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界壁の修復士  作者: 瑪栗 由記
第一章 神殿生活
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束の間の休息

(さすがに、この暗さで祠までいくのは厳しいなあ)


 来た道を引き返しつつ、サリカは溜め息をついた。

 コダルから一番近い祠は、街道から森の中に入って少し山を登った所にある。途中までは獣車で行けるが、最後は徒歩だ。


 サリカはパモスとカデウスの祠しか行ったことはないが、どこも街道から祠までは目印がある。大抵は小さな石碑なのだが、一見そこらの岩と大差ないので、読み手が石碑に刻まれた魔法陣を読み取りながら行くことになる。

 そのため道に迷う心配はないのだが、さすがのサリカも夜に山登りする気にはならない。


 サリカは街道の左側にある林の一角にある石碑を見つけると、そのまま石碑の脇を通って林の中に入り、小さな空き地で獣車を止めた。


「ちょっと待ってて」


 三眼馬に一声かけ、サリカは魔道具のランプを手に御者台を降りた。

 日が落ちて、更に気温が下がってきた。木々の枝を揺らしながら吹き付けてくる風に、自然と体に力が入る。


 サリカはランプを掲げて周囲を見回すと、空き地の中央まで歩いていき、そこで足を止めた。


 落ち葉が積み重なった地面は、歩くとふかふかとして柔らかい。サリカは落ち葉の中に足を突っ込むと、その足で落ち葉をかき分け始めた。

 カラカラに乾燥した落ち葉をかき分けるのに、力は必要ない。だが、時折吹き抜けていく風が、作業の成果である足元の空間をご丁寧に埋め戻してくれる。

 そんな事を繰り返しながらも、かき分ける範囲を広げていると、つま先にコツンと固いものが当たる感触があった。


(これかな?)


 その場にしゃがみ込んで地面にランプを置き、今度は両手で落ち葉をかき分けていくと、地面に埋め込まれた拳大の四角い石が露わになった。滑らかな石の表面には、文字のような模様がいくつか刻み込まれている。


 その模様を確認し、サリカは安堵の溜め息をついた。この石は、フォシアル中央大神殿で作られた結界石だ。


 結界石は、巡祈で各地の祠を周る神官達のために、祠近くの空き地に埋められている。神官達は、安全に休憩できる結界石のある場所に獣車を停め、そこから祠へと向かう。


 この結界石による結界は、結界外からの攻撃を防ぐだけでなく、結界内の暑さ寒さも和らげてくれるという便利な代物だ。ただし、一般的に使われる魔道具とは、色々と異なる点がある。


 どのように作られているかは、中央大神殿に入ることすらできないサリカには知る由もないが、基本的な構造が一般的な魔道具とは異なるらしい。加えて、この結界石は神官でないと使えない。


 作り方はともかく、神官しか使えない理由は単純である。この結界石は『光』もしくは『闇』の魔力にしか反応しないのだ。


 フォシアル教の神官になるためには、一つだけ条件がある。その条件というのが『光』もしくは『闇』の魔力が使えることだ。


 基本的に魔力は、魔素と同じ『風』『火』『土』『水』の四種類である。

 自然界同様、体内魔素にも四種類全ての魔素が含まれる。それぞれの魔素が体内で占める割合は人によって異なり、その割合は生涯変わることがない。


 体内魔素の中で最も割合が大きいものを魔力として用いることができ、魔力で術を発動させることを魔術と呼ぶ。

 そのため、使える魔術は、自分の持つ魔力と同じ属性のみとなる。


 当然、中には複数の魔素を同じ割合で持つ者もいる。

 その場合、対応する属性の魔術は全て使うことができるが、使える魔力量は大幅に減り、それに伴い魔術の威力も下がる。

 生活に必要な魔道具は、使用する魔力は極少量であり、基本的にどの魔力でも動くように作られている。そのため、魔術師として身を立てるのでない限り、魔力量が少なくとも生活する上で問題になる事はまずない。


 だが稀に、四種類全ての魔素をほぼ同じような割合で持つ者が生まれてくることがある。その者は全ての魔力を使うことができるが、一度に使える魔力量が少なすぎて、普通の魔道具を使うことすら困難になる。

 魔道具を使わずとも生活はできるが、様々な場面で支障をきたしてしまうのが実情だ。


『光』と『闇』の魔力とは、全ての魔力を持つ者が全種類を均等に混ぜ合わせた時に生じる魔力をいう。二つの違いは『光』はそのまま魔術を発動できるのに対し、『闇』は物を媒介にして発動するという点にある。


 この全てを均等に混ぜあわせるというのが難しいらしく、何故か神官以外にまともに『光』と『闇』の魔力を扱える者がいないらしい。


 子供が五歳になる年に神殿で行われる『祝賀の儀』では、子供の魔素も調べられる。子供が四属性持ちだった場合、その後大神殿から声が掛かるのは、それが理由だ。勿論、神官にならなくとも何の問題もないのだが。


