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前日譚 ~続編開始記念のおまけ~


 物憂げに机に頬杖をついて、窓の外の雨を眺めていた主のテオドールがぼそりと呟いた。


「あの子、どうしてるかな」

「テオドール様、またですか?! 俺が調べておくからそれまで忘れてて下さいって言ったじゃないですか」


 我が主は、先日学院の廊下で出会ったという女性のことが忘れられないらしく、暇さえあればその人のことを考えている。

 彼は身分外見共に申し分なく、女性なんてよりどりみどりのはずなのに何の因果か女性、特に貴族令嬢が大嫌いだった。


 そんな主に突然出来た『気になる女性』

 通常ならめでたい話なのだろうが、どうにも相手の素性が掴めないので不審でならない。


 主が言うには学院の生徒らしい。それならしかるべき家のご令嬢のハズなのに、名前すら一切分からないとはどういうことか。主は幻か学院の幽霊を見たのではないのかと思うほどだ。


 同じ建物内に毎日いるはずなのに、これだけ会えないのだから縁がなかったと直ぐに諦めるかと思いきや、主はしつこく思い出しては俺に早く見つけろと圧力をかけてくる。


 大体、名も知らぬ一度しか会っていない人に何故それほど会いたがるのかと尋ねれば、


「腕に痛そうなアザがあったんだよ。もし、増えてたら気の毒だな、と思って。出来ればもうこれ以上アザを作らずに済むようにしてあげたい」

「おっちょこちょいでその辺にガンガンぶつかってるだけじゃないですかね」

「それならなおのこと、僕が守ってあげたい」


 何から守るつもりなのか? 柱か、壁か、階段か?!


 俺は夢見るような主にムッとして言い返した。


「じゃあ、その女性の情報をもっと下さい。『僕より明るい灰色っぽい髪の背の低い女の子で腕にアザがある』だけで見つかると思いますか?!」

「フリッツなら出来ると思ったんだけど、無理だったか」

「出来ますよ?! 出来るに決まってるでしょーが!」

「じゃ、なるべく早くお願いするよ。僕も探しているから、どっちが早く彼女を見つけられるか競争しようか?」


 煽られているのは分かっていたが、主が生まれてからずっと護衛兼兄貴分として側にいる俺のプライドが火をふいた。


■■


「テオドール様、例の女性のことが少し分かりました」

「本当?! さすがフリッツ! で、彼女はどこの誰? 年は?」


 なりふり構わず全力を尽くした結果、その女性らしき人物の情報が手に入った。ただ、その内容は想像していたものとは随分と違っていて、主にそのまま告げるのは躊躇われた。

 だけど、これ程喜ぶ主は近年目にしたことがない。俺は腹を括って得られた情報を答えた。


「名前は分からなかったのですが、『綿ぼこり』と呼ばれている帝国最弱国の姫君だと思われます。ぼんやりと教室の隅にいることが多いのでそう呼ばれているそうです。年は学年からして十七、八でしょう」


「綿ぼこり? ふーん、それってふわふわしてて可愛いって意味ではないよね。十中八九、嘲りに使われているんだろ」


 そう言いながら主が顔を顰めた。彼自身が、容姿を揶揄したあだ名で呼ばれていたことを思い出したのかも知れない。

 主の場合は十倍返しにしていたので、今は誰もそのあだ名を口にしなくなったが。


「それで、テオドール様はその方にお会いになるおつもりですか?」

「もちろん」

「何のために会われるので?」

「何のためって・・・」


 そこで主は言葉に詰まった。しばらく黙り込んだ後、ぽつりと呟いた。


「怪我をしないように見守りたいから、友人になれればいいと思うのだけど」


 ここで男女間の友情について議論する気はないが、主の彼女への情熱の傾け方はちょっとばかり常軌を逸している。

 これは多分アレだ。いいか悪いかは置いておいて、間違いなく友情ではない。


 俺は主の遅い初恋を後押しするか、葬り去るか迷っていた。

 実はこの次期公爵閣下、自国では現在進行形で婚約者選考が行われているのである。


 俺は、その陣頭指揮を取っている当主の側近の怒り顔を思い浮かべて恐怖に身を震わせた。


 ・・・このまま恋心に気がつかせず、女性慣れするための友人を増やすという方向がいいかもしれない。


「そうですね、友人になるのがいいと思います。・・・ところで、テオドール様。」


 言葉を切って昼間届いた、ぶ厚い封書を渡す。受け取った主は眉を顰め、極めて不快そうな顔になった。


「もう勝手に決めていいって言ったのに、何で送ってくるかな? 義務でする結婚の相手なんて誰でもいいよ。・・・一応、見るけどさ」


 俺の視線を受けて文句を言いつつも封を開けて、中から婚約候補の釣書きの束を取り出した主がふっと動きを止めた。


「・・・ねえ、フリッツ。僕は今、この中にあの子の釣書きがあればいいのにって思ったんだけど。さっき、彼女は姫君だって言ってたよね?」

「・・・ハイ。でも、そういう類の女性は嫌いでしょう?」


 嫌な方向に話が向いたな、と首を竦めた俺の前で、主がぎゅっと握りこぶしを作って笑顔になった。


「あの子は嫌いじゃない! いや、彼女がいい! それに僕が彼女と結婚すれば一番近くで堂々と守れるだろ?」


 ・・・ヤバい、テオドール様の婚約者を張り切って選んでいる側近殿のブチ切れ顔が脳裏にチラつく。


 最高の案を思いついた、と言わんばかりに前のめりになった主を落ち着かせるべく、お茶を勧めてから俺はゆっくりと口を開いた。


「それはそうですが、お相手の方がそれをお望みかどうか分かりませんよ」


 途端、彼の顔がさあっと青ざめた。そうか、そうだよね。と呟いて頭を抱えた主が縋るように俺を見上げてきた。


「フリッツ。どうしたら彼女に結婚してもらえると思う?」


 俺も内心では頭を抱えていたが、気取られないよう背を少し反らして答える。


「テオドール様。現時点でお互いに相手のことを何も知らないのですから、まずは知り合うことからです。好きになってもらうのも、相手のことを知らねば作戦がたてられませんし、テオドール様もそう急がず、お相手のことをもっとよく知ってから結婚するかどうかお決めになってください。」


「そうだね、フリッツの言う通りだ。急がず慌てず冷静にいくよ」


 ・・・と、良いお返事をしていただいたハズなのだが、主は彼女と再び会った瞬間に結婚を決め、それからたった二週間で本当に結婚してしまった。


 俺はそのために帝国と自国を行き来し、当然寝耳に水の公爵夫妻に驚かれ、側近殿に詰め寄られ、必死で説得して結婚許可証をもぎ取ってきたのだった。



 まあ、婚約期間なし、交際期間なし、知らない者同士で結婚なんかしてどうなるかと思っていたが、案外とお二人は幸せそうだ。


 若奥様にケーキを口に運んでもらって嬉しそうな顔の主を見て、これで良かったんだろうな、と一人頷いた。

ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


続編開始記念で護衛のフリッツ君の回想でした。彼はこれからも多分、色々苦労する・・・。


ということでこの二人の新婚生活を、

『次期公爵閣下は若奥様を猫可愛がりしたい!』という題名で連載開始いたしました。一章完結、不定期連載ですが、よろしかったら覗いてやってください。

題名上の青いシリーズ名から行けると思います。よろしくお願いいたします。

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