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勇者ラージュ



 突然だが、皆は勇者と聞いてどんなイメージを持つか。


 男子諸君は、その輝かしい存在に憧れ、『自分も勇者みたいに強くてカッコいいヒーローになりたい!』とか、弱そうな勇者が実は最強だったという展開を夢見て『自分には隠された力と使命が……』みたいな妄想を繰り広げたことはないだろうか。


 当然、この世界にも勇者が登場するおとぎ話があるし、ファンタジーらしく実際にいたなんて話は良く耳にする。


 そして、少年たちは親や大人たちからおとぎ話や胡散臭い武勇伝を聞いては、勇者やヒーローに憧れ、木の棒を聖剣に見立てて振り回しているのだった。









 この村にも、そんな勇者に憧れた少年……ではなく少女が暮らしていた。








「せんせぇー! こっちこっちー!」

「あぁ、今行く」



 元気に走り回っては度々振り返って俺を先生と呼ぶのは、勇者に憧れる犬耳族の少女、ラージュ。金髪のショートヘアに人の耳ではなく大きな垂れ耳をつけており、なんとなく前の世界のゴールデンレトリバーを想起させる天真爛漫さを体現したような少女だ。


「……むぅ」


そんな彼女を不服そうに見つめるのは、最近すっかり闘気を扱いこなして無意味に怯えられることもなくなった俺の弟子(といっても最早なにも教えることはないが)であるサラ。そして俺の3人は村の空き地を鍛錬場と称し、そこで俺がラージュに剣術の指南を施していた。



 ファンタジー世界らしく、この世界には人類のほかにも亜人と呼ばれる人間に似ているが、さまざまな特徴をもった種族がある。定番の犬耳、猫耳から屈強な竜人や空も飛べる鳥人、あったことはないがエルフやドワーフなんかもいるらしい。


 そしてここは比較的犬耳族が多く暮らす村であり、サラを見つけてから半年ほど経った頃、俺はこの村を訪れ……




「まずは素振りから始めるか」

「はーい!」




 ……理想的なターゲット(隠れた力があり、それに気付いてない子供)を見つけていた。




 時は遡り一か月ほど前、俺は弟子になったサラと共に、村から村へとあてもなく旅を続けていた。ただでさえ無自覚に人に怯えられるほどの強さを持っていたサラは、俺の教えを……なんかめっちゃ拡大解釈しては更に強くなっていた。さすが賢者の娘と言えばいいのかなんか『一を聞いて十を知る』どころか『0を聞いて十を生み出す』という嘘みたいな成長を遂げていた。まず、前提としてサラは頭が良く、好奇心が強い。そのため見たことない物をみるとその仕組みを解き明かそうとし、んで理解してしまう。そのうえ、想像力も豊かで自分なりに発展させてはあっという間に自分のモノにできた。


 そんでもって俺はそんな知的好奇心旺盛なサラに……つい興味本位で、この世界では碌に役に立ってない前の世界の知識をうろ覚えなのも含みつつ適当に教えてしまった。そう……天才である彼女は、適当で穴だらけな俺の知識でも自分で補完することで自らの魔術として組み込んだ。結果、雷を自在に生み出しては操り、なんかブラックホールみたいなものを作って空間を捻じ曲げ、あまつさえ重力も操作できるラノベ主人公も真っ青になり逃げだす最強魔術師となっていた。


 そのうえで思い込みが強く、未だに俺の方が強いと疑っていなかったり、俺が弱くて起こる現象をすべて『師匠の秘技』だと決めつけていた。


 道中の魔物は見つけ次第すべてサラが屠っては、褒めて欲しそうにチラチラ見てくるので今のところ問題になっていないが、今後もし俺の実力がバレようものなら、殺される……まではなくとも見放されるのは確実だろう。


 ていうかもう≪厄災≫なんて片手間に倒せるんじゃないだろうか、だって俺、本気のサラから逃げ切れるビジョンが一切浮かばないんだもん。



 そんなわけで、俺の目下の目標は『新しい子供を拉致しよう!』であった。いやクズいのは百も承知だし、俺の目標は≪厄災≫から確実に逃げ切る事であり、別に倒したいわけではない。


 このギリギリ綱渡り状態な師匠ムーヴもいつまで保つか分からない以上、早急な人員の補給が必要であった。



 そうして村や町を彷徨い巡っている時、とある村にて出会ったのが勇者に憧れる少女、ラージュであった。



 サラと違う点としては、ラージュは至って普通の家庭であり、父母共に健在している。村からハブられてもいないし、虐められているわけでもない。逆に天真爛漫な性格から、村の皆から愛される人気者である。年齢は10歳と若いが、犬耳族は成長が早い傾向があり、背丈で言えば15歳になったサラよりも少し高いくらい。しかし言動は年相応に幼いため、周りからは子供扱いされている……というのが、俺がラージュを見つけてから数日かけて集めた情報であった。



 そう、ラージュを一目見たときから、サラほどではないにせよ俺よりも数段上の才能と実力を持っているだろうと直感が告げており、俺はこの村に長期間滞在することを決意した。



 まず村長にはいつも通り魔物素材と魔物討伐で媚を売り、宿や空き家は借りずに敢えてしばらくは野宿を続けた。なおサラには村で泊まることを勧めたが、当然のようについてきて俺と野宿していた。



