挑戦
「で、できない……」
サリカは小さな声で呟くと、テーブルの上に突っ伏した。ぶつけた額が少々痛むが、肌に伝わってくるテーブルの冷たい感触が心地よい。
「サリちゃん、だいじょうぶ?」
「サリは初めてだから仕方ねーよ」
「サリちゃん、がんばれー」
子供達の声が聞こえてくるが、頭を上げて返事をする気力がない。
サリカは右手を持ち上げ小さく手を振り、子供達に大丈夫だと合図を送った。
「先生、サリちゃんだいじょうぶかな?」
隣に座っているレーナが、小さな手でそっとサリカの頭を撫でてくれている。
姿だけなら大人が幼い子供に慰められているかのようだが、レーナもラウリもサリカより年上で、年下はリクだけだった。だが、その事実に驚いたのはサリカのみで、子供達は特に気にする様子もなく、当たり前のように状況を受け入れてる。
「大丈夫ですよ。ただ、頑張り過ぎて疲れてしまったみたいだから、そのまま休ませてあげましょう」
「はーい」
レーナの手が頭から離れたので、サリカは少しだけ顔を横に向けて目を開けた。
テーブルの上には、透明な石が幾つも転がっている。大きさや形は様々だが、どの石も窓から差し込む光を受けて七色に輝いている。
(見学だけにすりゃ良かった……)
踊るように煌めく光を見つめながら、サリカは小さな溜め息をついた。
ユリウスに連れられてやって来た学校とは、教師であるアネルマの自宅の離れだった。離れといってもユリウスの家と同じくらいの大きさがあり、自宅と離れの間にある広い庭には、子供達のための遊具が幾つも置かれている。
アネルマは、翠玉色の髪と瞳の綺麗な女性だった。サリカより僅かに背が高く、頭の高い位置で結わえた癖のない真っ直ぐな長い髪が、彼女の動き合わせてサラサラと揺れる。
二十代ぐらいに見えるが、ここはテッセオではない。人が三千年以上生きるというテネアルなら、外見と年齢は一致しないだろうとは思っていたが、案の定アネルマはユリウスだけでなく、パモスの神殿長の教師もしていたらしい。
できることなら勉強だけでなく、若さと美しさの秘訣も教えてもらいたい。
アネルマに挨拶をしたサリカはそのまま授業に参加することになり、用事があるというユリウスとは一旦別行動になった。
授業の内容は『霊石の創造』。
霊素を凝縮して創るらしいが、今日は子供達が創る様子を見学するように言われた。サリカには後日補講をしてくれるらしい。
魔石も魔素が結晶化した物だが、魔石は人工的に作ることはできない。霊石の創り方はもちろん、創るという行為自体がサリカにとっては不可思議なことだ。
詳しい説明はなくとも、実際に見ることで分かることもあるだろう。そう思って子供達の様子を見つめていたサリカだが、実技が始まって早々、呆気にとられて口をポカンと開けることになった。
子供達が口々に『ポン!』と言うたびに、キラキラと輝く石が彼らの小さな掌の上に次々出現してくるのだ。
瞬きせず見ていたが、目が乾いただけで何が起きているのか全く分からない。
子供達が創り方を説明してくれたが、『ヒューとあつめて、ギュッとして、ポン!』だった。
何となく言いたい事は分かるのだが、その説明で霊石を創るのはサリカには難易度が高すぎた。子供達にせがまれサリカも挑戦することになったものの、結果は惨敗。砂粒一つ創ることができなかった。
魔力を使うのと同じような感じかと思ったが、そうではない事だけは良く分かった。しかも、変な集中の仕方をしたせいか、頭を動かすと目が回る。
テーブルに伏せたまま子供達の創った霊石を眺めていると、パンパンという手を叩く音が聞こえてきた。
「皆さん、よくできましたね。今日はここまでにしましょう」
「もう終わり?」
「レーナ、もうちょっとできるよ」
「リクも!」
アネルマの言葉に子供達が口々に何かを言っているのが聞こえ、サリカもテーブルから頭を上げようとしたが、自分の頭とは思えない程重く感じる。ゆっくりと頭をずらしてアネルマに視線を向けると、彼女が微笑を浮かべて首を振った。
「サリカさんは、そのまま寝ていて構いませんよ」
「サリ疲れたんだな」
「サリちゃん、だいじょうぶ?」
「だいじょーぶ?」
心配そうに顔を覗き込んでいる子供達に向かって、サリカは小さく頷きながら笑みを浮かべた。
「大丈夫だよ。心配してくれて、ありがとう」
なんとか返事をすると、子供達は安心した様子でアネルマの傍に駆け寄って行った。
「今日はたくさん霊石を創ってるから、後でちゃんとおやつを食べて下さいね」
「分かりました!」
「はい!」
「はーい」
そう言えば、サリカと一緒に教室に入ったアネルマは、可愛らしい包がいくつも入ったバスケットを持っていた。おそらく、あれがおやつなのだろう。
ユリウスの話では、体を成長させねばならない子供とテネアルに来たばかりの者には、霊素を多く含む食事が欠かせないらしい。
今後サリカも子供達と一緒におやつを食べることになるのだろうが、できれば目に優しい食べ物であってほしい。
