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賢者サラ

作品をサイト転生させてみた件。(盗作じゃ)ないです

 突然だが、異世界転移に憧れたことはあるだろうか。


 確かに、男子たるもの異世界にチートを貰って転移し無双する。そして成り上がったりハーレムを築いたりするのを夢想した者は多くいるだろう。



 では、チートが無かったら? 


 最近はチートではない、いわゆるハズレスキルと呼ばれる能力で異世界に転移する作品も多く存在する。しかし、それらも作品の主人公らは工夫を凝らしてハズレスキルを活用し、気付けばチートと言えるような能力となっている場合が多い。


 また、チートどころか転生特典が一切ない異世界転移もある。物語を俯瞰的に楽しめる読者ならばそれはそれで面白いのだろうが、これが現実となったならば……



「地獄だよなぁ……」



 冒険者ギルドの一角にて、俺は溜息と共にそう呟いた。


 そんな俺もいわゆる異世界転移を経験した人物であり、18歳頃にこの世界を訪れ、今や3年は経っただろうか。しかし、神様やらに会った記憶もなく、残念ながらチートも持っていない。異世界ファンタジーなら……おそらく、冒険者Dくらいのポジションにしかなれないだろう。


「よく言うねぇ。幸運者さまがよぉ」


 ギルドの酒場で安酒をちびちび飲んでいると……先ほどの俺の呟きを聞いた、近くの屈強そうな冒険者(見た目30くらいの男)がニヤニヤしながら俺に話しかけてきた。


「ホントにね……運がなきゃ何度も死んでいるだろ……」

「……チッ、腑抜けたツラしやがって」


 そう言うと、男はつまらなそうに去っていった。俺が昼間から酒を呷っているのは昨日、所属していた臨時パーティが解散したからだ。その理由は俺以外の死亡。


 そもそも、冒険者なんてのは社会的地位は最下層に近く、異世界転移して金も身分もない俺がなれるくらいには慢性的な人員不足の職業だ。その理由は死亡率や怪我による引退の多さであり、新人の5割は死ぬか怪我して辞めると言われている。学もなく、腕っぷししかないゴロツキに仕事を斡旋するための場所、それが冒険者ギルドだ。


 転移した直後は転移前の記憶を活かして学者なんかも考えたが、学者は基本的に貴族しかなれず、魔法が蔓延るファンタジーに俺の知識は殆ど通用しなかった。



 そんな離脱率の高さは、身の丈に合わないクエストに挑んだり、クエストの説明と実態が違ったりと様々だが……殆どは≪厄災≫と呼ばれる魔物との遭遇だ。奴らは個体種は少ないものの、一流冒険者が集うパーティでもなければ太刀打ちできないほどの戦闘力の高さに加えて、狂暴な性格が故に『出会ったら死』と呼ばれる存在であり……俺はそんな厄災に、なんと複数回も出会いながらなんとか五体満足で生きながらえていた。そんな俺のギルドの二つ名……というほど大したものでもないが付けられたあだ名は『幸運者』。もちろん、『仲間を見殺しにして一人生き残った』という皮肉も込められている。だがまぁ≪厄災≫と遭遇して無傷で生き延びたものはほぼ居ないために、それを表立って言われることはなかったけど。


 もしかしたら、コレが俺のチートなのかもしれないが……そんなのがチートならもっと分かりやすく、そもそも≪厄災≫に遭遇しないだの≪厄災≫を打ち倒せるほどの能力が欲しかった。


 俺にできるのは人並みの剣術と、人並みの魔術と、3年間の経験から『なんとなく』相手の強さを判別するくらいだ。しかし、それも街中から擬態している暗殺者を見つけられるような便利な能力でもなければ、自分との実力が離れすぎると『めっちゃ強そう』くらいしかわからないなどと使い勝手は大変悪い。


