温を奪いにくる風を受けながらでは、ゆっくり休むことができない。まあ、自分以外に生き物が見当たらないので、一人無防備に寝ていても、襲われる心配はないのだけが救いだ。


 加えて日が暮れると、突如豪雨になる事がある。短時間で降り止むが、雨水は地面にはほとんど染み込まず、地表を流れていってしまう。せっかく湿り気を帯びた大地も、荒野を吹き抜ける風によって翌朝までには乾いた大地へと戻っている。


 野宿しながら進むことは不可能ではない。だが、そこまでして無事王都跡に着いたとしても、おそらく他と変わらぬ荒野だろう。きっと、到着したことすら気付かないに違いない。


 だが、そもそも目的は精霊の子供を探すことで、遠くに行くことではない。それに、ユリウスの事だ。あの場所に魔法陣を設置したのは、何らかの意味があっての事に違いない。

 そう考えるに至ってからは、早朝から夜になって雨が降り出すまでの間、歩ける範囲で探索することにした。


 ユリウスに言われた期限は一ヶ月。あと二十日しかない。時間が経過する程、依頼を達成するのが不可能ではないかと思えてくる。


 地面に岩などで印を付け、自分なりに地図を書きつつ探してみるが、手がかりらしきものは一切無い。鞄に入っている青い霊石はだんまりで、目的の精霊が何処にいるのか全く分からない。


 道案内の看板どころか道そのものがない場所だが、身分証の転移魔法陣があるので、遭難する心配がないだけ気は楽である。お陰で、こうして呑気に悩む余裕がある。


 サリカは首に巻いたマフラーで鼻まで覆うと、目を閉じた。


(何処にいるんだろう)


 十日間歩いてみたが、この地で生き物の姿を見たことは無かった。精霊の生態は知らないが、この荒れ果てた地で生きていく事は可能なのだろうか。


(不可能な事は、依頼しないって言ってたよな)


 精霊は死んだ瞬間に世界に還ると言われている。ならば、目当ての精霊は、今も何処かで生きているということだ。

 精霊の子供に、どの程度の知能があるかは分からない。だが、生き延びるつもりであれば、乾ききった荒野の中に居続けることはしないだろう。その程度の野生の勘は、働いていてほしい。


(森沿いに歩いてみるか)


 サリカはそう決心し、水筒を鞄にしまって立ち上がった。




 ********




 歩いて来た道を引き返し、サリカは倒木しかない森の入口に立った。朽ちて半分以上形が無くなった倒木ばかりだが、森に沿って歩けば迷う事はないだろう。


(さて、どっちに向かうかな……)


 南に向かえば、国境の町と呼ばれていたシノフィスがある。反対に北に向かうと、そこは災禍の中心であったコダルの近くだ。


 シノフィスは災禍を逃れたらしいので、行きやすいのは南だろう。だが、おそらくそちら側には居ない気がする。

 ただの直感だが、なんの手がかりも無い今、その直感に頼るしかないのが現状だ。


 サリカは北に向かうと決め、森を左手に見ながら歩き始めた。


「きついねえ……」


 周囲を見ながら一歩一歩足を進めるサリカの口から、かすれた声が漏れ出た。


 セルカザール山脈の森沿いに歩いているので、土と岩しかない場所よりも楽だと思っていたのだが、その予想は大きく外れた。


 北に進む程、吹き付ける風が強くなるのだ。常に向かい風なので、非常に前に進みにくい。

 特に強い風が吹く時には、歩き難いだけでなく呼吸もしにくくなる。その度立ち止まって風に背を向けてやり過ごすため、なかなか先に進まない。


 周囲を見回すのも大変だが、大して歩いていないのに体力ばかり削られ、既にヘトヘトである。


(早いけど、ちょっと休憩するか)


 サリカは近くにあった倒木に近寄ると、上から足を乗せてみた。

 地面転がり土と同じような色となった倒木は、サリカが足に体重をかける前にぐしゃりと潰れ、粉々になって土と一体化してしまう。


 座れる場所はないかと周囲を見回すと、少し離れた場所に岩があるのが見えた。

 

(あれなら大丈夫か?)


