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界壁の修復士  作者: 瑪栗 由記
第二章 新たな地
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不思議なこと

 衝撃的な事実を知った翌日、サリカはユリウスに連れられ、家から一番近くの村に向かうことになった。


 目が覚めたのは昼近くで、半日以上寝ていた事になる。三十年間も寝ていたのにまだ寝られるのかと驚いたが、ユリウスの話では体の状態が安定するまでは仕方ないらしい。


 昨日は現実逃避気味にすぐに寝てしまったため、サリカは今日初めて自分の姿を見ることになった。


 恐る恐る鏡を覗き込んだが、そこにあったのは見慣れた自分の顔だった。髪は真っ白になり、眉や睫毛は灰色になっているものの、相変わらず特徴の乏しい地味な顔だ。


 三十年経った今の方が肌艶が良く見えるのは、ずっと寝ていたせいだろうか。『睡眠不足は美容の大敵』と言っていたソニヤの言葉は本当だったと、サリカは鏡を見ながら改めて感心することとなった。


 遅めの朝食は、久しぶりのユリウスの手料理だった。

 修行時代に何度も食べたことがあるが、ユリウスは料理が上手い。凝ったものは作らないのだが、手早く美味しいものを作るのだ。


 先程食べた朝食も、記憶に違わずとても美味しかったのだが、問題はその見た目だ。極彩色のテーブルの上を見た瞬間、サリカは目を見開いて息を飲んだ。


 テーブルの上には、七色のパンと、紫の具が入った桃色のスープらしきものと、真っ青なソーセージぽい何かが置かれていた。


 テッセオとは食材そのものが全く異なるため、色は慣れるしかないらしい。目を閉じれば分からなくなるが、それでは如何せん食べにくい。

 胃には優しいが、目には優しくない料理を食べながら、サリカは心の中で涙した。


 食材については追々説明してくれるそうだが、気を引き締めねば、説明を受けながら目眩を起こす気がする。




「不思議な所ですねえ」


 サリカが空を見上げてぽつりと呟くと、隣を歩いていたユリウスが溜め息をついた。


「それ、何度言えば気が済むんだよ」

「そうなんですけどねえ」


 雲一つない澄み渡った空は、テッセオの空よりも煌めいて見える。日差しはあまり変わらない気がするので、サリカの気のせいでなければ、何か理由があるのだろう。


 この世界の空は時間帯によって様々な色に変化するため、晴れていれば空の色で大体の時間が分かるらしい。今は全体的に薄っすらと黄色がかっているのだが、もう少し時間が経つと黄緑色に変化するそうだ。


 足元に視線を向ければ、淡黄色の舗装路が視界に入ってくる。

 ユリウスの家から村まで続いているというこの舗装路は、硬過ぎもせず柔らか過ぎもしない不思議な感触で、かれこれ一時間近く歩いているが全く疲れない。表面が少しざらついているので、おそらく濡れても滑らないだろう。

 夜には薄っすらと発光するらしいので、今晩にでも確かめようと思う。


 顔を上げて少し前を歩くユリウスの姿を見ていると、子供の頃に戻ったような気分になる。

 修行時代も、こんな風にユリウスの背中を見ながら歩いていた。何も言わずにサリカの歩調に合わせてくれていると気付いたのは、出会ってすぐの事だった。


 生成り色のシャツに真っ白なズボンを履いただけなのに洒落た装いに見えるのは、ユリウスのスタイルの良さと身のこなしのせいだろう。相変わらず年齢不詳で、無駄に見た目が良い人である。

 

 周囲を眺めながら編んだ髪を弄っていると、緑の香りを乗せた心地よい風が、サリカが着ている薄紅色の長衣の裾をふわりと巻き上げた。長衣の裾には左右に切れ込みが入っており、その隙間から中に履いた白いズボンがちらりと見える。


 部屋のクローゼットにあった服で、ユリウスが村の女性に頼んで用意してくれたものらしい。


 長衣もズボンも下着の類も、全てが伸縮性のある異様に軽い生地で作られているため、着ていて驚くほど楽だ。楽すぎて、何も着ないで歩いているような気分になってしまう。


 更に不思議なのは、何処にも縫い目が無いことだ。クローゼットにあった他の衣類も同じであり、どんな風に作られているのか全く分からない。

 趣味で服を作っているという話だったので、お礼を言いに行った際、可能なら服の作り方も聞いてみたいものだ。


「見えてきたぞ。あれがルルドラリアだ」


 ユリウスの言葉にはっと前方に目をやると、道の先に微かに建物のようなものが見えてきた。


 これから何かと世話になる村なので、村長に挨拶するつもりだったようだが、あいにく村長はしばらく不在らしい。挨拶は後日ということで、今日はサリカが通う学校を見学することになっている。