 でも、その直感のようなモノがあったからこそ、今まで生きながらえてきたのは確かだ。


 しかし……この直感は≪厄災≫の索敵に使えるわけでもなく、逃げられた過去の経験でも恵まれた運や多少の実力は必須だった。だから、次に≪厄災≫なんかに襲われて逃げ切れる保証には一切ならなかった。


「生きるのに冒険者活動は必須……となると、≪厄災≫から確実に逃げ切れる方法を見つけないと……」


 アルコールが回った頭で、どうにかそんな夢のような方法が無いか考える……が、当然ながら直ぐに思いつくようならこんなに悩む必要はないわけで……


「直ぐに……? なら、直ぐにじゃなくて……しばらく後とか……俺の直感で……見つける…………そうだ!」


 突然、天啓を得たように俺はガタッと立ち上がり……周囲がこちらを見ていることにも気づかず、立ったまま思考を続けた。


「奴隷は……買うお金も社会的地位もない。新人冒険者は……だめだ。有力株はすぐ王都に行くし、信頼もすぐには築けない……子供……田舎……これだ!」


 急に立ち上がりブツブツ呟く俺を見てギョッとする周囲にも一切気を取られず……俺は最低で外道な考えを持って、一つの決断をした。


「よし、旅に出よう」



 ……こうして俺は、強そうな子供を見つけて拉致して自分の護衛にするという最低最悪な目標を掲げ、周囲の村を巡る旅に出たのだった。








 ところで、そもそもなぜ冒険者ギルドが存在するのかというと……まず前提として冒険者が狩る魔物は、通常の動物とは違い人間と同じく魔力を体内に宿している。それによって魔物の死骸から採れる素材は魔力を通すことができ、昨今さまざまな道具や武器に用いられてきた。魔物を狩るのは命懸けだが、魔物の素材にはそれほどの価値があり……だからこそ冒険者ギルドが存在している。冒険者ギルドが欲しい素材をクエストで出し、冒険者はそれを受注して納品する。しかし冒険者ギルドと冒険者の間というのは明確な雇用関係ではない。そもそも冒険者は離脱が多いし、契約を結べるほど学が有る者がほとんどいないためだ。前の世界でいうウーバーなイーツに似ているだろうか。


 だからこそ、冒険者は入ることも辞めることも簡単である。そんなわけで……俺はさくっと3年間積み上げてきた小さな実績を投げ捨て、なけなしの貯金を崩して旅に出ることにした。長期的な野宿の道具やら食料を買ったら手持ちは殆どなくなったが、まぁ3年間鍛え上げてきたサバイバル術を活かして生きていくとしよう。


 そうして、なんやかんや2年ほど村を巡っては彷徨っていると、とある村で俺は一人の少女と出会いを果たした。


 冒険者ギルドなんて存在しないほど小さな村にて、村長から魔物の素材と近くの魔物を討伐することを交換条件に居住する権利と家を借りることができた俺は、なんとなく村全体を眺めていた。すると……久しく働いていなかった俺の直感が突如として警報のような衝撃を持って一人の少女を示した。


 村の隅のまた隅っこにいたその少女が……よく見たら絶世の美少女であったり、他の村の子どもよりだいぶ服がみずぼらしく汚いことにはその当時は一切気づかないまま……当時の俺は理想の存在を見つけたことに高揚し、興奮を悟られないように冷静を装って少女に近づくことで精一杯であった。


「……何か用?」

「……」


 凛として透き通った声を発したその少女の『警戒するような』表情を見て、俺は思わず心の中でガッツポーズをした。なぜなら既に少女と俺の実力には雲泥の差があり、本来俺は少女にとって『警戒するに足らない』存在でしかない。それが警戒を露わにして俺を睨んでいるということは、少女は自身の真の実力を知らないということだ。


