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猫耳貴族のキケ





とある深夜、俺は……




 ……なぜか猫耳を生やしたゴスロリ姿の少女に、ベッドの上で押し倒されていた。





「……なぁ? 俺って女難の相でもあんのか?」

「さぁ? 僕には分からないけど、ダーリンからマタタビの匂いがするのは確かにゃ」



 猫耳ゴスロリ少女は、俺のつぶやきを無視して……馬乗りになったまま、俺の胸辺りの匂いをすんすんと嗅いできやがった。俺はなんとか唯一自由に動く腕で猫耳ロリの頭を押し返し、退いてくれるよう心の底から懇願した。



「匂いを嗅ぐのやめろ……なぁ、お前もホントは俺みたいな弱者が相手なんて嫌だろう? だから退いてくれ、な?」

「ふふん、僕をさっきこてんぱんに負かせてきたのはダーリンにゃ。それに、僕はあの娘たちほどダーリンにのし掛かるつもりはないにゃ。一晩の過ちと思って諦めるといいにゃ」

「お、れ、は、ロリコンじゃねぇって!! お前みたいなロリじゃ興奮できないんだよ!」

「舐めてもにゃ? けっこう舌には自信があるにゃ」

「どうせ処女だろ。お前」

「にゃっ!? ……か弱い乙女になんてこというにゃ!」

「この状況のどこで判断した? 退け」



 処女発言のせいか、そもそも襲うつもりもなかったのか……俺が馬乗りになった猫耳ロリの両脇を持つと、意外にもすんなりと持ち上がった。そのまま猫耳ロリ──キケを広いベッドの端に座らせ、俺は上体を起こした。



「にゃー……ダーリンのいけず、にゃ」

「意味わかってんのか? 処女のくせに」

「2回も言う必要ないにゃっ!」

「……はぁ」



 ほんとどうして……こうなるんかなぁ…………




 俺は諦めたように、部屋の綺羅びやかな天井を見上げて回想を始めたのだった……















 俺たちは馬車から広い街道に降り立ち、久しぶりのような気さえする太陽と自然の下で眩しそうに目を細める。全員が降りた途端……馬車は御者の荒い運転によって猛スピードで離れていった。



 ……急ぎの用事でもあったんかね? なら乗せてもらうのは申し訳なかったなぁ。



 俺は白々しくそんなことを考えながら、街から脱出したことを喜んだ。



「うし、とりあえず無事に街から脱出成功だな」

「「「…………」」」

「……お前ら、言いたいことがあるなら言え」



 ……ふと目の前の少女たちから『昨日の私の純情を返せ』と言いたげな目線を感じた。え?またオレ何かやっちゃいました? 



「ううん、師匠の一面を知れた。……でも、知りたくなかった」

「せんせー……そういうの、『外道』っていうんだよ?」

「コウがそうしたいなら、私は気にしない……ん、大丈夫」

「別に良いだろう? 俺らは無事に街から出られた。あの御者は報酬として大量のお金を得た。win-winってやつだ」



 ……なぜか、3人はますます呆れたような目で俺を見てきた。解せぬ。



 俺がやったことは単純だ。昨日の夜、俺は偶然視界の端で大きめの馬車にいそいそと積荷をしている商人を発見した。わざわざ夜にやっているということは、次の日の朝早く出発するということは自明。だから俺は、


『取引をしないか? 積荷に俺たちを隠してくれればそれでいい。報酬はたんまりと出そう』


 と商人に持ち出しただけだ……背後にオーラを放ったサラたちを伴って、だが。案の定、商人は顔を真っ白にしてコクコクと頷いてくれた。そうして無事、俺らは商人である御者が操る馬車に隠れて乗ることで同意し、早朝には堂々と門から街を脱出することができたのだった。





 気を取り直して……俺たちは、気を抜いて雑談をしながら目的の方角に歩いていた。ここも魔物が出る危険はもちろんあるのだが……賢者に勇者に聖女のパーティとか、なんかもう遭遇した魔物の方が可哀想になるな。ほんと。


「……でもせんせー? 街に入ってきた時みたいに、サラお姉ちゃんの魔術でこっそり出るのはダメだったの?」

「あぁ……だが、アイリが教えてくれたからな『教会の狙いが分からない』って」

「えっ……アイリでも分からなかったの?」

「ん……教会にいた時に、あの人──コウが聖職者モドキって呼んでる人の心の声を聞いた。けど、『ただでは逃さない』って言っていたのに何するかは言わなかったの。たぶん、わざとそうしていた」

「自分の思考まで操るのは……まぁアイツならやりかねないだろ。だから、魔術でこっそり出るのにはなんか対策してあると考えた」

「うん……わたしも門を通る時、結界を感知した」

「……結界?」



……え? サラさん何それ初耳なんだけど? 結界ってなんぞ?? 



「一瞬だから不明確……たぶん、『認識阻害』『脆弱性』『連動性』だと思う」


 少し自信なさそうにサラが言う……が、え? それが教会の対策だったんじゃね? その結界って、つまりこうだろ?


「容易に探知できず、壊れやすい上一部がかけるとそこら中が崩れ始める……確かにどこから逃げたか探るのにはぴったりだな」

「……でも、師匠は結界以外にも何かあると気づいた。だからこの方法……違う?」

「そうなの? せんせーすごいっ!」

「あ、ああそうだな……」



 ……やっべー! 何も分かってなかった上に『たぶんそれが教会の切り札なんじゃね?』とかもう言えねーよ! あ、アイリはちょっと黙秘おなしゃす……



「ん、さすがコウ」

「あぁ……ありがとな」


 できた女だぜっアイリ! その調子で独占欲もなくし……



「コウ……?」

「な、何でもない」

「むむ……なんか2人だけずるーい!」

「師匠は全員を選んだ。公平さは重要」

「誰も選んでねーよ……」



 しいていうなら、全員から逃げ…………逃げない! 今すぐには逃げないから! アイリさんその目やめろください! 