 そして……とある情報を掴んだ俺は、ついにラージュに接触することを決意した。


 それは、彼女が『勇者に憧れている』というもの。そうして見事計画を成功させ、俺はラージュの剣術指南者というおいしいポジションに就くことに成功した。



「せんせー! これどおー? できてるー?」

「いや、腰が動いていない。踏み込みはもっと深く」

「はーい!」

「速さは十分だ。筋がいいな」

「やったー♪」

「…………」

「……つまらないなら、他の場所行っていいんだぞ。サラ」

「嫌」

「……はぁ」


 ……少しばかり、イレギュラーも起きているが。




 事の全貌はこうだ。


 まずは、村のチビどもに混ざって勇者ごっこで木の棒を振り回して遊ぶラージュに、「筋が良いな。俺の教えを受けてみないか」と声をかける。俺は(サラが倒した)魔物の素材や(サラによる)魔物討伐によって実力ある旅人としてある程度認知されているため、特段怪しまれることはなかった。また村の人気者らしく一緒に遊んでいたチビらからは「さすがラージュねーちゃん」と恨みなく称賛され、本気で勇者を夢見る少女であるラージュは舞い上がり、とサラを家に招待。そこで、父母に娘のことをわっしょいと持ち上げて俺がこの家に住むことを交換条件に、娘に剣術を教えることを提案する。父母は女の子がやるものではないと渋ったが、俺の巧みな説得「自衛にもなるし、将来的に村(からは出ちゃうけど俺)が魔物に襲われた際に役立つ」が決め手となり、提案を了承。


 唯一の誤算は、サラが想像以上に嫉妬深かったことだが、旅の目的(サラのような子供を探すこと)は話していたため、表立って反対されることはなかった。また、借りた部屋が(サラの希望で)同じ部屋なこともあって、ラージュが寝た後などに積極的にご機嫌取りをしていたため、特には問題にならずラージュ育成計画は順調に進んでいた。


 あとは時期を見て、ラージュに突然旅に出なければならなくなったと告げ、「もっと時間があれば、ラージュを勇者にできたのかもしれなかったのに……(可能性は0.1%もないが)」と嘆くふりをすれば、単純で騙されやすいラージュは、尻尾を振りながら俺について行くと言うだろう。ククク……我ながら完璧すぎる計画で恐ろしいぜ……。







「師匠……」

「サラ、どうした?」

「犬……じゃなくてラージュのことで……」

「……」

「……やっぱり、何でもない」



 しかし……やはり少し気にかかるのは、サラの様子だった。半年の付き合いで分かったことだが、サラは口数は少ないものの感情が態度や表情に出るため意外と分かりやすい。新しいもの・未知のものを見つけたときは目が輝き、宿に泊まって部屋が別々の時は露骨に嫌そうな顔をして目で訴えかけてくる……ほら、俺たちは別にそういう関係じゃないから(建前)、たまには一人で心を休ませてくれよ(本音)。


 そして今のサラは、明らかにラージュを警戒していた。ラージュを鍛錬しているときは分かりやすく嫉妬しているし、対抗するように構ってアピールをしてくることはよくあるのだが……それ以外で、ラージュのことを俺と出会った時のような警戒心強めの顔で睨むように見ているときがある。しかし、俺の直感を信じるならサラにとってラージュは警戒に値しない相手だ。俺の時とは違い、自分の実力をサラは正しく把握している。俺も気になってラージュにそれとなく彼女の隠れた能力や祖先についてふんわりと聞いてみたが、心当たりもなさそうで何も知らないと言われてしまった。


 まぁサラを見ていると、サラ自身もなぜラージュを警戒しているのか上手く言えずに困っているのはすぐに分かる。だが、ラージュはどう見たってただの俺より才能があって勇者に憧れる少女でしかないし、性格も至って善良だ。


「心配するな。俺がいる」

「……うん」


 だから不安に思うことはない。にはサラがいるから大丈夫だろう?……だからいざという時はお願いしますね。










 そして、ラージュ育成から一か月ほど経って、いよいよ計画も大詰めになった頃……事件は起こった



「すみませんね、旅人様の貴重なお時間を頂きまして、えぇ」

「問題ない。魔物は早めに倒した方がいい」



 今朝、村長から唐突に『魔物の目撃情報が入った』と告げられた俺は、この日の鍛錬を中止し、サラを連れて村長の案内を受けながら魔物討伐に向かっていた。魔物は強力な分、動物に比べると個体数は極端に少ない。また村に来た当初、信頼関係を築くためにも周辺の魔物は(サラが)壊滅させており、魔物が再び現れるのはもっと先と予想していた。


 だからこそ村長の報告には少し疑問は感じたが……まぁ予想は外れることもあるし、最近はラージュばかり構っていたため魔物をサンドバッグにすることでサラの機嫌回復を図り、二つ返事で了解した……のだが。


「……おかしいよな」

「私もそう思う」


 魔物はほぼ全てが狂暴であり、魔物が通った場所は分かりやすい痕跡が残る。そして、村長に案内された場所には確かに痕跡らしきものがあった……が、


「村長、本当にここで合っているのか」

「え、えぇ。確かにこの辺りと報こ……ぐふぅっ!?」



 次の瞬間、村長はサラの魔術で拘束され、宙に吊り上げられた。



「師匠に嘘を吐くのは、万死に値する」



 ……いやいやいや、手が出るの早すぎるぞサラさんよ。確かになんか偽装っぽいなーとは思ったけど、確証まだ得てなかったから! 落ち着いて! 



