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聖女アイリ


 聖女、と聞いて皆は何を思い浮かべるか。



 まぁ真っ先に、聖母マリアを語源とした……なんかではなく、アニメマンガゲームなどに登場するヒロインを思い浮かべるだろう。そして聖女の大半はバフなどの味方を援護する魔術、祈祷を用いた回復を得意としているだろう。……メイスとかを扱い、物理で殴る聖女も、いることにはいるらしいが。



 そしてこの俺がいるファンタジー世界でも、勇者が有名なように聖女も一般的に広く知られている。しかし、違う点としては『聖女が現在進行形で実在している』というところだろう。なぜなら教会が、聖女を教会における最高権力者としてその存在を広めているからであり、俺が今いる街の教会の最奥にて暮らしていると噂されていて…………








「……だからなぁ、離してくれないか?」

「ダメ。コウは直ぐ逃げ出す」

「いや、逃げない。絶対に逃げない」

「……『早くサラたちと合流して街からでないと』」

「ここで思考を読むのはルール違反じゃないっすかねぇ!?」





 ……俺に密着して離れないこの幼女が、その聖女さまでいらっしゃるらしい。















 少し時を遡ろう……







「ふぅ……一旦宿に戻るか」

「はーい、せんせー」

「……うん」


 とある街にサラの魔術で忍び込んだ俺たち3人は、正体がバレないように気を付けつつ、街の通りにて聞き込み調査を行った。


「さて、今まで聞いた情報を纒めるか」

「わたしは138人に情報を聞いた。一字一句思い出せる」

「私はねー、おっきな通りでいろんな人の会話を盗み聞きしたよー。ちょっとドキドキした♡」

「さ、さすがだな……」


 街の旅人向けの宿にて、俺たち3人は部屋を1つだけ(サラたちの熱望)借りて情報収集(ほぼ俺以外で)した結果をまとめると……教会に関して有力な情報を手に入れることができた。


 ……大きな情報は3つ、『教会が勇者と賢者を探していること』『逆に俺が指名手配や探してたりはされてないこと』『この街には聖女さまがいる噂があること』を知ることができた。


 だったら……


「俺が一人で教会に行く」

「えっ!?」

「……」


 だからこそ、俺は一人でこの街の教会に赴くことにした。


「だ、ダメ! 私もついてく!」

「……反対」

「いや、一人が確実にいいだろう」


 俺が教会に行く目的は、教会の狙いを知ること……加えて教会に間違った情報を流すこと。


 そして懸念は俺が顔バレしていること、サラとラージュを連れて行けないこと、聖女がいることの3つ。


「まず、教会の目的はサラとラージュだ」

「「……」」


 目的の教会の狙いは……まぁ十中八九サラとラージュ、賢者と勇者だろう。なんか最近精度が上がってる気がする俺の直感でも、未だに2人の底は見えない。魔物は何体いようが相手にならず、本当に≪厄災≫も片手間に倒してしまいそうな恐ろしさがある。世界的組織の教会が何としても確保したがるのは頷ける。そして、『幸運者()』の俺が勇者を見つけたことや、賢者を連れていることが『神託』とやらで判明したと聖職者モドキが言っていたが、それはどんな仕組みでどのタイミングで神託が下りたのか不明。しかし、あの2人にとっては教会なんて脅威ですらないかもしれないが、俺はあくまで一般パーソン。2人と教会の戦いに巻き込まれただけでも死にかねないのだ。だから、神託とやらがなんなのか知りたいが……まぁ冒険者時代にも聞いたことないし、恐らく当然ながら企業秘密だろう。



「だからこそ、俺が一人で行くのが一番安全だ。それに……サラとラージュを危険な目に遭わせたくないんだ」

「せんせー……」

「師匠……」







 ま、嘘なんですけど。







 そう……俺の真の目的は2つ目……間違った情報を教会に流すことだ。というか、教会の誤解を解くと言った方が正しいだろうか。つまり、


『教会に喧嘩売る気なかったんです! ごめんなさい! お詫びに勇者と賢者お渡しします!』


 と意思表示すること。教会はたぶん、『幸運者が勇者と賢者を引き連れている』と思っているだろうが、実態は『勇者と賢者が幸運者に引っ付いている』だけである。むしろ俺なんかにはもったいなすぎる存在なんで、喜んで渡しましょう。教会は勇者と賢者が手に入り、俺は晴れて自由の身になれてwin-winである。だからこそ、二人は連れていけないんだけどね。


 サラとラージュの2人だけで教会に向かわせて、その隙に俺は街から逃げる手もあるっちゃあるが…………なんかとてつもなく嫌な予感がするし、サラとラージュが俺の名を吹聴しそうなんで止めておく


 もし教会に話をつけられたら……2人と円満に別れる方法は考えているし、俺はその後再び俺を守ってくれて、強すぎない子供を見つける旅に出るつもりだ。まぁ2人を引き渡すとしたら、教会にも聖職者モドキ以外でまともな奴がいると信じたい。



「サラ、レジストは離れても機能するか?」

「ん……問題ない」

「あぁ、頼りにしているぞ」

「むふぅ (もっと撫でてという顔)」

「むむ……」



 あと、ラージュの両親を襲った洗脳だが……これはサラがなんとかすると思う。この最強賢者様は、なんとサラと俺に掛けられそうになった洗脳を『レジスト』していたらしい。……もしかしなくてもサラがいないと大ピンチだったな、俺。



「……紋章について色々と判ったのはラージュのお陰だ。俺の手札が増えたような『モノ』だ」

「わんっ♡」

「……むぅ」



 なんでそうなる……



 ……気を取り直して、ラージュから聞く限り『隷属の紋章』とやらも余程弱らないと刻めないらしいし、ラージュの紋章はなぜかしらんが俺を主人とみなしているらしい……チェンジで。まぁでもこれを知ってるお陰で2人を教会に渡す心的負担も下がってるからな。だって今の2人の心を折れる相手なんて居たら世界滅ぶし。



「師匠なら平気、それは間違いない……でも、心配」

「せんせーにもし何かあったら……ゼッタイニユルサナイ」

「……その時は2人が助けてくれるだろう。違うか」

「「……っ!?」」

「うん、師匠はわたしが絶対に助ける」

「せんせーの紋章があるから、ゼッタイ負けない!」

「……服は捲らなくていい、ラージュ」(ちなみに紋章は下腹部にある。なんで?)



