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界壁の修復士  作者: 瑪栗 由記
第一章 神殿生活
16/42

最善を

 祠まで戻ると、サリカは扉の前で再び深く頭を下げ、開けたままだった扉から祠の中に入っていった。


 透明な魔石の中には、様々な色の光がグルグルと渦を巻いている。放たれる光は、いつまでもじっと見つめていられる優しい輝きだ。


 床に座って石の表面に手を当てると、僅かな温もりが手に伝わってくる。その心地良さに肩からふっと力が抜けた。


(全部使っても構わない、か……)


 魔石の魔力は、巡祈の際にも用いる。だが、サリカはこれまでに使い切った事などないし、そんな話を他の神官から聞いたこともない。

 全て使い切ったあとに何が起こるか全く分らないが、神殿長が許可を出したのだ。後から何とかできるものなのだろう。


(師匠だったら、どうすんのかなあ)


 再び無意識に師匠を思い浮かべた自分の未熟さに呆れ、乾いた笑いが込み上げてくる。


 教団では、上級神官になってある程度の経験を積んだら、最低でも一人は弟子を育てなければならない。自分の知っている事を弟子へと伝えながら、自分も成長していくのが目的なのだが、サリカには未だ弟子はいない。

 師匠がサリカを弟子にした年齢は、今のサリカより下だったはずだ。いい加減弟子をとるようにと神殿長に言われていたが、まだ無理だと断り続けてきたのだ。


 多くを知るほど、自分がまだ何も分かってないと思い知らされる。十歳のサリカを修行と称してあちこち連れ回していた師匠の域にも、残念ながらまだ達していない。


 魔石から両手を離して膝の上に置くと、サリカは目を閉じた。瞼の裏には、魔石から放たれる光がわずかに映る。


 胸に巣食う不安や弱さを吐き出すように、すぼめた口からゆっくりと息を吐き出していく。

 全て吐き切り、思いっきり息を吸い込んでから目を開けたサリカの顔に、自然な笑みが浮かんだ。


(まあ、なるようになるでしょ)


 笑みを浮かべたまま、サリカは再び魔石に触れた。


 あの霧が異なる世界の物だというなら、界壁というものはこの世界の物なのだろう。少なくとも、この世界と直接繋がっている。


 ならば、場を調整する時と同じようにして、魔石の魔力を使って界壁もどうにかできないか。


 神殿長と話をしながら、ふと頭に浮かんだ事がこれだった。

 穴を塞ぐことは不可能でも、中央大神殿の神官達が来るまでの時間稼ぎぐらいはできるのではないか、そう思ったのだ。


 何も出来ない可能性の方が高い。もしかしたら、逆効果になるかもしれない。


(私の頭じゃ、これくらいしか思いつかないんだから、仕方ないよねえ)


 神様から苦情がきたなら、サリカをカデウスに行かせた神殿長の責任だと言っておこう。そう考えると、なんとなく楽しくなってきた。


 サリカは掌から自分の魔力を魔石の中へと少しずつ注ぎ込みながら、魔石の中にある魔力と同調させ始めた。


 魔力を押したり引いたりする感触が面白く、徐々に広がる自分の感覚が心地良い。ずっとこうして遊んでいたいが、そういう訳にもいかない。


 魔石からゆっくりと手を離しながら、同調させた自分の魔力を足がかりにして、魔石の中から魔力を外に引き出した。

 掌にくっついている細い糸を引っ張っていくように、ゆっくり慎重に魔石から離れていく。


 そのまま立ち上がって祠から出たサリカは、魔石を見つめたまま、コダルが見える位置まで後ろ向きにゆっくりと歩いていく。

 躓いて転がらないように足元にも注意しつつ、魔力が途切れないよう集中するのが、少々面倒くさい。


 そうして、ようやく目的の場所に着いたと分かった時、サリカの口から安堵の溜め息が出た。


 振り返ると、目の前には山に囲まれたコダルの街と上空に浮かぶ大きな穴がある。先程より大きくなった穴からは、更に濃くなった霧が下へ下へと降り注いでいる。


(始めるとするか)