 その理由はどうだっていいが、俺はなんとか少女の気を引こうと必死に頭を回転させた。必死すぎて何を言ったのかよく覚えていないが、力が欲しいか的なことを言ってなんとか少女の興味を引くことに成功。俺が歩き出せばついてくるものの、警戒心を隠そうとしない少女に内心いつ殺られるかとビクビクしながらも、村長に貸し出された家に入る。


 無事、少女を家に連れ込むことに成功した。


 ……文字にすると犯罪臭がひどいが、ここは異世界。周囲が気づいたりとかしても、すぐに村長とかに通報されることはない……と思う。


 今からそんなことを考えても仕方ない……俺は気を取り直して少女を改めてみると、顔立ちの良さと……それがかえって際立たせている服装のみすぼらしさに気が付いた。よく見れば体も所どころがかなり土なんかで汚れている。虐待か? と思いつつもそのまんまの格好で話し合いともいかないので、少女に待機を命じて家の中を探る。すると小さな風呂を発見、結構いい家のようだ。どうやら村長は俺を定住させようとしているのだろう。そんな気はないが、今は好都合である。


 水属性の魔術でお湯を張り、備えてあった薪をくべ、火属性の魔術で燃やす。俺のは魔物には対して効果ないものの、こういう時は便利な魔術である。使いすぎたら代償も大きいが。


 一連の流れが終わったら少女に風呂に入るように指示、少女は一層警戒を強めたが……俺はあえて気にせずに、飯を作ると言って土間近くにある簡素な台所に向かう。持ち込んだ荷物から、近くで採った食料を出していると、少女がここから遠ざかるのを直感で察した。


 風呂に向かったのだろうと、俺はそのまま食事の用意を終えて風呂の方へ向かう。もちろん覗きやら襲うつもりはない。返り討ちに遭うのがオチだ。風呂に入るドア前に脱ぎ散らかされたボロボロの服を持って土間に向かい、水の魔術で多少汚れを落として風と火の魔術で乾燥する。そして、終えたら持っていた道具を用いて修繕を始める。物の修繕はサバイバルの必須技術だ。特段作りも難しくない服であったため10分ほどで修繕を終え、畳んで風呂のドア前に置く。ついでに身体拭く用のタオル(これも自作)も添えておく。……そーいや体洗う布渡し忘れていたな……ごめん、明日はちゃんと渡す。


 そして、台所に戻って食事の味見をしながら待機していると……バカでかい気配を伴って、もはや別人のように生まれ変わった美少女が現れた。体や服がきれいになったのはもちろんのこと、髪は土で汚れていたのが消えて透き通った水色の長い髪が露わになる。前の世界のロリコンさんたちが大喜びしそうな見た目だなぁ、うん。


 いやはや、風呂と服だけでこんなに見違えるとはなぁ……軽度の栄養失調なのか、線が細すぎるのが気になるが。まぁ、容姿を褒めたところでギャルゲーじゃないんだから好感度がポンポン上がる訳でもないし、言わないけど。すると食事の存在に気づいた少女がお腹を鳴らしたため、俺たちは食事を取ることにした。内容はうさぎみたいな動物の肉に、食べられる山菜とキノコのスープ、そして長期保存用の乾いたパンだ。実に質素なもんだが、少女はなにも文句言わずに黙々と食べていた。


 年頃(後で知ったが14歳らしい)の少女になんて話しかければ良いかも分からず、俺も無言で食事していると、唐突に少女から「なんで」と問いかけられる。何に対する疑問か、良くわからなかったが、とりあえずしていなかった自己紹介をしておく。すると少女も言葉少なく自己紹介してきた。


 名前はサラ。母親と暮らしていたものの、少し前に亡くなったらしい。


 んー……、まぁ悲しい出来事ではあるが、3年間も冒険者してたら残念ながらよくあることに感じてしまう。なんなら俺のパーティー2回俺以外全員死んでるし。当然俺は不幸自慢するつもりもないし、悲しむフリなんて失礼でしかないからしないけど。


