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界壁の修復士  作者: 瑪栗 由記
第一章 神殿生活
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近しい人達

「ねえ聞いた? この前来たお客が家に帰されたらしいよ」

「もしかして、あの嫌なお客?」

「そうそう。なんか色々やらかして神殿長が激怒したんだって」


 二度の回廊掃除をした日の三日後、食堂で食後のお茶を味わうサリカの耳に、見習い神官達の興奮気味の声が入ってきた。


 件の三人娘が神殿から家へと帰されたのは、サリカも知っている。神官達はさもありなんと特に気にする様子はなかったが、まだ若い見習い神官達にとっては、鬱憤が溜まる日々だったのかもしれない。


 ちなみに、上級神官以上の者にだけ伝達された内容では、彼女達が家に帰されることになった直接の原因は、神殿内の貴重な薬草を無断で摘んだ事だ。

 なんでも、自分達が連れてきた護衛と神殿騎士を交代しろと神殿長に直談判しに行き、その際、騎士に手渡すつもりで摘んだ花を見咎められたというから、呆れるを通り越して笑ってしまった。


「サリカも、ようやく落ち着けるわね」

「何の事?」


 サリカが持っていたカップから視線を上げると、向かいに座る神官仲間のソニヤが、テーブルに肘をついて苦笑していた。


「何って、護衛騎士の件で色々あったみたいじゃない」


 こちらを見るソニヤから気遣わしげな雰囲気を感じ、そうか、とようやく気が付いた。


(そう言えば、何も話してなかったなあ)


 内殿の件以降、彼女達からお茶会という名の呼び出しが幾度かあった。おそらくサリカに難癖をつけ、あわよくばカイを自分達の護衛にとでも思ったのだろう。

 だが、適当な理由を付けて全てお断りしていたので、実害があったのは回廊掃除の件だけだ。一番大変だったのは、毎度手紙を運ばねばならなかった、お客担当の神官達だろう。


 内殿の件から全て話すと、最初は眉をひそめて話を聞いていたソニヤが最後には爆笑していた。彼女の口にお茶が入ってなくて良かったと、心から安堵する程の見事な吹き出し方だった。


 神官達の中でサリカと最も仲が良いのが、このソニヤだ。一歳年下で、焼き菓子のような茶色の髪に黄緑色の瞳が印象的な可愛らしい容姿をしているが、見た目と違ってわりと気が強い。


 サリカが見習い神官となった三年後に神殿に入り、当初は人形の様な可憐な容姿から、どこぞの貴族の血が流れているのではと噂されていた。

 だが、ソニヤは『死んだ母さんが貴族の家で働いてたのは本当だけど、それしか分からない。そんなに知りたいなら、私の母さんに聞いて来たら?』と言って鼻で笑い、相手を黙らせていた。


 そんなソニヤとサリカは、年齢が近いため一緒に過ごすことが多かった。初めて顔を合わせた時から気が合い、十九年経った今でも大事な親友である。周囲の人達からは、仲の良い姉妹のようだと言われている。


「まあ、サリカの事だから大丈夫とは思ってたけどね」

「最近ゆっくり話す時間もなかったからねえ」


 ここのところお互い妙に忙しく、こうして一緒に食事をとるのも久しぶりだった。やはり、ソニヤと一緒に過ごす時間は楽しいものだと、しみじみと思う。


「そうそう。だから、そのうち街でおいしいものでも一緒に食べましょ」

「分かった。ソニヤが好きそうな所探しとくよ」


 神殿長から呼び出しを受けているサリカは、笑いの発作が収まりきらないをソニヤをその場に残し、食堂を後にした。




 ********




 サリカが中庭を囲む回廊を歩いていると、鮮やかな赤色が目に映った。

 神殿の中央に位置する中庭は、真冬以外は四季折々の美しい花が咲き乱れている。観賞用の植物は一つもなく、全て薬草だ。どれも色艶がよく、通常のものより花が大きいのは、ひとえに神殿長の努力の賜物だろう。