「わ、私は命令されてしかたな……ひぃぃぃ!!!」

「落ち着け。サラ」

「……分かった」


 魔物も恐れるサラの闘気を浴び、村長は白目を剥いて気絶した。俺が諭すとゴミを捨てるときよりも村長をぞんざいに投げ捨て、サラは俺の判断を待つときの姿勢を取る。


「……村になにかあるのは間違いない、少し急いで戻るぞ」

「うん」


 そして俺は……村に向けて全力疾走を開始した。師匠ってタイへン。





 村からそんなに離れては居なかったため意外と早く村に着き、ラージュの家に戻ると……



 そこには既に倒壊した家屋と、顔を真っ白にして倒れているラージュの両親……そしてボロボロになって倒れ伏すラージュのそばに立つ、白い法衣を着た聖職者っぽい奴が人の好い笑みを浮かべて俺を迎えていた。



「……おや、想像以上に早く戻られましたね。魔物は見つかりましたか」

「……残念ながら、見つけるのが遅れたようだ」

「お連れさんはどうしたんです? 『幸運者』さん」

「……さぁな」



 俺の直感が、ガンガンと警報を鳴らして『こいつはヤバイ、逃げろ』と伝えてくる。今にも逃げ出したいが、相手は魔物ではなく人間、しかも俺と対話する気なのか戦闘する意志は見られない。俺は戦闘姿勢……に見せかけた逃げる準備を整えながら、会話で情報を探ることにした。


 それと、サラは村に入る直前で俺が呼ぶまで隠れておくように指示した。サラが本気で隠れると気配どころか誰も見つけられなくなる。本人は『多次元的に座標を動かした』とか良くわからん理論を展開し、俺に教わったとのたまうが、当然俺は一割も理解できない。


 サラを隠した理由は油断を誘ったり、伏兵を警戒するためだが……コイツの堂々とした態度から伏兵はなさそうと判断。しかし、俺を『幸運者』と呼ぶあたりなぜかは知らんがコイツは俺の冒険者時代を知っている……どういうことだ。


 探りを入れたいが、その前にラージュの容態を見るために視線を動かし、彼女がちゃんと息をしており流血がないことを確認。それに気づいた聖職者モドキは、朗らかな笑みを浮かべて俺に言う。


「あぁ、彼女ですか? ご心配なく、痛めつけただけで生きてますよ。死んでしまうと困りますので」

「……で、お前は何が目的だ」

「ふふふ、神託が下ってから早10年……賢者だけでなく勇者までアナタに先を越されるとは思いませんでしたよ。我々教会が血眼になって探してなお見つからなかった存在をいとも簡単に……一体どんなからくりで?」

「……」




 ……ちょ、ちょっと新情報が多すぎる。俺も読者もついて行けないからもうちょい小出しにしてくれ(メタい)


 えーと、よくわからん神託は置いといて、まず教会っていうのは簡単に言えばポケセンみたいな施設。都市を中心に色々な場所にあり、誰でも使えて軽い怪我ならなんと無料で直してくれる。常に金欠気味な冒険者の生命線で、どんなに喧嘩っ早い奴も教会だけは大人しくしているほど。とかいう俺は、普段から慎重に立ち回って怪我は最小限留めていたし、『無料(タダ)より高い買い物はない』のでなんとなく避けていた……まぁ予想通りというか、やはり教会は碌でも無い組織のようだ。ちなみにこの世界には宗教と呼ぶようなものはなく、教会も神を崇めてはいるが、どんな神なのかは一般には広まっていなかった。……コイツを見る限り碌な神ではないだろう。邪神かな? 



 話を戻して……こいつの言う賢者は……サラのことだろうな。まぁこれはわかる、納得。となると勇者は……話の流れからラージュ? いや確かに俺より強いけど……サラはもちろん、俺が鍛錬用に渡した剣がラージュのすぐ近くに転がっている現状の通り、目の前の聖職者モドキには勝てないくらいの実力しかない。計画はクズでも鍛錬や剣術指南は一ヶ月真面目にした結果、ラージュがもし冒険者になっても≪厄災≫に遭ったらワンチャン生き残れるくらいの強さはあると思うが……


 ラージュは一旦置いておいて、次はコイツの目的。コイツ……というか教会はなぜか勇者と賢者を探しているらしい。



 はっ、まさか幼い子を騙して拉致して思いのまま操ろうとか考えているのか。こんな純粋な子供の人生狂わせようだなんて外道クズ野郎の集団だな。反吐がでるぜ。





 さーて、聞きたい情報は出揃ったし、俺も動くか。


「ここには賢者もいるはずなのですが……見当たりませんね……」

「賢者はお前を見て直ぐに村から出た。今から追いかければ見つかるかもな」

「そうですか……残念ですが、勇者が手に入っただけいいでしょう」


 根は善良なサラが、コイツらについて行きたいかは本人に聞くまでもない。まぁサラにはこのまま隠れてやり過ごしてもらうとしよう。







 で、俺はどうするかというと……大変惜しいが、ラージュは諦めてさっさとここから離れようと思う。



 理由は大きく3つ。


 1つ目は俺がコイツに勝てないと直感が告げているから。


 2つ目は教会が世界的な組織だから。もちろんサラが本気を出せば恐らく勝てるだろうが、もしここでコイツを倒すなり殺すなりしたとしよう。しかし教会の裏は知られていないため、どこからか「賢者が教会の聖職者を殺した」という情報が漏れれば、サラは教会どころか世界を敵に回してしまう。それは村八分を経験してきたサラにはかなり酷だろう。