 目を閉じて両手を合わせると、心地良い魔石の魔力を全身に感じる。湯船にでも浸かっているような心地良さに、自然と笑みが浮かぶ。

 胸の内に巣食っていた恐れのような感覚は、既に何処かに消え去っていた。


 サリカは合わせた両手の指先を、コダルの上空へと向けた。


 魔力や魔術を使う際、距離は関係ない。だが、魔法陣を使わない場合、その人が持つ固定観念が邪魔をすることがある。

 子供の頃から何度も言われ、修行してきたことだ。大丈夫だと、心の中で自分に語りかける。


 魔石から引き出した魔力を、指先から穴の開いた界壁へと差し向けていく。集中するために目を閉じ、確認するために薄く目を開けるというのを繰り返す。


 焦らず、だが確実に、穴に向かって自分の腕が伸びていくような感覚で、サリカは魔力を送り続けた。


 そうしているうちに、突如勢いよく魔力が引っ張られる感じがし、サリカは差し向けていた魔力の流れを止めた。サリカの体を通して、魔石の魔力が手繰り寄せられているような感じがある。


(界壁とやらに繋がったのか?)


 よく見ると、穴の淵の一部分が微かに光っている。

 嫌な感じはしないが、これで良いのか分らない。そもそも、繋がったとして、次に何をどうするかなど考えていない。


 だが、分からなくてもやるしかない。


(要は、服に開いた穴を繕うのと同じようなもんでしょ)


 料理は苦手だが、裁縫はわりと好きなのだ。服を仕立てることはできないが、繕いものぐらいなら自分にもできる。


 サリカは空に浮かぶ穴を凝視すると、今にも裂けて広がってきそうなひび割れに意識を向けた。


 すると、ひびが入った部分を指先で撫でるかのように、右手が勝手に動き出した。その動きに合わせて、差し向けた魔力も動いているのが分かる。


 魔石の魔力が触れている場所は、虹色の光を放っているように見え、体が動くのに任せて魔力を動かしていくと、ひび割れが虹色の光にすーっと覆われていく。

 同じ事を幾度か繰り返しているうちに、光に覆われたひび割れが光と共にすっと消えて無くなった。


 不思議と、今起こった事に驚きはなかった。そうなると知っていた、そんな感じだった。

 驚きもしないが喜びもない、淡々とした感覚だけがある。


「さて、次々いこうか」


 サリカは声に出して、自分を叱咤した。無駄にできる魔力も時間もないのだ。


 布を寄せて縫い合わせるように、界壁を寄せて魔石の魔力で閉じていく。

 回数を重ねるごとに、自分の動きがより滑らかになっていくのが分かる。まるで、何かと共に舞っているかのような感覚だった。


 額から流れた汗を時折腕で拭いながら、サリカは穴の周囲を注意深く観察し、界壁の修復作業に勤しんだ。


 そして、中央の大きな穴を残すのみとなった時、サリカの全身からガクッと力が抜けた。


「痛っ!」


 膝から崩れ落ちたサリカは、思い切り地面にぶつけた膝の痛みに呻きながら枯草の上に転がった。

 目が回り、全身から冷や汗が吹き出している。浅い呼吸と共に込み上げる吐き気を必死に逃していると、少しだけ楽になってくる。


(全部使い切ったな……)


 体の中を通り抜けていた温かな魔石の魔力は、一切感じられなくなっている。おまけに、自分自身の魔力も空っぽだ。どうやら魔石の魔力を使う際、自分の魔力も混ぜ込んでいたようだ。


 転がったまま服のポケットを探ると、ソニヤが作った魔力回復の飴が一つだけ残っていた。口に入れると、甘酸っぱさと共に体の中に温かなものが広がった。同時に、目眩や吐き気も徐々に治まってくる。


(やっぱりソニヤの飴は美味しいねえ)


 サリカはゆっくりと体を起こし、コダルの街に目を向けた。

 街の上空には相変わらず大きな穴が空いている。だが、コダルの街に降り注いでいた霧のようなものは薄くなり、微かに見える程度になっていた。


(時間稼ぎになってるといいなあ)