 続いて懸念事項だが、顔バレは一般人に紛れ込むのができないのが不安だが、まぁ真の目的から見れば特に問題はない。そして、めちゃ強な2人が居ないことは不安ではあるが……むしろ好都合だとも思える。なぜなら、教会の狙いは俺ではないからだ。俺がもし捕らえられたりしても、勇者と賢者を誘き寄せる餌として生かすだろう。ま、その時は色々と諦めよう(遠い目)。



 あとの懸念は……


「『聖女』……か」

「……師匠、わたしたちだけじゃ足りない?」

「力ぶそく……かな、せんせー」

「違う。2人は十分に強い。安心しろ」


 だからそれ以上強くならなくていいのよ……ならないでください(懇願)。


「今回……最大の懸念が『聖女』の存在だ」

「えっ、そうなの?」

「わたしも最初からそう思ってた」


 この『聖女』という存在……いかにも胡散臭い。まず、情報収集のなかでも聖女だけははっきりとした情報が得られなかった。目撃情報がなく、声を聞いたことのある奴しか居ない、教会の中に住んでいるのは確からしいが、声から女性であること以外、年齢名前含めて一切不明。3年前に突然現れた、未来予知ができる、人の悩みを一瞬で見抜き解決する、どんな罪でも全てを赦す……などなど。あの聖職者モドキの存在を加味したら全部嘘くさく聞こえるだろう。それに『聖女』だぞ? きっとやべーやつに違いない。


「師匠?」

「私の顔に何か付いてる?」

「……気にするな。今日はもう遅い、寝るぞ」



 まぁ『聖女』が教会の奥から出てくるのはレア中のレアらしいし……まさか出くわすこともないだろう。



「師匠は中央……でもこっちを向いて」

「せんせー、私の寝相が悪かったら、えっと……おしおき、してね?」

「……普通に寝させてくれ」







 次の日、作戦決行を決意した俺は、教会に向かう準備を終えて宿を出ようとしていた。旅でもなく戦うつもりがないと証明するため武器は置いていくし、道中で顔を隠すためのフード以外はかなり軽装だ。


「……師匠」

「大丈夫だ……とは言えないが、上手くやるから心配するな」

「……むぅ」

「連れて行くほうが危険だって何度も説明しただろ?」

「理解している」

「納得はしてない」

「……」

「なら、日が落ちるまでに俺が帰らなければ、サラが助けに来てくれ」

「ん……分かった」



 ラージュはまだ起きないので、サラに後を頼んで出発することにした。


 ……ラージュは昨日の夜、わざとか無意識か寝ている俺を何度も蹴ったり叩いたりして起こしてきたので、仕方なくお仕置き(身体を軽く押しただけ)をしておいた。まぁそれからは満足したようにぐっすり眠っているし、起きてすぐ教会に凸ってくることもないだろう。












 さてと……教会に着いた訳だが……



「ふふふ、お待ちしておりました、『幸運者』様。どうぞこちらへ」





 …………なんで聖職者モドキが出迎えてくるんですかねー???? 




「……分かっているだろうが、俺を殺すと」

「ええ、流石に紋章を刻んだ勇者と賢者に襲われては、私とてひとたまりもありません。あなたが話し合いに来られたのは承知しております」

「……ならいい」



 まぁコイツから逃げることなんて俺にはできないし……釘を差した上で、仕方なく俺は教会に足を踏み入れた……帰りたい。



「ここです」

「……」



 一般ピーポーが集う、前の世界における病院の待合室のような場所を通り過ぎ、しばらく長い廊下を歩いてから聖職者モドキに案内されたのは、重厚な扉の前だった。でっか。




「中で『聖女』様がお待ちです。どうぞ」

「……そうか」




 ………………………………ほんとになんで???? 









「では、私は話し合いの準備をして参ります。しばしお待ちください」

「おい待……」



 俺が重厚な扉を潜り超ひっろい部屋に入ると、聖職者モドキはそう言って扉を直ぐに締めてしまった。



 ……閉じ込められた。



 扉には内側に取っ手がなかった。完全に監禁された形だが、まぁ俺の目的は誤解を解くことだし、夜まで粘れば勝確なのでとくに気にせず、とりあえず聖職者モドキが戻るまで座ってでも待とうと部屋を見渡した。そこには広い部屋に相応しい広くて装飾でゴテゴテしている机に、背もたれが無駄に長い座りにくそうな沢山の椅子、そして椅子にちょこんと座る幼女がいた。



 ……なんか超ロリっ娘が既に座ってるんだが。



 見た目はサラよりも数段小さく、5,6歳にも見える幼女が人形のように微動だにせず椅子に座っていた。聖職者モドキが言うのを信じるなら、この幼女が『聖女』様らしい。



 ……え? 教会って幼女がトップなん? いや、確かになんとなく圧は感じるし直感がサラたちに似た反応してるけど……うんまあ慣れてるから恐怖は感じねーな(重症)



 少しだけ気になった俺は、件の幼女が全く動かないのをいいことに近づいてジロジロと観察することにした。



 ……Yesロリータ、NOタッチだから見るのはセーフセーフ。



 彼女が座る椅子に近づくと、部屋が暗いせいで見にくかったが、かなり美少女であることに気がついた。綺羅びやかな銀色の髪の毛に半分だけ開いた眠そうな紫色が映える目、整った顔のパーツはそれこそ、お人形さんのように可愛らしいと形容するのが相応しいと思えるほど。



 ……ふーん。こんなに『かわいい』ロリっ娘が聖女なんてねぇ。



「…………かわいい? 私が?」



「……へ?」



 ……なんかロリっ娘こっち向いてるし? え? なんで? 声出してた?? いやそんな敵の本拠地で気を抜いてたわけじゃないし、え? え? まさか…………



「……心が、読める?」

「…………」



 あ、これ読めるパティーンや。無言は肯定、答えは沈黙、俺知ってる。





 ……いやなんか今ヤバい考え事してなかった俺?? ……だ、大丈夫、ロリコンじゃねぇし俺。まだだ……まだ間に合


「ロリコン……ロリってなに?」


 アウトオオォォーーーー!!!!