 そして、3つ目はここは異世界ファンタジーであり、俺は主人公でも都合のよいチートもない一般パーソンであること。もちろんラージュに少なからず情は湧いているし、助けられれば助けたいがここは理不尽なファンタジー世界。≪厄災≫に会ったら真っ先に逃げ出さないと助からないように、一般ピーポーは他人を優先しようものなら真っ先に死ぬような世界だ。




「さて、では要件も済んだことですし、帰ると致しましょうか」



 奴が俺から注意を逸し、俺が全力でこの場から逃げ出そうとした……その時



「それにしても、『昨日』突然神託が降りてから私だけでも急いで赴いて正解でしたね」



 目の前の奴のセリフを聞いた俺は、思わず動くのを止めてしまう。しかし奴は俺をもはや眼中にも入れず、気持ちよさそうに独り言を続ける。



「突然のことで私しか動けなかったとはいえ、こうして勇者を手に入れられたのは私の日頃よりの信仰に対する天からの祝福なのでしょう」









………………は?










「あぁ、なんと私は幸運者なのでしょうか。神に感謝を……おっと、あなたの幸運も分けて頂いたのでしょうか。『幸運者』、有難うございました」








……ふざけるな



 十年間探し回っていたのかと思ったら神託とやらはつい昨日のものだと? ……なんだその質の悪い冗談は。こちとら3年以上探し回ってようやく見つけた理想(サラは強すぎるので除外)なんだぞ。そして一ヵ月かけて育てていたら……つい昨日みつけたとか言うぽっと出のコイツに盗られたのか? 俺の3年の苦労と一ヵ月の働きを??? 



ふざけるなよ







「ふふ、それでは早速、『隷属の紋章』の効能を試してみるとしますか。さあ勇者よ、立ちなさい。そうですね……この村から憂いなく立ち去る為にも、まずはあなたの両親を手に掛けてみましょう。大丈夫です。すぐなれますよ」




 横取り野郎が何を言っているのか、もう俺の耳には入ってこなかった。俺は『十年近く溜めてきた異世界への怒り』が溢れそうになるのをギリギリで堪えながら……ほんの僅かな理性を動員し、すぐ近くにいるだろう彼女に問いかける。



「なぁ、世界を敵に回すが……どうする」

「師匠の隣なら、何処でも」



 すぐ隣に現れた弟子の表情を見て、それが嘘でなく心からの本心なのだと悟った俺は、なけなしの理性を投げ捨て横取り野郎を睨んだ。




「な、なんと! 賢者まで現れるとは。おぉ神に感謝を……」



「……の……だ」



「勇者よ、計画を変更します!!今すぐ賢者を……」



「その娘は俺の(3年探して見つけて一ヵ月かけて育てた)物だ!」



「…………は、はぁ。勇者をモノ扱いとは、なかなか罪深い……」



「聞こえなかったか? 勇者なぞ知らんが、その娘ラージュは俺の物だ」



「んな、なんという……」


「今すぐ手放せ、さもないと」


「ふふふ、残念ながら既に勇者は教会に隷属しているんです。どんなに呼びかけても……」






「…………せ、せん、せー」




「聞こえているか」

「……せんせー、逃げ、て」

「……こ、これは一体」


ラージュは俺が見つけたんだ。横取りするな。


「こっちに来い」

「ゆ、勇者よ、あの男の声を聞いてはなりま」

「来い、早くしろ」

「ひゃ、ひゃい……いきましゅ」

「んなあぁっ!?」




 ゆっくりとした足取りで歩いてきたラージュを、俺は二度と放して奪われないように腕でしっかりと抱きかかえた。そしてラージュを取り返した以上、もはやこのゴミに用はない。




「サラ」

「殺す?」

「……殺すな、ただ……徹底的にやれ」

「分かった」




 アイツを生かす価値はないが……俺はしなくていいなら人殺しなぞしたくないし、ましてや弟子にやらせるなんてもっての外。そしてこのゴミは初見は俺と比べすぎてビビッてしまったが、よく見たらサラと比べたら月とすっぽん、実力に雲泥の差があることに気づき、俺はサラに手加減するよう頼んだ……が



「勇者ぁ! なぜ言うことを聞かないんです!? 異常!? 不具合!? も、戻って調査しなけれグヒュエッ!?!?」

「早く立て。わたしは師匠ほど甘くはない」

「くっ、こうなったら逃げブヒュオォ!?!?!」



 ……ま、死にたくなるほどの苦痛はアリってことで。



「……せ、せんせー」

「……」





 やっべ怒りのあまりラージュのこと忘れてた。いや存在を忘れてたんじゃなくてホラあれラージュ見捨てようとかしちゃったし、てか俺ラージュのことモノ扱いしてたし更にヤバくね?あれなんかラージュ顔真っ赤じゃないもしかして怒ってる?激おこぷんぷん丸ですか。それとラージュさんあの私の直感がやべぇほど反応してんですがなんでサラ並にえぐくなってるんですかえっと殺される前に何すればとりあえず全裸土下座で……






「えへへ……ありがとー……」

「……」

「………………ごしゅじんさまぁ」



 そう言い残して、ラージュはすやすやと心地よさそうな寝息をたてはじめた。



 ……まーなんというか、一件落着だしとりあえず最後のは聞かなかったことにしてもいいかなぁ!?(やけくそ)












「せんせー!いくよー!」

「あぁ」

「うぉりゃっ!」



先生の返事を聞いて、私は目の前の大木に向けて横なぎに剣を振る。一瞬で剣を振りぬくと、大木の根元がずれ……



ズドドドーーン!!!