「ん……分かった。コウ、これからの目的を2人にいうべき」

「え? また村を回って旅するんじゃ……あれ? もう私たち以外はいないはず……だよね?」

「……確かに」

「あぁ、そうか」


 街から逃げ出すのを第1目標にして、とりあえず街から出る方法についてだけ話していたな。ちょうどいいかと思い、俺はサラとラージュに今後の予定について説明を始めた。



 これから俺らは、サラの探している『先代賢者』とラージュが倒したい『教会』について情報を集めることになる。しかし、闇雲に探しても効率が悪い。んで、ここからは俺が冒険者時代に知った噂なんだが……


「『没落した貴族』が、この近くの村に住んでいるの……?」

「そうだ」


 触れてこなかったが、この世界にはファンタジーらしく貴族制度がある。といっても数がめちゃくちゃ多いわけではなく、領主の他には『王都』って呼ばれるこの世界の首都みたいな場所に集っているらしい。んで、そのうちの1貴族が没落したって噂が俺のいた冒険者ギルドで流れた。なぜ冒険者が、雲の上の存在である貴族の噂なんかしてるのかというと……貴族とは金持ちであり、家にもよるがよく冒険者ギルドに依頼を出すのが貴族だからだ。貴族の依頼は、達成が難しいが報酬も高いものが多い。しかし、その貴族のうち1つの家が全く依頼を出さなくなった。結構な頻度で依頼していた貴族だから、悔しがったやつも多かった……なんなら俺も、そのうちの一人だけど。



「理由は?」

「経済難に陥って家を売ったらしい」

「…………」

「まぁ、そんな表情になるのは分かる」



 依頼出しまくったせいで自滅するとか……そういう『自分で始めたこと』で自分の身を滅ぼすなんて、ほんとに馬鹿だよな。教育がなってないぜ。



「……コウのために、教会の鏡を持ち出すべきだった」

「アイリ? 急にどうした?」

「ううん……気にしないで、ね?」



 少しアイリの反応に疑問を抱きつつも……俺はサラとラージュにこれからその没落貴族が現在いるという噂の、少し大きな村……というか里に向かっていることを伝える。目的はもちろんさっき言った通り、情報を集めること。貴族のネットワークなら、少しは有力な情報が見つかるだろう……それが狙いだ。



「まぁ、その村に行く前に準備しておきたいものがあるんだが……3人とも、手伝ってくれるか?」

「もちろん任せて」

「えへへっ! せんせーの『物』としての初仕事だねっ」

「聞かれなくても、コウの願いならなんだって叶えるよ」

「サラ、アイリ、よろしく頼む」

「っ!! 〜〜っ♡♡」



 ラージュはあえて無視したのに、なんか嬉しそうに悶えていた……ドM強すぎだろ……








「……到着」

「はぇー、私の耳と違う耳を付けた人がいっぱい……」

「……コウ? かわいい女の子が居ても襲っちゃだめだよ?」

「なぜ俺が襲う側の前提で話している?」


 数日後……俺たちは無事目的地に到着することができた。


 ……ここが、噂に聞いた『猫耳族の里』か。前の世界でもイラストとかで見たことあるような猫耳を付けた人が多くいる……やっぱ日本人の誰かが作ったファンタジーだろ、この世界。


「世界を、作る?」

「細かいことはいいんだよ、今は」

「……やっぱりコウって不思議」


 アイリの言及を軽く流しながら、里に入ろうとすると……里の者らしき猫耳族から声をかけられたので、素直に『旅の者で、この里にいると聞いた貴族に用がある』と告げる。



 すると、里の者は「またかよ」と言いたげな顔をして里の奥の方を指差し……は? 



「……師匠」

「まぁ、気持ちは分かる。ほんとに財政難に陥ったのかってな」

「違う……王都でどの規模の家を所持していたか推測した」

「……さすがサラだな」

「むふっ」



 優秀すぎるサラは置いといて……指さされた先には、貴族の別荘と言われても何も疑わないほど、(この世界基準で)立派な邸宅が建立していた。




 ……ほんとに財政難だったんか? あの家? 




「……行くか」


 少しビビったが、まぁ流石に街の教会やギルドよりは小さいし……なによりこっちには『切り札』があるんだ。そう意気込んで、俺はあの邸宅に向かって歩き出した。



「……ここか」


 そんなに遠くもなく、すんなりと件の貴族の家についた俺らは……田舎に相応しくない、無駄に豪華な扉の前に立っていた。


「師匠」

「せんせー」

「コウ」


 3人が、期待半分、不安半分といった表情で俺を見上げてくる。だから、俺は安心させるように一つ頷いて言った。




「別に敵に会うわけじゃない、安心しろ。それに……俺は、交渉は結構得意なんだ (ドヤ顔)」

「師匠……」

「だいなしだよ。せんせー……」

「コウ、やっぱり私と代ろうか?」



 ……さっきよりも不安の配分が増してる!? なんでだよ! 