 ……スリーアウト満塁サヨナラホームランゲームセットだろ! あぁ、もう終わりだ俺の人生……ロリコン罪で一生牢獄の中で暮らすことになるんだ…………そんな罪ないけど



「……分からない言葉だらけ。どういう意味なの?」

「ちょ、ちょいまて。一方的な発言は良くない。平和的に穏便に会話しよう」



 こちらが質問され続けると、そのうちヤバいボロを出しかねないと感じた俺は、逆にこちらが質問して自分の思考をなんとか逸そうと目論む。


「そ、そうだな、まず君の名は?」

「…………」

「…………」



 …………あるぇ? 嫌われてる? ……いやそんなことねぇか。なんかメッチャ距離近いし、この幼女いつのまにか椅子から降りて、伸ばしたら手と手がふれあいそうなくらい近付いてるし……え?てことは……



「喋れない、いや……質問に答えてはいけない?」

「…………」



 おっ。なんか正解っぽい。


 ……ってあれこれ会話手段なくて手詰まりじゃね? ……いや、そうだ。ダメ元であれやってみるか……



「…………」

「…………」



 ……えー。おっほん。君の名はなんでしょうか。幼女どの。



「……アイリ」

「いやコレは通るんかい」



 まさかの抜け穴に思わず突っ込んでしまうが……言った幼女、いやアイリもアイリでめちゃくちゃ驚いた顔をしていた。



 ……よし、これで対話できるな……対話って言えんのかわからんけど。



「対話……できる……ぅう……」

「な、泣くほどか!?」



 いやどんだけ対話したかったねん……ていうか、これも教会のせい? 



「……うん、そう」




 ……サイテーだな教会。いやダメだわ。これだとサラとラージュに『教会で様々なことを学び、強くなれ。じゃあな』プラン、せっかく10分もかけて計画練ったのに……こんな教会じゃ預けられねーよ。



「預ける?」



 ……あーいや、こっちの話……なんか余計な思考まで読んじゃうの面倒だな。すまんすまん。



「ううん、慣れてるからへーき」



 ……ますます教会ってクソだな。じゃあアレか? 未来予知とか神託って幼女……じゃなくてアイリの能力? 



「……ごめん、言えない」



 ……なるほどね。読めてきたわ。アレだな。『隷属の紋章』ってやつだろ。



「っ!? し、知ってるの?」



 アイリが慌てたように自分の首元を隠す。おそらく、そこに紋章があるのだろう。俺は少し目を逸らして、会話……じゃなくて思考を続ける。



 ……まぁ偶々な。とすると、ずっとアイリに命令下してきたの教会……見た感じだとあの聖職者モドキ……じゃなくて、さっき俺と来たアイツか? 合ってたら無言で頼む。



「…………」



 ……ククク、なんか推理小説みたいに面白くなってきたな。じゃあまずは現状の把握といこうか、ワトソ……じゃなくてアイリ、アイツの狙いはなんだ? なぜ俺をアイリと同じ部屋に残した? ……答えられるか? 



「たぶん……拷問して、あなたに隷属の紋章を刻むこと。今は拷問道具を取りに行ってると思う。私はそのための時間稼ぎ」

「……え、紋章って一般人も対象なん???」







 ……………………俺、詰んでね? 
















 ゴンッ! ゴンッ! と何度か扉に体当たりしてみるも、扉はびくともせず、効果は極めて薄そうだ。この部屋には窓もあるが、たぶんそっちも対策済みだろう。



 ……っくそ! やっぱドア開かねー!! アイリの言った通り外鍵がついたんだろーな。いや読心様々……ってそんな場合じゃねんだよ!! アイリ、この扉壊せないか!? アイリなら余裕だろ!? 



「……今は無理。ごめん」



 ……あーそうか、読心以外は自由に能力使えないパターンね。そりゃそうよな! 俺だってそうするわ! (やけくそ)



「…………」



 ……ごめん。なんか熱くなっちゃったわ。落ち着け俺。幼女が読んでも健全な思考をするんだ…………クールダウン終了。よしアイリ、アイツが戻って来るまではあとどのくらいだ? 



「もうすこしかかると思う。ナイフとかろうそくとか、他には熱い酸性液体? とか、準備が大変だって」



 ……やべーじゃん。俺殺されなくても部位欠損か声帯損失とかありえちゃうじゃん。命じゃなくて尊厳の危機だよ……いやでも、まだ時間があるのは有難い。しかしこの現状を突破するのは……



「……私も、初めて対話できた人が拷問されてるのは見たくない。でも……今の私は何にも力になれない……」

「な、泣くなって!」



 ……アイリが居なきゃ現状すら分かんなかったんだぞ! サラレベルの力があんのにそんな…………お? おお? おおおお? これか? 



「ど、どうしたの? は、早すぎて追いつけない……」



 ……え、思考にも早いとか遅いってあんの……いや当然か。とりあえず……アイリ! この現状の打破には間違いなく君の力が必要、ってことで色々実験していい? 



「じっけん?」



 ……そ、アイリの能力を実験すんの。とりあえず命令の範囲を確認……アイリに今かかっている命令は『俺の質問に答えてはいけない』『聖女の能力について話したり、無断で使ってはいけない』『紋章について話してはいけない』あとは……『この部屋から出てはいけない』であってる? 合ってたら無言ね。




「…………」



 ……よし、まず第一関門突破。次に命令権、アイリに命令できるのはアイツだけ? 



「……言えない」



 ……NOか。じゃあ教会にいる奴ら……全員じゃないだろうから、その一部? 



「…………」



 ……意外と判定は広め、と。



 ……ん? あれこれもしかして『ある』か? ……ちょいまて、アイリ、命令の仕方は『聖女、なになにしろ』で合ってるよな? 



「…………」

「んじゃ早速……聖女、座れ」

「?……座ったほうがいいの?」



 ……いや、実験だから。そんな悲しそうな顔で見ないで。罪悪感すごいから。本番はこっからよ……次は、アイリが自分で『聖女、座れ』って言ってみて。



「わかった。『聖女、座れ』……っ!?!?」

「しゃっ! 成功! ガバガバ判定でありがとよ!」



 アイリは突然、何かに操られるかのように近くにあった椅子に座った。実験は大成功、なら次……




 ガチャッ。ギギィー……




「「!?」」




 ……まずい、アイツが戻ってきてしまった。手にヤバそうなの持ってるし!? とにかくアイリ、こう叫べ! 『聖女、紋章を無効にしろ』って!! 



「ふふ、遅くなりました。さっそく『話し合い』を始め」

「っ!? 『聖女、紋章を無効にしろ』っ!!」

「……なんと?」

「アイリ! 力は使えるか!?」

「…………使える!!」

「扉をぶち壊せ! 脱出すんぞ!!」



 俺はアイリを横抱きに抱え、呆然とする聖職者モドキの横を走り抜いた……瞬間、扉が見えないナニカで押しつぶされたように歪み、2人くらいなら余裕で通るスペースができたのでそこをくぐり抜ける。


「アイリ! 正面以外の出口はっ!?」

「っ……こっち!」

「行くぞっ!」

「…………ふふふふふふ。ほんとうに面白いお方ですね『幸運者』様。ですが、簡単には逃しませんよ……」


 うへっ!? キモっ!? 