 そして今は、他の村民から食料を貰って凌いでいるらしい。しかし、それにしては服だったり容姿が汚れているような気がして少し疑問に思っていると……少女サラは突然、自身が村全体から恐れられているとカミングアウトし、突然俺に殺気のような威圧をぶつけて「わたしが怖くないの?」と訊いてきた。


 うーん……どう答えるべきだろうか? 正直に言うとめっちゃ怖いが、その殺気モドキは≪厄災≫のソレには遠く及ばないため、俺はギリギリ平静を保てていた。正直に『怖いよ』って言うのもなんか違う気がしたし、怖くないと嘘をつくのも見破られそうな気がした……だから俺は、質問に質問を返すことで誤魔化すことにした。




サラ、君はこれからどうしたいん? 




 ぶっちゃけ、クソ失礼な話だが俺にとっては超ラッキーな状況である。天涯孤独のめちゃ強少女とか、今後二度と出会う機会なんてないだろう。是非とも恩を売って、良ければ俺の安全と平和を守ってくれんかなぁ……


 という俺の願いが通じたのか、サラは一言 


「強くなりたい」

「なら(俺を守るために)俺についてこい」


 返事は了承。とはいえ、直ぐにここを旅立つつもりはない。道具だったり食料だったり、また野宿に必要なモノを集めるか作らなければならない。今後は2人分も。


 そして、色々と準備を進める傍ら、サラには俺の家に引っ越してもらい(ほとんど荷物は無かったが)、俺が稽古を付けることになった。サラは当然俺より圧倒的に強いが、しかし力を使いこなせていない今は俺にすら負けてしまいそうになる。出力差でゴリ押しされたら余裕で負けるけど。まぁ村民は威嚇だけで怖がらせて食料貰ってたようだし、戦闘技術が身に付いてないのも仕方ないだろう。


 そして、色々教えるうちにサラは魔術の才能に秀でていることが判明。当然ながら武器の扱いも俺よりも才能あるが、魔術は俺が何人束になっても太刀打ち出来ない程の強さであり……俺の直感ごときでは全く底が見えない。


 なお実戦は、サラに怯えず戦ってくれるような魔物が少ないため、≪厄災≫よりは弱いものの、俺では逆立ちしても勝てない凶悪な魔物を探してはサラと戦わせた。もちろん俺が一人の時に見かけたら即逃げするような奴らだ。すると、初陣でサラが突然、無理とか勝てないとか弱気になってしまった。いやでもサラよりは弱いって直感は言ってるし勝てる勝てる。将来的には俺を≪厄災≫から守ってもらうんだし、こんくらいは勝ってもらわないと(俺は勝てないけど)。半ば(俺にとっては)命の危機でもあり、必死に鼓舞していると見事圧勝。はぁ……やっぱやべーわこの子。


 また、物覚えがよく一度教えたことはだいたい覚えてしまう。なんなら一を聞いて十を知るタイプのため、俺よりも確実に頭脳明晰で発想力も豊かだ。一時期、俺の実力に気づいて見限られるかもと危惧したが……そんな気配はなく、無事サラを連れて旅に出ることができた。目的は変わらず、俺の護衛探しだ。というかサラは強すぎて、もはや俺がついて行けない可能性が濃厚にあるから……しばらくはサラに守っててもらいつつ、新しく有能な子供を見つけないとな。


 ……とか最低な考えをしていると、サラにこの旅の目的を聞かれ、『《厄災》から俺を守ってくれて利用できそうな子供を探すためだ』とバカ正直に言うわけにもいかず、サラみたいな奴を探してると言ったらサラが急に不機嫌になった。なんでや。











「GYAAAAAAAAA!!!」




 目の前にいる魔物は、わたしを視界にとらえると威嚇するように咆哮した。わたしの殺気を感じても逃げ出さないこの魔物は、野生の熊の体長を倍にしたような凶悪な見た目をしており、師匠に言わせると『村が滅ぶレベル』の魔物。