 サリカは足を止め、中庭に咲き乱れる真紅の花を眺めた。恋慕を意味する花によく似ているが、葉を煎じて飲むと食欲不振に効果のある歴とした薬草である。そして、あの三人娘が神殿から追い出されるきっかけとなった花でもある。


(乙女心ってやつかなあ)


『貴女に仕えたい』と乞う騎士に、相手の女性が花を一輪贈るのは『貴方の想いに応えましょう』という意味がある。舞台などでもよく使われるため、意中の騎士に花を贈りたいと願う若い女性は、結構多いらしい。


 親の監視下から離れた所に、普段接する機会など滅多にない神殿騎士と、贈るのにはお誂え向きの花。あのお客達は、物語の主人公になった気分で舞い上がっていたのだろう。まあ、それはそれで楽しそうだなあとは思うが、残念ながら共感はできそうにない。

 そもそも、大前提の騎士の『想い』はどこにいった。


「モテるのも大変だねえ」

「何の事ですか?」


 突如真後ろから聞えた声に、サリカはうわっと叫んで跳び上がった。慌てて振り返ると、目の前には黒の騎士服がある。胸に手を当て、ドキドキと脈打つ心臓の鼓動を掌で感じながら顔を上げると、見慣れた己の護衛騎士の顔が視界に入った。


 銀色の髪が朝日を浴び、無駄にキラキラ光って眩しい。ついでに、高い位置に在る顔を見上げるせいで、首も痛い。


「びっくりするから、気配を消したまま後ろから声をかけないでくれるかなあ」

「神殿内だからといって、気を抜き過ぎでは?」


 我が家とも言えるこの神殿以外で、一体どこで気を抜けばいいのだ。だが、そう主張してみたところで、倍の反論が返ってくるに違いない。


 形の良い眉を片側だけくいっと上げ、ため息をつくサリカを面白そうに見下ろすこの男は、見目も良いが頭も良い。加えてサリカが二十歳で上級神官になった際に、十七歳で護衛騎士に抜擢されただけあって腕も良い。


(昔は可愛かったのにねえ)


 実の弟達を可愛がる時間がなかったせいか、神殿に来たばかりの幼いカイを、サリカは何かと気にかけて世話をしていた。


 精霊のようだと言われる繊細な容姿で、神殿騎士になれるのかと心配した時もあったが、いつの頃からかにょきにょきと背が伸び、今では立派な騎士様だ。


「サリカ様。突然で申し訳ありませんが、私は私用のため数日神殿を離れねばなりません」


 サリカの護衛騎士となった時から、敬称を付けて呼ばれるようになった。とっさの時にボロが出ないようにとの事だが、ほんの少し寂しく思っているのはカイには秘密だ。


「サリカ様、私の話を聞いていらっしゃいますか?」

「はいはい、しばらく神殿から離れるんでしょ」


 眉間に深い谷を作っているが、精霊のような麗しい容姿は今も健在だ。ただし、大人になって精悍さが加わったせいか、年齢問わず女性達から常に熱い視線が送られている。鬱陶しくないのかと尋ねた事があったが、殺意や害意が含まれるもの以外は無視できるらしい。


「長くても五日程度だと思います。私がお側から離れている間、あまり無茶をなさいませんよう」

「はいはい」


 いつも無茶をしているような言い方だが、そんな事実はない。


「神殿外では特に、上級神官として品位のある言動をお願いします」

「はいはい」


 日頃のサリカには品位がないと言いたいのだろうか。否定しきれないのが悔しいところだ。


「身だしなみにも気をつけて下さい」

「はいはい」


 お小言の内容が、護衛というより母親だ。


「で、どなたにモテたのです?」

「私の事じゃないよ!」


 サリカはフンと鼻を鳴らし、カイをその場に残して神殿長の元に向かった。


 

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