「と、とりあえず逃げるぞ」

「……うんっ」



 ……いくらでも足になるんで、戦闘はお任せします! 


「えへへ……私にまかせてっ」





 俺は走るのに必死で見る余裕は無かったが……その時のアイリは、『人形』なんかでは作れそうもない、楽しそうな笑顔を浮かべていた。















 ……その後、俺とアイリは無事に出口までたどり着いた。しかし、さっさと教会を抜けて宿に戻ろうとした俺を、アイリは『嫌な予感がする』と止めて……なぜかアイリの部屋に隠れることになり、冒頭に至る。



「んで、俺たちいつまで隠れればいいんですかアイリさんよ。いつまでも教会の中にいるのは危険だろ?」

「ここなら気づかれない……そう告げられた」

「それもアイリの能力?」

「そう」

「ずっと俺に密着して離れないのは?」

「そうしたいから」

「やだ、めっちゃ私情なのに堂々してるこの娘……」



 俺の口調については、サラとかラージュにはカッコつけていたものの、アイリの能力の前では無意味と分かってからは一切取り繕っていない。



「そういえば……コウは、私が怖くないの?」

「いや今更すぎん?」



 コウっていうのは俺の本名ではない。アイリがなぜか俺を『幸運者』と呼ぼうとして……長いから『コウ』で、となったらしい。いやそこまでするなら名前で呼べよ。



「……ひとを名前で呼ぶのは、こわい」

「また能力関連?」

「うん」



 アイリの能力は、サラやラージュと比べても不思議なものが多い。今俺を抑えている見えない力や読心、中には洗脳じみた力もあるらしい。ラージュの両親の洗脳もアイリの能力が使われていたとか。



「……やっぱり、コウは私を怖がらない。なぜ?」

「いやまぁ……なんというか今更だな……と」



 こちとら勇者や賢者と長い付き合いしてるんだ。もはや感覚麻痺していると言ってもいい。


「……さっきから、勇者と賢者のことばっかり。ずるい」

「いただだだ!? なんで力強めてんの!?」

「……コウは私以外のこと考えちゃダメ」

「聖女になると独占欲まで付いてくるの……?」


 いや仕方ないでしょ。どうしても2人のこと考えちゃうって。口じゃないんだから締めようがない。




 ……そうだ。


「でも、今隣にいるのはアイリだけだろ? それともアレか? アイリは俺のこと嫌いか?」

「そんなことない! ……好き。大好き」

「おおう……そ、そこまでなの。あぁ、ありがとうな。俺もアイリが居なかったら今ここには居られなくて、拷問されてただろうしな」

「えへへ……うれしい……」


 ……よし、照れてるな。あとは、


「ところでさ、アイリの紋章、確かに能力無効化したけど……アイリになんかあったら(俺の身が)不安だし、ちょっと確認していいか?」

「えっ!? …………ぃ、ぃいよ」

「どれ……」



 そして俺を抑える力が……弱まった! ここだ! 



「えっ……きゃっ!?」

「ククク……俺は宿に帰るぞっ!」



 俺はアイリが照れて出力が弱まった瞬間、アイリをまた横抱きにしてアイリの部屋を飛び出し、走り出した。


 ……ふははどーだアイリよ。既に走り出した今、急に俺を止めるとアイリも唯じゃすまないぞ? 


「うぅ……宿に帰っちゃ、ダメなのに……」

「えっ……」


 ……まさか聖職者モドキが待ち構えてたり? 


「ううん……コウが勇者と賢者にとられちゃう……」

「そんな理由!?」



 ……とっとと帰るぞ! 脳内ピンク聖女!! 



 俺は本気で悲しそうな顔をするロリ聖女を無視して、宿に向かって走る速さを一段階上げたのだった……






 やっぱり『聖女』ってやべーやつじゃねえかよっ!? 
























『聖女様、朝食のお時間です』

(はー、なんでこんな子どもの世話しないといけないんだろ……っていけね、思考読まれるんだった)

『聖女様、着替えはこちらに』

(心読まれるとか怖すぎる……早く離れたい)





 私は生まれた時から教会に居て、人の心の声を聞けた。教会にはさまざまな人がいて、ずっとずっと周りに人がいたから、しばらくしたら言葉の意味……知りたくない意味も含めて分かるようになった。普通『他人の心の声は聞けない』ということも、そのうちに知った。




 だから……私は、私のこの能力が嫌いだった。





『嫌なら、怖いなら出て行っていいよ』

『『っ!?』』

(や、やば)

(もう……やだ)





 私の立場は、形だけは教会で一番上で……≪厄災≫を倒すための教会の駒。だから『隷属の紋章』で教会の意のままに操れるとはいえ、表面上は慎重に、丁寧に、腫れ物を扱うように世話を受けていた。






 ……内面の心は除いて






 他人は皆私を怖がったり、嫌そうに接してくる。私はあえてそれを指摘した。紋章の効果を使って『喋るのを禁じる』と命じた人もいた。けど、そのうち耐えられなくなって私に襲いかかろうとして……その人はその後二度と見なくなった。誰も何も言わないけど、私はどうなったかは知っていた。





 私は、人を不幸にしかしないこの力も……私も大嫌いだった。





『(これから、私が聖女様のお世話を担当します。どうぞよろしくお願いします)』




 心の声を聞くのは私の意思ではない。だから、紋章の力でも封じることはできなかったし、耳を塞ぐのも意味がなかった。そして、私が人を遠ざけ続けていると……この人が現れた。




『(聖女様には不自由なく暮らしていただきたいのですが……教会の長として、お勤めもこなさなければなりません)』



 この人は、考えていることと言っていることに一切違いがなかった。思っていることをそのまま口にしていて……私は、この人が『私を見ていない』ことに気づいた。本気で私を気遣いつつも、私を『私』ではなく『聖女』という存在としてしか見ていなかった。



『(神託は発現したならばすぐに教えて下さい。予知能力も使いましょう。1日に何回ほど使えますか?)』

『……3回くらい』

『(でしたら、たまに告解(こっかい)室の方にて民の声を聞いてみましょう)』



 この人は、私が何かしても言っても考えていても何も気にしない。だからこの人がいても、私は『独り』になれた。

 『独り』は楽だった。私は自分から何もしようとせず、ただただこの人が言ったことに従って行動すれば良かった。その過程で教会の怯えた心の声や、民の罪を自白しながら『助けてほしい』と願う身勝手な声を聞いたり、予知能力をお告げとして金銭を巻き上げたり、聖女の能力で誰かを洗脳することになっても、それは全部私の意思ではない。




