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界壁の修復士  作者: 瑪栗 由記
第二章 新たな地
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小鳥

 サリカの緊張が解れたことに気付いたのだろう。アネルマが微笑みながら頷いた。


 彼女を見ていると、母と慕っていた世話役の神官を思い出す。一緒にいるだけで安心できる、そんな雰囲気が何となく似ているのだ。


「最初の授業で霊石創りを見せるのは、このテネアルで生活するための基礎だからなの」


 アネルマはテーブルの上に転がる霊石を一つ一つ手にとって眺めると、小さな卵型の石を一つ摘み上げた。天窓から差し込む光を受け、輝きを増した石から虹色の光が周囲へと広がっている。


(祠にあった魔石って、実は霊石だったのか?)


 魔石も光を受けると輝くが、属性ごとに色が異なる。例外は祠の魔石で、サリカの知る限りあれだけが虹色に輝いていた。

 祠や結界もだが、教団で使われていた物の多くはテネアルの物が基礎となっているのかもしれない。


「良くできているわ」


 小鳥の卵のような霊石は、確かラウリが創った石のはずだ。他の二人が様々な形や大きさの霊石を創る中、ラウリは輝く卵を量産していたので間違いないだろう。


「一番小さいけれど、この中で一番霊素量が多いのがこれね」


 テーブルの上に置かれた霊石の中で最も煌めいていたのが、アネルマが手している石だ。今日初めて霊石を目にしたサリカでも、その違いは何となく分かる。

 おそらく含まれる霊素の量で、石の見た目も変わるのだろう。


「どれも良くできてるけど、これを使いましょう」


 アネルマは指先で摘んでいた霊石を掌に乗せて器用に転がし、サリカに視線を向けた。


「サリカさん、この石を見ていてね」

「分かりました」


 手にしていたカップをテープルに置くと、サリカはアネルマの手の上で煌めく霊石を凝視した。


 何を始めるつもりなのか全く分からないが、説明されたところで理解できる事でもないのだろう。だが、先程の霊石創り見学を考えると、瞬き一つせずに見ていても何が起きたか分からない気もする。


 そんなサリカの心配をよそに、アネルマは目を閉じてスッと静かに息を吸い込んだ。


 穏やかな表情で、口元には僅かに笑みが浮かんでおり、集中しながらも、リラックスしているのが見てとれる。


「では、始めます」


 アネルマの目が再び開かれると同時に、掌の上の霊石が発光し始めた。


 先程までとは異なる真っ白な光だ。


 仄かだった光が、少しづつ明るさを増していく。そして光が強くなるに従って、石の輪郭が朧気になってきた。


 光のせいで石が見えにくいわけではない。石の存在自体が薄くなっている、そんな感じだ。


 魔石も発光はする。石に含まれる魔素を使う際、石と同じ色で僅かに光るが、ただそれだけた。そして、魔素を使い果たせば、残るのは灰色の石ころだ。普通の石の異なる点は、年月をかけて再びゆっくりと魔素を吸収していくということだろう。


 サリカが見つめる中、小さな霊石はいつしか跡形もなく消え去り、アネルマの掌には美しい光だけが残った。


「綺麗……」


 サリカはうっとりと白い光に見入った。


 真っ白な光の中に、時折様々な色の光がチラチラと見え隠れする。まるで光自体が生きているかのようだった。


 魔道具の室内照明の数倍は明るいのに、何故か眩しいとは感じない。眺めているだけで癒やされる、そんな優しい光だ。


「どんな感じにしようかしら」


 アネルマが光を両手に乗せ、小首を傾げて呟いた。眉間に皺を寄せて光を見つめ、何やらブツブツと呟いている。


 真剣に考え事をしているようなので黙って様子を伺っていると、アネルマが難しい表情のまま顔を上げた。

 そして、サリカに視線を向けると驚いたように目を見開いた。


「なるほど! そうね、そうしましょう!」

「え?」


 翠玉色の瞳をキラキラと輝かせ、満面の笑みを浮かべるやいなや、アネルマは再び視線を光に向けた。


(私の顔に何か書いてあったのか?)