「あーもう行くぞ! ……誰かいるかー!」



 ファンタジーらしくインターホンなんてないので、俺は扉を叩いて声を出す。すぐに、中からこちらに向かう足音が響いてきて……





「爺もう帰って来たにゃ? 鍵はあいてるにゃ…………にゃ!? お前ら誰にゃ!?」

「……だから、なんでロリばっかなんだよ。この世界は……」





 俺らを出迎えてのは……可愛らしい猫耳を生やして、ゴスロリチックな衣装に身を包み、テンプレのように語尾に『にゃ』を付けて喋る幼い少女だった。



「……また冒険者にゃ? 依頼はもう出してないにゃー。帰るといいにゃ」

「違う……ここの当主に用がある。中に居るのか?」

「にゃ?? 当主ならこの僕にゃ」

「は?」


 ……一瞬思考が停止してしまった。コイツが当主であるというあり得ない事実と、それに『僕っ娘』というまた変な属性の追加のせいで。


「……嘘言うな。娘さん? お父様とお母様はどちらに?」

「……なーんか腹立つにゃ。両親なら二人仲良く、王都で悠々と隠居してるにゃ」

「……マジ?」


 信じられずに振り向くと……アイリが俺に向けて一つ頷いた。



 ……まじかよ。こんなロリが貴族の当主なんて……流石は異世界ファンタジー。



「ならもうお前でいい、俺はここに交渉に来た。追い返してもいいが、きっと後悔するぞ?」

「子ども3人も連れて、にゃ?」

「子どもはお前もだろうが……コイツらは、魔物を一人で相手できる。舐めないほうが身のためだぞ」

「にゃ!? ……し、信じられないのになぜかそんな気がするにゃ……分かったにゃ。お前ら冒険者たちをこの家に招待するにゃ!」

「師匠は冒険者じゃない」

「サラ、問題ない。今はそれでいい」

「お前が『師匠』にゃ? ……なんか弱そーにゃ」

「おい事実でも言うな、黙ってろ……お前の身のためにもな」

「……な、なんか走馬灯が見えたにゃ……やめておくにゃ」


 ……この世界にも走馬灯なんて言葉があるのか。いやまぁ最初から日本語通じてたけど……そういや日本もあるのか? 『ジパング』みたいな名前で……って今考えることじゃねぇ。とりあえず……


 どうにか無事、少し震えているゴスロリ少女に応接間らしき場所に案内され、俺たちは交渉の場に席つくことができたのだった。その応接間には質素ながらもソファーがあり、高そうなテーブルが配置されていた。


「……よくこんな立派な家を建てられたな」

「嫌味……じゃなさそうにゃ。先代が残した借金を返したらこうなったにゃ」

「……依頼がやけに多かったのはそのせいか」

「頭の回る冒険者にゃ。そうにゃ、先代は借金までして冒険者に依頼していたにゃ」

「んで、財政難で没落した……と」

「してないにゃ」

「は?」

「没落はしてないにゃ。王都の家と土地は借金を返すためにほとんど売ったにゃ、でも爵位までは返してないにゃ。じゃないと、こんな家維持できるわけないにゃ」


 王都の家がないのに貴族……と疑問を思ったと同時に、俺は思い出した。『家と土地は《《ほとんど》》売った』ことと、『両親は王都に隠居』していること。これを組み合わせたら答えは簡単に導き出せる。


「なるほどな。そんで、王都の家に先代を閉じ込めてるわけか」

「……お前、ほんとに冒険者にゃ? 馬鹿の集まりにも例外はいるもんだにゃ。名を名乗るといいにゃ」

「あぁ、そういや自己紹介がまだだったな」


 俺は自分の名前と旅をしていること、サラたちを名前と『俺の弟子』とだけ紹介した。猫耳少女は再び疑問そうに首を傾げたものの、さっきの経験を生かしたのか何も言及することはなかった。


「にゃ、僕の番にゃ。僕はキケ・ダダワ。ダダワは家の名前で、キケが僕の名にゃ。よろしくにゃ」

「あぁ、よろしく頼む。お互い自己紹介も終えたことだし……さっそく交渉に入ろうか」

「そうだにゃ、僕も無駄話は嫌いにゃ。まず、そっちの求めていることはなんにゃ?」


 俺の求めることは、もちろん決まっている。


「『賢者』の情報と、『教会』へのパイプだ」

「……また冒険者らしくない単語にゃ。教会で職でも探してるにゃ? なら、やめといたほうが身のためにゃ」

「残念ながら、理由はまだ言えないな。そっちの要求を聞こうじゃないか」 



 ちなみにだが、この交渉で俺はアイリの能力を全面的に利用するつもりはない。アイリを使えば、そりゃ一方的に事が進むだろうが、その分『読心持ちがいる』と相手に警戒されてしまうだろうし、事が教会に伝われば俺らがここにいることや『賢者』の情報を探っていることまでバレてしまう。それだけはどうしても避けたかった。しかし、少しだけ……嘘発見機のような使い方はさせてもらうと、アイリには読心を通して伝えてある。



「そうだにゃ……どっちも簡単には渡せないものにゃ……」



 目の前の猫耳少女、キケが悩んでいのが分かりやすく唸る……この後の展開を何となく察した俺は、心の中でガッツポーズを取った。だいたい、こうして渋った後は……



「にゃー……そうにゃ! 『マタタビ草』10体で手を打つにゃ!!」



 高い要求が来るって相場が決まっている。



 『マタタビ草』っていうのは、こんな名前をしているが魔物の一種で、俺でも余裕で勝てるほど弱いが……近くの植物に擬態しており大変見つけにくい魔物だ。1日中探しても1体狩れたらラッキーなくらいで、俺も冒険者時代には依頼が出るたびパーティメンバーと一緒に血眼になって探したもんだ。弱い分狩るのは簡単だったから、見つけられたらまるっと儲け物だしな。あと、名前の通り猫耳族にはとてつもなく好かれており、主に猫耳族が出す依頼として知られている。他にも安眠作用のある薬で使われることもあるが……費用対効果が釣り合っていないため、依頼も少なく知名度は低い。




 そんな希少な『マタタビ草』を10体。まぁ、普通なら『はぁ!? 高すぎる!』とか言って要求を下げるよう頼むだろう。それが相手の狙い、値下げする側に立つことでこの交渉の主導権を握ろうとしているのだろう……ロリのくせに大したものだ。