 …………私が不幸にしたわけじゃない。




 だから、楽だった。何も考えないようにしてこの人の指示に従えば、私は私をそれ以上嫌いにならずに済んだ。










「本日は、『幸運者』が1人だけでこの部屋に来る……で間違いありませんね?」

「……間違いない」

「『幸運者』には、なぜか聖女様の洗脳や予知能力が効きません。今回は私の予知から判りましたが……これは対策を打たないといけませんね」



 ある日、私は教会の広い部屋で、この人に言われた通りの能力を使っていた。この人は、自分に聖女の力を使われても何も思わない。洗脳も含めて、まずは自分を使って能力を確かめていた。そして、この人に予知能力を使うのはある種の日課になっていた。


 今日、この人に能力を使って判ったのが……『幸運者』が、教会のこの部屋に訪れるということ。


『幸運者』とは、元冒険者の旅人らしい。そして以前洗脳に失敗して以来、この人は「素晴らしい幸運です。さすが『幸運者』というところでしょう」と言って『幸運者』と呼んでいた。私の能力は、直接見ること以外にも名前を使って発動することができる。以前、勇者のいる場所を示す神託が下った時に、この人から洗脳するよう指示された人の1人だった。名前は神託から判明していたが……結果として『幸運者』に加えてあと1人には洗脳がかからず(レジストされ)、勇者は『幸運者』に奪われた、とこの人が言っていた。



「なるほど……しかし勇者と賢者が居ない以上、戦いに来た訳ではないでしょう。勇者と賢者は今どちらに?」

「この教会にはいない……でも近くにはいる」

「ふふふ……勇者を奪われたとはいえ、能力が顕現したお陰で聖女の力である程度の場所が特定できるようになったのは不幸中の幸いでした。それにあの時は勇者が折られていた上、紋章が完全に定着していなかったのでしょうね。そして……『幸運者』の狙いは、間違いなく聖女様でしょう」

「…………」



 私は、私が狙いと言われても何も思わなかった。むしろ、少しだけ来て欲しくなくなった。せっかく『独り』になれたのに、邪魔しないで欲しかった。



「ですので、聖女様を囮にしましょう。そうですね……まず喋るのは許可しましょう。『幸運者』の気を引くためです。ですが、『幸運者』の発言や命令には一切応えないで下さい。もちろん聖女様の能力は使ってはいけませんが、襲って来た場合は躊躇いなく殺してくださいね。連れ去られそうになった場合も同様です。それと、この部屋から出ることはないようにお願いしますが……勇者と賢者が来た際は真っ先に教えて下さい」

「…………」



 この人の発言は殆ど独り言で、私の返事は求められていない。私は、ただ質問に回答するだけ……それでこの人には十分だった。私が1人じゃないのに『独り』でいられるのもこのお陰だ。案の定……この人は気にした素振りもなく、『隷属の紋章』でさっき言ったことを私に命令として刻んでいった。



「ふふふ、『幸運者』がいらしたなら、拷問して紋章を刻みましょうか。ナイフ、蝋燭、久しぶりに熱湯の酸性液体も使いましょう。ふふふふふ……楽しみですが、準備が大変ですね……では、私は『幸運者』を待ちますので、しばしお待ちください。聖女様」



 私の予知は見た時に『確定していた未来』でしかなく、予知を知った誰かが行動を変えれば未来は変わる。この人は、さっき私が見た未来を予知通りにさせるために動くのだろう。



 私は、どこかぼんやりとした頭でそう考えた。










「では、私は話し合い(拷問)の準備をして参ります。しばしお待ちください」

「おい待……」

(この部屋ひっろ! でっか! ……ってあ? おい待てモドキ!! ……はぁ、閉じ込められた)

「…………」



 あの人が、予知で見た通りの『幸運者』を連れて戻ってきた。あの人は流れるように『幸運者』を閉じ込めて、拷問器具を取りに行った。



 すると……私に、今まで経験したことのないほど早口で、心の声が聞こえて来た。



(取っ手ねぇし……完全に監禁だわこれ……。まぁ、俺の目的は誤解を解くことだし? 夜まで粘れば勝確だし? とりあえず聖職者モドキが戻るまでは、どっか座って待とうか。えーと、部屋ひっろいなーほんと、机も無駄にゴテゴテしているし、ファンタジーあるある背もたれが無駄に長い椅子までめっちゃあるし、椅子には幼女が座ってるし……ん? 幼女??)


「…………」


 早さにはすこしだけ驚いたものの、私は特に反応しない。なぜなら、私に気づいたらこの『幸運者』も……



(……なんか超ロリっ娘が既に座ってるんだが)



「…………?」



 ……しかし、不思議なことに『幸運者』は私を見ても怖気付くことなく……逆に興味を惹かれたように私を観察していた。初対面では必ず怖気付くか、恐怖に耐えても驚かれるかしていた私にとって、初めての反応だった。



(え? 教会って幼女がトップなん? いや、確かになんとなく圧は感じるし直感がサラたちに似た反応してるけど……うんまあ慣れてるから恐怖は感じねーな)



 恐怖も驚きもしないまま、『幸運者』はよく観察しようと私に近づいてくる。その事実に私も少し興味を惹かれたが……どうせ、まだ『心の声が聞こえる』ことを知らないだけだ。だから私は声を出すことも、身体を動かすこともしなかった。



(……Yesロリータ、NOタッチだから見るのはセーフセーフ)



 ……『ロリータ』とはなんだろう? 私は久しく初めて聞いた単語に、少し疑問を持った。それに気を取られて……



(ふーん。こんなに『かわいい』ロリっ娘が聖女なんてねぇ)



「…………かわいい? 私が?」

「…………へ?」




 ──それが私とコウの、声に出しての初めての会話だった。




(なんかロリっ娘こっち向いてるし? え? なんで? 声出してた?? いやそんな敵の本拠地で気を抜いてたわけじゃないし、え? え? まさか…………)



 ……しまったと思った。『かわいい』の意味は知っていても、『かわいい』は愛される人や物に使われる言葉だ。自分に使われたことも、ましてや自分自身が対象だとも思っていなかった私は、つい『幸運者』に近づいて疑問を声に出してしまい……







「……心が、読める?」

「…………」







 ……怖がられる……と思った。せめて、私のどこが『かわいい』のか聞きたかったのに……








(あ、これ読めるパティーンや。無言は肯定、答えは沈黙、俺知ってる)



