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第2話

"FATAL ACCESS ERROR"

タカの端末にリラが現れなくなって1週間以上が経過していた。

その日は土曜日、仕事に土日など関係無いタカが勤務を終えたのは20時過ぎだった。


「何処に行ったんだ…リラ…」


夜の首都高、愛車を延々と走らせ続けて1時間と少し。

リラが消えてから、タカは毎日の様に首都高へドライブに出かけていた。

公私を分ける男だから、仕事中はリラとの出来事を胸の奥底に仕舞っているのだが…

それが終わると途端に、激しい後悔に襲われるのだ。


リラがどこかへ消えた。

個人利用されるAIが姿を消す場所は決まっている…情報の海の奥底だ。

毎日大勢に利用される"ネット"を構成するデータの中。

その"奥底"と呼ばれる場所は、野良AIの棲み処としても有名だった。


「くそ…」


タカは、自分がやっていることに意味が無いということは、十二分に理解できていた。

ただ、それでも、気持ちの整理がつかないまま…首都高へ当てもないドライブに出かけてしまう。


カキン!と、最近の車では発さないシフトレバーの操作音を響かせて…

近年の、電気と人工燃料で動く車とは一線を画す、レトロなV型12気筒エンジンのエキゾーストノートを響かせて…

真っ赤な、平べったい、流線型の…"スーパーカー"と呼ばれ持て囃された車は、自身の存在を周囲に誇示していた。


「畜生…」


タカは、雨の降りしきる首都高をアテも無く、グルグルと回っていた。

彼にとって、リラは何だったのだろうか?

それは、タカ本人も分からない…いや、理解したくはない感情…

AI…人工知能と呼ばれるものが、人と殆ど遜色ない扱いを受けるようになったばかりの、黎明期らしい複雑さが絡み合っていた。


AIの思考が、人と変わらないと判断されるようになったのは、50年以上も前の事。

AIが人に刃を向けたことで「50対50の法則」が世界中で盛んに叫ばれた。

要は、あらゆる業種において、人とAIの役割を半々に分ける事を強制する法規制。

所詮は電源を落とせば消える機械…暴走したAIも刃を収め、自身を"粛清"し暴走を止める。

この出来事によって、人類は60億人の犠牲と引き換えに「ユートピア」と呼ばれる世界へ一歩近づいた。


昔ながらの資本主義は、その時に綺麗サッパリ撃ち砕かれて歴史の教科書入りを果たす。

ただ、ボーっとしているだけで、そこそこの暮らしが出来るようになってしまった時代。

当然、怠惰になるわけにもいかないわけだが…最低限の労働さえやれば、50%の仕事をこなせれば、あとはAIが肩代わりしてくれるようになった時代。


そんな時代、怠惰に過ごせる時代にも関わらず、人は何故か競争したがった。

SNSの利用によって醸成されてきた"自己顕示欲"を使って、上を目指す者が居るのだ。


あるものは頭脳を…あるものは身体を…

人々が求めるのは「他人からの称賛」…お金よりも名誉…お金が全てじゃなくなった世界。

それが、タカの生きる今…2103年の今だ。


"タカ、何時か、長い休みの時にでも、あのエレベーターに乗って月に行かない?"


レインボーブリッジを、お台場方面へ駆け抜ける。

タカの視線の左側…海の上には、巨大な"軌道エレベーター専用駅"が見えていた。

ついこの間設置された、月面昭和基地行きの軌道エレベーター…

それを視界に入れた時、タカの脳裏にリラの電子音声が響き渡る。


「50対50の法則」から50年近く…

徐々に「人らしさ」を手にしたAI達は、遂に人の領域に迎合しようとしていた。

AIと人との婚約が認められた事に始まった、一連の流れ…

一部制限があるものの、選挙権まで持つようになったAIもいる。


それは、人が、最早生物としての何かを手放した事を意味していた。

人は最早、人から産まれない時代なのだ。

卵子と精子を掛け合わせ…水槽の中で赤ん坊を作り出すのが常識になった時代。

この時代、SEXといった性行為全般は、"大人の遊戯"でしかない。

そんなこと、アンドロイドとして"実体"を持ったAIを相手にしても出来る事だった。


"ねぇ、タカ。私もこういうのに入ってみたいんだけど…ダメかな?"


車を走らせるタカの脳裏に、何度もリフレインするリラの声。

リラは何度もアンドロイドになりたがっていた。

何故ならそれは、持ち主による許可が必要になるから…


だが、タカはそれを許可しなかった。

いや、出来なかったというのが正しいか。


タカの価値観は、言ってしまえば"前時代的"と言える。

AIはあくまでも機械…人ではない、所詮は機械なのだ…と。

幼少期、暴走するAIの姿を見て、人では下せない冷酷な判断を次々と下すAIを見て以降、彼はAIと"対等な"立場になることを嫌っていた。


それが、今、タカの中で、揺らぎ始めていた。


人と迎合し始めたAIに対しても不信感があったというのに…

つい1年前、親しい友人以外の全ての人に対して不信感を持つようになったからだ。


「なにやってんだ。俺…」


アテも無く、グルグルと周回を続けていた首都高を降りて、向かった先は晴海ふ頭。

再開発され、美しいオーシャンビューが臨める埠頭に生まれ変ったその地は、カップルのメッカと言っても良い場所だった。


その一角、隅の辺りに愛車を停める。

カップルのメッカと言えるこの場所も、本降りの雨では形無しだ。


タカは車のエンジンを止めて外に出る。

100年前より"綺麗な"雨が彼を濡らし始めた。

ゆっくりと歩いていく先は、小さな"ボックス"。

大昔で言う、公衆電話が入っている様なボックスだった。


タカが晴海ふ頭に来たのは、なにも海を見つめるためじゃない。

目的はこのボックスにある…"迷子"になったAIの行方を知るためだ。


"ND-Inc-21020214-1438145-BUD-LIRA"


タカはボックス内の端末に、リラのフルネームを打ち込み、エンターキーを叩く。

その表情は、何処となく重く…そして、頬を流れる水滴は、雨だけでは無かった。


「……」


遅く無ければ良いが…と、祈るような気持ちで端末の画面を凝視するタカ。

迷子のAIが"不良AI"に吸収され、跡形も無く消えてしまうという事例が後を絶たない。


「!!!」


ポーン!と、端末が音を立てる。

それは、リラに通信が繋がったという証…

それは、リラが通話拒否を示している証…


タカは一気に表情を曇らせる。

その刹那、端末は1件のメッセージを画面に浮かび上がらせた。


"Dear Taka . 明日18時 ネオトーキョー ネバーランド メリーゴーランド前に来て"


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