「サラ、頼む」




 ま、『普通の』冒険者なら……そうなったけどな。




「なんにゃ? 要求を下げて欲しいのなら………………にゃ???」




 サラの魔術によって隠されていた……目の前に次々と大量に出現する『マタタビ草』に、キケはこちらを煽るような動きをピタリと止めて釘付けになった。



 ……なんか前の世界で見た宇宙猫を思い出すな、この猫耳少女。まぁいいや、それよりも……



「マタタビ草なら、準備してるぜ」



 俺は、煽られた分だけ煽り返そうと意気揚々と話し出した。



「あぁ、ちゃんと持ってきたさ。これがマタタビ草だろ? 10体だけで良かったのか? 不安になって30体も用意してしまった。どうした? 足りないか? なら、追加で今から狩ってこようか? うん?」



 ああー!!(他人の虎の威を借りて全力で)煽り返すの楽しいぃぃー!!!!


 

 この世界に来てからというもの……俺はずっと下に見られ続けてきたし、貴族の中には冒険者を心底見下していて『正当な報酬を出さない』とか『直前になって依頼を反故にする』とか平気でされたことあるし……ダダワ家にはたぶんされたことないけど、貴族に対してのストレス全部ぶつけてやるぜ!! ヒャッハー!!!



「師匠、やりすぎ……」

「うわぁ、かわいそう……」

「コウ、楽しそう。良かったね」



 ……うしろの虎の3人から、またしても呆れられた表情(一部違うが)を浮かべられた……が、俺は全力でスルーして現状を愉しんだ。


 まぁ、事の経緯は簡単で……俺がこの里に来る前に『猫耳族との交渉なら、十中八九マタタビ草を求めてくる』というのは確信していた。それにこちらが要求するのは金銭的な価値は低い物。マタタビ草で潰れたくらいの家なんだし、マタタビ草を求めてくるのは間違いないと考え、ここに来るまでにマタタビ草を狩りまくることにした。そうして、俺以外の3人は『賢者』と『勇者』と『聖女』の力を遺憾なく発揮し……瞬く間に周辺のマタタビ草を狩り尽くしてしまった、ということだ。その後は家の前でサラの魔術で隠してもらって、この交渉の『切り札』として最大限活用できるタイミングを伺っていたのだ。






「……こ、こんなにたくさんのマタタビ草……見たことないにゃあ♡」

「ん?」



 ……だから、気づくのに遅れてしまった。俺はストレス発散の快楽に浸っていて、3人もそんな俺を注視していた。そして……



「こんにゃ……こんにゃに……♡ にゃあぁっっ!!!」

「は……うおっ!?」



 キケの様子がおかしい……と思った瞬間、俺はキケに抱きつかれていた。猫のような俊敏な動きと、見事な跳躍は一瞬の出来事すぎて……油断していたとは言え、サラたちですら反応できなかった。



「一生ついていくにゃあ……♡ ダーリン♡」

「はぁ!? おい離れろっ……コイツどうなってるんだアイリ!?」

「……発情してる……たぶん、マタタビ草のせい」

「匂いかいだだけでこうなんのか!?」

「ん……今までにないほど、大量のマタタビ草の匂いを嗅いだせいだと思う」

「よく嗅いだらダーリンからもマタタビの匂いがするにゃあ♡……ペロッ♡」

「首を舐めんなっ! 離れろっ! 力無駄に強いなコイツっ!! ……サラっ! 魔術練るなっ! ラージュも剣をしまえ!」




 あーもう!! なんでこうなるんだよぉ!!!!!!! 











「ごめんなさいにゃ……久々にマタタビ草を見て、つい暴走してしまったにゃ」

「あぁ……ほんとうにな」



 ……その後は色々と本当に大変だった。まずはマタタビ草を隠して、コイツには水をぶっかけてやった。『猫は水が嫌い』というのを裏付けるようにすぐにコイツは冷静になったが……『さいあくにゃぁ……』と呟くキケの濡れた姿があまりにもしおらしく、興奮していたときとのギャップでつい俺がドキッと反応してしまい……アイリが『コウ、欲情しちゃだめ』とか余計なことを言いやがって…………いや、もう忘れよう。



「まぁ、一番大変だったのは……お前が着替えている間に帰ってきた、この爺さんの誤解を解くことだったがな」

(じい)は優秀な分、早とちりしやすいにゃ」

「お嬢様の一大事かと……申し訳ありません」

「もうお嬢様じゃないにゃ、(あるじ)と呼ぶにゃ」

「ほっほっほ、お嬢様はまだまだお可愛らしいですな」



 キケと気安そうに接するこの猫耳付けてもなお厳つい印象の爺さんは、この屋敷で唯一雇われている執事らしい。その後、名を名乗らずに「お嬢様さまから爺と呼ばれているものです。お好きなようにお呼びください」と言われたので、俺は適当に「じゃ、セバスで」と返した。



「『セバス』……とは?」

「あぁ……俺の地元に伝わる、優秀な執事に付く名前だ。さっきは暴走したが……聞く限りコイツは優秀そうだし、そこに仕えるアンタも優秀なんだろ。あとはテキトーだ」

「左様でございますか……では、今後私は『セバス』と名乗らせて頂きましょう」

「……好きにしろ」

「……一瞬で人を絆すのは、ダーリンの能力にゃ??」

「ダーリンって呼ぶのやめろ」


 主にそこの3人の目が怖くなるから。マジで。俺は後ろを振り向かないように気をつけながら、椅子に座ったキケと再び向かい合った。


「はぁ……これでようやく、交渉を再開できる」

「にゃあ……ダーリンには申し訳ないけど、実は僕もあんまり有用そうな情報は持ってないにゃあ」

「……やっぱり、こんな田舎じゃ無理もないか」

「しかしにゃ! ダーリンにマタタビ草を貰った以上、しっかりと対価を払う義務があるにゃ!」

「まだあげてないが……なら、どうするんだ?」

「にゃふふふ……」



 わざとらしく含み笑いを浮かべて、キケは椅子から立ち上がり腰に手を当てたポーズで言い放った。



「ダーリンを王都へ招待するにゃあ!」



 ばばんっ! という効果音が付きそうな声と態度で、キケはそう宣言した……が、俺はキケをスルーして一瞬アイリを見て……それが真実であると確認すると、キケに疑問を問いかけた。