 何だか良く分からないが、自分の地味な顔が役に立ったなら良かった。そう自分を納得させ、サリカはカップの中に残っているお茶を一口飲んだ。


 飲んだ端から体の中にスッと吸収されていくような感じに、口から自然と小さな溜息が漏れる。ただ見ているだけなのに、少しばかり緊張していたようだ。


 お茶を飲みながら様子を眺めていると、アネルマが笑みを浮かべて大きく頷いた。


「さて、続きといきましょう」


 華奢な両手に乗った真っ白な光が、ゆっくりと動き始めた。


 ゆらりゆらりと動く度に、光は少しづつ弱くなっていく。そして、光の中に何かが見え始めた。


 先程まであった霊石ではないのは分かるが、何かあるということしか分からない。真っ白な粘土のような物が、光りの中で朧気に見えているだけだ。


 白い物は自ら形を変えていき、光が薄れていくにつれて形が定まってきた。


「うわ、可愛い!」


 完全に光が消えた瞬間、サリカは思わず感嘆の声を上げた。


 アネルマの掌に、白い小鳥の置物が乗っていた。


 陶器のような艶があり、羽の様子が繊細に刻み込まれた真っ白な丸い胴体には、先端にいく程青味が濃くなる細長い尾羽が付いている。


 アネルマはサリカの前に小鳥の置物をそっと置き、小鳥の顔をサリカの方に向けた。


「子供達と私からの贈り物よ。受け取ってもらえたら嬉しいわ」


 小さな黄色い嘴に、真夏の空のような青い目をした小鳥は、可愛らしく小首を傾げてサリカを見上げている。


 テネアルに生息している鳥なのだろうか。初めて見る鳥なのだが、どことなく既視感がある。


「ありがとうこざいます。とても嬉しいです」


 サリカは、両手でそっと小鳥を持ち上げた。


 見た目は陶器のようだが、かなり軽い。ひんやりとした感触で、精巧に出来ているため光沢が無ければ本物の鳥のように見える。


 つぶらな青い瞳は、『撫でて』と訴えているかのようだった。指先で小さな丸い頭にそっと触れてみると、ピピッという可愛らしい鳴き声がする。しかも、触れる場所や触れ方によって鳴き声が変わる。


「すごい……」


 霊石から変化していく過程は見ていたが、どんな仕組みかはもちろん、どうやって造ったのかもよく分からない。だが、この小鳥が可愛いのだけは分かる。


 夢中になって撫でまわしていると、アネルマの笑い声が聞こえてきた。


「気に入ってもらったようで、安心したわ」

「はい。ものすごく可愛いです」


 アネルマが自分とサリカの空になったカップの上に手をかざすと、一瞬のうちにカップの汚れが消えた。浄化の魔術と同じように思えるが、もっと洗練された術のよう見える。


 綺麗になった二つのカップにお茶を注いだアネルマは、アネルマは一口お茶を飲んでふうと小さな溜息もらした。


「見ていて分かったと思うけど、その置物は子供達が創った霊石の霊素を使って作ったものよ」

「はい。それだけは分かりました」


 それ以外は全く分からなかったのだが、仕方ない。三十年間この世界に居たらしいが、目が覚めたのは昨日なのだ。


 開き直ったサリカを見て、アネルマは嬉しそうに笑ってテーブルにカップを置いた。


「この世界の物は全て霊素によって成り立ち、霊素で作られているの。その鳥だけでなく、このテーブルや椅子、この家や私達が着ている服もね」

「今のように全て作られているんですか?」

「作り手によって方法は異なるわ。例えば、今みたいに一気に服を作る人もいれば、霊素から直接作るのは糸だけで、糸から生地を織るのは自分で行うという人もいる」

「なるほど、各自が好むやり方をしているという事ですね」

「そういう事」


 サリカは自分の服を見下ろし、手で感触を確認しながら頷いた。

 縫い目が見当たらないのは、生地の製作から服の製作までを一気に行ったからかもしれない。


「霊素からそのまま作る事もできるけど、霊石から作ったほうが使いやすいのよ。だから、物を取引きする時には、自分が創った霊石を使う事が多いの」

「そうなのですか」

「ええ。だから、テッセオで使われているお金というものは、ここにはないのよ」

「えっ?」


 アネルマの顔をみながら、サリカは目を瞬かせた。


「必要なものは全て、この世界が私達に与えてくれている。例えば食事。テネアルに居る者は霊素を吸収して生きているの。だから、生きるために食事をする必要はないのよ。体の成長のために子供達は食事をするけれど、大人になれば楽しむためだけの行為ということになるわね。まあ、疲労回復のために、今みたいにお茶を飲むことはあるけど」

「子供とこの世界に来た者には食事が欠かせないというのは、両者だけが食事を必要としているということなのですね」


 サリカの言葉に、アネルマが頷いた。


「そういうこと。何かを摂取するということは、多くの霊素を体に取り込むという行為になる。だから、食べ過ぎたり飲みすぎたりすると、直ぐに体調が悪くなるのよ。そうね、実際に試していたエルノの話しでは、酷い転移酔いみたいな感じらしいわよ」