「先生、ありがとうございました。サリもまたな!」
「アネルマ先生ありがとうございました。サリちゃん、つぎはいっしょにあそぼうね」
「ありがとうございました! サリちゃん、またねー」
教室から出ていく子供達に手を振っていたサリカは、元気な笑い声が聞こえなくなると同時にくたりと手を下ろした。当面は授業についていけるかという事より、子供達の元気さについていけるかが問題な気がする。
しばらくテーブルに伏せたままじっとしていると、何処からか花のような香りが漂ってきた。何となく、早春の花々を連想させる香りだ。香りを嗅いでいるだけで、何となく体が楽になってきた気がする。
「そろそろ頭を上げられるかしら。大丈夫そうならお茶にしましょう」
アネルマの声にサリカはゆっくりと頭を動かしてみたが、問題なさそうだった。やはり、香りにも何かしらの効果があるようだ。
「大丈夫そうです」
顔上げると、微笑を浮かべたアネルマが斜め前に座っていた。
テーブルの上には、白いカップに入った淡い桃色の飲み物と、花の形をした白と黄色の焼菓子のようなものが置かれていた。花の香りは、飲み物から漂っていたようだ。
「お茶を飲むとスッキリするはずよ。そのお菓子も食べてみてね」
「ありがとうございます。いただきます」
花の香りがするお茶は、タイナが入れてくれるお茶と良く似た優しい味がする。
一口飲むとほわっと体が温かくなり、徐々に怠さが軽減してくる。
「美味しいです。体も楽になってきました」
「そう、良かったわ。無理させてしまって、ごめんなさいね」
「私が好きでやったことなので、お気になさらないで下さい」
サリカがそう答えると、アネルマは見ているだけでホッと安心するような優しい笑みを浮かべた。
「あの二人の弟子だというのに、サリカさんは生真面目なのね」
「そ、そうですか?」
一人はユリウスで、もう一人は神殿長の事だろう。記憶から削除しがちだが、サリカは神殿長の孫弟子だ。
「一番最初の授業は霊石創りにしてるのだけど、ユリウスは『初回でできるなら、ここに来る意味はない』と言って、子供達に誘われても一切やらなかったし、エルノは『そんな物より外の植物だ』と叫んで、来てすぐに外に駆け出していったわよ」
小首をかしげて苦笑するアネルマを見ながら、サリカは自分の顔が引きつるのが分かった。
(あの二人……)
普段呼ばないので忘れていたが、エルノとは神殿長の名前だったはずだ。
ユリウスはともかく、神殿長の行動は予想を越えていた。だが、嬉々として草むらに顔を突っ込んでいる姿は容易に想像できる。植物好きなのは良いが、酷すぎる。
今になって、神殿長の護衛騎士だったニコの苦労が分かった気がする。
「……師匠と大師匠がご迷惑をお掛けしました」
サリカは両手を胸に当て、深く頭を下げた。
弟子である自分が、何故こうして謝罪しているのか不思議でしょうがない。神殿内でよく見られた光景は、弟子の不始末を師匠が詫びるというものだったはずだ。
すると、アネルマが小さくプッと吹き出し、楽しそうに笑い出した。
「あの二人に散々振り回されてきたみたいね。大変だったでしょ」
「ははは……」
全くもってその通りなのだが、そうだと肯定する訳にもいかず、とりあえず笑って誤魔化すことにした。
この後、ユリウスが自分を迎えに来るのだ。アネルマが何も言わなくとも、サリカの顔を見ただけで余計な事を言ったとばれる気がする。
笑って喉が乾いたのか、アネルマは一口お茶を飲んでから、ゆっくりとサリカに向き直った。
「ごめんなさいね、そういうつもりで話した訳ではないのよ。あの二人のように、あなたも自分が思うように自由に行動していいと言いたかっただけなの。周囲に合わせてばかりでは、疲れてしまうし楽しくないでしょ?」
アネルマの言葉に、サリカはパチパチと瞬きを繰り返した。
「事情はユリウスから聞いてるわ。あなたにしてみれば、突然の出来事ですもの。混乱したり、この場に早く順応しようと焦ったりするのは当然だと思うわ。でも、焦ったところで一歩ずつしか進めないのだから、あなたらしく過ごせばいいのよ」
周囲に合わせているつもりも、焦っているつもりも無かった。だが、アネルマの言う通りなのかもしれない。
三十年寝ていて、この場所が違う世界だと教えられたのは昨日の事だ。こうして表面上は何事もなく過ごしていられるのは、師であるユリウスが居てくれたからだろう。
サリカにしてみれば、カデウスで死んだと言われたほうが納得しやすかったと思う。祠の中で目を閉じた時、サリカは終わりを覚悟していたのだから。
(私らしく、か……)
ふうと息を吐いて肩の力を抜くと、これまでの緊張が解けていくのを感じる。
どの様に過ごすのが自分らしいのか、改めて考えてみると自分でもよく分からない。だが、それで良い気もする。
「そうですね。ありがとうございます」
サリカの顔に、ようやく自然な笑みが浮かんだ。