「だが、王都には入門すら厳しいチェックがあると聞いたことがある。俺らが簡単に入門できるのか?」

「……もっと驚いて欲しかったにゃあ……まぁダーリンだから仕方ないにゃ。大丈夫にゃ。僕も一端の貴族にゃ。僕の客人という立場なら、ノーチェックで素通りにゃ!」

「……そういや、お前ってまだ貴族だったな」

「さっき言ったにゃ!? もう忘れたにゃ?」

「いや、こんな『にゃーにゃー』言ってるし……というか、貴族って王都とかで働く必要はないのか?」

「……語尾には触れないでほしいにゃ。それに、ほんとにダーリンは冒険者にゃ? 問題ないにゃ。王都には目の前で借用書をペラペラ振ったら、なんでも言う事を聞く僕の家族がいるにゃ」

「酷い言いようだが……まぁ、自業自得だな」

「そう思うにゃ。むしろ感謝して欲しいにゃ」

「というか、やっぱお前が全部借金返したのか……」

「にゃー……そんなに見つめられると照れちゃうにゃ……」

「……」


 わざとらしく頬に手を当て体をくねらすキケを無視して、俺は改めてコイツを観察した。


 インパクトは恐ろしくあったが、見たところ少女とはいえ18歳くらいは有りそうだ。しかし、童顔なのに加えて猫耳や黒髪を下ろしたロングヘアー、それにゴスロリじみた服装が幾分かキケを幼く見えさせている。借金で最初から不利な分、逆に見た目を利用してきたんだろう……俺の周りには、より幼くてキケの数倍はやべー奴が3人もいるから、俺には通用しなかったようだが。



「……ほんとに。ダーリンは不思議にゃ」



 一瞬……動きを止めたキケは表情を消し……すぐに笑顔を浮かべて手を鳴らした。



「もちろん、今すぐ連れて行くことはできないにゃ! とりあえず今日は、この家でゆっくり過ごすといいにゃ!」

「……あぁ、こっちも長旅で疲れた。お言葉に甘えさせて貰おう」

「では、私は追加の食料を調達して参ります」



 うしろで「長旅……?」と呟きかけたラージュがサラに止められているのを何となく感じながら……俺は、目の前のキケと鏡合わせのような笑顔を貼り付けた。












 その夜……



「……私が覚えているのは、このくらい」

「そうか、ありがとうな……サラとラージュは何かあるか?」



 アイリによって、キケたちが俺たちに害意がないことを確認した俺らはキケの家で一泊することにした。今は食事も風呂も終えて、サラたち3人の部屋にて盗聴対策をした上で情報共有をしていた。もちろん俺は別に部屋を用意してもらった。ふはは今回は俺の勝ちだ!



「うーん……難しそうだった、とか?」

「ううん……何もない……」

「そうか、付き合って貰ってありがとな」



 さっきの会談を終えて、アイリが聞いたのはキケが王都に招待する気なのは本当。しかし、裏があること、それが何かは分からなかったことを告げられる。他には対して齟齬は無く……残念ながら、キケの発情も俺を『ダーリン』と呼んでいるのも本気のようだ。ふざけんな。



「やっぱり……きっとコウは『ロリコン』なんだと思う」

「ぜっっっっったいにちがあぁうぅっ!!」

「アイリ、『ロリコン』って?」

「たぶん、私たちのような存在に好かれる人のこと。でもコウはずっと否定してる」

「師匠はロリコン……私もそう思う……」

「本当にやめてくれ……サラは眠いんだろ? もう寝るとしよーぜ」



 『ロリコン』疑惑を誤魔化す目的もあったが、サラは本当に眠そうだった。いつも以上に目も細いし、たまに舟漕ぎしちゃってるし。サラにしては少々珍しいが……おそらく、ずっと野宿だった上に、サラには生活力に欠けている2人の面倒をよく見て貰っていた。きっと見えない疲れが溜まっているのだろう。


「ふぁ……サラお姉ちゃん見てると、私も眠くなってきちゃった……」

「ん……私も」

「ちょい早いけど、俺も寝ようかな」


 久々のベッドなんだし、せっかくなら長く寝てやろう……そう考えながら部屋を出ようとすると、アイリに引き止められた。


「待ってコウ、まだ『予知』使ってない……」

「あー……だが、サラが眠そうだし起こすのも悪いからな……キケたちにも害意はなかったんだろ? なら大丈夫だ」



 俺は毎晩寝る前にアイリに『予知』を使ってもらい、その夜に異常が起きないか確かめていた。そのおかげで、今まではいちおうやっていた夜の見張りが全く要らなくなり、野宿する際に大変助かっていた。しかし、それには普段俺にかけられているサラの対抗魔術を外す必要があるが……サラはもう完全に目を閉じていて、ラージュが必死に落とさないよう支えながらベッドに向かっていた……てぇてぇ。



「ん……分かった。おやすみ」



 ……この時無理にでもサラに頼んで『予知』をしなかったことを、結局俺は後悔することになるのだが……俺は呑気に(寝心地はともかく、ベッドは広そうだし……今夜は最高の夜になりそうだぜっ)と考えながら自室に向かっていたのだった……。






