「げっ」


 焼き菓子を持った手がぴたりと止まり、サリカの口からうめき声が漏れた。


 最後に転移酔いを経験したのは、カデウスに向かう時だ。三十年前のことでも、ずっと寝ていたサリカにはつい最近の出来事に感じられる。

 できる事なら、もう二度とあんな目にはあいたくない。


 焼き菓子を見つめたまま逡巡していると、アネルマの楽しそうな笑い声が聞こえてきた。


「食べても大丈夫よ。今の貴方には霊素が足りないから、むしろもっと食べてほしいくらいだわ」

「はい」


 安心して焼き菓子を一口齧ってみると、口の中に優しい蜜のような甘さと果物の甘酸っぱさが広がり、数回咀嚼しただけでスッと口の中で消えていった。


「美味しい……」


 あっという間に一つ平らげ、別の種類の焼き菓子を手に取ると、再びアネルマの笑い声が聞こえた。


「口に合ったようで良かったわ。食べれそうなら、その菓子は全て食べてね。さっき霊石創りで疲れさせてしまったから」

「では、お言葉に甘えて……」


 何も創れなかったが、疲れたのは確かだ。遠慮していても仕方ないともう一つの焼き菓子を口に含むと、バターのような香りと味がした。


「テネアルの食べ物については、実際に見た方が早いから後日説明するわね」

「分かりました」


 サリカはモグモグと口を動かしながら頷いた。アネルマが言う通り、霊素が足りなかったのだろう。食べていると、体の気怠さが消えていくのがわかる。


「テッセオの魔素とテネアルの霊素。違いは様々だけど、分かりやすいのは属性ね」

「風・火・土・水という属性ですか?」

「そう。魔素にはその四種類があるようだけど、霊素には無いの。霊素にはその全てが含まれている。存在するのに必要な全てがね。だから霊素によって、生命以外どんな物も作ることができるの」

「全てが含まれる……」


 アネルマの話しを聞きながら、サリカはユリウスの話しを思い出した。


(大神官になるために必要な条件がテネアルに入れることってのは……。いや、そもそも神官の条件ってのが)


 サリカの頭の中に、過去の出来事が次々と湧き上がってきた。神殿での魔力訓練だけでなく、忘れていると思っていた実の家族と過ごした日々もだ。


「全ての魔素を均等に持つ人が神官になるというのは、その者の質がテネアルに近いからでしょうね」


 アネルマの言葉が爽やかな風のように、サリカの心に吹き込んできた。ずっと疑問だった事の答えが、今ようやく分かった気がする。


 昔ユリウスに言われた『神官になる者は家族との縁が薄い』原因というのはこれなのだろう。


 水の中でしか生きられない生き物と、水の中では生きられない生き物が同じ場所に暮らすのは難しい。質が違うというのは、そういう事だ。


 世話役の神官が言っていた『誰が悪いわけでもない』という言葉通りだったのだ。


「何故私がこの世界に来ることになったのか分かりません。分からないけれど、来ることができて良かったと、心からそう思います」


 心の奥にあった澱のような何かが消えていくのを感じつつ、サリカは静かに頭を垂れた。




 ********




「初めての授業はどうだった?」


 帰り道、少しだけ前を歩くユリウスがそう言った


 既に日は落ちて辺りは暗くなっている。そこに柔らかな黄色い光を放つ道が真っ直ぐに続いている。

 この道は、人が歩いていないときは勝手に光が弱くなるらしい。


「面白かったです。まあ、私は何もできませんでしたけどね」

「そりゃそうだろう」


 ユリウスが、フンと鼻で笑った。


 サリカは、肩から斜めにかけた鞄の表面をそっと撫でた。

 鞄の表面には、黒い小鳥の刺繍が入っている。青い瞳は、中に入れた白い小鳥の置物とお揃いだ。


 この鞄は、アネルマが他の霊石を二つ使って作ってくれた。子供達全員からの贈り物だから、全員の霊石を使う必要があったらしい。


「で、やっていけそうか?」


 問いかけではあるが、できないとは答えられない雰囲気をひしひしと感じる。


「やってみなきゃ分かりませんって。でも、とても楽しみです」


 子供の頃に感じた、何か新しいことを始める時のワクワクとした気持ちを胸に、サリカは満天の美しい星空を見上げた。




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