……だが、わたしにとっては他の魔物と等しく雑魚でしかない。




「……師匠、下がってて」

「あぁ」



 師匠の手を煩わせるほどの敵でもないと判断したわたしは師匠には見守ってもらうように頼み、殺気を纏い魔術を練りながら一歩前に踏み込む。



 それだけで魔物は怯えたように後ずさりをして……突然、魔物はわたしではなく後ろの師匠に狙いを定めて飛びかかった。





「GYUUUUAAAA!!!」


「火よ、焼き尽くせ!」




 もちろん、それを見逃すはずもなく、わたしを飛び越えようとした熊のような魔物を火の魔術で焼き殺す。



「流石だな」



 師匠は魔物に狙われたにも関わらず、わたしが一撃で仕留めるのが分かっていたように一歩も動かなかった。その信頼がわたしの心を満たす。でも……



「また、助けられた……」

「なんのことだ?」

「……」



 師匠はしらばっくれるが、弟子であるわたしには『師匠がわざと敵の注意を引いて囮になった』のは判っている。やり方は未だに教えてもらってないが……わたしのことを気遣ってくれるのは嬉しいけど、あんな雑魚は全部わたしに任せてほしかった。




 ……やっぱり、最初に魔物に怖気づいた印象が拭えてないのだろうか。確かにあの時のわたしは情けなく、魔物の放つ弱い殺気に泣きそうになってしまった。しかし師匠の声でなんとか正気を取り戻して打ち倒すことはできた。そして今はもう、あの時とは比べられないほどわたしは強くなった……と思う。



 でも、まだ足りない。師匠の足元すら見えていない。




「……もっと、強くならなきゃ」




 師匠が挑もうとしているのは、あの≪厄災≫なのだから……
















 師匠と出会う前……


 わたしは気づいたときには家族は母親だけで、わたしと母は村の爪弾きだった。母は満足に体を動かすこともできないほど身体が弱く、わたしを育てるために周囲に頭を下げ食事などを分けてもらっていて、村はそんな母を見下していた。


 しかし、わたしが母親についていくようになると、母親とわたしを見る目は軽蔑から恐怖に変わった。村はわたしを見て怯え、逃げるように食料を渡しては帰ってくれと懇願された。村はわたしを『怪物』やら『厄災の子』などとひそひそ囁き、母親だけはわたしを悲しそうな目で見つめていた……。それからというもの、母親は、頻繁に父親の話をするようになった。


 曰く、彼は優しいひとであり一目惚れだった。旅の最中、たまたま村を訪れた彼に母からアプローチした。結婚してわたしを生したが、彼は『賢者』と呼ばれる『真理の探究者』であった。『賢者』でなくなっても、その夢を叶えてほしいと母親が懇願してまた彼は旅に出た。いつか戻ってくると約束を添えて……など、父親の人となりから、『賢者』についてなんかの説明を丁寧に受けた記憶がある。幼い割には賢かったわたしは、母親の狙いはわたしに父親が居ないことで恨んでほしくないのだろうと直ぐに分かったが……わたしは父親の記憶を持っておらず、家族は母親しか知らないから父親という存在に対して恨みも興味も湧かなかった。ただ、『賢者』や『真理の探究者』という単語には、どことなく胸騒ぎを感じたのを覚えている。




 それからも虐めなどは特に受けず、時折問題が起こってもわたしが知恵や恐怖を利用して生き続けたわたしたちだが……母親はその体の弱さが祟り、ついには衰弱死を迎えた。母親がもう助からないことを何故か本能的に悟っていたわたしは、村に助けを呼ぶこともせずに一人で母を看取った。