 結局、ダーリンへの夜這いは未遂に終わった。しかし、その後も僕は帰らずにダーリンと雑談を続けてると……ダーリンは、疑惑に満ちた表情で僕を見て言った。



「……で、何しに来たんだ?」

「なんにゃ? ダーリンをせーてきに襲いに来たって、さっきも言ったにゃ」

「またぶっかけられたいのか?」

「……そ、そういうのが趣味……にゃ?」

「『水の話』だっ!!」



 僕はベッドの縁に座りながら横を向き、目の前の冒険者……僕がダーリンと呼んでいる男をじっと見つめる。パッとしない見た目で、ありふれた冒険者のうちの一人でしかないのに……つい目で追ってしまう。そんな不思議な魅力が彼にはあった。



「良かったにゃ。ダーリンが変態じゃなくて僕も安心にゃ」

「……ダーリンの意味をもう一度調べとけ。アホ猫」

「ダーリンのほうがアホにゃ。据え膳何とかって知らないにゃ?」

「……なんでもありだな、ほんと」

「あ、これ知ってるヤツにゃ……やっぱり、没落した貴族なのはダーリンの方にゃ?」

「貴族なんてなりたくもねーよ。なったこともねぇ」

「それにしては詳しすぎるにゃ」



 僕は彼──ダーリンから貴族界隈でも感じたことのない、初めての感覚を受けていた。ダーリンは冒険者と名乗りながら、他の冒険者は持ってない知識や、交渉術を使ってきた。他にもダーリンより明らかに強そうな3人を、弟子と呼んで連れていた。


 それに……貴族界の中で生きてきた僕には分かる。あの3人は、ダーリンに全幅の信頼を寄せている。あの目は決して従者や弟子の目ではなく──まるで、愛する夫を見つめる妻のような目だった。だけど、それらを含めても一番不思議なのは……



「はぁ……もう帰れ」

「え……」

「捨てられた子猫みたいな顔してんじゃねーよ、気が狂う……ここに来た目的を言わないってことは、お前は言いたくないんだろ? 見た感じ襲ってきたのも計画性を感じられん」

「……子猫じゃない、にゃ」



 ……まるで、見透かされたような──ううん、鏡合わせで相手を見ているような錯覚。僕とダーリンは種族も性別も立場も違うのに、『似ている』と感じていて……きっとダーリンも、そう感じていると思う。



「目的はもう……達成したにゃ」



 ……言える訳ないだろう。貴族界のどこを探しても居なかった自分の理解者が……ついに目の前に現れたのかもと思って、こうして会いに来た……ただ話をしたかっただけ、なんて。



「そうかよ……なら」

「……僕には勝目はなさそうにゃ。大人しくあの娘たちに譲るにゃ」



 ……こうして話をして分かった。打てば響くような会話、楽しかった。ずっとしていたかった。でも、僕は──当たり前だけどダーリンにも──そこに恋愛感情は無かった。彼女たち3人と違って、『この人しかいない』という特別な感情はなく、ただ『一緒にいると楽しい』と感じるだけ。だから、彼女たちには勝てないだろう。



「……そういや、こんなに騒いであいつらが起きてこないなんて不自然だな」

「今日の夕食は、少しだけマタタビ草を使ったにゃ」

「あー……安眠効果とかあったな、確か。めっちゃ美味かったけど」

「爺が作った料理にゃ。当然にゃ」

「あの爺さん万能キャラ過ぎんだろ……」



 今日の会談は本当に楽しかった。初対面なのに、僕らの間は全てを言う必要はなかった……簡単に意思疎通ができた。それに僕の見た目を見ても舐めて掛からず、馬鹿にしながらも対等に接してくれた……まぁ、これは彼女たちの影響もありそうだけど。



 僕とダーリン──いや彼の違いは、きっとそこにある(彼女たちの存在)だろうから。



「……もう帰るにゃ」



 彼から、マタタビの匂いはもうしない……というか最初からしていない。食事後に風呂も入ってるから当然だ。ただ、僕は最後にこの不自然な冒険者と二人きりで会話をしたかった。それだけだった。




 彼から襲いかかってくれたら、それはそれでアリだったのに……




 彼の容姿の好みが『僕』じゃなかったのが少し残念だった……だから、次の瞬間──僕は、久方ぶりに自分の耳を疑った。





「待てよ、キケ……お前に興味が湧いた」

「……え?」



 驚いて後ろを振り向いたら、彼が目の前にまで近づいてて……



「ふーん……よく見たらお前──かわいいってより、結構美人じゃねぇか」

「!?!?」

「話が合う、価値観が合う……口にしなくても伝わる……お互いに線引がしっかりしていて、干渉しすぎない……なにより重くねぇ……」

「な、なに……なにを言って……」

「なぁキケ……俺、お前のことが好きかもしれん」

「な……な……なな」



 ……交渉の時よりも真剣な表情を浮かべた彼からの、唐突すぎる告白に……僕は語尾に『にゃ』を付けるのも忘れ、口をぱくぱくさせるだけの玩具のような動きしかできなかった。



「『にゃ』取れてんぞ。やっぱお前、ロールプレイしてたんじゃねぇか」

「う、うるさい……今は黙っててよ……」



 案の定、見透かされていた。わざと幼く見えるようにしてるのも、『にゃ』を付けてバカっぽくみせてそう振る舞っているのも……恥ずかしさのあまり彼の顔を見れず、僕は身体ごと彼の視界から逃げるように逸らした。




「ほんともう、なんなの……」




 僕の顔は信じられない位、熱くなっていて…………










「なーんてな」





「………………へ?」





 信じられない言葉に、勢いよく振り向くと……ダーリンからさっきの真剣な表情はすっかりと失せており……交渉の時にも見せた、人を小馬鹿にしたような笑みを浮かべていた。



「襲われただけじゃ割に合わねぇからな。ククク、お前の顔真っ赤だぞ」







 ……え? ぜんぶ、嘘?? 