大きな音と一緒に先生の倍以上はある高さの木が、大きな音とともに勢いよく倒れた。想像通りできた私は得意気に笑みを浮かべて、後ろを振り返る。



「見てたせんせー?すごいでしょっ」

「そ、そうだな……」

「師匠、甘やかしちゃだめ」

「えー……」

「……私もできる、それにラージュ、出力の調整が下手」

「うー…‥サラお姉ちゃんに比べたらまだまだだけどさー」

「……仕方ない。また教えてあげる」

「ほんとっ!ありがとうお姉ちゃん!」


あの事件のあと、正式に先生の弟子と認められた私は、先生と一緒に村を出て旅をしている。目的は……勇者や賢者(わたしたち)のような存在を見つけること。そして、賢者と呼ばれていた姉弟子のサラのことを、私は……先生のオススメもあって、サラお姉ちゃんと呼んでいた。あの事件の前から私とサラお姉ちゃんは色々あって……どうすれば仲良くなれるか悩んでいたけど、お姉ちゃんと呼ぶとサラお姉ちゃんが少し優しくなることに気がついた私はお姉ちゃん呼びをずっと使うようになった。


そんな私達のやり取りを見ていた先生は一言、

 

「……これ俺必要か?《ref》関係ないが……前世で彼は百合豚だった《/ref》」

「え?せんせーもう見てくれないの?」

「師匠、体調悪い?」

「……いや、なんでもない。続けてくれ」



先生のようすに少し変だなと思いながらも……私はサラお姉ちゃんの指導の下、鍛錬を続けることにした。


……あの事件のあと、私は、自分からあふれてくる不思議な力を扱えていなかった。誰かを簡単に傷つけてしまいそうなこの力に怖くなったときもあった。親からも村の人たちからもたまに怯えた目で見られるのは悲しかったけど、先生とサラお姉ちゃんだけは少しも変わらなかったのが嬉しくて、安心した。



それに、せんせーは……


「ラージュ、力出しすぎ……あ」

「あ……ま、また剣折っちゃった」


先生のことを考えていたせいか、力を抑えて素振りをする練習中なのに、私は剣に力を込めすぎて剣をうっかり折ってしまった。先生から借りていた大事な剣を……


「せんせーの、剣……」

「……わたしも何度か壊した。謝れば問題ない」


サラお姉ちゃんが、慣れてなさそうに私をなぐさめてくれる。それが嬉しかったし、もちろん先生の剣を折ったのは申し訳ないし悲しいけど……


それ以外にも……私の中には、最近生まれた仄暗い感情がどろどろと渦巻いていた。




















「せんせー……」

「気にするな、所詮は量産品の安物だ。……街にでも寄って、ラージュにも耐えられる剣を探しに行くか」


先生は、どんなにミスをしても私を怒らない。ダメなところはちゃんと言って直させるけど、それも凄い丁寧でわかりやすい。もちろん、そんな優しい先生が私は大好きだ。だけど私は……


「私は先生の……ごしゅじんさまの物なのに……」

「……」


……私が先生をそう呼ぶと、きまって先生は困ったような顔で黙ってしまう。




そう……私は……ごしゅじんさまを困らせるワルイ子だ。だから……




「……おしおき、してくれてもいいんだよ?」




先生に大切にされたいと同時に、私は……先生に乱暴に扱われたくて、物のように雑に使われたい。




もちろん優しい先生は結局なにもせずに、いつもならこの辺で『冗談も程々にな』と優しく叱って終わるんだけど……






「……なら、目を閉じろ」



「……っ!……は、はい」





まさかの返事に、私はおどろきと期待と不安で胸をいっぱいにして目を閉じた。




「…………」

「…………あぅ」


先生の気配が近づくにつれて私はドキドキがどんどん強くなり……





コツン、……なでなで





「……ふぇ?」






大好きな先生の手で私の頭が軽く小突かれて、そのままの手で私は頭を撫でられていた。




「……これでいいか?」




先生は不安そうに聞いてくるが、私はそれどころじゃなくて……




痛みはなかったけど、先生が私に手を出したこと。でも大切にしてくれたこと。……私の変なお願いをどうにか叶えようと、私を大切にしてくれていることに、私は心が満たされ……






「……はい♡」



と一言返事をするので精一杯だった。

















私が先生と出会う前……


私は普通の村で、普通の家と家族がいて、普通に暮らしていた。今はそれがどれだけ幸せだったのか分かるし、私も楽しく毎日を過ごしていた。


先生はたまに村にくる旅の人の一人で、先生は珍しい魔物の素材の提供や、村の周りの魔物を討伐していることが村全体で評判となっていた。




「……筋がいいな。そこの少女、名前は?」

「えっ……私!?」




だから、村の小さな子に混じって木の棒で作った剣を振り回して遊んでいた私に話しかけられるなんて思ってもなかったし、しかも『筋がいい』と褒められていると気づいてとても嬉しくなった。