 サリカの顔に穏やかな笑みが浮かぶ。胸の内に巣食ってた嫌な感覚は全て消え去っていた。

 ただの自己満足で、何の解決にもなってないのかもしれない。でも、今自分にできることは全てやった、そんな気がする。


 サリカは立ち上がると、コダルに背を向けヨロヨロと祠へと戻った。魔石から放たれる光が無くなり、祠の中は真っ暗だ。

 扉の前で頭を下げる気力もなく、サリカは倒れ込むようにして祠の中に入り、そのままごろりと寝転んだ。


(疲れたなあ)


 まだ昼前だというのに、徹夜で夜通し働いたかのように体が重く、手を持ち上げるのも億劫だった。鞄を肩にかけたままだが、わざわざ起き上がって外すのも面倒くさい。


 濃紺の天井を眺めていると、自然に大きな欠伸が出た。指で目を擦りながら滲んだ涙を拭うと、サリカは魔石の方を向いて楽に寝れる姿勢を探った。

 床は少々硬いものの、風を遮ってくれる祠の中は意外と居心地が良い。何より、先々のことを考えずに寝られるだけで幸せだ。


(今日はゆっくり寝れそうだ)


 目を閉じると、何故かこれまで関わった人々の顔を次々と思い出す。順不同に浮かんでは消えていくのを、サリカは淡々と眺めていた。

 良いこともあったし、嫌なこともあった気がする。だが、それら全てひっくるめて、どうでもいいという気になってくる。


 最後に浮かんだ顔が誰のものだったか分からぬまま、サリカは心地良い眠りへと誘われていった。




 ********




 空が茜色に染まりだした頃、リマペデル大陸を地震のような揺れが襲った。


 震源地は不明で、地面というより空気が振動しているような不思議な揺れだったが、揺れ自体はさほど大きくなかったため、被害はないと思われていた。

 だが、揺れの直後から、リマペデル大陸のほぼ全域で体調不良を訴える者が続出するという事態が起きた。


 症状は多岐にわたったが、パモス、クラネオスの両国内では、カデウスに近い地域の住人ほど症状が重いという事が確認された。

 そのため、両国は様々な手段を用いてカデウスとの連絡を試みるが、カデウス国内にある主要都市とは一切連絡がつかず、応答があったのは国境沿いにある二つの街のみであった。


 事態を重く見た両国は、その日のうちにカデウスへと騎士団を派遣することになる。また、その騎士団には、両国の大神殿から派遣された数名の神官も同行した。


 両国の騎士団がそれぞれ国境沿いの街に到着した際、建物などには特に問題は見られなかった。しかし、住人達は激しい目眩や頭痛、吐き気などを訴え、まともに動ける者は殆ど居ないという状況であり、急遽フォシアル教団によって大きな療養施設が作られることになる。


 その後、両国の騎士団は、調査のためカデウスの内陸部に向かう事になるが、そこで異様な光景を目にする。


 自然豊かなカデウスの国土の殆どが、茶色い岩と土に覆われた荒野へと変わっていた。大地には植物は殆ど生えておらず、生き物らしき姿も見えない。

 地図を頼りに街や村があった場所に向かってみるが、生存者はもとより、遺体や建物の形跡すら一切なかったという。


 また、高濃度の魔素を含む砂嵐が各地で発生し、頑強な騎士団員でも体調を崩す者が相次ぎ、調査は予想以上に難航した。


 その後もカデウス国内の調査は続けられ、北のセルカザール山脈を越えた先にある幾つかの集落は無事であるのを確認された。だが、他の場所では手がかりらしい物は何一つ見つけられず、内陸部での生存者は絶望視された。


 一週間後には、他国の調査団やフォシアル中央大神殿から派遣された大神官も加わり、一ヶ月以上大規模な調査が行われたが、これといった成果のないまま徐々に規模が縮小される運びとなる。


 そして事態発生から三ヶ月後、カデウス国内で何が起きたのか明確な答えが出ぬまま、カデウス王国の名前が世界地図から消される事となった。


 後に、『カデウスの災禍』と呼ばれる出来事である。



 

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