 子供は三人しかいないので気楽に通えと言われたが、この年になって子供に交じって勉強するとは思いもしなかった。

 三十年寝ていたのなら、サリカは五十七歳になる。子供達の足を引っ張らないように、サリカなりに頑張るしかないないだろう。




 村の近くまでやっては来たが、何故か村の中から人の気配はしなかった。小さな村だと聞いてはいたが、この時間は人が出払ってしまうのだろうか。

 サリカは首を傾げつつ、周囲に目を走らせた。


 村の入口には門はなく、村全体を囲う柵や壁のような物も見当たらない。

 村の中と外の境目は何処だろうと不思議に思っていると、舗装路の色の違いに気がついた。村の中は落ち着いた薄茶色の地面で、所々に模様が入っていて洒落た感じだ。


 入口から見える建物は大きさも色も様々だが、形は全てドーム状だ。

 森のほとりにあるユリウスの家もドーム状だった。扉や窓枠は茶色で壁が緑色だったので、遠くから見たら森と一体化していたのだが、ユリウスの趣味なのか他に理由があるのか、サリカには今一つ判断がつかなかった。


「師匠の家もそうでしたけど、どの建物も祠みたいですねえ」

「祠自体が、テネアルの建物を模倣して作られてるからな」

「そうなんですか」


 祠に関する物や身分証などの中央大神殿で作られた物は、一般的な魔道具とは仕組みが違うという話だ。どういう事なのだろうと思ってはいたが、それらがこの世界で作られているものなら納得がいく。


「もしかして、中央大神殿製の物って、このテネアルで作られてます?」

「まあ、当たらずとも遠からずだ。そのうち中央大神殿に行くことなるから、それまで楽しみにしとけ」

「中央大神殿に行くのって、もしかして……」

「大神官なるための儀式だな」


 ユリウスの言葉に、サリカはガックリと肩を落とした。


「あれは、事故みたいなもんですし、辞退できませんかねえ」

「三十年前から決まってんだ。今更逃げられるわけねーだろ。ジジイ達が手ぐすね引いて待ってるぞ、諦めろ」


 ジジイ達の中の一人は、パモスの神殿長だろう。だが、その他のジジイは一体誰なのだろう。

 上級神官の役割でさえ荷が勝ち過ぎると思う時があったのに、自分に大神官など勤まるのだろうか。


「そんな事より、中にはいるぞ」

「……はい」


 サリカの切なる願いは「そんな事」で片付けられてしまったが、このまま村の入口で立ち話をしているわけにもいかない。


 ユリウスの後に続き人気のない村の中へと一歩足を踏み入れようとした瞬間、何か柔らかいものに体が触れ、サリカは慌てて足を止めた。


「今のって……」

「村の結界だ。ここではどの街にも、こんな風に結界が張られてる。大丈夫だから入ってこい」

「分かりました」


 止めた足を再び動かすと、結界内に体を入れてみる。全身に何かを通り抜けたような微かな圧を感じた後、サリカは目を瞬かせた。


「え?」


 今まで目にしていた景色が一変し、村の中には多くの人がいた。


 前方には荷物を抱えて歩く男女の姿が見え、右側の建物の前では二人の女性が立ち話をしている。また、木陰のベンチで本を読んでいる人もいる。

 他にも、日常生活を送る何人もの村人の姿が、サリカの視界に飛び込んできた。


 さっきまで物音一つしなかったのに、今は人々の声と生活音が村での人々の営みを物語っていた。


「この村の結界は、外から人の存在が分からないようなってる。この周囲に人の気配に敏感な珍しい鳥や動物が居るらしくてな。そいつらが生活しやすいように配慮してるんだそうだ」