「わ、私はラージュって言いましゅ!」

「ラージュか……どうだ、試しに剣を教わってみないか」



「え……えええぇぇぇっ!?」




村以外の大人の人と話したことがない私は、緊張するあまり噛んでしまったけど⋯⋯旅の人はそれを気にする様子もなくトンデモない提案を持ちかけてきた。



「ひゃ、ひゃい!よろしくお願いしましゅ!」

「……その前に、ご両親と話をしてもいいか」


とんでもなさすぎて、なんて言われたか飲みこむのに時間がかかったけど、意味を理解した私は慌てすぎて噛みまくりながら答えた。でも、旅の人は冷静に指摘されてしまい、早とちりしていたことに気づいて恥ずかしくなった。




「……す、すっげー!」

「ラージュねえちゃん!ゆうしゃなれるの!?」

「うわぁ……あの人、きれい……」




周囲からワッと幼い声で歓声が上がり、私は周りに見られていることを思い出した。嬉しかったけど……とても恥ずかしくて、私は逃げ出すように旅の人の手を掴んで歩き出した。




「うぅ……た、旅の人。こっちです!」

「あぁ」

「……む」



家に向かう短い間に、私はパパとママになんて言おうか……どう言ったら許して貰えるか必死に考えた。




そう……これは最後のチャンスだと思った。私は幼いころからパパやママから教えてもらった勇者の冒険譚が大好きで、何度もお願いして聞かせて貰ったのを覚えている。それは今でもずっと続いていて……だけどパパとママは、私が女の子じゃなくて男の子に混じって勇者ごっこで遊んでると聞くたびにちょっと悲しそうな顔をした。私はパパやママに嫌われたくなくて、家のお手伝いやおつかいをがんばって、だから男の子に混ざって遊んでいいと許してもらっていた。でも、最近一緒に遊んでいるのはみんな私よりずっと小さい子だったし、パパやママからも『そろそろ家の仕事を手伝ってみないか』と遠回しにその遊びをやめるように言われているのは気づいていた。……なによりも、私自身が『私は勇者にはなれない』とあきらめようとしているのに気づいていた。





それなのに……




『筋がいいな』


そう言われた。魔物を倒してしまうほどの旅の人から。




そして今、私は旅の人を……旅の人?あっ手っ!?


「……あっ!ずっと握ってた……ご、ごめんなさい」

「気にするな」

「……」


家にもうすぐで着くところで、私は旅の人の手をずっと掴んでいたことを思い出した。パッと離すと旅の人はなんでもなさそうにしていて……その後ろから私よりも少し小さい女の子が、私を見ていることに気がついた。旅の人の子どもなのかな?それよりも……私はまた歩きだしながら、自分の手をなんとなく見つめていた。



……男の人の手……パパよりもずっと大きくて硬かった。



旅の人がつけている本物の剣は木の棒よりずっと重そうだった。それを振っているとこんな風になるんだろうか……



また考え事をしていたら、目の前に家があった


「どうした?ここではないのか」

「えっ……はっ、はいここ!ここです!」

「両親が居るか、見てもらっていいか」

「ひゃ、ひゃい!すぐ戻ります!!」


い、いけない……これからパパとママを説得しなきゃいけないんだから!ちゃんとしないと…




……と思っていたんだけど、パパとママと旅の人の話し合いはスルスルと進んで、あっという間に終わった。


話し合いはまず旅の人が名前や冒険者をやっていたことから始まり、私が今まで見てきた中でもかなり素質があること、そんな私を少しの間でいいから育ててみたいこと、村の外に出たり危険なことはしないことを分かりやすく説明した。でもパパとママは、そう聞いてもやっぱり「女の子に剣は……」と悩んでいた。


けど旅の人は気にせずに、いざという時に絶対に役に立つと言ったうえで、それまで黙って後ろに立っていた少女を示して「私の弟子だ。たとえ女性でも魔物と戦えるのは彼女が証明してくれる」と力強く言った。無言ながらも得意げな顔で立っている小さな子が、魔物と戦えることに驚いたけど、それを聞いて私も



「最後!これが最後にする!終わったらちゃんと、家のお仕事手伝う!」



と必死にお願いして、無事にパパとママの許可を貰うことができた。




「やったー!」

「あぁ、これからよろしく頼む。ラージュ」

「はい!えっと……」

「俺のことは好きに呼ぶといい」

「じゃあ、ししょ……」

「……」

「せ、先生!先生で!よろしくお願いします、せんせー!」


先生から好きに読んでいいと言われて、まるで『勇者の冒険譚のお師匠様みたいだな』と思った私は、『師匠』と呼ぼうとした途中……女の子からとてつもない圧を感じて、つい本能的に呼び方を変えちゃったけど、まぁ『先生』って言いやすいしいいよねと深く考えないことにした。


『師匠と呼んでいいのは正式な弟子である私だけ』


……なぜか聞いたことないはずの女の子の声が聞こえた気がした。







その後は、先生から私の時間を使う分、家の仕事を手伝おうかと申し出があったり……気づいたら先生と女の子が私の家で住むことになっていたりと色々大変だったけど……それ以上にワクワクしていた私は、疲れて眠るまでずっとはしゃぎまわっていた。