 母を失い、生きる意味を失ったわたしは……母親が命をかけて育てた大切な自分の命を投げ捨てることもできず、ただただ本能的に生きるだけの存在となった。







 そんな時、出会ったのが……わたしの師匠となる人物だった。





 わたしが村のはずれで、やることもしたいこともなくただ佇んでいると……背後からわたしに近づいてくる気配に気づいた。質素なローブにそこそこの荷物と剣を携えており、村ではなさそうな旅人らしき男が……なぜかわたしをじっと見ていることに気が付いた。その無機質にただわたしを見定めているような眼と、村とは違い怯えた様子がないことにわたしは警戒しつつ、男に尋ねた。



「……何か用?」

「……」



 男はわたしの問いに少し反応したものの、なぜか聞こえていない風に無視された。まだ、男はじっとわたしを見つめてくる……わたしが警戒心からその場から離れようとしたその時、男がふと口を開いた。



「≪厄災≫を知っているか?」

「……なにそれ」


 男が口にしたのは村がわたしのことを指すときの名に近く、それを知らないはずの旅人が知っていることに疑問を抱いてしまい……わたしは反射的に男に聞き返した。


「人類を脅かす魔物だ」

「……」


 今度は返事があったものの、男の答えは村を出たことも魔物を見たこともないわたしには想像も付かないものだった。


「そして、お前はそれに対抗しうる素質がある」

「わたしは……」


 それを聞いたわたしは思わず、『わたしは≪厄災≫の子なの?』と尋ねそうになり、それだと母親が人類の敵になってしまうことに気づいて踏みとどまった。しかし、男はそれすら見透かしたような無機質な眼でわたしを見つめ、わたしに背を向けて告げた。


「興味があるなら、ついて来い」

「……」


 男の話を全面的に信用したわけではないが……他にすることも、生きる宛もなかったわたしは黙って男についていくことにした。


 男が村に借りたらしい家に着いたわたしは、先ほどと違い男の眼が無機質なものではなく感情が宿っていることに気が付いた。そしてわたしの全身を一瞥した男はわたしに待機を命じ、家の中へと姿を消した。わたしは他人の家に入った経験が無く……しばしの間、新鮮さから周囲をきょろきょろと見渡していた。


 ……しばらくして男が戻ってくる気配を感じ、少し緩んでいた意識を引き戻す。


 男は一言、



「風呂に入れ。話はそれからだ」



 と言ったきり台所らしき場所に向かってしまった。



 母親の教えもあり、男に下心から襲われる危険性や危ない誘い文句については何度も教えられてきた。実際に母親共々、村にそっちの目的で襲われかけたこともあった……が、わたしが殺す気で睨んだらソレは気絶し、それからは二度とそんなことは起きなかった。しかし、心配性の母親から『サラは綺麗で可愛いんだから、特に気を付けてね』と繰り返し言われてた記憶に加えて、母親に育てられたこの身体を汚されたくないわたしは男に対して警戒心を強め……男は、そんなわたしのことを気にした素振りもなく台所で食材を出して並べていた。


 男の行動に気を削がれ、ふと自分を見下ろすと……母親が亡くなってから碌に風呂にも入らず、服はボロボロでみずぼらしい姿の自分に気が付き、こんな汚いわたしを襲うはずもないかと警戒した自分に少し呆れてしまう。そして、なんとなく汚れているのが気になったわたしは、言われた通りに風呂に入ることにした。


 風呂の場所は直ぐに分かった。風呂に入る扉の前で、服を脱ぐことに少しためらいを感じたが……さっきと同じ理由でためらいを捨て、扉の前で服を脱いで中に入った。扉を閉めてほっと一息をつくと……目の前にある風呂のお湯の量に驚いた。母親がいる頃の風呂と言えば……大きな桶に水を注いで――時にはぬるい温水にして、布を使って体を洗う部屋だった。しかし、ここは二人でも余裕で入れそうなほど広い浴槽と水を汲むための小さな桶、そして温かい……というか寧ろ熱そうなくらいのお湯が浴槽一杯に張られていた。浴槽の隣には横穴があり、中には薪がくべられ燃えており、天井を貫く煙突が存在していた。なるほど。よく見ると浴槽の横には水を通すためらしき穴が上下に二つあって、きっとそれで水を通して薪で温められて……