 『幸運者』は……なぜか、至って平然として思考を続けていた。








 ……え? どうし、て……









(いやなんか今ヤバい考え事してなかった俺?? ……だ、大丈夫、ロリコンじゃねぇし俺。まだだ……まだ間に合)



 怖がるどころか……むしろ、私以外のナニカに怯えてなぜか焦っている『幸運者』に、私は疑問が溢れては尽きず……まず最初に気になったことを聞こうと再び声を出した。



「ロリコン……ロリってなに?」


(アウトオオォォ────!!!! スリーアウト満塁サヨナラホームランゲームセットだろ! あぁ、もう終わりだ俺の人生……ロリコン罪で一生牢獄の中で暮らすことになるんだ…………)



「……分からない言葉だらけ。どういう意味なの?」

「ちょ、ちょいまて。一方的な発言は良くない。平和的に穏便に会話しよう」



 『幸運者』は、私の質問に答える様子はなく……知らない単語を連発しながら、なぜか捕まるという思考に陥っていた。




 ……そんなに『ロリ』という言葉は危険なのか……私は意味を知るのが少し怖くなった。




「そ、そうだな、まず君の名は?」

「…………」

「…………」




 私が考え事をしていると、逆に『幸運者』から質問を受けた。私の名前……しばらく呼ばれてなくて忘れていたが、誰かに『聖女アイリ』と呼ばれたことを思い出す。




『アイリ。私はアイリ』




 ……しかし、そうだ私は…………




(…………あるぇ? 嫌われてる?)



 ……嫌ってない。私は、そう彼に証明したくてさらに近づいた。『幸運者』は……しっかりと私の行動を理解してくれた。


(……いやそんなことねぇか。なんかメッチャ距離近いし、この幼女いつのまにか椅子から降りて、伸ばしたら手と手がふれあいそうなくらい近付いてるし、ほんといつの間に……え? てことは……)



「喋れない、いや……質問に答えてはいけない?」

「…………」



(おっ。なんか正解っぽい)




 ……どうしてか、私は嬉しくなって…………とても悲しくなった。理由は探る前に、『幸運者』の心の声で判った。


(……ってあれこれ会話手段なくて手詰まりじゃね?)



 そうか……私は、彼と……『幸運者』と会話したかったんだ……




(いや、そうだ。ダメ元であれやってみるか……)



 しかし……そんな私の悲しみは、彼がまたしても一瞬で吹き飛ばしてくれた。



(えー。おっほん。君の名はなんでしょうか。幼女どの)



「……アイリ」

「いやコレは通るんかい」




 ……会話ができた




 その事実はなぜか少しの間理解できなくて……また彼に心で話しかけられ、私は受け入れることができた。



(よし、これで対話できるな……対話って言えんのかわからんけど)


「対話……できる……ぅう……」

「な、泣くほどか!?」


(や、やべぇ!? が、ガチ泣き!? なんで!? なんかしちゃった!? ろ、ロリっていうか幼女の慰め方なんて知らねーぞ俺!?!?)



 彼は泣いてしまう私を見て慌てふためき……そんな思考を読んで、私は逆に落ち着くことができた。泣き止んだ私を見て、彼は少し呆れたように、


(いやどんだけ対話したかったねん……ていうか、これも教会のせい?)


「……うん、そう」


(サイテーだな教会。いやダメだわ。これだとサラとラージュに『教会で様々なことを学び、強くなれ。じゃあな』プラン、せっかく10分もかけて計画練ったのに……こんな教会じゃ預けられねーよ)


「預ける?」


(あーいや、こっちの話……なんか余計な思考まで読んじゃうの面倒だな。すまんすまん)


「ううん、慣れてるからへーき」



 余計な思考を読むのは慣れている。今はそれよりも……私を怖がらずに見て、『聖女』ではなく『私』に話かけてくれる彼との会話を続けたかった。


(ますます教会ってクソだな。じゃあアレか? 未来予知とか神託って幼女……じゃなくてアイリの能力?)


「……ごめん、言えない」



 それを言うのは紋章で禁止されている。私は、彼に答えられないのが心苦しくて……しかし、彼は気にせずにさらっと答えを導き出した。


(なるほどね。読めてきたわ。アレだな。『隷属の紋章』ってやつだろ)



「っ!? し、知ってるの?」



 私は首元を慌てて隠した。



 ……この紋章は、私が『教会の駒』であることの証明だ。教会を嫌う彼には気づかれたくなくて、つい反射的に首元を隠した……が、



(あーごめん、首元にあるの見られたくないのね。気をつけるわ)



 と、目をそっと逸らした。私は、彼に嫌われてないことに安堵して、首元から手を離して……逆にこっちを見てくれないのが寂しくなって、彼の視線の先に回り込んだ。



(もう見ていいん?……まぁ偶々な。とすると、ずっとアイリに命令下してきたの教会……見た感じだとあの聖職者モドキ……じゃなくて、さっき俺と来たアイツか? 合ってたら無言で頼む)



 既に気づいていたが、彼はとても賢い。『幸運者』と呼ばれているのが不思議なほど、思考力と発想力が冴えている。



「…………」



 私から言えないだけ……その状況を逆手に取る彼に、すっかり私は感心して見惚れていた。



(ククク、なんか推理小説みたいに面白くなってきたな。じゃあまずは現状の把握といこうか、ワトソ……じゃなくてアイリ、アイツの狙いはなんだ? なぜ俺をアイリと同じ部屋に残した? ……答えられるか?)



 これなら言えるだろう……そう思い、私は彼の求める答えを口にした。



「たぶん……拷問して、あなたに隷属の紋章を刻むこと。今は拷問道具を取りに行ってると思う。私はそのための時間稼ぎ」

「……え、紋章って一般人も対象なん???」



(……………………俺、詰んでね?)








 詰んでると彼の心は言った……しかし彼は一切諦めた様子もなく、部屋全体を見渡して突破方法を探っては私に問いかけてきた。



(っくそ! やっぱドア開かねー!! アイリの言った通り外鍵がついたんだろーな。いや読心様々……ってそんな場合じゃねんだよ!! アイリ、この扉壊せないか!? アイリなら余裕だろ!?)


「……今は無理。ごめん」


(……あーそうか、読心以外は自由に能力使えないパターンね。そりゃそうよな! 俺だってそうするわ!)