 初恋を諦めようとしたら、突然呼び止められて、初めて真剣な告白を受けて……舞い上がって……それが全部……うそだった??? 






「…………い」

「どうした? 少しは反省した……ん?」

「…………許さない」

「……は?」

「絶対に許さないにゃ!!」

「なっ……お前から仕掛けてきたんじゃねーか!」

「あっちは最初から! ダーリンも冗談って分かってたにゃ!! 不公平にゃ!!!」

「……は? 何を言って」

「黙るにゃ!!」



 僕は失言を重ねながら、ダーリンに勢いよく詰め寄った。そして……



「っ!?!?」

「……これで、引き分けにしとくにゃ」

「ばっ……おまっ……」

「今は頬で我慢してやるにゃ。次は……覚悟しとくといいにゃ」



 ダーリンは顔を林檎のように真っ赤にしていて──きっと自分もこうなってるんだろう……と、どこか達成感を感じながら、ぼんやりとした頭で考えていた。







「……ったく。ほんとに躾がなってねぇ猫だな」

「……猫扱いするな、にゃ。猫耳族はプライド高くて猫扱いされるのを嫌うにゃ」

「なるほど。だから誰も『にゃーにゃー』言わないのか」

「僕のも全部演技にゃ」

「そうか……あ? マタタビ草の時は『にゃ』って付いて……」

「あれも演技にゃ!!」



 あ、あれは猫耳族の本能で仕方なく……なんて言えるはずもなく、僕は被せるように誤魔化した。しかし、ダーリンは微塵も信じた様子がなく反論してきた。



「初対面の男に、演技で抱きつけるとかお前娼婦か? 処女のくせによ」

「黙るにゃ。童貞」

「おまっ……言ってはならないことを……」

「なら、ここで捨てていくにゃ?」

「んなわ…………はぁっ!?」





 ダーリンが動揺しているのを見て、僕は満足そうに「反撃成功にゃ」と笑うのだった。

















 次の日の朝、僕は爺を通して再びダーリンたちを会談室に招待した。この無駄に豪華な会談室は、先代の見栄っ張りな性格を表している部屋だ。椅子だけは座り心地が悪くて新調したけど。


 そもそもこの家は、昔に先代が無理をして建てた別荘を改修したものだ。僕が当主になってから、田舎すぎて売るにしてもお金がかかるこの家は敢えて手放さないで取っておいた。そして今……借金を返し終わって王都が嫌になった僕は、仕事を親に押し付け、ここに逃げるように来て暮らしていた。




 考え事に浸っていると、突然ダーリンが中に入ってきて……僕は反射的に顔を背けてしまった。




「来たぞ、キケ……なぜ顔を逸らす」

「……うるさいにゃ。そっちのしたことを、今一度考えるといいにゃ」

「はぁ……念のため、アイリを部屋に置いて正解だったな……」

「にゃ? ダーリン、弟子はどこにいるにゃ?」

「あ、あぁ。眠そうだから部屋に置いてきた。気にしないでくれ……はぁ、要求が怖ぇ」





 ダーリンは少しだけ歯切れ悪くそう言って、ため息を吐いた。少し気になるが……わざわざパーティの事情に首を突っ込む必要はないだろうと、深入りしないことにした。




「気を取り直して、交渉の続きをするにゃ」

「あぁ、王都行きの件か?」

「……昨日もそうだけど、ほんとに驚かないにゃ。ダーリンは、王都に行ったことがあるにゃ? それとも王都は大したことないと勘違いしているにゃ?」

「どっちでもない……お前と同じく現実主義者(リアリスト)ってだけだ」

「そう……ならいいにゃ」




 ……『お前と同じ』と言われて、内心で喜んでしまった。つとめて顔に出ないよう気をつけて、そつなく返事したつもりだったが……ダーリンは首を傾げ、




「そういや……俺に演技がバレても『にゃ』は取らないんだな」

「あ、焦った……そっちかにゃ」

「今も取れてるし……ん? 『そっち』?」

「なんでもないにゃ。貴族は隙を見せるとダメにゃ。普段から心がけて、癖にしてるにゃ」

「……たまに取れてるが?」

「……うるさいにゃ。早く先に進めるにゃ」



 ……別に気を抜いているわけじゃない。猫耳族は皆、幼少期は『にゃーにゃー』言うが、プライドの高さ故に努力して言わないようにしているのだ。僕は、逆に幼く見せるために語尾を変えなかったが……どうにもなぜか、ダーリンの前だと外れてしまいそうになる。しかも……それが悪い気分じゃないのが、余計にたちが悪かった。



 それからは、特に僕が心を取り乱すこともなく王都に招待することでダーリンと合意した。順調過ぎて……こっちが心配になるほどに。つい僕は、余計なことと分かりつつも聞いてしまった。


「……マタタビ草の価値は知ってるはずにゃ。これが対価として十分か、ダーリンは不安にならないにゃ?」

「あぁアイ、じゃねぇ……俺はお前を全面的に信用した訳じゃないが、別に疑う必要もない。そう判断しただけだ」

「……なんか怪しいにゃ」

「はぁ、仕方ないな……なぁ、キケ。お前はマタタビ草30体持ってきた俺らに、利用価値を見出している。ここで誤魔化して逃げるよりも、恩を売ったほうが後々利益になると考えるだろ。俺ならそうする」