「聞こえるか」

「……っ!?」



 ……浴槽の仕組みに夢中になってしまっていたわたしは、扉のすぐ外にいる存在に気づかなかった。驚きのあまり浴槽の端に置いてあった小さな桶にぶつかり、床に落ちて物音が響く。男はどうやらそれを返事と受け取ったようで、こっちの状況に気づいた様子もなく続けた。



「服を洗ってくるからゆっくり入っとけ。……そういや、風呂の使い方は分かるか?」

「……わ、わかる」



 動揺していたわたしはそう答えるので精一杯で、返事を聞いた男は「そうか」とだけ呟いて遠ざかっていった。


「はぁ……」


 決して油断していたわけではないのだけれど、つい真新しいものを見て興奮してしまった。……この浴槽をじっくり見るのはまたの機会にして、まずは身体を洗おう。男はゆっくり入っていいと言っていたが、服が戻り次第すぐに出られるようにしようと、わたしは床に転がっていた桶を手に取った。


「……」


 たぶん、これで浴槽からお湯を汲んで、身体に掛けて汚れを落とすのだろう。いつもなら最後に桶をひっくり返して浴びるくらいしかない機会を毎回する、それもこんなに温かいお湯で。


「……これしかないから仕方ない」


 自分に言い聞かせるように呟き、考えないようにしながら丁寧にお湯を全身に掛ける。……このくらいの水でも、井戸から水汲むのはけっこう大変だったなとか考えない……というか、こんなに沢山の水、男はいったいいつの間に用意したのだろうか。もとから入っていた……それにしては綺麗すぎる気がする。それにこの水、普段使う井戸の水とはどこか違う気がするし…………はっ、いけない。また思考に溺れるところだった。お湯を掛けつつ、手も使って汚れを落とそうとする、けどいつもならある布が無いし、自分の姿を見ることも出来ないからかなり苦戦した。……普段は、母親がいたから何とも思っていなかった。その事実を自分で自分に突き付けたようだった。


「……泣いても変わらない」


 そう自分に言い聞かせて、再びお湯をかけてできる限り丁寧に身体を洗っていく。特に苦戦したのは髪の毛だった。しばらく切っていないからかなり伸びてしまったし、土で固まった小石なんかが挟まっていたりして痛い思いもした。切るにしても、いままで母親に頼り切りだったうえ、頼れる人はいない。出会ったばかりの男に頼むわけにもいかない……お湯を毎回使い捨てするのは勿体無いと思うが、今だけはお湯で頬から伝う水ごと流してくれるのがありがたかった。




「服とタオル、置いておくぞ」

「……うん」


 今度は事前に近づいてくるのが分かっていたため、動揺せず……うそ、内心では扉の奥に男がいるという今までにない状況にかなり動揺していた。いや、以前襲われそうになったときもこんなに動揺はしなかった、むしろ母親を絶対に守ろうと冷静ですらあったはずだ。どうしてなのか思考を巡らす前に男は去って行って……身体を洗い終えたわたしは早く戻ろうと思考を止めて風呂の扉を開けた。


「……えっ?」


 そこにはあんなに泥だらけでボロボロの服が、真っ白とはいかないものの……初めて着たときよりもきれいになって丁寧に畳んで置いてあり、思考どころか動作まで止まってしまった。



「……いけない、早く戻らないと」



 今度こそ気を取り直して服を手に取る……前に体を拭くためらしき布(男はタオルと言っていた)を取ってみるとその分厚さに驚き、身体や髪に当てるとフワフワとした感覚と共に触れただけで布が水を吸いあげたような感覚に再び驚く。髪の毛もあっという間に乾いてしまったし、どれほど貴重な物なんだろうか……