「凄いですねえ」

「街によって色々違うが、共通してるのは結界内の温度調整だな」

「祠の結界石と同じ仕組みですか」

「おそらくな。俺にも詳しい事はよく分からん」


 村の入口に立つユリウスに気付いた村人が、ユリウスに向かって笑顔で会釈している。


 ユリウスも話をしながら一応会釈を返しているが、口の端に僅かに笑みらしきものを浮かべているだけなので、遠くから見たらほぼ無表情だろう。

 サリカはそんなユリウスの横で、神殿の教育で培われた笑みを浮かべながら頭を下げまくった。


「さて、じゃあ学校でもいくか」


 ユリウスがそう口にした時、遠くから子供達の声が聞こえてきた。


「ユリ兄、おせーよ!」

「おはよう、ユリウスお兄ちゃん」

「ユリ兄ちゃん、おはようー」


 子供達の声に、ユリウスが無言のまま手を振って応えている。


(お兄ちゃん? おじさんではなく?)


 ぎょっとしてユリウスを凝視していると、パタパタという足音と共に、子供が三人駆け寄ってきた。


 女の子が一人に男の子が二人。年齢は五、六歳だろうか。

 三人は満面の笑みを浮かべながら、ユリウスの長い足に楽しそうにまとわり付いている。


「ユリウスお兄ちゃん、あたらしい子どこ? 女の子なんでしょ? レーナずっと楽しみにしてたんだよ」

「アネルマ先生まってるよー」

「おせーから、俺達むかえに来たんだぜ」


 ユリウスの腰より低い位置にある三つの頭が、ぴょこぴょこと元気に動いている。

 そんな子供達の様子を一歩離れた所から微笑ましく眺めていると、ユリウスがニヤリ笑って親指でサリカを指し示した。


「そいつなら、そこに居るぞ」


 ユリウスの言葉で、キラキラとした六つの瞳が一斉にサリカへと向けられた。


「ほんとだ! うすくて見えなかったよ!」


 こげ茶色の髪に黄色いリボンを付けた女の子が、リボンと同じ色のワンピースを靡かせて駆け寄ってきた。その後ろから、彼女より頭一つ分の背の高い赤い髪の男の子と、少し背の低い紺色の髪の男の子がやってくる。


 まさかと思ったが、新しく来た子とはサリカのことだったようだ。


「わたしレーナっていうの。よろしくね」

「俺はラウリだ。この中で一番年上だから、困ったことがあったら俺に言え」

「ぼくはリクだよー」


 三人に自己紹介されたサリカは、その場でしゃがんで子供達の顔を見つめて微笑んだ。


「私の名前はサリカです。これからよろしくね。分からない事がいっぱいあると思うから、色々教えてくれると嬉しいです」

「うん!」

「まかせとけ」

「わかったー」


 どうやら、学校の先輩達には無事受け入れられたようだ。

 ほっとしながら子供達と微笑み合っていると、頭上からユリウスの声が降ってきた。


「お前ら、先行ってアネルマ先生に俺達が来たこと伝えといてくれ」

「わかった!」

「また後でね!」

「またねー」


 子供達は返事をすると、来た時と同様に元気に走り去っていった。

 三人ともとても可愛いかったが、あの元気さについていけるのか些か不安である。


(薄いって……)


 サリカは自分の胸に視線を落とし、溜め息をついた。確かにソニヤのような大きさはないが、それを子供に指摘されるとは思わなかった。

 胸を見たまま立ち上がると、隣からユリウスの呆れたような溜め息が聞こえてきた。


「薄いってのは、お前の胸のことじゃねえよ。気配のことだ」

「気配?」

「霊素が体に馴染んでないと、知覚しにくいんだそうだ。テネアルに来たばかりの奴は大抵そんな感じだから気にするな」

「良かった……」

「じゃあ、俺達も行くぞ」


 胸をなでおろしていたサリカは、ユリウスが歩き出したのを見て慌てて後を追った。


「子供と一緒に勉強するとは聞いてましたけど、あんなに幼い子供達だとは思いませんでしたよ」


 そう言ってサリカが村の様子を眺めながら歩いていると、隣を歩いていたユリウスが「ああそうか」と呟いて突然立ち止まった。


「え、どうかしました?」

「そういや言ってなかったな。テネアルの人間は、三千年ぐらいは生きる」

「は?」


 ユリウスの顔を見ながら、サリカはポカンと口を開けた。


「ここで成人と認められるのは二百歳だから、あいつらとお前の年齢はあまり変わらないはずだ」

「……師匠」

「何だ?」

「そういう事は、もっと前に教えて下さい」


 眩い光が降り注ぐ道の真ん中で、サリカは大きな溜め息をついた。




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