 読心は私の意思ではないが、他の能力には私の意思が介在するため自由に使えない……『彼の力になれない』そのことが私はとても悔しくて、悲しかった。


「…………」


(ごめん。なんか熱くなっちゃったわ。落ち着け俺。幼女が読んでも健全な思考をするんだ…………クールダウン終了。よしアイリ、アイツが戻って来るまではあとどのくらいだ?)



 ……彼は本当に優しい。私が悲しんでいることに気がつくと、自身の危機であるにも関わらず、私を想って自分を冷静になるように言い聞かせていた。



「もうすこしかかると思う。ナイフとかろうそくとか、他には熱い酸性液体? とか、準備が大変だって」



(やべーじゃん。俺殺されなくても部位欠損か声帯損失とかありえちゃうじゃん。命じゃなくて尊厳の危機だよ……いやでも、まだ時間があるのは有難い。しかしこの現状を突破するのは……)



「……私も、初めて対話できた人が拷問されてるのは見たくない。でも……今の私は何にも力になれない……」

「な、泣くなって!」



 そんな優しい彼が、あの人に傷つけられるのを見たくなかった。それに、もしあの人が私に命令したら、『私が彼を傷つける』ことになる。そんなの……想像しただけで、私は涙が溢れてきた。


 ……彼が来てから、喜んでは悲しんでを繰り返す私の感情はもうぐちゃぐちゃで…………なのに心は、ずっと何かに包まれているように温かかった。




 そんな私を見て、彼はまた慌てて、


(……アイリが居なきゃ現状すら分かんなかったんだぞ! サラレベルの力があんのにそんな…………お? おお? おおおお? これか?)




 ──突然、彼の思考がギュンと加速した。




「ど、どうしたの? は、早すぎて追いつけない……」



 あまりにも心の声が早すぎて、聞こえるのに聞き取れない状況に私は混乱して……気づいたら泣き止んでいた。




(え、思考にも早いとか遅いってあんの……いや当然か。とりあえず……アイリ! この現状の打破には間違いなく君の力が必要、ってことで色々実験していい?)



「じっけん?」


 実験の意味はわかるし、彼のためなら何だってしたい。しかし、何をするのか……さっきの心の声を聞き取れなかった私には具体的に何をするのか分からず、そのまま聞き返した。




(そ、アイリの能力を実験すんの。とりあえず命令の範囲を確認……アイリに今かかっている命令は『俺の質問に答えてはいけない』『聖女の能力について話したり、無断で使ってはいけない』『紋章について話してはいけない』あとは……『この部屋から出てはいけない』であってる? 合ってたら無言ね)




 ……すごいと思った。私が彼との会話で一喜一憂している間に、そんなに情報を集めていたなんて……


「…………」




(よし、まず第一関門突破。次に命令権、アイリに命令できるのはアイツだけ?)



「……言えない」


 これは違う……教会の色んな人から、私は紋章を使われ操られて来た。



(NOか。じゃあ教会にいる奴ら……全員じゃないだろうから、その一部?)」


「…………」


 一部かどうかは分からなかったけど……否定することもできないから、私は黙ったままでいた。



(意外と判定は広め、と……ん? あれこれもしかして『ある』か?)



 また、途端に彼の声が早まった。早すぎる声に、私は何も聞き取れずにいると……また彼の声はゆっくりになり、私に問いかけて来た。


(ちょいまて、アイリ、命令の仕方は『聖女、なになにしろ』で合ってるよな?)



 ……私に合わせてくれた。



 危機の中なのに、つい私は場違いなことを考えて喜んでいた。喜びを噛み締めながら、彼に頷きの意味を込めた無言を返す。



「…………」

「んじゃ早速……聖女、座れ」



 ……え? 



「? ……座ったほうがいいの?」



 急に彼の心の声には無かった言葉を言われ、私は疑問を返すと同時に……彼に『離れろ』と言われた錯覚を覚えた。



(……いや、実験だから。そんな悲しそうな顔で見ないで。罪悪感すごいから。本番はこっからよ……次は、アイリが自分で『聖女、座れ』って言ってみて)



 彼に否定されたことで私は自分の妄想を振り払い……彼の真意がわからないまま、私は言われた通りの行動を取った。



「わかった。『聖女、座れ』……っ!?!?」

「しゃっ! 成功! ガバガバ判定でありがとよ!」



 言った途端に、私は『隷属の紋章』で命令された時と同じ悪寒を感じて……気づいたら椅子に座らされていた。


 私が、突然の出来事に訳がわからず混乱していると……






 ガチャッ。ギギィー……




「「!?」」



 ──あの人が帰ってきた。






 瞬間、彼の心の声が怒鳴っているように大きくなって聞こえて来た。


(まずい、アイツが戻ってきてしまった。手にヤバそうなの持ってるし!? とにかくアイリ、こう叫べ! 『聖女、紋章を無効にしろ』って!! 


「ふふ、遅くなりました。さっそく『話し合い』を始め」



 何も考えず、私は言われた通りに叫んだ。



「『聖女、紋章を無効にしろ』っ!!」



 あの悪寒が私を包んで……すぐに霧散した。






「……なんと?」

「アイリ! 力は使えるか!?」



 力……私の『聖女』の力……私は、『目に見えない質量』を発生させる能力を使おうとして…………発動した。



「…………使える!!」

「扉をぶち壊せ! 脱出すんぞ!!」


(さっき扉壊すの『今は無理』って言ったんだし能力使える今ならできるだろっ!)



 そう叫んだ彼に唐突に抱き抱えられて、私は目を白黒させるも……目の前に扉が迫り、彼の心の声を聞いて自分のすべきことを理解する。不慣れな態勢で少し手間取ったが……無事、扉に質量をぶつけて彼が通る隙間をこじ開けた。



「アイリ! 正面以外の出口はっ!?」

(なるべく目立たずに教会を脱出したい!)

「っ……こっち!」

「行くぞっ!」

「…………ふふふふふふ。ほんとうに面白いお方ですね『幸運者』様。ですが、簡単には逃しませんよ……」


(『聖女』まで奪われるとは……しかし、街を抜け出せるとは思わないほうがいいですよ。聖女様?)


(うへっ!? キモっ!?)



 ……あの人は、確実に私に向かって心の声を出していた。心が読めるのに、奥底が知れない底なし沼に囚われたような恐怖に……少し前の私なら、きっと足が澄んで動けなくなっただろう。







『私だけ』なら







「と、とりあえず逃げるぞ」

「……うんっ」



(いくらでも足になるんで、戦闘はお任せします!)




 でも、今の私には彼がいる。私がいくら立ち止まっても、彼が私を運んでくれる。だから私は、恐怖を吹き飛ばして笑った。







「えへへ……私にまかせてっ」














 …………だから、私を置いていかないでね? 




















