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3 綿ぼこり姫は真ん中が苦手です。


 怪我の養生とテオドール様の頼みを聞いていたら、あっという間に二週間が過ぎて、私はまた夜会にいた。

 

 いつものようにきらびやかな会場内には軽快な音楽が流れている。その中でいつも私を嘲笑っていた同級生達が、私の存在に気がついた順に驚愕に目を見開き、次々と棒立ちになっていく。

 

 それは多分、私が隅っこに居ないだけでなく最新の流行のドレスを身にまとい、よく手入れされた艶やかな髪をこれまた最新の流行の形に結い上げているからだと思われる。

 

 私自身もどうして自分がこんな姿になっているのか、よく分かっていない。

 

 ただ怪我が治りかけたところで城の侍女という方々が大挙してやってきて、きゃーきゃーいいながら毎日私の髪や肌を手入れし、今日は朝から大荷物とともに押し寄せてきてこのように別人に仕立て上げてくれたのだった。

 

 しかも本日、私の隣にはずっとテオドール様がいて、それも注目を集める大きな原因だと思う。いつもなら隅っこでじっとしているだけなのに今日は慣れない場所で注目を浴びているからか、何だか落ち着かない。

 

 「あの、私は場違いなので隅っこへ行ってはいけませんか?」

 

 隣で楽しそうにしている彼に恐る恐るお伺いを立てれば、不思議そうな顔をされた。

 

 「全くもって場違いなんかじゃないよ?今日のフィーアは特別美しいのだから、隅っこに行くのは勿体ないよ。」

 

 そうか、私が落ち着かないのはこの人も原因だ。フィーアと愛称で呼ぶだけでなく、息をするように可愛いだとか綺麗だとか言われ慣れない言葉を浴びせてくるから、この二週間ドギマギしっぱなしだった。

 

 「僕は夜会や茶会が大嫌いだったのだけれど、今夜はもの凄く楽しいよ。」

 「何故ですか?」

 「決まっているじゃないか、君と一緒だからだよ。」

 「私は踊れないので、ただいるだけですけど?」

 「うん、可愛いフィーアが視界にいるだけで満足。」

 「ええと・・・。」

 

 もう何と返していいのかわからない。私は隅っこへの移動を諦めて彼から目を逸らし、会場をぼんやりと眺めた。

 

 

 ふと強い視線を感じてそちらを向けば、兄のヒリスと目があった。途端、全身がびくっと震える。

 

 ヒリスは見つけた、とばかりに私を睨みつけたまま大股で近づいて来ると、いつものように手を伸ばしてきた。

 思わず顔を両腕で庇ってその場にうずくまる。

 

 でも、今夜のヒリスの手は私に届かなかった。

 

 「テオドール殿、何故邪魔するのです?!」

 

 ヒリスが私へ伸ばした腕は側にいたテオドール様にしっかりと掴まれて止められていた。ヒリスは驚くと同時に怒りで赤くなり、周りに聞こえないよう低い声で抗議した。

 

 対するテオドール様は先程までと打って変わって冷ややかな目でヒリスを見下ろし、よく通る声で宣言した。

 

 「二度と彼女には触れさせない。」

 「何を偉そうに!コレは俺の異母妹だ、どうしようと貴方には関係ない!」

 「昨日まではね。」


 そこで、フッと笑ったテオドール様が掴んだままのヒリスの腕を捻り、彼の耳元でささやいた。

 

 「今朝から彼女は私の妻だ。」

 「はあっ?!」

 

 目を極限まで丸くして、口を大きく開けたままで固まったヒリスを数時間前に私の夫になったテオドール様がとん、と突き放した。

 

 ヒリスはドサッとみっともなく尻もちをついたが、その自分の醜態より私の結婚の話が衝撃だったらしく、床に座り込んだまま呆然としている。

 

 「ははっ、マジかよ・・・うちのゴミが将来ハーフェルト公爵夫人になるのか?冗談だろ?」

 「本当だよ。何なら結婚許可証を見る?我が国の正式な物だよ。」

 

 真面目な声で答えるテオドール様の顔を見たヒリスがいきなり躍り上がった。

 

 「やったぜ、よくやった!さすが俺の異母妹!あのハーフェルト公爵家の親戚となれば、もう馬鹿にされることもないし、金にも困らねえ!」

 

 そのあまりの喜びように周囲の人々が一斉に注目した。彼は得意げに胸を反らしてその視線を受け止める。

 

 そんなヒリスの様子に苦笑しつつ、テオドール様が今度は皆に聞こえるように告げた。

 