 そして、神殿内の日々のお勤めは、この魔力操作の訓練にもなっている。


「浄化」


 光属性の魔術である浄化を使って汚れた手を綺麗にすると、サリカは服のポケットから魔力回復の飴を取り出して口に放り込み、奥歯でガリッと飴を嚙み割った。


 体の中にじんわりと温かいものが広がっていくのを感じながら、右足で結界石を踏み、土踏まずの真ん中から自分の魔力を石へと注ぎ込んでいく。


「起動」


 サリカの呟きと共に、結界石から青白い光が放たれる。光は薄いベールのようになって徐々に広がっていき、空き地全体を包みこんだ瞬間に跡形もなく消え去った。


 本来なら場に存在する魔素を使って結界を張るのだが、この場の魔素が少ないため、サリカ自身の魔力を多量に使うことになった。予め魔力回復の飴を舐めてはいたが、それでも頭がクラクラする。


「お待たせ。今日はここで一晩過ごすよ」


 三眼馬に水と餌をやると、サリカは三眼馬の様子を少しだけ眺めてから獣車の中に入った。


 天井に取り付けられた明かりを灯して座席に座ると、自ずと安堵の溜め息がもれる。今すぐ眠ってしまいたいぐらいに疲れてはいたが、その前にやってしまわなければならない事がある。


(さて、報告書でも書くかねえ)


 鞄からペンと報告書用の紙を取りだすと、これまでの経緯やコダル上空にある裂け目について書き記していく。

 何だか分からないものを説明しようとする難しさに、つい独り言が増えてしまう。一応絵も描き足してみたが、ちゃんと状況が伝わるものになったのか自信はない。

 だが、あの神殿長のことだ。サリカの拙い文章の行間をしっかり読んでくれると信じたい。ついでに歪んでしまった文字も、ご愛嬌と許してもらいたいところだ。


 全てを書き終えると、神殿関係者が手紙や書類のやり取りで使う魔道具の筒の中に報告書を丸めて入れた。


 転送筒と呼ばれるこの魔道具は、転送先を幾つか登録できるようになっている。筒の下にあるダイヤルを動かすと、筒に刻まれた魔法陣の一部が登録した相手ごとに変わるのだ。また、相手が中身を取りだすと、自動的に持ち主の所に戻ってくる。


 サリカは送り先を神殿長に合わせると、筒を握って魔力を込めた。


「転送」


 サリカの言葉と魔力に反応し、魔法陣が青白く発光する。青白い光が筒全体を包み込み、その光が消えると同時に、手の中の筒は跡形もなく消え去った。


「疲れたなあ……」


 サリカは倒れ込むように座席の上に寝転がった。天井の明かりを消した方が良いのは分かっているが、もう一度起き上がる気力はない。ボーっと獣車の天井を眺めていると、徐々に瞼が落ちてくる。


 長い一日だった。熊の巣穴亭での食事を楽しみにしていたのが、随分昔の事のように思えてくる。


(全部夢なら良かったのにねえ)


 目を閉じたサリカの意識は、いつの間にか闇の中に吸い込まれていった。




 ********




 目が覚めたのは、朝日が昇る直前の暗い夜空に覆われた頃だった。

 疲れ切ってぐっすりと眠れるかと思いきや、ずっと夢を見ていて寝た気がしない。どんな夢を見ていたか思い出そうとしてみるが、そう思った瞬間にスッと何処かに消えてしまい、夢の断片すら分からなくなってしまった。


 座席からヨロヨロと体を起こすと、床に転がった転送筒が視界に入った。


(良かった。ちゃんと届いたみたいだな)


 報告書が神殿長の手に渡ったことが分かり、サリカの口から安堵のため息がもれた。

 読んでいるかは知らないが、一応最低限やる事はやった気がする。

 まあ、裂け目はそのままだし、依頼されたお役目は手紙の配達なのだが、それはまた別の話だ。


 汚れたまま寝てしまったので、まずは服ごと全身を浄化する。

 入浴した時のような心地良さはないが、体がすっきりした分、気持ちも幾分すっきりした気がする。


 この「浄化」が使えるだけでも神官になって良かったと、サリカは常々思っているのだが、それを知ったソニヤには爆笑され、カイには説教された。だが、同じように思っている神官は、サリカ以外にも絶対いるはずだ。


 獣車の窓を開けると、外からひんやりとした空気が入ってきた。

 熱いお茶をいれて一口飲むと、強張っていた体が緩むのを感じる。


(さて、今日はどうするかな)


 昨日のサリカの状態を考えると、コダルに赴いてカデウスの神殿長代理に手紙を渡すのは難しいだろう。


 このお役目をどうするのか、一神官として今後どう動くのかは、報告を受けた神殿長の判断によって変わってくる。

 だが、神殿長の指示がいつ来るのか、サリカには知りようがない。

 忙しい神殿長の事だ。早急に対応してくれたとしても、指示が来るまで時間がかかるだろう。


 このまま獣車で待機して神殿長からの指示を待つという選択もあるが、どうもその気になれない。

 何かに急かされているような、そんな居心地の悪さを感じるのだ。


(とりあえず、祠でも行ってみるか)


 この場所から祠までは、一時間近く山を登る必要がある。険しい山道ではないし、サリカの記憶通りなら、祠のある場所からコダルの街を見下ろせたはずだ。


 裂け目が見えたとしても、サリカに出来ることは何もないだろう。だが、この場でただ待っているよりは、幾分マシな気がする。


 貰った焼き菓子を食べながら、サリカは窓の外の暗い景色を眺めた。



 

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