「せんせー!みてた!?」

「そうだな……もっとこうするといい。腰の踏み込みは改善しているな」

「ほんとに!?やった!」



それからほとんど毎日、私と先生は近くの鍛錬場(私が名付けたただの空き地)で剣の指南をしてもらっていた。先生はとても優しくて、私が敬語に慣れてないのをすぐに見抜いて要らないと言ってくれた。それに鍛錬には真剣だけど教え方はとっても分かりやすくて、できるようになった所を毎回褒めてくれる。だから……鍛錬は身体を動かしたり、剣を振ったり、持ってきた薪を的にして斬ったりするだけだったけど、私はすぐに成長を感じることができて、どんどん剣の扱いが上手くなった。



鍛錬以外にも、先生は私に魔術とは何かを教えてくれたり(危険だからって呪文は教えてもらってない)、他の村のことや街のこと、魔物のことまで話してくれた。



これまでにも先生以外の旅の人や、村の外に行ったことのある大人から村の外について聞いたことはあって、それは勇者の冒険譚みたいにドキドキハラハラするお話だった。でも、先生から聞いたのは魔物の特徴だったり、その倒し方や弱点、他にもサバイバルっていう外で寝る方法とか食材の見つけ方などなど……ドキドキハラハラはしないけど、他のどのお話よりも……勇者の冒険譚よりもワクワクしてくる内容だった。









とある夜のこと、私の家にいそーろーしている先生と弟子の女の子が使っている部屋にお邪魔すると……先生が一人で難しい顔をして悩んでいた。



「……」

「せんせー?」

「そうだな……ラージュ、自分の能力について何か知っているか」

「私の……?」

「……そうだ。俺は剣以外にもラージュは何か才能があると考えている」

「えっ!?」



初耳だった。先生は私に剣以外の能力があると言っているが、魔術は知らないし、パパやママからもそんな話をしているのは聞いたことがない。ご先祖さまについても聞かれたけど、よく分からないとしか答えられなかった。



「そうか……いや、ありがとう」

「……」


ドキドキした。自分の中に、自分の知らないナニカが眠っているのはちょっと怖かったけど、なんとなく『勇者』みたいだなと感じた。


……そうだ、私は『勇者』や『冒険』と聞くたび、なぜか胸騒ぎが……


「ラージュ?どうかしたか」

「……う、ううん!何でもない!」

「疲れているだろう。明日も鍛錬の予定だ。早めに寝るといい」

「う、うん。おやすみ、せんせー……」



その後、自分の部屋に戻ってお布団に潜っても……なかなか寝付くことができなかった。














それからは特に急に胸騒ぎがしたりすることもなく、鍛錬は順調に進んでいて、私は毎日のように成長を感じていた。








……しかし、平和は唐突に終わりを迎えた。







その日は先生が村長に魔物退治のために呼ばれて暇だった。剣は先生から借りているため、素振りとかならできるんだけど……隣に先生がいないと、どうにもやる気がわかなかった。




「……ふむふむ、君が『勇者』だね?」


「えっ……だ、だれっ!?」



家の前で先生が行った先を眺めながらぼんやりしていると、突然後から見知らぬ声がした。




……ぼんやりしていたとはいえ、耳がいいことが自慢の私でも足音すら聞こえず、見たことのない白い服を着て笑顔を浮かべる人物に、私は警戒をやめずに威嚇した。




「ふふふ、あなたを迎えに来ました。さぁ、勇者よ……今のお手並み拝見と行きましょうか」

「……っ!?」



その人は、突然私になにかをぶつけてきた。……後でそれは殺気ということを知ったが、殺気をぶつけられた私は、恐怖を感じながら……剣を取った。




「ほう!さすがは『勇者』!なんと未熟ながら立ち向かってくるとは……素晴らしいです」

「黙って……私を、その名前で呼ぶな」




なぜか分からないけど、この人が私を『勇者』と呼ぶたび、私はイヤな胸騒ぎと焦りを感じてしまう。……それに、剣を取ったのは戦うためだけじゃない。この剣から、先生から剣を通して勇気を貰うためだ。




「さぁ、『勇者』の種よ!私にその片鱗を見せて下さい!」

「っ!斬るっ!」








結果は……もちろん私の負けだ。



戦う前から分かっていた。剣の振り方しか習っていない私が敵うわけないって。でも、なぜか相手は手加減しているのか、私を傷つけるような攻撃はしてこなかった。



「どうして……」

「ふむ……なかなか折れてくれませんね。神に仕える身としてこの手は使いたくなかったんですが……仕方ありません」

「何……を…………パパっ!?ママっ!?」



相手は私に背を向けたかと思うと、私の家に向かって攻撃を振りかざし……屋根は飛び散り、煙を上げながら家の半分ほどが崩れ落ちた。




……パパとママは、今は家に居たはず。早く、はやく助けないと




「どいて……邪魔しないで!」

「いえいえ、そうも行きませんので」



私は直ぐにでも助けに行きたいのに、相手はそれを邪魔してくる。そうしているうちに、なんとか形を保っていた家のドアが開いて……



「パパ!ママ!無事だったん…………」

「ラ、ラージュ!お前……」



怪我をしている様子もなく、パパとママが外に出てきたけど……様子がおかしく、パパは私が今までに一度も見たことがない恐い表情をして、ママは恐怖で真っ青な顔をして……




「わ、わたし?な……なんで、わたしをみて」

「ラージュ!なんでこんなことをしたんだ!」

「やっやっぱり剣よ……剣なんて持たせたからだわ……」

「ち、ちがうっっ!!それはこの人がっ!?」

「何を言ってるんだ!!お前以外いないだろ!!」

「ダメだわ……この子は幻を……」

「ふふふふ、彼らを少しばかり洗脳させて頂きました。彼らから私のことは見えていません。あまり、こういうのはしたくないんですがね」



そこには、困ったように笑う……


「あく、ま……」

「私を悪魔呼ばわりとは失礼ですね。まぁ今は神の名の下赦してあげましょう」

「剣を捨てろ!」

「ひいぃっ……見ないでっ……!」



私は、剣を取り落とし……パパとママは、それを好機とみたのか必死の形相で私に近寄ってきて…………殴られ蹴られ叩かれ引っ張られ罵倒され…………私は抵抗する気が起きず、なされるがままだった。