「……やっぱり、僕とダーリンはよく似ているにゃ」

「そうだな。あー、喉が渇いた」



 ダーリンが爺の用意した水を飲もうと、コップに口をつけて……その瞬間を見計らって僕は口を開いた。



「きっとお似合いに違いないにゃ……もう結婚するにゃ?」

「ぶほっ!? ……ごほっごほっ、キケ、おまえ……」

「冗談にゃ」

「……チッ。こっちこそお断りだ」



 やられっぱなしは、僕の性に合わない……これで『おあいこ』だ。




 話は纏まり、僕が王都に行くための準備は時間がかかると告げると……ダーリンは『他にも、この辺りでやりたいことがある』と言って、一旦この家を離れることになった。



 そう言われたとき……僕は、寂しい表情をちゃんと隠せたのか不安だ。しかし、


『……遅すぎたら置いていくにゃ』

『依頼人を置いていくなよ、アホ猫……なるべく早く戻る。だから大人しく待ってろ』


 遠回しに『早く戻って』と言ったのは、きっと彼には伝わっているだろう。そう思うと、僕は酷く安心することができた。



「んじゃ、一晩世話になったな」

「いえいえ。こちらこそ、大変楽しいひとときで御座いました」

「料理、美味しかった」

「楽しかったよ! また来るねっ」

「……コウ、なぜか悲しそう。何かあった?」



 ダーリンは弟子の少女3人を呼んで出る準備を終えて、この家から出発しようとしていた。



「……また今度、にゃ」

「ほれ、とりあえずマタタビ草10体だ」

「にゃー……全部じゃないにゃ。ケチにゃ」

「そっちの要求通りだろうが……じゃあな」








「…………待つにゃ」





 ……呼び止めるつもりも無かったのに、気がついたら彼の服を掴んでいた。





「どうした、言い忘れか?」

「…………」

「コウ……また何かしたの?」

「いや違う、今回俺は何も」





 何を言おうとか考えておらず、俯いたまま黙っていると……3人の少女が彼に非難するような目を向けた。彼は慌てて否定しようと僕から目を逸らして……それにイラッとして、僕は彼の声を遮って言ってやった。






「昨日の返事、忘れてたにゃ。『私も』ダーリンのことが大好きにゃ!」






 だから……彼が最高に困りそうな発言をしてやった。これは宣戦布告だ。彼に、3人のライバルに……そして自分に向けた挑戦状。



「ばっ……おまえそれはっ!?」

「師匠?」

「せんせー。『全部』、教えてね?」

「…………コウは分かってない、徹底的に教えないと」

「ち、違うぞお前ら! これはアホ猫が勝手に……」

「逝ってらっしゃいにゃー♪」




 そして僕は、彼を最大級の笑顔で送り出した。











 パタン……扉が閉じると、急に静寂が訪れた。もうだいぶ慣れた筈なのに……随分と寂しさを感じてしまう。



「……行かれてしまいましたな」

「うん……そうにゃ」

「着いて行かずに良かったので?」

「王都に行く準備があるにゃ。それに、今ついて行っても足手まといなだけにゃ」

「『ついて行けたら行きたかった』まるでそう聞こえますな」



 言葉尻を勝手に汲み取られ……しかも間違ってもなかったので、僕は恨めしげに爺を睨んだ。しかし、爺はニコニコと上機嫌なままだった。──普段なら今頃、『今回の会談は〜』と長い説教タイムに入る頃なのに。僕は不思議に思い、爺に問いかける。



「うるさいにゃ……今回は小言無しにゃ? 珍しいにゃ」

「いえ……久方ぶりにお嬢様も楽しんでいらっしゃいました。今回ばかりは、私が余計なことを言う必要もないでしょう」

「……爺も『セバス』なんて名前貰って随分と喜んでいたにゃ」



 僕の嫌味は爺には全く届かず、爺は「えぇ、もちろん」と呟いてから……思案する時のように手を顎に当てた。



「そうですね……彼の周りには、きっと多くの困難が待ち受けるでしょう。お嬢様は、それを支える覚悟をお持ちですか?」



 ……急に何の話だろうか。僕は爺の意図が理解できず、質問には答えずに問い返した。



「……なんのことにゃ? ダーリンとかあの発言のことなら、全て冗談にゃ」

「えぇ、そうでしょうか。『昨晩』は随分と可愛らしいお嬢様を見られましたが……」

「なっ……な、なんで知ってるのっ!?」



 驚愕だ。まさか夜這いのことがバレてた上、内容まで知られていたなんて……一体どうやったのか、僕は必死に爺を問い詰めようとする、が……



「私は『セバス』ですので」

「理由になってない……にゃ」



 何を言ってもはぐらかされ、諦めざるを得なかった。あとで全部の部屋を隈なく確認しよう、と僕は心の中で誓った。



「ほほほ。語尾が取れるのは大人の『猫耳族』になった証拠」

「…………」

「もっと自信を持っていいのですよ、お嬢様」


『だから語尾を直していこうね』


 爺の発言にここまでが1セットで、よく子どもの躾に使われる言い回しになる。だが、爺が言いたいことは違うのだろう。僕の脳裏には、一人の冒険者の顔がはっきりと浮かんだ。



「それに、今日は昨日までと違い……随分と『大人しい(おとなっぽい)』服装でございますね」

「……そこまで気づいてたの」

「えぇ。お嬢様は見ておられませんでしたが、彼も一瞬見惚れておりました。効果はあったかと」

「そう、だったんだ……」



 僕が貴族界を生き抜いてこれたのは、爺が僕に手取り足取り生き抜くための『技術』を教えてくれたおかげだ。そして、こうして僕に答えではなく、そのヒントを与えてくれる。僕の成長のために。



「ほんとに……爺、ううん『セバス』には敵わないにゃ」

「ほっほっほ。まだまだ精進が足りませんな」



 ……この人に僕が(あるじ)と認めさせるには、まだまだ時間がかかりそうだ。



「絶対に認めさせるけどね」

「楽しみにしております」



 僕は爺――セバスに向けて挑戦的な笑みを浮かべ、そう宣言した。







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