 サリカは倒木に囲まれた岩に向かって歩き始めた。


 辿り着いた岩は、思ったよりも大きかった。風下側にくぼみがあり、そこに腰掛けると丁度いい感じに岩が風よけになってくれる。

 岩に座ったサリカは、そこで早めの昼食をとることにした。


 持参した弁当を食べるには、砂まみれにならないように工夫が必要だった。弁当の中身は全て一口で食べれる物にして、風が無い時にサッと鞄から出して口に放り込む。それでも飛んできた砂のせいで、口の中がジャリジャリする事がある。


 今日の弁当は、ホテというテネアルの穀物の粉を練った中に、甘辛く煮た野菜を入れて団子状にしてから蒸したものだ。

 ルルドラリアに一軒だけある食堂の店主に教えてもらった料理で、名前を聞いたら『ホテ包み』と言われた。名前は微妙だが、美味しいので作り方を聞いたら快く教えてくれた。

 作る時に大きさを調整できるので、ここで食べるのに丁度よい。


 両手を光の魔術で浄化したサリカが、水筒を取り出すため鞄を開けようとした時、右足に何かが当たった感触がした。


(ん?)


 突風で小石が飛んてくる事はよくあるが、感触がまるで違う。柔らかい何かが転がってきて、足に当たったという感じだ。


 足元を見ると、サリカの右足の所に丸い物が転がっている。土と同じ赤茶色で、サリカの握り拳より少し大きいぐらいの塊である。


 山から転がってきた枯草の塊に、土がこびり付いたのだろうか。何となく、土を丸めた泥団子に見える。


(子供の頃、よく作ったなあ)


 実の家族と暮らしていた時、サリカはよく家の前で一人泥団子作って並べていた。崩れず綺麗な球体になるよう、両手でコロコロ転がしながら作っていたのが懐かしい。

 考えてみれば、今日つくったホテ包みも同じ様な感じである。


 サリカの肩から力が抜け、自然に顔に笑顔が浮かぶのが分かる。


「さて、食事にするか」


 いそいそと鞄を開けたサリカは、己の鞄の中を見て、息を呑んで目を見開いた。


「ええーーーーーー!」


 サリカの口から、風の音に負けないくらいの叫び声が出た。


 鞄の中で霊石が青く光っていた。慌てて鞄から取り出してみるが、羽の形の霊石は強い光を放ち続けている。

 しかも、東屋で光った時よりも、ずっと明るい光だ。


「精霊の子供、この辺りに居るの? え、何処? 何処にいるの?」


 慌てて岩から立ち上がると、その弾みで足元の泥団子を蹴飛ばしてしまった。


「あ、ごめん!」


 サリカの口から、思わず謝罪の言葉が出た。

 強く蹴ったつもりはないのだが、泥団子は勢いよく転がって、目の前の倒木に引っかかって漸く動きを止めた。


 子供の頃を思い出し、泥団子に妙な親近感を持っていたのだろう。とはいえ、泥団子に話しかける自分を不思議に思いつつ視線を手元に向けると、霊石の光が失せている。


(まさか!)


 サリカは慌てて泥団子に駆け寄ると、霊石を手にしたまま地面から茶色の塊を拾い上げた。


「やっぱり」


 青い光に照らされた泥団子、いや精霊の子供は、思った以上に軽かった。

 サリカは霊石をポケットにしまうと、両手で包み込むようにしながら精霊の全身を確認していく。


 泥まみれになってからそのまま乾燥してしまったのか、丸い体はゴワゴワとしている。爪で軽く引っ掻くと、ポロポロと落ちていくので、泥団子が本来の姿という事はないだろう。

 そっとひっくり返してみると、曲がった鳥の嘴のようなものがある。指先で嘴周囲の土を避けていくと、丸い体が僅かに動いた。


(とりあえず、家に戻るか)


 サリカは首に巻いたマフラーを外し、精霊の子供をマフラーでそっと包んだ。


 体を綺麗にしてあげたいが、何をするにしても、場の整った家の方がいいだろう。ユリウスの話では、精霊ならば子供でも転移は可能らしい。


 マフラーで包んだ精霊の子供を胸元に大事に抱え込むと、サリカは身分証の転移魔法陣を起動させた。



 

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