 「残念だけど、私はお前と親戚になるつもりは全くないよ。だから彼女は伯父に頼んで養女にしてもらった。お前含め、彼女を傷つけ続けていた者達とは確実に縁を切らせたかったからね。」

 「え?なんだそれ。」

 

 ヒリスの動きが止まった。錆びた鋏のようなぎこちない動作で私の方を向くと憎々しげに睨みつけてくる。その視線だけで私の全身から冷や汗が吹き出して心も萎縮してしまう。

 

 「フィーア、僕がいる。大丈夫だよ。」

 

 震えている私の肩にふわり、とテオドール様の手が添えられて、そっと抱き寄せられた。

 

 彼はこの二週間ずっと一緒にいても私に暴力を振るわず悪態もつかなかった。それどころか、全く無関係だったのに私をあの国から解放して助けてくれた。

 私は生まれて初めて側にいて安心出来る人に出会えた。

 

 きゅ、と彼の袖を握ってホッと息をつく。頭上からあー、可愛い、本当に可愛すぎると小さな声が降ってきて、パッと見上げれば相好を崩した彼の顔があった。

 

 「なんだよ、そのゴミクズはどこの養女になりやがったんだ!俺はそんなこと聞いてないし認めないぞ!」

 

 目の前にぶら下がったたくさんのお金と権力が一瞬で消されたことで、ヒリスが激昂した。

 

 テオドール様は怒り狂うヒリスを見て冷笑を浮かべ呆れた声を出した。

 

 「聞いてどうするの?それを知っても彼女がお前とはもう無関係という事実は変わらないよ。」

 「俺は認めてねえ、取り消しさせる!ゴミを受け入れるなんざ、どうせ金で動く下級貴族だろ?どこの家だよ?!」

 「え、それは止めたほうがいいと思うけど。でもどうしてもと言うなら、彼女の養父母は皇帝ご夫妻だから、文句はそちらにどうぞ!」

 

 テオドール様が手振り付きで明るく言った台詞に、ヒリスのみならず周囲の人々まで凍りついた。

 

 「綿ぼこりが、皇帝陛下の養女?!」

 「待って、その前にあのテオドール様と結婚とか言ってなかった?!」

 「あり得ないわ!」

 

 もはや誰も踊っておらず音楽すら止まり、会場にいる全ての人がこの成り行きを見守っていた。

 

 「なんでだよ、おかしいだろ!読み書きも出来ずマナーも身についていない女がそんな身分になれるわけがねえ!」

 

 シンとした場内にヒリスの金切り声が響く。彼の言葉は周囲を驚かせ、集まった視線に私は身を竦め涙がこぼれそうになる。

 

 「皇妃殿下は私の実の伯母だから頼んだだけだよ。それと、小さい国とはいえ姫である彼女に相応の教育を受けさせなかったのは誰?この二週間という短い期間、彼女に色々教えてみれば乾いた土が水を吸い込むように身につけていったよ。直ぐにお前より出来るようになる。翻ってお前は講義も上の空でやる気がなく、当然学業も武術も全くダメ。生まれてから21年間王子として最高の教育を受けていたはずだが、何をしていた?」

 

 ヒリスは何も言い返せず、ただ顔を真っ赤にさせてテオドール様を睨みつけている。テオドール様はそれを跳ね返すような強い視線と共に続けた。

 

 「お前は何の為に皇帝陛下の命でこの学院にいる?人質?バカなことを言ってるんじゃないよ。陛下はね、帝国領の国々へ平等に知識や技術を与えてより富ませるために無償で君達を学院に入れているんだよ。大体、地位や金が欲しいなら自国を富ませればいいのに、なぜそうしない?ハーフェルト公爵家はね、代々領民がいかに快適に豊かに暮らせるか、日々考えて役に立つ技術や物の開発に惜しみなく投資しているんだよ。自分では何もせず、うちの金をあてにするなどみっともないこと甚だしい。」

 

 あまりに真っ当な指摘にヒリスを始め周囲の帝国領の王族達が居心地悪そうにし始めた。テオドール様は全く気にせず更に続ける。

 

 「ああ、そうだ。身内を虐めて喜んでいるような王族にはもう民を任せられないからお前の国は直轄地にする、と陛下が仰っていた。ということはお前は王族から庶民になるわけで、学院にいる資格を失う。よかったね、もう嫌いな勉強も剣術の鍛錬もしなくていいよ。」

 

 テオドール様が笑顔で言い捨て、ついにヒリスは蒼白になってその場に崩れ落ちた。

ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


ヒロインのやられっぷりがひどかったので遠慮なくざまぁしたつもり・・・。

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