 その後……なんとか彼、コウを自室に引き止めようとしたけど……結局私の浅い考えはすぐに見抜かれてしまった。


 そして、コウに首元をじっくりと見られることに……少しだけ興奮してしまい、私のコウを抑える力が弱まった隙にコウには脱出されてしまった。私は一瞬寂しくなったものの……





(道中不安なんで、アイリは手放せないけどなぁっ!)




 ……彼の情けないこころの叫びを聞いて、私はドロリとした淀んだ目で彼を見つめていたが……彼が気づくことはなかった。













「今戻った」

「……師匠、彼女は」

「せんせー……。あーもう……やっぱり、私もついていけば良かったー!」

「?……なんで?」



 とある宿の一室に入ると、私と似た雰囲気を纏っている少女2人がいて……私は生まれて初めて、『心の声』が聞こえない人に出会った。



「彼女は……まぁ分かると思うが、聖女のアイリだ。教会を抜け出す時に助けられた」


(しかも心が読めるうえに脳内ピンクのやべーやつだ……こいつがいなきゃ尊厳失ってたけど)


「……師匠がそう言うなら」

「まー、せんせーを助けたことには感謝するけどさー……ごしゅじんさまのものは私だけなのに……」

「……コウ? 口調おかしいよ?」



 しかし、彼の心の声は聞こえてくる。それに彼の口調もおかしくて……私はそう彼に訊くだけでいっぱいいっぱいだった。キョロキョロする私を見て、コウは苦笑を私に向けた。


(まぁ、気持ちはわかる。2人の圧やべーよな……あと、口調は黙っていてくれ)


少し的外れだったけど……苦笑に免じて見逃すことにして、私はコウに頷きを返した。


「あぁ、アイリ。2人は気づいているかも知れないが、サラとラージュ……まぁ賢者と勇者だな」

「……師匠の弟子、サラ」

「ラージュだよ。よろしくっ! せんせーの弟子だけじゃ……ううん、なんでもないっ」


(ってことだ……そういや、読心の事って話しても大丈夫か?)



 コウが確認するように私に目を向ける。私は、それでなんとか冷静さを取り戻して言った。



「別に大丈夫。それに……2人の心の声は聞こえない」

「え、マジ……本当か?」

「心の声……読心?」

「えっ? アイリって心が読めるの? すごーい!!」

「……賢者と勇者の声は、さっきから聞こえない」


 私がそう言うと……心の声が聞こえることを知っても怖がることもなかったのに……2人は、なぜか少しだけ寂しそうな表情をした。なぜなのか……2人の心の声が相変わらず聞こえない私は、初めてのことに戸惑い……助けを求めてコウを見た。



コウはすぐに私の視線の意味を理解して、


「あー……サラとラージュは、勇者や賢者と呼ばれるのを好まない。名前で呼ぶといい」


(それに、心の声が聞こえないなら、名前で読んでも聖女の能力の対象にはならんだろ、たぶん……だからな、こいつらを不機嫌にさせないためにも頼むっ! アイリ! )


「……うん、コウが言うならそうする。サラ、ラージュ、よろしく。私はアイリ。コウの……?」


(……いやこっち見るな。知らねーから、なんでもないから)






 ……その時、ふと特定の男女が一緒にいる特別な関係を指す言葉を思い出した。それは……







「私は、コウの『妻』」






 ……言った瞬間、なぜか時間が止まった気がした……聖女の力? 別に発動はしていないはず……






「師匠!?」

「せんせーっ!?」

「………………違う」


(何言ってんのアホピンク聖女っ!?!?!?)


「? ……私の髪は銀色」

「……そういう意味じゃない」

「師匠、説明を要求」

「せ、せんせー! せんせーは私を捨てたりしないよね……」

「誤解を解け、アイリ……と言いたいが、今は時間が惜しい」


(てか……早く逃げねーと、教会の奴らが追ってくるんじゃね?)



「ん、任せて」



 慌てふためく2人に……あれ?私何かやっちゃった? と疑問に思いつつも、私は彼のために聖女の力を発動した。




「……これは」

「……え? あっ、アイリ今何かした?」

「ん……コウ、大丈夫だよ。ここにいれば見つかることはないから」

「……あぁ」


(あ、あれか? 未来予知か? さっきも見たけど、突然使うとびっくりするから一声掛けてくれよ)


「うん、次からそうする」

「これが……なるほど、なら私も……」

「うわー、なんかすごいピカーってしたね!」


(なんかよく分からないが2人が落ち着いてラッキー! よし、今のうちに……)


「アイリがそう言うなら、明日の朝に出ても問題ないだろう。今日は疲れた。ゆっくり休もうか」

「はい、師匠」

「私は全然疲れてないけどねー。でも、せんせーが言うなら休もっか♪」

「……」





 ……私はコウの心の声と、実際にサラたちにかける声の大きな違いが、どうしても引っかかった。サラたちの心の声は聞こえないけど……さんざん人の本心に触れて来た私には、2人がコウに好意を抱いているのは判る。でもその好意がどこか歪な気がして……少しだけ、2人に親近感を覚えた。






 でも……コウは私のモノ。ダレニモワタサナイ……






「そうだ。せんせー、アイリは旅に連れて行くの?」

「ああ、もちろん……」


(これ以上危険人物を増やしてたまるかっての。連れて行かねーに決まっ……)



「……………………」


 私は黒く濁った目で、コウだけを見つめた。




「……師匠?どうし」

「もちろんっ! 連れて行く……アイリの能力は、きっと役に立つだろう……」


(連れて行かねー訳ねーだろ!! 2人も3人も大して変わんねーよ!!! はははっ! はははっはhはa……)


「ん、良かった」

「えー。でも妻ってのは認めないっ!」

「……同意」

「……対外的には俺の弟子ということにする。それで良いか、アイリ?」


(頼むっ……もう掘り返さないでっ! 頷いてくれっ!!)


「……ん、今はそれで我慢する」

「!? ……師匠の弟子は、不満?」

「ううん、不満じゃない」

「……ならいい」


(……ほっ。助かった……さんきゅー……って、お前が撒いたタネだけどなっ!?)




 ……こうして、私は賑やかな『自分の居場所』を手に入れた。



「師匠の隣はわたし」

「? ……なんでコウが隣じゃないの? 早く来て」

「私はせんせーの下でもっ……えへへっ、何でもない」

(「……本当に頼む、寝させてくれ」)



 私にとって初めての賑やかな夜は、まだまだ続きそうだった。

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