「ふふふ、私は手加減が苦手なものでして……『勇者』の身体に傷をつけてはいけませんからね」












ぽきっ






心が折れた











「……おっとようやくですか。あなた方は用が済んだので静かに……ありがとうございます。ふふふ、ついにこの紋章を刻むときが……」




そこで……私の記憶は一旦途絶えた。













次に目が覚めると……全身が焼けるように熱く、痛みが絶え間なくドクドクと私を襲ってきた。



「いっ!?」

「おっと、『勇者よ、喋ってはいけません。身体を勝手に動かしてはいけません』いいですね?」

「…………」



悪魔の声が、私の頭で響いた。



その瞬間、私は痛みで身体を悶えることも、声を出すことすらもできなくなった。




「ふふふ、問題なく発揮できてますね……さて、お客様が戻られたようですよ」




わたしは……これからどうなるの……



不安と恐怖でいっぱいなのに泣くこともできずにいると、



「ふむ?……彼女らにはなぜか私の洗脳が効きませんでした(レジスト)。しかたなくここから離れさせるよう彼に指示したはずですが……おや?……想像以上に早く戻られましたね。魔物は見つかりましたか」




「……残念ながら、見つけるのが遅れたようだ」





……せんせい



……でも、またあくまにあやつられて



もう……希望を持てなかった私は、先生と悪魔の会話から必死に意識を遠ざけた。











しばらくすると、先生の声は聞こえなくなって……





「ふふ、それでは早速、『隷属の紋章』の効能を試してみるとしますか」




また悪魔の声が、私の頭に響いた。




「『勇者よ、立ちなさい』そうですね……この村から憂いなく立ち去る為にも、まずはあなたの両親を手に掛けてみましょう。大丈夫です。すぐなれますよ」



私は動くことさえ辛い体を無理やり動かして立ち上がった。




……もう……やだ……



 

「な、なんと! 賢者まで現れるとは。おぉ神に感謝を……」

 



悪魔がなにか言っているが、頭に響いてくる声以外、全部聞こえなかった……ちがう、聞こえないように遮断していた。

 



「……の……だ」

 

 


「『勇者よ、計画を変更します!!今すぐ賢者を……」

 





……はずだったのに






 

「その娘は俺の物だ!」



先生の声が、頭の中に響き渡った。

 

 






「…………は、はぁ。勇者をモノ扱いとは、なかなか罪深い……」

 





……せん、せい?


先生の声は、聞いたことがないくらい怒りに満ちあふれていて、それに『私が先生の物』と、とうてい先生が言ったとは思えない内容で、私は聞き間違いか、悪魔が聞かせる幻聴だと


 

「聞こえなかったか? 『勇者なぞ知らんが、その娘ラージュは俺の物だ』」



 

また、頭に先生の声が響く。今度はしっかりと聞こえたし、視えた。私は……先生の……もの?

 



「んな、なんという……」

「今すぐ手放せ、さもないと」

「ふふふ、残念ながら既に勇者は教会に隷属しているんです。どんなに呼びかけても……」

 






 ……あんなに優しくて、かっこよくて、私の夢を笑わず応援してくれて、隣に居るだけでぽかぽかして、私を見て笑ってくれる、褒めてくれる先生の……モノになれる?

 





 

「…………せ、せん、せー」

 


 気づいたら、声が出ていた。身体は動かないけど、なんとかして先生に伝えたかった。

 







「聞こえているか」

「……せんせー、逃げ、て」

「……こ、これは一体」

 



私が悪魔に操られている……そんな姿、先生に見せたくない。先生のモノじゃない私なんて……




「こっちに来い」



身体は……



「ゆ、勇者よ、あの男の声を聞いてはなりま」



「来い、早くしろ」





動いた





……そうだ。そうだった。私は先生のモノなんだ……先生(ごしゅじんさま)が呼んでるなら……






行かないと




「ひゃ、ひゃい……いきましゅ」







「んなあぁっ!?」





……無理やり身体を動かすと、全身の痛みが熱くなってくる。でも……それが先生(ごしゅじんさま)がくれたものだと思うと、身体が……心がそれを受け入れた。



悪魔がなにか言ってるが、先生に抱きかかえられた私には何も響かず、恐怖すらも感じなかった。





……ああ、私は今、しあわせだ。





「……せ、せんせー」

「……」

 



 先生はさっきまでとはちがう、いつも通りの優しい先生(ごしゅじんさま)に戻っていて……私のためにあんなに怒ってくれた先生が……好きで愛おしくてたまらなかった。



 

「えへへ……ありがとー……」

「……」

「………………ごしゅじんさまぁ」



もう既に限界だった私の意識は、先生(ごしゅじんさま)の腕の中で安心しきったように手放された。

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