「何が目的なんだろ……」


 襲われる気配も一切なく、母親から教えられた『奴隷商人』という人物だとすると、男は隙だらけだったわたしを拘束もしていない。


「……」


 奴隷商人にあったこともないため判断できず、結局男の目的が分からないまま。今できる解決方法は、




「直接聞く」




 服を着終えたわたしは決意を固め、男の居る場所に向かい……







「もぐもぐ」


 ……おいしい





 ……食欲に負けて食事を取っていた。


 し、しかたない。だってお腹すいていたし、昨日から何も食べていなかったし……なにより、こんなに温かい料理は母親と食べたきりで……



「……もぐもぐ」


 ……お湯で流せないここで泣きたくないわたしは、誤魔化すように手を止めず目の前の質素で温かい料理を食べ続けた。





「……」



 少し経ってから……食べるのに夢中だったわたしは、もう自分は満腹なことに気が付いた。


 食べる手を止めて顔を上げると、無言でわたしを見つめる男の姿が目に入った。その瞬間、頭の中が男に対する疑問でいっぱいになった。


「なんで……」


 ……なんでわたしに声をかけたのか、なんで風呂を使わせたのか、なんで温かい食事をたべさせたのか……聞きたいことは山ほどあったはずなのに、それらは喉に詰まり、声にならずに消えていった。




「そうだな……俺は元ワンズの冒険者で……」


 一言呟き黙ってしまったわたしを、男は自身に対する疑問と受け取ったのか自己紹介を始めた。それでわたしは男の名前、ワンズという町の元冒険者であること、≪厄災≫に出遭い戦った後、とある目的のために旅をしていること、趣味は特にないが小物作りが好きなことなどを聞かされた。


 続いて、わたしも応えるように自分のことと、母親のこと、母親がすでにいないことを話したが……元冒険者の男は特に反応せず、食べ物は村から貰っているといった際に少し首を傾げる程度だった。






なぜか……わたしはそれが無性に悔しくて、イライラした。






 ……後から思えば、わたしはこの時点で風呂や食事を提供してくれた師匠に母親に似た情を感じていて、師匠に同情して欲しかったんだろう。師匠と母親を重ねて、『かわいそうだね、つらかったね』と言って慰めて欲しかったんだと思う。でも、師匠はそうしなかった…………今はそれで良かったと考えている。もしあの時同情されていたら、わたしは今よりもっと弱いままだっただろうし、師匠の役に立つこともできなかったから。



 そして当時のわたしは、村はわたしを怖がり誰も近寄ってこないことを暴露して何時ぞや襲われた時のように、師匠に本気の殺気を向けて言った。


「……わたしが怖くないの?」


 わたしはこの時、本当は泣きたかった。でも、泣き方を……甘え方を知らないわたしは、間違った行動と理解しながらも師匠を気を引きたい一心で、師匠を脅した。しかし師匠は怯えた様子もなく至って冷静に、出会った時のような無機質な目で逆に問いかけてきた。





「サラ、お前はどうしたい」


「ぁ……」





 わたしの言葉にできない悔しさとイライラは、この人に名前を呼ばれただけで散っていった。どこか自分が満たされたのを感じた……それと同時にわたしは二度と手放さないように、必死に思考を巡らせる。





 ……そうだ。さっきこの人の旅の目的はわたしには言えないと言われたけど、話を聞く限りわたしと……きっと≪厄災≫が関わっているのは間違いない……そして、ふと出会って最初に言われた言葉を思い出した。



『≪厄災≫を知っているか?』

『人類を脅かす魔物だ』

『そして、お前はそれ(≪厄災≫)に対抗しうる素質がある』



 そうだ。この人はわたしに怯えたわけでも、同情したわけでもない。わたしに期待しているんだ。







 なら……なら、わたしは







「強く……強くなりたい」



「なら、俺についてこい」







 こうして、わたしは師匠の弟子になった。 



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